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小話集
お母ちゃんの日〜ありがとうを伝えよう
しおりを挟む毎日を順風満帆に過ごす圭介は、今や3人の子を持つ『父』。30代半ばでこれだけの子持ちになるなど全く予想していなかっただけに、人間の人生ってのは不思議だと思う。
長男流は既に小学生、長女小梅と次男陽介も毎日を元気に過ごしている。幼稚園に通うようになった小梅は、毎日お友達と遊ぶのが楽しいらしく張り切って通い…陽介も達者に歩くので目が離せない程だ。
そして父圭介もまた、そんな子らと全力で遊ぶのが何より楽しい。
この日は流も小梅も休み…ついでに言えば父も休みを取った日曜日。体力を持て余す子らを引き連れ散歩に繰り出した。
「おにい!うーと手ってぇ!」
楽しいあまりさっさかと先を行く兄に、小梅が怒る。プクーッとほっぺたを膨らませ今にも地団駄踏まん勢いだ。
「ゴメンねこうめ。…はい!」
「…うん♪」
妹に呼ばれて振り向いた兄は、『ほ?』と不思議そうな顔を浮かべたが、すぐに駆け戻り手を差し出す。そして手を繋いで2人はテケテケと走り出した。
「お~い、2人だけで先行くんじゃねぇー。危ねぇぞ!」
兄姉の楽しそうな様子を見て、父に抱かれた末っ子陽介がウズウズと小さな身体を揺する。
「あー…陽介、危ねぇから黙ってろ。…お兄達みてぇに自分で歩きてぇのか?」
「ん!」
「けどなぁ~、お前が歩くのに付き合ってたら夜になっちまうぜ。」
「…まっくよ?」
「あぁそうだ。陽介は暗えとこヤなんだろ?」
「や!とうたっ!」
「…ハイハイ。って…まだ明かりぃぞ?陽介。」
陽介は暗がりを嫌う。夜になると電気の点いていない真っ暗な部屋には絶対に入っていかない程。部屋の中をジッと覗き見る“お尻プリプリ”なその後ろ姿が『可愛い♪』と母美優は暢気に笑う。
しがみついて来た陽介を抱き直し、体勢を整えたその時…父圭介の目にある店が目に映った。
「…。あー…『母の日』、か…」
この日は母の日、目についたフラワーショップにはそのポスターが貼られ、大々的にPRしていた。
「…おーい流!小梅!戻って来い!」
ややしばしして2人は父の側まで来ると『なあに?』と見上げる。
「とうちゃん、どうしたの?」
「どしたの?」
「今日が何の日か知ってるか?」
「「…?」」
「今日は『母ちゃんの日』でな、母ちゃんに毎日ありがとうって伝える日なんだ。」
「…かあちゃんのひ?」
「ありがとう、するの?」
「あぁそうだ。お前らも母ちゃんに『ありがとう』ってしたいか?」
「「する!」」
「おし。じゃあそこの店に入れ。」
指差して大アピールを繰り出すフラワーショップへと入って行くと、営業スマイルを貼り付けたエプロン姿のお姉さんが出迎えた。
「いらっしゃいませ♪」
「こんにちは!…とうちゃん、なにかうの?」
「母ちゃんの日にプレゼントすんのは『花』だ。流と小梅は母ちゃんに似合いそうな花を探せ。」
「わかった!」
「はーい!」
いつでも元気な2人がそう返事して花を探し彷徨い出す。それを横目に圭介もまた物色を始めた。
「…お嬢さん、ちょっと聞くけどよ…花には本数にも意味あったよな?確か。」
「はい、ありますね。ただ…薔薇に限定されるかと思いますが。」
そう言った店の“お嬢さん”は授業員用らしい早見表を見せる。…その笑顔は変わらず笑顔で怖いくらいだ。
「…。ふぅん…ウチのガキらがそこら辺ちょろちょろするが好きにさせてやってくれ。…イタズラとか悪さはしねぇはず、だ。」
「わかりました。」
「…で。それとは別で…赤いカーネーションと赤い薔薇、3本ずつ花束にしてくれねぇか。」
「ありがとうございます!」
そんな話をしていると、抱かれた陽介が父ちゃんの洋服をグイグイと引っ張った。
「とうた!こえ!こえっ!」
「ん?何だ陽介。」
小さな指が差す先には白いかすみ草がわんさとある。
「こえも!こえも“ハイ”しゅゆ!」
「はは!わかったわかった。…つう訳で花束にコイツも入れてくれ。」
「ふふ♪わかりました!」
やがて流と小梅も無事に選ぶ事が出来、流はオレンジ色のマーガレットを、小梅はピンク色のチューリップをそれぞれ同じように花束にしてもらった。それにも陽介が『こえも!』と主張したかすみ草を入れてもらう。
「ありがとう、おねえさん!」
「ありがと!」
「どういたしまして!お母さんに『ありがとう』って渡してね。」
「「うん!」」
その後帰った父子。楽しみでホクホクとした笑みのまま家の中に入ったのだが、お母ちゃんにバレないようにとそそくさと自分達の部屋へ持って行って隠してしまった。それを見た母美優が首を傾げる。
「流くーんうーちゃーん。お外から帰って来たら手を洗わなくちゃでしょー?」
「まぁまぁ美優、今来んだろ。」
“まぁまぁ”言いながらも、圭介自身もその背に花束を隠し、陽介を抱き抱えながら蟹歩きで寝室へと一時退散。
「…陽介。母ちゃんにナイショだぞ?」
「ん、ナイナイ。ないちょ!」
「…。指、鼻に入ってっぞ。」
「う?」
大人用の大きいベッドにぺったりと座らされ、父ちゃんがやる事をバッチリ全部見ていた陽介。『ナイショだ。』と言う父の真似して自分の小さな口に人差し指を当てるも…勢いが余って鼻の穴に指が入ってしまったようだ。スポンと抜いてやるも、父としては笑いたいが笑えない。
時が経ち、夕飯を食べると圭介が部屋から出て美優に告げる。
「悪りぃ、ちょっとおふくろんとこ行って来るわ。」
「はい、いってらっしゃい。」
自分達も行くと騒ぎ出した子らを置いて、そそくさと玄関を出て同じ階の別部屋のチャイムを鳴らした。
「はい…、あら圭介?」
その部屋は圭介の母小夜里(さより)が住まう部屋。数年前に地元函館から引っ越し、息子一家の側にやって来たのだ。病気が理由の引っ越しで入退院を繰り返していたが、今では落ち着き元気に過ごしている。
「おう。…ちょっといいか?」
「どうしたの?…まさかと思うけど、美優さんと喧嘩?」
「まさかだろ。する理由もねぇよ。」
「…よねぇー♪貴方達、ほんと仲が良いもの。普通は子供が3人もいたらある程度の隙間風が吹くものよ?…未だに『恋人同士』みたいなんだもの。」
「オレと美優は、永劫『恋人同士』なんだ。」
「あらやだ…ふっふふふ♪」
嫋やかに、それでいて楽しげに笑う母小夜里はふと思う。…なら息子は何しに来たの?と。
「それで圭介…どうしたの?何かあったの。」
「…。これ…おふくろに。」
そう言ってズイと差し出した花束。赤いカーネーションとかすみ草を盛り込んだものだ。
「…、…」
「…まぁ、何つうか…今日『母の日』だろ。流たちと昼間に散歩してた時、花屋見つけてな…おふくろと美優に買って来た。」
「圭介…」
「…ありがとな、おふくろ。親父が死んでからオレをデカくするのに必死になって働いて…散々心配やら迷惑やら掛けちまったけどよ。けど…親父とおふくろのおかげで『オレ』が産まれたられたから…感謝、してる…」
「…や、やぁね圭介ったら。母さんも貴方に感謝してるわ…ありがとう。」
「…。長生き…してくれよ。流と小梅と陽介の側にもっと居てやってくれ。」
こうしてしばしを母と息子は楽しく会話しながら過ごした。母の部屋を退散し戻ると、流と小梅が同時に父にしがみついて来た。
「とうちゃん!…かあちゃんにまだあげないの?」
「おはな…しおしおになってきたよ?」
「…。よし流、小梅。母ちゃんに渡すぞっ。」
「「おー!」」
夕飯の後片付けを終え、リビングに戻った美優がビックリして目を丸くする。…流と小梅、更には抱っこされた陽介が、父と共に“同じ笑み”でニコニコと並んでいたのだ。
「え…どうしたの?みんな。」
「かあちゃん!まいにちありがとう!」
「おかあちゃん、ありがと!」
「わ…綺麗なマーガレットとチューリップ。…2人とも、お母ちゃんの為に選んでくれたの?」
「うん!とうちゃんにね、きょうが『かあちゃんのひ』だって、おしえてもらった!かあちゃんに『ありがとう』いうひだって!」
「…そう…ありがとう、流くんうーちゃん。」
「美優、これも貰ってくれ。…オレと陽介からだ。」
「…、…圭介さん…」
見ると、抱っこされた陽介は小さな手で薔薇とかすみ草の花束を上手に持っていた。
「あい、かあか!ありあと!」
「ふふ♪ありがとう、ようくん。」
「花はそれぞれ選んで、かすみ草は陽介が選んだんだ。みんながみんな、美優に似合う花を選んだんだぜ。」
「…圭介さんも?」
「当たり前だろ。…その薔薇、誰が選んだモンだと思ってんだ?」
「…ありがとうございます、圭介さん。」
何やらピンクな背景を背負いつつ見つめ合う父と母を、子供3人がキョロキョロと交互に見上げる。
「…。うちのとうちゃんとかあちゃん、なかよしだね!」
「ね!おにい!」
「「…、…」」
「とうちゃん!りゅうにようすけちょうだい!3人であそんでる!」
「あ、あぁ…」
父から末っ子を抱き受け、子らはきゃっきゃと騒ぎながら遊び出す。…清水の3兄弟は実に“弁えて”いた。
「やれやれだな。甘い時間はお預けか。」
「…圭介さん。何を考えてるんですか?子供達の前で。」
「ん?何って…、…『ナニ』の事。」
「…。意味がわかりません…」
ただでさえ『イイ男』が嫁の為だけにニコリと笑う。大概こんな時は・・・なので、美優は知らぬ振りを決め込むも、その意味と意図にはしっかりと気付いていた。
「…圭介さん…」
「ん?」
「私からもお礼、言わせて下さい。…可愛い子供達の『お母さん』にしてくれて、ありがとうございます。」
「…。れ、礼言われるのもどうかと思うけどな。オレが望んだから産まれてきたんだし…あいつらが『可愛い』のは美優に似た訳で…オレに似てたら只のクソガキだ。」
「そうでしょうか。…流くんもうーちゃんもようくんも…圭介さんに似てます。」
ふふ♪と笑う嫁を、圭介は引きつった笑みで見やる。わかっちゃいねぇなぁ…と言わんばかりに。
「…ま、とりあえず…これからも『母ちゃん』を頼む…って事で。」
「はい。」
何が楽しいのか、きゃらきゃらと爆笑している子供らを遠巻きに…夫婦は一蓮托生を新たに誓ったのだった。
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