Hold on me〜あなたがいれば

紅 華月

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小話集

思ヒ出ハ美シク、時ニ儚ク辛イモノ(後)

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日頃から咲希をバイクの後ろに乗せるなどして連れ歩いていた流平は、所謂ところの『リア充』というヤツだった。そんな彼を疎ましく思い僻んだ輩がある日、流平のアパートへ向かう途中の咲希を拉致した。

相手は圭介ら『北斗鬼神愚連隊』にとって1番の目の上のタンコブ的存在で、これまでにも幾度とぶつかり合って来た族チーム。ご丁寧にも流平1人に対してではなく、チームに対して咲希が手中にある事を知らせて来たのだ。

「…っ野郎っ…何の関係もねぇ咲希を何でっ!…」

「ッ!」

「っ、待て流平!!圭介、瞬!てめぇら先に行け!拓馬、車回せ!」

実は咲希は手中になく只の呼び寄せる口実デシタ…ならば、どんなに良かっただろうか。着いた市外の廃工場の、嫌にガッチリと閉じられた重い扉を圭介と南雲が2人掛かりで破り突入した。

「…、…っ…さ、き…?…っ、咲希ぃーーーッ!!」

…土が吹き溜まる工場内に、咲希は打ち捨てられるかのように横たわっていた。着ていた洋服は見るも無残にボロボロ、殴られたのか頰が晴れ上がり涙と涎に塗れ、両手足首には縄で縛られたらしい鬱血…そして何より目を引く腕にある無数の注射跡と男共の大量の精液…

これまで散々やらかして来た圭介ですら目を背けてしまう…そんな酷い惨状だった。

「…っ、咲希っ…咲希ぃ!」

「……ッ…」

「…。拓馬…チームの金、ありったけ掻き集めろ…いつもの医者んトコに行くぞ…」

「っ…わかった。」

こうして咲希を連れ、古くから知り合いの医者に駆け込んだのだったが…

「…え…」

「はっきり言わせてもらうぞ。…彼女、輪姦(まわ)されてる上、大量に薬(ヤク)を打たれてる。詳しくはまだ分析中だが…覚醒剤と催淫剤は確実に使われてるな。」

「……ッ…」

「今は昏睡状態だが、いきなり目覚まして暴れ出すとも限らん。酷とは思うが鎮静剤を打たせてもらったぞ。」

薬物の恐ろしさは周知の事実である。種類と使い様によっては身体を癒してくれるべき物であるそれが、ほんの僅か量や使い方を誤るだけで簡単に人を『壊す』のだ。

分析の結果、咲希の体内には相当量の覚醒剤と何種類もの違法かつ強力な催淫剤が蓄積されていた。それは彼女の命すら奪いかねない程のもの。

覚醒剤で正常な感覚や感情を奪いつつ性的興奮を促し、さらに催淫剤を使用する事で『上乗せ』を狙ったのだろうと医師が語る。

「…、…問題はこの後だ。一気にこれだけ大量に薬(ヤク)を打ち込まれたんだ…免疫がない身体が抵抗出来る訳がねぇ。少なからず依存反応を見せるはずだし、薬(ヤク)自体が抜け切るまでどんだけ掛かるか…」

その言葉を受け、流平は翌日から咲希の側を離れる事なく付きっきりの生活を始める。

彼女の親に怒鳴り込まれるのを覚悟の上で自らのアパートへと連れ帰り、身の回りの世話をしたのだ。だが生活する上で金が無い事にはどうにもならない。必要最低限のバイトだけはして、留守の間は医師の片腕である看護師に来てもらった。

医師の展望通り、咲希の体内に残る薬物が抜け切るまでには通常以上の日が掛かった。うたた寝すら出来ず怖い夢にうなされ、幻覚幻聴に悩まされ…しまいには大好きだったはずの『流ちゃん』すら時々判別出来ず恐怖し逃げ、かと思えば催淫剤の僅かな副作用により日に何度と彼を求めた。

…そんな悲しくもやり切れない日々は、無情にも目まぐるしく過ぎて行く。

「…どうだった?瞬、圭介。」

「…、…言葉は悪りぃけど、ありゃ完全に『イカれ』ちまってるぜ。流平を流平だと理解しちゃいねぇ…」

「…嫌だ近寄るな、って逃げて怯えていたかと思えば…スイッチ切り替わったみてぇに『言う事聞くから抱いてくれ。』って擦り寄って…、…まるで別人だった…」

「…。流平くんは…大丈夫なのかい?」

「アイツは…『大丈夫だから!またなっ♪』って笑ってたけど…実際は大丈夫なワケがねぇよ。」

「…だよねぇ。また行く事があったらウチらにも手伝える事あったら言いなって言っといて。…実際、女同士じゃなきゃ出来ない事だってあるだろ?」

「…、…あぁ…」

咲希に酷い仕打ちをした相手の族チームは、事件があった数日後に壊滅。…号令を発した総長笛木の元、『北斗鬼神愚連隊』が一夜で潰し全員を病院送りにしたのだ。それだけ笛木を始めとする圭介や瞬、拓馬らの怒りは相当なものだった。

だからといって咲希の身に起きた事はなくなりはしない。…けれどせめてもの慰めに僅かでもなればという思いがチームの男達を動かした。

流平と咲希を知る誰もが2人の未来が明るくなる事を願う中…娘が学校にも行かず長らく家にも帰って来ない事を心配して、やっとの思いで探し出した流平を訪ねて来た父親に殴り飛ばされ、母親からも罵倒されるという出来事が起きた。

その時、たまたま笛木とみずきが様子を見に来た時だったのだが…部屋の玄関で胸倉を掴まれ吹っ飛んだ流平を見るや、すぐに駆け込んだ。

「ッ?!」

「す、すいません!すいませんっ…全部…全部自分の責任です!!申し訳ありません!」

「貴様ッ…人様の娘を何だと!すいません、申し訳ありませんで済む事か!!」

怒りが収まらない父親は尚も殴ろうと流平を掴み上げようと腕を伸ばす。…だがそれを留めたのは笛木の右手だった。

「…流平を殴ったところで何になると?」

「な、何だね君は!」

「コイツが所属する族のアタマやってます、笛木ってモンです。」

「っ?!」

「確かに娘の親からしたら言い分はごもっともですがね…コイツは逃げずに責任果たすっつってんすよ。…そこは認めてやって欲しいモンすね。」

「っ!…話にならん!娘は連れて帰る!」

「…アンタ、わかってんのか?あんな状態の娘を連れてったって手余しすんのが関の山だ。…どっかのワケのわからねぇ施設に入れるくらいなら、このまま2人でいさせてやってくれや。」

「……ッ…」

「…2人には族の仲間全員が付いてる。この俺も、2人を支えて守っていく…だから、頼みます…」

「あ、アタシも!咲希ちゃんの世話、手伝うから!だからお願い!引き離すような事しないで!」

「…っ…ママ、帰ろう。…また出直すので、その時はちゃんと娘を引き渡してもらう。」

「っ、ちょいと!八雲やウチらがいるからほっとけって言ってんだよ、こっちは!!」

「止めろみずき…、…大丈夫か?おい…」

「す、すんませんす…笛木さん。」

「まさかこんなトコに遭遇しちまうとはな。」

「ウチら様子を見に来たの。…どう?咲希ちゃん。」

「…、…前みたいな事はなくなったんだけど…何にも喋らなくなっちまって…1日中ずっと空見てぼうとしてんす。」

「「……。」」

この頃の咲希はようやく薬物が抜け切った事で異常な怯えや幻覚などの症状から開放され、無闇やたらに男を求める事も無くなっていた。…だが喋る事もなく、僅か濁った目で1日中を虚空を見つめるようになってしまった。それは一種の『廃人』とも言える、変わり果てた姿だった。

それを知り、それ以上を何も言えなくなってしまった笛木とみずき。どんな小さな事でも皆を頼れと言い聞かせて、その日は帰って来たのだ。

これまで以上に2人を気に掛け、族の仲間らは数日おきに手土産を持って入れ替わり立ち代わりで様子を見に行く。…そんな時でも流平は笑って『大丈夫っ♪』と言う。

そして事件から4ヶ月近くが経とうという頃…更なる『出来事』が発覚した事で、流平は1人密かに心を決めた。…咲希の妊娠がわかったのだ。

お腹の子は『3ヶ月』。いつもの医者による定期検診で発覚し、流平は被害に遭ったあの時のではと不安に駆られた。だが入念な検査の結果、子供の父親は『流平』であると確認して胸を撫で下ろす。だが…

「…こんな状態で、果たして産めるのかね…まあ、帝王切開で出す事は出来るけどな…」

ポツリと呟かれた、医師のその言葉が流平の心に深く突き刺さったのだ。仮にそうして出産したとしても、その後はどうする?と。まともな収入のない流平に、自我のないに等しい咲希と小さな子供を抱える事はどう考えても困難だ。そしてこの頃の流平は、様々な事に疲れ切っていた。それには愛しているはずの『咲希』も含めて。

…自らの膝に頭を乗せて眠る咲希の頭をそっと撫でながら、流平は腹を決めた。

「…一緒に幸せになろうな、咲希…」

“1人になんか絶対しないから”…そう呟く流平の顔には、いつもの笑顔が浮かんでいた…

そうと決めた彼は行動が早かった。長く勤めたバイトを辞め、世話になった礼を尽くすとアパートを解約する為の書類を作成し準備を整える。後に誰が来ても良いように掃除をして荷物も粗方まとめて片付けた。部屋に残す手紙には『荷物は全部捨てて構わない。』と書き置き、貯金から下ろした手持ち50万全額を笛木に宛てて用意した。…咲希を真っ先に病院へと運び、チームの金を惜しまず動かしてくれた彼への礼と共に。

この翌日の深夜近く、咲希をいつものようにバイクの後ろに乗せ、特攻服を片手にぶら下げた流平はいつもチームが集会を開く場を巡り脳裏に焼き付けてから、とある場所を目指してバイクを走らせた。

その流平のバイクを、別な2台のバイクが追い縋ろうと後ろに付く。…いつものように様子を見に行った圭介と南雲が、置かれた手紙を読んで探しに来たのだ。

「止まれっつってんだろが!流平ぇ!!」

そんな圭介の声すら体良く無視しながら走り、ようやく着いた目的地でバイクを止めて彼女と2人で僅かに望む夜景を見ていた彼が振り返ると『笑って』いた。

「何必死になってんの?圭介…珍しっ。」

「てめぇ…ふざけてんのかッ?!だったら笑い飛ばしてやんよ!…流平!何考えてんだ、この馬鹿野郎がっ!!」

「ンな事して何になるってんだよ!!止めろッ…止めてくれって!」

「……。今はわかんねぇかもしんねえけど…本気で…本気で惚れた女が出来れば、お前らにもわかるよ…」

“ははっ♪”といつものように笑った流平は、尚も引き止めようと罵声さながらの言葉をぶつけられながら、咲希を抱き上げバイクの後ろに座らせた。

黒の特攻服は圭介と南雲、そして自分の3人でお揃いで作ったお気に入りだ。その背には『北斗鬼神愚連隊参謀』の文字と、左腕に新たに入れたらしい『SAKIlove』の文字が紅色の糸で刺繍されている。

その黒の特攻服をバッ!と翻して素肌にサラシを巻いた身体に羽織った流平は、愛しい女をバイクに乗ってから振り返り…その左手首に手錠を掛けると、自身の左手首にも同じく手錠を掛けた。

「…。ゴメンな…こんな目に遭わせちまって。…今生じゃ無理だったけど…あの世で幸せになろうな…咲希。」

…そう言って抱き締めキスをすると、彼女の両腕を腰へと回させた。

「…、…流平っ…」

「頼むっ…っ、頼むからぁ!何だってするからそれだけは止めてくれ!」

「…圭介…瞬…お前らと出会えて楽しかったぜ。ジジイになったてめぇらとあの世で会えるのを待ってるからな。笛木さんやみんなにもヨロシク言ってくれや。」

「…ッ…流平ッ!!」

真っ直ぐ前だけを見据えて言い切り、ドゥルルン!とバイクのエンジンを掛けた流平はその鍵を引き抜き放り捨てると…右手でアクセルを全開に回し走り出す。

…圭介と南雲の伸ばした手を擦り抜け…無情にも彼は去って行く。向かう先は明るい未来…愛した女と一生共にいられる新天地。そこには不安も恐怖もなかった。

「…流ちゃんありがとう…私、幸せだよ。」

回っていた両腕にグッと力が入り囁かれた言葉は、まるで自我を取り戻したかのようだ。会話すらままならない日々だっただけに、流平は泣ける程に嬉しかった。

「俺も幸せ♪…咲希、愛してるよ。」

自分の腹にある愛しい女の手を左手でぎゅっと握りしめ、尚も右手のハンドルを回しエンジンに気合を入れる。

高速道路の脇道から彼のバイクはインターを交わし、高速へと突然割り込む形で乗った…そして…

「…ッ、流平ぇーーッ!!!」

走り去って僅か数分後…ドゥン!!という爆発音が辺りに響き渡った。すぐにバイクで駆けつけた2人が見たのは…大型トラックのすぐ側で炎上し黒煙を上げる『物体』だった。

「…、…り…流平…ッ、流平ーッ!」

「危ねぇ!止めろ瞬ッ!!」

「離せっ…離せや圭介ッ!流平ッ!流平ぇッ!!」

「…ッ、もう…無理だ…、…もう逝っちまったよ流平も咲希も…ッ!このアホがぁ!スカポンタンがぁ!!…ッ、…」

ガソリンが満タンだったバイクの炎上は激しく…まるで誰も近づくなと言うかのような惨状に、取り縋ろうと泣き叫ぶ南雲を必死に引き止めガッチリ羽交い締める圭介の両肩が…力無く震えていた…

その知らせはすぐに笛木らチームの皆にも入り、落胆と憤り…そして何より悲しみが後に残された。

2人の葬儀は同時にチームの名で合同で行われ、その全額を笛木が負担した。…共にいたいと思いそうした流平の遺志を汲んでの事だった。だが…その後に待っていたのは、道連れにした流平の家と娘を奪われた咲希の家との『遺恨』だった。

荼毘に付す為に来た斎場で鉢合わせする事になった両家。立花家は両親が早くに亡くなり、年の離れた兄航平が遺骨を引き取りに函館から来た。そして警察から連絡が入った咲希の両親も。

「…、…っ、どう責任を取るつもりかね!」

「うぅっ、娘をっ…咲希を返してぇ!!」

「…っ…申し訳、ございませ、んっ…」

兄航平は斎場の固い床に額を擦り付け低頭する。咲希の両親が怒りに震える理由は他にもあった。

「その上っ…娘を連れ帰る事すら出来ないとはどういう事だ!」

「…っ…」

「ですから渡辺様…それは先程もご説明させて頂きました。…ご遺骨の『判別』が、難しいのです…」

「っ、うぅっ…咲希ぃ…」

流平と咲希の最終的な死因は『焼死』…2人は死の間際まで互いに抱き合っていた為に、『流平』と『咲希』それぞれに分ける事が出来ない状態なのだ。

荼毘に付す事で骨となり分ける事は可能だが、歳も1つしか離れてなく男女の違いはあれども判別は相当に難しいと請け負った葬儀屋が言う。増して流平は小柄で身長もそんなになく、骨太な男ではなかった。

「だからと言って分けない訳にはいかない!」

「…ですからお願いでございます。僕の生涯においてご供養させて頂きますので…何卒、咲希さんも共に…」

「何を寝ぼけた事を!貴方、正気なの?!咲希はウチの娘ですっ、私達親が手厚く供養致します!」

「そもそもが、お宅の弟のせいじゃないか!!暴走族などという良からぬ男に…娘が精神的におかしくなったのもそちらさんのせいだ!…何が責任を持つだ…何も出来ずに逃げるように死におって!」

「…おいオヤジ。今のは聞き捨てならねぇな…」

「な…君はあの時の?」

「てめぇらみてぇな『毒親』がいるから、俺らみてぇにグレる野郎がわんさかと出てくんだよっ。…ついでに教えてやんぜ…流平はな、逃げたんじゃねぇよ…てめぇも咲希と死ぬ事でその責任を果たしたんだよッ!!」

「も、もういいよ…笛木くんっ…」

「…航平さんッ…」

「…、…いいんだ…言われても仕方ない、からね…」

その後も渡辺夫妻はしばらくをギャンギャンと航平を責めるに責め立てると、今度は葬儀屋に詰め寄る。

「ちょっと葬儀屋さん!…およその女性の骨格くらい、判別出来るでしょう?!全部とはいかずともせめて『頭蓋骨』と『歯』だけは我が家で引き受けます!」

「…は…歯、でございますか…歯が1番判別が難しいかと…『頭蓋骨』も確認しましたところ、どちら様も似たような…」

「それでもプロなの?貴方!本当に使えない葬儀屋ね!…いいです、こうなったからには別のプロに依頼してDNA鑑定致します!その結果を持ってそちら様と分けさせて頂くという事で。それまで納骨はなさらないで下さいっ。」

「…、……」

「それと。そちら様が仕出かした『責任』は、正式な場で求めさせて頂きます。後日、弁護士より書類が届きますので、必ずご出席下さいっ。」

「……、…」

渋々ながらもその日斎場を去っていった渡辺夫妻。呆れたように見送る中、葬儀屋が航平に囁いた。

「…立花様。いなくなりましたので今の内に。」

「…、…え?」

「若いお2人が亡くなられた事情は、笛木くんから聞いています。…そんなお2人を引き離すなんて…私には出来ません。どうぞ女性のお骨の一部、弟さんと共に埋葬してあげて下さい…」

「あ…ありがとうございます。でも判別出来ないと…?」

「確かに難しいです。ですが出来ない事もないんです。…私、これでも『プロ』なので。」

「す、すみませんっ…お気遣い頂いて…ありがとうございますっ…っ、ありがとう、ございますっ…」

弟の死が信じられず、泣く事すら出来ずにいた兄航平は…笛木の男気と葬儀屋の優しさに触れた事で、ようやく涙する事が出来たのだった。

悲しみが追い縋る中、本当に弁護士を立てて行動を起こした渡辺夫妻は、法廷という場で散々立花の家と亡き流平を罵り…弱い立場である兄航平は、判決のままに慰謝料1000万を支払った。本気で人を愛し、共に逝った弟の為ならばと何を言われようとグッと我慢したのだ。

そしてこの流平の死は、様々な形で派生していく事になる。

『北斗鬼神愚連隊』は解体を余儀なくされ…総長笛木とみずきの間に子供が出来るも、東京の極道組織『佐野組』組長に目を付けられ娘を充てがわれ…みずきの存在を知った娘とその仲間に集団リンチに遭った事でみずきが重傷を負い流産し…

圭介も流平を亡くした悲しみと何も出来なかった自分を責める毎日を過ごし…南雲は失った喪失感を埋めるかのように荒れ、誰彼構わず女に手出しした。みずきが率いた『ホーリードラゴン』のメンバーだったまゆも、その餌食となってしまっていた。

こうして笛木自らが佐野の人身御供となる事で起ち上がったのが極道組織『北斗聖龍会』。圭介は苦渋の中で極道になる事を選び『若頭』の地位に就き…南雲は改めるように足を洗って大学を受験し『医師』を目指したのだった…

・・・・・・

…圭介とて、全てが順風満帆だった訳ではない。組織の若頭となって以降も流平を亡くした喪失感をどう足掻いても埋める事が出来ず苦しんだ。何故ならその根底に『自責の念』が強くあったから。

一時期の南雲のように、女に救いを求めた事もあったが…深い事情や理由など知ろうともしなかったこれまでの女達は、正に『腐れ女』と呼ぶに相応しかった。だから圭介はそれを止め、孤独に生きる事を決めたのだ。笛木やみずきなど周囲の人間には『女なんかいらねぇ。』と言いながら。

だがある日、まるで降って湧いたかのように出逢ってしまった…かつて楽しく過ごしていた頃に語った理想の女に。嫁となってくれた『美優』は正にそのものだ。

圭介は思う。今のこの幸せがあるのも、亡き親友流平のおかげだと。…ある事件に巻き込まれ、生死を彷徨った愛しい女。その彷徨った先で流平が手を差し伸べ、そして『こちら』へと送り出してくれたから…美優は圭介の元に戻っては来られなかったはずだ、と。

そして彼女なくしては息子にも娘にも恵まれなかっただろう。この2つの小さな温もりは、自分の身体を張って守り抜くと誓っている。

「…、…とうちゃん?」

腕にいる息子の流が、今にも泣き出しそうな顔で父を呼ぶ。そんな2人を見ていた美優にも、全てを察して涙が浮かび…やがて静かに決壊し伝っていく。

…そんな嫁の涙が嬉しいと同時に、圭介の胸を締め付けた。

「…、美優…オレは大丈夫だ。今のオレにはお前も流も小梅もいる。だから大丈夫だ…ありがとな、美優…」

「……っ…」

「…そんなお前だから、オレは本気で惚れた…出逢った時以上に愛してる…」

「…っ、圭介さんっ…」

「まだまだ幸せになろうぜ…流平と咲希の分も、オレ達が。それが…アイツらにしてやれる『手向け』だと思う。」

「…はいっ…」

「りゅうも!とうちゃん、だいすき!」

「おう。…父ちゃんも、流が大好きだ。小梅もな。」

「ん!こうめも!」

にゃはは♪と笑う息子は、自分に似て特徴ある吊り目を持ちながらも、どこか亡き流平に似ている。

(…流平、オレはまだまだそっちには行けねぇわ。オレ達家族を守ってくれ…頼むぜ。)

…そんな願いと共に、圭介は愛する嫁と息子を自らの腕の中に閉じ込めるかのようにギュッと抱きしめるのだった。
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