Hold on me〜あなたがいれば

紅 華月

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小話集

父の日と新たな挑戦

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それは、長男の流がまだ小さかった頃の話だ…

産まれて半年以上が経ち身体つきもがっしりしてきた事から、母美優は『もうそろそろお座り出来るかな?』と楽しみに日々を過ごしていた。

そんな彼はマイペースに与えられたおもちゃで遊び、周りの家具につかまったりしてる。

はたとカレンダーに目をやると、6月の第4日曜が近づいていた。

…その日は『父の日』である。

「流くん、もう少しで“お父ちゃんの日”だよ。」

「う?」

「…わかんないねまだ。でもお父ちゃんに『ありがとう』しようね。」

「ぅだっ♪」

この年の先月にあった母の日には、抱えんばかりのカーネーションをプレゼントしてくれた。

『流を無事に産んでくれた美優は、文字通り“母ちゃん”になった。…ンな毎日頑張ってるお前に。』

渡してくれたそれは造花などではなく“生花”。あまりにも綺麗な為に感動の涙を流したのはちょっとだけ恥ずかしい話。

彼女が『母』を頑張っているのは去る事ながら、圭介も『父』を頑張っている。

見た目に反して子供好きなのか、はたまた“自分の子供”だからか定かではないが暇さえあれば流を構い、美優も気付かぬ間に自らの膝に座らせたり抱っこしている。

昼間の内に幹哉に頼み買い物に行く。彼も今では多忙な身にも関わらず付き添ってくれるのを、ありがたく思うと同時に申し訳ない。

「…幹哉さん、すいません…忙しいのに。」

「そんな事、気になさらないで下さい姉貴。若といられるのは俺の“特権”なんですから。」

『ね?若。』と言って幹哉が笑みを向けると、流も一緒になってきゃらきゃらと笑う。彼は幹哉を気に入っているのか、機嫌良く抱っこされている。

「流くん、コレが『人参さん』だよ。」

「…う?」

「あ、姉貴…まだ若には早えと思いますよ。」

突っ込まれて目を丸くした美優。こんな“おトボケ”は尚も健在である。

さて。帰宅した彼女が早速と取り掛かったのは夕飯作り。父の日のお祝いをしようと思い至り奮起した。

材料を準備しながら鼻歌がつい出てくる。…やっぱりお祝い事があるのは嬉しいもの。流も母のテンションが上向いているのがわかるらしく、機嫌良く目で追う。

やもしていると圭介が帰宅した。

「帰ったぞ、美優。」

「圭介さん、お帰りなさい。」

「う~…あー♪」

「ン?お、流。父ちゃん帰ったぞ。母ちゃん困らしてねぇか?」

父が帰った事に気が付いたのか、リビングに入って来た父の足元にハイハイで近寄ってきた流を抱き上げる。穏やかに笑うその顔をぺちぺちと叩く。

「わかったわかったっ。」と言いながら笑った圭介は、そのまま流も連れて隣室に向かい着替え始める。

「圭介さん…用事の方は大丈夫だったんですか?」

「ン、まぁな。つったってクソつまらねぇ『寄合』だかんな。…ったくなぁ、いつもなら会長1人で行くクセによぉ…」

この日は札幌圏内にある極道組織が集まり、様々話し合う寄合が行われた。進行を行う“議長”を今回は『北斗聖龍会』の順番だったので、会長たる笛木は役目を全うする為に若頭の圭介に同行させたのだ。

そのせいで圭介は普段はあまり着ない、苦手な“スーツ”を着て行く羽目になった。それでも以前から比べれば着る頻度が上がっているだけ褒められたものだろう。

「おまけに玄武の京極までいてネチネチ絡んでくるしよ…あー終わってせいせいしたぜ。」

「そ、そうだったんですね…」

そう話す横でパンツ一丁になった彼がベッドにいる息子を構い倒す。…しかし情けなさ全開のその姿はどうにかして欲しい。

そそくさと着替えの続きを促して終えるとお祝いの食事を始めた。

「圭介さん、今日は『父の日』です。…いつもありがとうございます。」

美優が流と一緒にペコリと頭を下げる。言われて気付いたらしい圭介が笑う。

「あー…そういやそんな日があったな。…礼を言われるような事をしてるつもりはねぇよ。流のおかげで親父になれたし、ンな大層な事もしてねぇ。」

「いえいえ。圭介さんと出逢えたから流くんにも会えたんですよ。」

「初めは怖がってたクセして。」

「まぁ…最初は多少。でも段々と圭介さんの“優しさ”がわかりましたから。」

ふふ♪と笑う美優は相変わらず可愛い。褒められた記憶など希薄な彼は、嫁の言葉1つで気恥ずかしさが湧き上がる。

「あー…あんま持ち上げんなや。じゃねぇと図に乗って昔のオレに戻っちまうぞ。」

「もしそうなったら、遠慮なく出て行きます。流くんと一緒に。」

「…。頼む…それだけは勘弁してくれ…」

恋人から夫婦に、夫婦から家族になって団欒とも言えるこの時間が1番楽しく幸せだ。圭介も美優も密かに願っていた事が叶っている今、何を言う事があるだろう。

美優が時間をかけ用意した食事を「美味い。」と褒め、息子も始まった離乳食をもぐもぐと元気に機嫌良く食べてくれる。

「流、美味いか?どこが美味い?」

父の言葉に答えるように流がほっぺに小さな両手を当てて笑う。いつの間にか覚えたらしいその仕草が可愛くて、圭介も美優も笑顔になる。遊びながら食べるので手や口の周りはベチャベチャ…それもご愛嬌だろう。

和やかに食事を終え片付けた彼女は嬉々と動き出す。どこからともなく差し出されたそれに圭介が疑問符を浮かべた。

「?…何だそれ。」

「父の日のプレゼントです。」

そうして中から出てきたのは…

「…。何だコレ…」

「いわゆる『抱っこ紐』、ベビーキャリーとも言います。」

至極真剣な表情で言う美優に対し苦笑いが浮かぶ。『また何を考えたんだか。』とも。

「圭介さんに似合うように、布地の『スリング』にしてみましたっ。ベルトタイプもありますけど。」

「いやいや…オレを基準にして選ぶなよ。」

よく見ると、確かに2タイプが一緒に包装されていた。どちらも色は黒である。

あれよあれよの間に図体デカいその身体に巻き付けられ、流のお尻を安定良く入れてしまう。すっぽりと収まった流が父ちゃん見上げて“にへらっ”と笑った。

「……。」

「わ、似合いますよっ圭介さん!良かったねぇ~流くん♪」

「あう♪はう♪」

「ってだから!てめぇの倅くらいてめぇの腕で抱くっつうの!」

「…。似合ってるのに…たまには“こういう”のも良いと思いますよ?」

「……。」

こう言われては仕方なく、黙る事を選択した圭介。ふと息子を覗き見ると…

「…寝てるし。」

「あれ…流くん、寝ちゃいました?安心するんですね、きっと。」

相当に居心地が良いのか、スリングの中で眠ってしまった流。その顔は正に“天使”。

こうして新たにやってきた、文明的な道具を手に入れた清水家。さぞこの先の育児も楽しめる事だろう。

「あー流。何齧り付いてんだっ。ぺってしろ、ぺって。」

「うー♪」

「わ…流くん、食べ物じゃないのよっ…めっ。」

…どうやらその文明的な道具も、流にしてみれば『おもちゃ』にも等しいようで…何やら前途は多難なようだ。

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