Hold on me〜あなたがいれば

紅 華月

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番外編 清水一家の長い春〜初めての誘拐

3 時は来たれり

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「…くかー…」

「……。」

遠慮がちにガチャと開いたドアを潜って、小さな影が大きなベッドによじ登る。呑気にも口を開けて眠りこける『大きな身体』のすぐ側にペタンと座ったそれがジーッと見つめた。

「…、ほぁ…」

「くかー…」

「……にゃはは♪」

その『大きな身体』の左胸にある真紅の薔薇を見て、影が嬉しそうに笑うと…その薔薇をツンツンと小さな手で突く。影は物心ついた時から大好きな『絵』なのだ。

「…んー…?、何だ…流か。母ちゃんかと思ったのになぁ…」

「っ!ほぁ!おっき、ちた!」

「はは…そら起きるわ。流…母ちゃんに言われて、父ちゃん起こしに来たのか?」

「ううん。とうたんの『かあかんのおはな』、みにきたっ。」

「そか…お前、ホント好きだな…コレ。」

「かあかんのおはなっ、かっちょいい。りゅう、しゅき♪」

にゃはは♪と笑う息子の小さな身体を抱き上げ、しばしの父子のひと時を楽しんでいると美優も誘われたかのように姿を見せる。

「わ…流くん、またお父ちゃん起こしちゃったの?…すいません圭介さん…」

「いんや、大丈夫だ。…そろそろ起きて行く準備、しねぇとなんねぇ。」

「…とうたん、おちごと?」

「ん。…悪りぃな流…遊んでやれなくて。」

「ううん!とうたん、たいへんなの。りゅう、みっきーとあしょぶ!…め?」

「…。それはそれでどうなんだ、オイ。まぁいっか…後で幹哉に来させっから、うんと遊んでもらえ。けどヒマになったら父ちゃんと遊ぼうな。」

「あい!」

圭介の中にある『近々、きっちりケリを付ける。』という思いが、幼い息子と約束をさせる。

そんな光景は、美優にとっても幸せなもので『ふふふ♪』と微笑んだ。

しばらくして父ちゃんこと圭介が家を出て、昼を過ぎた頃には幹哉がやって来た。リビングに入って来た彼の足元にガシ!としがみ付くと満面の笑みが見上げる。

「みっきー!」

「若、お父ちゃんから聞いて来ました。…何して遊びますか?」

「かけっこ!おしゃんぽも!」

「わかりました…じゃあ行きましょう。」

「やたー!みっきー、しゅき♪」

「本当にすみません…毎日のようにお願いしてしまって…」

「気になさらないで下さい。自分も若と過ごせて幸せなんですから。」

こうしてこの日も、幹哉と流は手を繋いで大通りの公園目指してテクテクと歩き散歩をする。その背には小さなリュックがあり、中にはお母ちゃんのお手製“野菜”クッキーとお茶が。

「…若。寂しくはないですか?お父ちゃんと遊べなくて。」

「ちゃみちくない。とうたん『たぢゃいま』しゅゆから。」

「でも…お父ちゃんは寂しいみたいですよ。若と遊べなくて。…時期に『ヒマ』になります、その時はお父ちゃんとたくさん遊んで下さい。」

「ん!あしょぶ!」

時期に着いた公園では観光客らしき人の姿がちらほらといるだけ。そこを思い切りはしゃぎ走り回る。しばらく後には持参のおやつを食べてまた走り出す。その時…

「にゃーははは!…おわ?!」

「おっと、坊主…大丈夫か?」

「…。ぼうじゅ?」

「正に『飛んで火に入る夏の虫』…てか。くくくっ…」

「っ?!おわっ!」

「若!…ッ!」

「…どうも。『北斗聖龍会』会長付きの椎名幹哉サン。」

「ッ…」

走り回る流の目前に突然現れた男。1人は足元にぶつかって来た流を担ぐように抱き上げ、もう1人は幹哉の背後に回っていた。…その幹哉の背に硬い金属物が当てられる。

「いやはや…なかなか隙がなくて、無駄に歩かされて来たが…それも今日で終いだな。」

「…、…てめぇら…俺に用があるだろ。だったら若は関係ねぇんだ、離せ。」

「ちょちょちょっ、折角っつうかようやく取っ捕まえたってのに、離しちゃうバカはいねーし。」

「…ッ…」

「さぁーて坊主。お兄ちゃん達と遊ぼうか。」

「おじたん、きやい。」

「…。このガキッ…」

父親譲りの吊り目を細め、脇から掲げ持たれながらも流は冷ややかに言い放つ。敢えて自ら『お兄ちゃん』と言ったのに『おじさん』呼ばわりされた男はイラッとする。

「ったく、親父が親父なら子も子ってか。マジでそっくりだな…この親子。」

「うるしゃい!はなしぇ!ばかやろー!」

「若!!」

目の前の男を『わるいひと』と判断した流がジタバタと全身で暴れ出す。助けようと一歩踏み出した幹哉だったが…『カチャ!』という音が鳴り、踏みとどまる。

…この非日常な出来事に、やや離れた場所で楽しげに語らう人間は誰も気付いてなどいなかった。まるで切り離されたかのような『現実』…

「まずは人目から離れるとしようか。…『若』が行くんだから、お前も当然来るよな?」

「…、…クッ…」

その頃…自宅にいた美優は、不意に息子の事が心配になっていた。でも幹哉さんがいるから大丈夫…抱く信頼を強くしたその時、彼女のスマホが鳴り響いた。

「…はい、もしもし?」

『…。あ、姐さんっ…』

「…、…幹哉、さん?どうしたんです…」

『どうもー、お電話変わりました♪…アンタが『北斗聖龍会』の姐さんですか。』

「…。誰?…さっきの声はウチの会の椎名よね。…代わって下さい。」

『うーん、ちょっと無理かなー?まともに話すの、かなりキツそうだから♪』

「…何をしたの。何が…目的なのっ。」

『おっと話が早いねぇ…そういう女は好みだぜ♪』

「…お生憎様ね。私が愛してるのは『ただ1人』だけなの。他の男なんてどうでも良いわ。」

『…ふぅぅん…』と呟くその向こうからは「みっきーをはなしぇ!ばかー!」という息子の声と、「グァ!」と幹哉と思われる苦しげな声が混ざり聞こえた美優は、ハッと目を見開く。

「流くん!幹哉さん!!…何故っ…2人を返して!」

『ったくうるせぇな…、…あ?何か言ったかい姐さん。』

「ッ…言う通りにするわ、だから2人を返して!」

『…頭の回転の良い“姐さん”だな。こんな事まで教えてもらったのかい…市内の外れに廃工場がある。そこに来な…但し、1人でな。』

プツッと切れたスマホを握り締め、美優はワナワナと震える。常の彼女ならばすぐ様会の事務所へ駆け込み、圭介や会の面々に事の次第を話す所だ。だが…

「……。」

何時ぞやの時のように眼を吊り上げた彼女は、スマホだけを手に自宅を後にした。まるで表面上では誰にも悟られていないかの様なこの事態。けれどそうは問屋が卸させないのが『北斗聖龍会』である。

会もまた、俄かに慌しく動いていた。発端はタカの報告から始まる。

「…会長。幹哉に連絡が付きません。」

「あ?…いつもなら流と遊んでたって電話には出んだろ。」

「はい。幹哉はあれでいてきっちりした奴なんで、何処にいようと定期的に連絡をしてきてました。…その連絡もないし、変に思って田島さんに電話してみたら…『今日は見てない。』と。」

「…おかしいな。行きか帰りかで必ず田島と話すのがルーティーンみてえなモンだ。…会ってねぇだぁ?」

「…。…幹哉のGPS、追いますか。」

「頼む。」

「タカ、その必要はねぇ。…会長、幹哉のGPSは…市の郊外に反応がありますね。」

「は?…おいキリ。」

話の展開から即座に動いていた霧山が幹哉のGPSを確認していた。現在地が市の郊外と知った圭介は驚く。

「…幹哉が拉致られた可能性が高いです。恐らく…若も。」

「ッ、ンだと?!」

そうしてる間にも事務所の電話が鳴り、対応した笹木が駆け込んで来た。

「会長!…『南郷陣内組』の陣内から電話です!」

「こっちに回せ!…何の用だ!組長さんよ。」

『これはこれは…ご挨拶ですね、北斗の会長。ご自分のイライラを電話相手にいきなり向けるなんて…』

「あー、悪りかったな…だがちょっと立て込んでる、アンタ構ってるヒマは…」

『へぇ。それはもしかして…可愛いご子息と、ご自身の右腕をお探しですか?』

「ッ?!…何でそれっ…、もしかして…」

『良かったですねー、予想外に早く見つかりそうで。』

「…、…てめぇ…やっと本性見せる気になったか…」

『本性…か。まぁお好きに想像して下さい。…じゃあ本題だ…アンタが大事にしてる愛息子を預かってんぜ。ついでに右腕もな。』

「…ッ…」

『もっとついでを言えば…アンタが自慢の『嫁』も、今こっちに向かってるぜ?』

「てめぇコラ!…ウチのと倅に何しようってんだ!」

『いやぁ~、実に頭の回転の良い姐さんだ。そんな女性と出会えたアンタが羨ましいぜ…ヒャッヒャッ!』

「……。」

『無事に返して欲しいんなら、アンタが迎えに来な。…もっともどんな形でお返し出来るか、正直言って保証しかねますけどねー♪』

「あぁ、行ってやんよ。…その代わり、嫁と倅に手出ししてみろ…タダじゃ済まさねぇからな!!」

ガチャン!と叩きつけるかのように受話器を置いて、圭介が電話を睨み付ける。霧山はそんな『会長』を見て、数年前に起きた出来事を思い出していた。

…あの時と全く変わらず、ギラギラと怒りを滾らせる圭介に無駄とわかりながらも進言し、タカを密かに動かす。

「…会長、落ち着いて下さい。」

「落ち着けだぁ?…あぁ落ち着いてんよ。」

「全くそんな風には見えませんがね。…場所はわかってます、若だけじゃなく幹哉も一緒なんですから…」

「ンな事、考えるような奴らかっ。手中にした流や幹哉は只のエサで…目的は『オレ』なんだからよ。」

「…。だからって、貴方がノコノコと出て行ったら向こうの思うツボです。」

「だったらどうすんだ!奴らは美優まで誘い出してんだぞっ…腹のガキはまだ5ヶ月だ!ンな大事な時に何かあったら…ッ…」

「…、…会長…」

「……、…行って来る。キリ…場所どこだ。」

「ハイちょっとタンマ!…何処に行くって?『歩く災害』サンよぉ…」

「…。…南雲、何で…」

「…間に合って良かった…」

「ったくなぁ…たまたまこの近くにいたからすぐ来られたけど。こんな偶然、マジ『ない』からな?」

「…ッ…」

「話はタカから聞いた。…流と幹哉が拉致られたってな。」

突然と現れたのは、会の相談役であり会長の盟友でもある南雲だ。本当にたまたまの偶然でこの近くにいたようだ。話の内容も来るまでの間に全て聞いたらしい。

「…行くなったって、お前は行くんだろ。いつかこうなる事が想定出来ていたからこそ…流が拉致られて黙っていられる奴じゃねぇからな。」

「わかってんならそこを退けや。」

「…。はぁ…ったくなぁ。ちょっとだけ待て…、…あ、もしもし?志穂か?悪いけどちょっと『急用』出来たから、病院頼むねー。健にも言っといて…んじゃ!」

「……。」

「ふぃー。さて会長サン行きますか!」

「…あ?」

「“あ?”じゃねぇっての…お前が行くってんなら『俺』を連れてけってんだよ。」

「…南雲…」

「オラ動け!…タカ、みんな集まったか。」

「はい、相談役。」

「行くぞ!…この『北斗聖龍会』に楯突いた大ボケ共に、きっちりわからせてやんぞ!」

「「うす!」」

…果たして倅と右腕、そして今正に場に向かってる嫁を無事奪還出来るのか。

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