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第一章:旅の始まりと騎士の英雄
3話:真相と、そして嘶く稲妻
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なんなんだろう。
この人は一体何をしに来たのだろう。
少女はやわらかい笑みをたたえながら、俺の一挙手一投足を注意深く観察しているようだった。その意図をはかり知ることは残念ながら出来ない。それはまるで狭い鉄格子の中にでも入れられたかのように窮屈さだった。
「赤城冬夜くん、で合っているわよね?」
「なんで俺の名前を知ってるんだ?」
それに、随分と流暢に口にしているのも疑問だ。
この世界で俺をフルネームで呼ぶ人はいない。どうやらこの辺の人々にとって、赤城というのは発音しにくい音の連続らしい。だから俺はトーヤとしか呼ばれないのだ。しかしこの少女の発音は綺麗であり、それだけに疑問が増える。このあたりに住む人間ではないのだろうか、と。
少女は下唇に指を添え、なにやら考えるように俺から視線をそらした。
「難しい質問ね。それを答えるには、あなたにいくつか説明しなければいけないことがあるのだけど、聞いてくれるかしら?」
俺は無言で頷いた。
部屋には少女の他にもあと二人いるようだった。片方は部屋の隅に、片方は部屋の出口に。だがどちらも顔すらすっぽり覆うローブを着ているようで、しかも燭台の明かりがギリギリ届かないためどんな人なのかを確認することは出来ない。
それにきっとその場所にいるのは、ここから俺を逃がさないためと、何かあっても対処できるため。なぜかはわからないが、この連中は俺への警戒心があるのだ。よく感覚を研ぎ澄ませば、視線も感じるような気がする。そう思うと余計に動けない。
「まず、私について説明しなくてはいけないわ」
しかしこの少女に関しては、警戒心などまるで抱いていないのではないかとも思ってしまう。理由はその楽しそうな表情と、まるでおとぎ話から出てきたのではないかと思うほどの優雅で自然な身振り。緊張とか警戒とか、そういった類のものを全く感じさせないのだ。
「遅れながら自己紹介させていただくけれど、私の名前はソフィア。かつてとある地域を治めていた、元領主よ」
「とある地域? 元領主?」
少女――ソフィアはええ、とだけ答えた。詳細は言いたくないということだろうか。知られると不都合がある? いや、ならばそんなことをわざわざ口に出したりはしないはず。
「君が俺のことを知っているってことと関係があるのか、それは」
ソフィアは笑顔のまま、少しだけ目を細めた。
蝋燭の火が揺れ、ソフィアの白銀にうつる橙色が踊る。しばしの無言に耐えられなくなり体を後ろに傾けると、布団代わりの藁が予想以上に大きな音を立てる。
一瞬、俺に向けられる視線が寒気を感じるほど強くなった。反射的にネフェロに目を向けるが、相変わらずぐっすりと寝ている。起きていたらどうにかできるという状況でもないが、心細さは少しだけ消えるのではないかと思う。
「……ねえ、魔王って知っているかしら?」
「魔王? 魔物とか、そういうのを率いてる?」
「そうね。そういった存在だったと私も聞いているわ」
ということはゲームのラスボスとかに出てくる、あの魔王で認識は合っているということだ。とはいえこの世界の人にゲームの話をしても通じることはないから、確認することは出来ないのだが。
正確には、ソフィアはそう続ける。
「魔王っていうのは広大な領地を持ち、魔物と呼ばれる存在達を統べる、王の位のことを指すの。そして位は王の子供に代々受け継がれていくから、今も魔王の位を引き継いだ子孫がいるわ」
「……そうなのか」
だから何なんだ、と思う。そんなことを知っても俺からは特別な感想なんかは出てこない。それは大変なんだな、というくらいが関の山だ。
「とある地域についてと、領主について。あなたはさっき質問してくれたわね」
「ん? ああ……」
「答えは言ったわ」
「……は? それはどういう、」
今の会話の中に答えがあったということだろうか。だが告げられたのは魔王についての話だけで――
瞬間、思い至った答えに俺は目を見開いた。
「まさか、君が魔王だとでも……?」
「そのまさかよ。私は95代目の魔王、ソフィア・デイ・アスタリア・ローゼンベルト。以後お見知りおきを」
「…………そ、そう」
「信じられないって顔してる。ええ、でもそれも仕方のないことだと思うわ。だから無理に信じようとしなくてもいい」
「ああ、すまないけど、信じられないな……。いやなんというか。勝手な想像だが、魔王というのはもっと途方もない存在だと思うんだ。魔物と呼ばれ恐れられている奴らを率いてるってくらいなんだから。でも君は、うまく言えないけど、あまりにそういったものから遠い気がする」
ソフィアは口元に手を当ててふふ、とかわいらしく笑う。
「そんなことを言われたのは初めてよ。どうもありがとう」
「魔王っぽくないって言われるのはいいのか?」
「そうね。初めに言ったけれど、私はもう領地を治める魔王ではないの。いろいろと込み入った事情があってね。だから今は魔王っぽくない、なんて言われた方がうれしいのよ」
細められた目には、優しさが湛えられているような気がした。ソフィアが魔王なのだと信じることはまだ出来ないが、なんとなく話していて心地がいい。こんな感覚は初めてのことだった。
ふとネフェロに元の世界の話をしたときのことを思い出す。ネフェロは俺の話を信じられないと言っていたが、たまに聞きたくなると言っていた。きっとこの感覚が、ネフェロの言っていたものなのだろう。
たとえこれが作り話だとしても、聞いている分には面白い。やっとわかった。
……だが、それなら彼女はなんのためにここへ?
話を戻しましょうか、とソフィアが両の手を合わせて言う。
「そして、魔王になった人には、ある特別な権利が与えられるのよ」
特別な権利? 訊き返すとソフィアは頷いた。
「願い事をなんでもかなえる魔法を、一度だけ使うことが許されるの」
「そんなことができるのか。でもそれだと世界が大変なことにならないか? 例えば、世界征服を願ったらそれが実現するんだろ?」
「いいえ。かなえることができるのは、あくまで魔法を使用する魔王が持っている魔力の分だけ。つまり世界征服の願いをかなえようとするなら、それができるほど強力な魔力が必要になるということなの」
「……ああ、なら大丈夫か。ちなみに君はなんて願ったんだ?」
俺は少し楽しくなり始めていた。こんな美人と話したことがなかったからかも知れないし、こういった話がそもそも好きなのかもしれない。
嫌いで満ちた世界にしては、いい出来事が起こったものだ。
私はね、冬夜くん。
ソフィアは少しだけ笑みを崩した。口を開いて、一度やめて、それからまた口を開く。
「私の願いは、冬夜くん。あなたをここへ――――いえ、この世界へ連れてくることだった」
しかしやはり、運命には断層ができるもの。楽しい時間など虚構に過ぎない。
「……は?」
聞き間違いだろうか。いまソフィアの口からこの世界、と。
「あなたは別の世界から、ここへやってきたのでしょう?」
今度は、確実に聞き間違いではなかった。
「…………な、なんでそれを」
その話はネフェロにしかしたことがない。だとしたら、俺がその話をしているのを、どこかで聞いたのだろうか。
だが。俺の頭に嫌な想像が巡る。
あるいは。その話を知っている者が他にいるとすれば、それは。
「……答えてくれ。なぜそれを知ってるんだ」
「私が、あなたをこの世界に連れてきたの」
あっさりと。
それは俺が想像してしまった答えと、一言一句違わないものだった。
ソフィアはゆっくり目をつむった。
「ごめんなさい。どうしてもあなたの力を借りなければならなかったから」
宿に入ってきた風が、地下室の戸を通って叫びのような音を立てる。蝋燭の火が大きく揺れた。ソフィアの影がおそろしげに動きまわる。
この世界の記憶が、鮮明に浮かんでは消えていく。
俺はこぶしを握りしめた。血がにじむのではないかと思うほどに。
「本当なのか、君が俺を連れてきたって……」
「ええ。ちょうど、一か月ほど前に」
一か月前。俺が異世界にやってきた頃だ。
「なんで」
「あなたにしかできないことがあったから」
ソフィアの表情から笑顔は完全に消え去り、もう感情を読み取ることすら出来なくなった。
「……なんだよそれ。意味がわからない」
頭に血が上っていく。こぶしが震える。湧いてきた名前の知らない感情で、叫びだしたい衝動にかられた。
しかし帰ることが出来ればいい。そうすれば、全て解決する。
「なあ、連れてきたってことは、帰ることもできるんだろ?」
だがソフィアは頷かなかった。
「約束は出来ない。けれど、私についてきてくれるのなら最善を尽くすと誓うわ」
は? と口から自然と漏れた。
「つまり君は俺を勝手にここに連れてきておいて、自分の頼みを聞かなければ帰さないって言うのか?」
「そういうことに……なってしまうわ」
君は、と俺は口にした。
「そうだとしたら、君は間違いなく……俺が想像しているような魔王だ。非道な悪逆の王。ひどい悪魔だ……」
「ええ、知っているわ。私があなたにどんなことをしてしまったのか」
――俺は藁の山を殴りつけた。
その言葉は地雷だった。
周囲の空気が凍り付き、部屋の隅で動かなかった二人がわずかに動く音がした。ソフィアは即座に部屋にいる他の二人に手の平を向け、続いて俺の方を向き、話を促してきた。
「知っている……? ふざけるな。じゃあ俺が何度死にそうになったか言ってみろ。何度殴られたか言ってみろ。食べ物がなくて人にすがって、何度罵声を浴びせられたか教えてくれよ……! あんたが俺をここに連れてきたせいで、俺がどんな目にあったか、あんた全部知ってるっていうなら、いまここで一つ一つ謝ってくれよ……!」
「ごめんなさい。本当ならあなたは私の城に召喚される予定だった。でも私の魔力が少ないせいで魔法が暴走して、こんなところにまで飛ばしてしまった」
「じゃあなんだ、ここ最近の俺の不幸は、全部手違いが原因だったってことか……?」
ソフィアはためらいがちに頷いた。
「本当にごめんなさい。望むならいくらでも謝るわ。私にできるお詫びはなんでもするつもり。だから、どうか……本当に身勝手なことを言っているのは承知の上で……私をゆるしてほしいの」
俺はもう口を閉ざすことが出来なかった。
「……ああそうか。なんでもするって? じゃあ俺と同じように苦しんでくれよ……! 通りすがりの人に乞食の真似をしてくれよ……! 話しかけるだけで殴られる気持ちになってくれよ……!」
何を言っているのか自分でもわからない。でも言わなければならない。俺がどれほど苦しんだか。運命を翻弄した神がこの人だというのなら、俺はこの人を許してはいけない。
ソフィアは少し目を泳がせ、二度、肩を上下させて呼吸を繰り返した。
俺はぎ、と歯を食いしばった。
「なんだ。結局そんなこと出来ないんだろう? だったらなんでもとか言うなよ。自分の言葉にすら責任もてない奴が、人一人の命を軽くもてあそぶようなまね、するなよ……」
気持ちをぶつけるというのは、存外に辛い。ぶつけられるほうが辛いのは知っている。だが、頬に流れる涙が、止まらない。
もう何も言わせないで欲しい。もう何も言わないでほしい。
だがソフィアはどこまでも深い色の瞳を俺に向け、首を横にふる。
「……いいえ。いいえ。……きっと許してもらえるよう、言われた通りにする。私が先にあなたへしてしまったことだもの。拒否なんてしない。全ての罰を受けるわ」
狂ってる。
嘘をついているといった様子でもない。本気だ。本気でこの人は俺の言った通りにするつもりに違いない。
純粋なのか。はたまた馬鹿なのか。
でも。俺はそれならそれで、やってみろ、と言ってしまいそうになっている。言いたくなってしまっている。この人に苦しんでもらえたら、俺の苦しみが減るのではないかと思ってしまっているのだ。
誰か止めてほしい。
じゃないと俺は――――。
「んーー、るせぇな。早く寝ろよトーヤ……」
不意にネフェロが声を発して、俺もソフィアもそちらを向いた。
どうやら寝言を言っただけらしいと気づき、力んでいた肩からすっと力が抜けていった。同時に頭から血がすっと落ちていき、少しだけ冷静になった。
「……帰ってくれ。あんたの顔はもうみたくない」
その言葉が言えるうちに、さっさと口にしてしまう。
ソフィアは何か言おうとして、何度かやめた。
「……ええ。わかったわ。でも、また会いに来る」
「いいから……! 行けよ……」
すると今度こそ、彼女は何も言わなくなった。小さくお辞儀をしてから扉に向かっていく。
ぎぃ。
地下室の戸を開ける音にここまで不快になるとは、思ってもみなかった。
この人は一体何をしに来たのだろう。
少女はやわらかい笑みをたたえながら、俺の一挙手一投足を注意深く観察しているようだった。その意図をはかり知ることは残念ながら出来ない。それはまるで狭い鉄格子の中にでも入れられたかのように窮屈さだった。
「赤城冬夜くん、で合っているわよね?」
「なんで俺の名前を知ってるんだ?」
それに、随分と流暢に口にしているのも疑問だ。
この世界で俺をフルネームで呼ぶ人はいない。どうやらこの辺の人々にとって、赤城というのは発音しにくい音の連続らしい。だから俺はトーヤとしか呼ばれないのだ。しかしこの少女の発音は綺麗であり、それだけに疑問が増える。このあたりに住む人間ではないのだろうか、と。
少女は下唇に指を添え、なにやら考えるように俺から視線をそらした。
「難しい質問ね。それを答えるには、あなたにいくつか説明しなければいけないことがあるのだけど、聞いてくれるかしら?」
俺は無言で頷いた。
部屋には少女の他にもあと二人いるようだった。片方は部屋の隅に、片方は部屋の出口に。だがどちらも顔すらすっぽり覆うローブを着ているようで、しかも燭台の明かりがギリギリ届かないためどんな人なのかを確認することは出来ない。
それにきっとその場所にいるのは、ここから俺を逃がさないためと、何かあっても対処できるため。なぜかはわからないが、この連中は俺への警戒心があるのだ。よく感覚を研ぎ澄ませば、視線も感じるような気がする。そう思うと余計に動けない。
「まず、私について説明しなくてはいけないわ」
しかしこの少女に関しては、警戒心などまるで抱いていないのではないかとも思ってしまう。理由はその楽しそうな表情と、まるでおとぎ話から出てきたのではないかと思うほどの優雅で自然な身振り。緊張とか警戒とか、そういった類のものを全く感じさせないのだ。
「遅れながら自己紹介させていただくけれど、私の名前はソフィア。かつてとある地域を治めていた、元領主よ」
「とある地域? 元領主?」
少女――ソフィアはええ、とだけ答えた。詳細は言いたくないということだろうか。知られると不都合がある? いや、ならばそんなことをわざわざ口に出したりはしないはず。
「君が俺のことを知っているってことと関係があるのか、それは」
ソフィアは笑顔のまま、少しだけ目を細めた。
蝋燭の火が揺れ、ソフィアの白銀にうつる橙色が踊る。しばしの無言に耐えられなくなり体を後ろに傾けると、布団代わりの藁が予想以上に大きな音を立てる。
一瞬、俺に向けられる視線が寒気を感じるほど強くなった。反射的にネフェロに目を向けるが、相変わらずぐっすりと寝ている。起きていたらどうにかできるという状況でもないが、心細さは少しだけ消えるのではないかと思う。
「……ねえ、魔王って知っているかしら?」
「魔王? 魔物とか、そういうのを率いてる?」
「そうね。そういった存在だったと私も聞いているわ」
ということはゲームのラスボスとかに出てくる、あの魔王で認識は合っているということだ。とはいえこの世界の人にゲームの話をしても通じることはないから、確認することは出来ないのだが。
正確には、ソフィアはそう続ける。
「魔王っていうのは広大な領地を持ち、魔物と呼ばれる存在達を統べる、王の位のことを指すの。そして位は王の子供に代々受け継がれていくから、今も魔王の位を引き継いだ子孫がいるわ」
「……そうなのか」
だから何なんだ、と思う。そんなことを知っても俺からは特別な感想なんかは出てこない。それは大変なんだな、というくらいが関の山だ。
「とある地域についてと、領主について。あなたはさっき質問してくれたわね」
「ん? ああ……」
「答えは言ったわ」
「……は? それはどういう、」
今の会話の中に答えがあったということだろうか。だが告げられたのは魔王についての話だけで――
瞬間、思い至った答えに俺は目を見開いた。
「まさか、君が魔王だとでも……?」
「そのまさかよ。私は95代目の魔王、ソフィア・デイ・アスタリア・ローゼンベルト。以後お見知りおきを」
「…………そ、そう」
「信じられないって顔してる。ええ、でもそれも仕方のないことだと思うわ。だから無理に信じようとしなくてもいい」
「ああ、すまないけど、信じられないな……。いやなんというか。勝手な想像だが、魔王というのはもっと途方もない存在だと思うんだ。魔物と呼ばれ恐れられている奴らを率いてるってくらいなんだから。でも君は、うまく言えないけど、あまりにそういったものから遠い気がする」
ソフィアは口元に手を当ててふふ、とかわいらしく笑う。
「そんなことを言われたのは初めてよ。どうもありがとう」
「魔王っぽくないって言われるのはいいのか?」
「そうね。初めに言ったけれど、私はもう領地を治める魔王ではないの。いろいろと込み入った事情があってね。だから今は魔王っぽくない、なんて言われた方がうれしいのよ」
細められた目には、優しさが湛えられているような気がした。ソフィアが魔王なのだと信じることはまだ出来ないが、なんとなく話していて心地がいい。こんな感覚は初めてのことだった。
ふとネフェロに元の世界の話をしたときのことを思い出す。ネフェロは俺の話を信じられないと言っていたが、たまに聞きたくなると言っていた。きっとこの感覚が、ネフェロの言っていたものなのだろう。
たとえこれが作り話だとしても、聞いている分には面白い。やっとわかった。
……だが、それなら彼女はなんのためにここへ?
話を戻しましょうか、とソフィアが両の手を合わせて言う。
「そして、魔王になった人には、ある特別な権利が与えられるのよ」
特別な権利? 訊き返すとソフィアは頷いた。
「願い事をなんでもかなえる魔法を、一度だけ使うことが許されるの」
「そんなことができるのか。でもそれだと世界が大変なことにならないか? 例えば、世界征服を願ったらそれが実現するんだろ?」
「いいえ。かなえることができるのは、あくまで魔法を使用する魔王が持っている魔力の分だけ。つまり世界征服の願いをかなえようとするなら、それができるほど強力な魔力が必要になるということなの」
「……ああ、なら大丈夫か。ちなみに君はなんて願ったんだ?」
俺は少し楽しくなり始めていた。こんな美人と話したことがなかったからかも知れないし、こういった話がそもそも好きなのかもしれない。
嫌いで満ちた世界にしては、いい出来事が起こったものだ。
私はね、冬夜くん。
ソフィアは少しだけ笑みを崩した。口を開いて、一度やめて、それからまた口を開く。
「私の願いは、冬夜くん。あなたをここへ――――いえ、この世界へ連れてくることだった」
しかしやはり、運命には断層ができるもの。楽しい時間など虚構に過ぎない。
「……は?」
聞き間違いだろうか。いまソフィアの口からこの世界、と。
「あなたは別の世界から、ここへやってきたのでしょう?」
今度は、確実に聞き間違いではなかった。
「…………な、なんでそれを」
その話はネフェロにしかしたことがない。だとしたら、俺がその話をしているのを、どこかで聞いたのだろうか。
だが。俺の頭に嫌な想像が巡る。
あるいは。その話を知っている者が他にいるとすれば、それは。
「……答えてくれ。なぜそれを知ってるんだ」
「私が、あなたをこの世界に連れてきたの」
あっさりと。
それは俺が想像してしまった答えと、一言一句違わないものだった。
ソフィアはゆっくり目をつむった。
「ごめんなさい。どうしてもあなたの力を借りなければならなかったから」
宿に入ってきた風が、地下室の戸を通って叫びのような音を立てる。蝋燭の火が大きく揺れた。ソフィアの影がおそろしげに動きまわる。
この世界の記憶が、鮮明に浮かんでは消えていく。
俺はこぶしを握りしめた。血がにじむのではないかと思うほどに。
「本当なのか、君が俺を連れてきたって……」
「ええ。ちょうど、一か月ほど前に」
一か月前。俺が異世界にやってきた頃だ。
「なんで」
「あなたにしかできないことがあったから」
ソフィアの表情から笑顔は完全に消え去り、もう感情を読み取ることすら出来なくなった。
「……なんだよそれ。意味がわからない」
頭に血が上っていく。こぶしが震える。湧いてきた名前の知らない感情で、叫びだしたい衝動にかられた。
しかし帰ることが出来ればいい。そうすれば、全て解決する。
「なあ、連れてきたってことは、帰ることもできるんだろ?」
だがソフィアは頷かなかった。
「約束は出来ない。けれど、私についてきてくれるのなら最善を尽くすと誓うわ」
は? と口から自然と漏れた。
「つまり君は俺を勝手にここに連れてきておいて、自分の頼みを聞かなければ帰さないって言うのか?」
「そういうことに……なってしまうわ」
君は、と俺は口にした。
「そうだとしたら、君は間違いなく……俺が想像しているような魔王だ。非道な悪逆の王。ひどい悪魔だ……」
「ええ、知っているわ。私があなたにどんなことをしてしまったのか」
――俺は藁の山を殴りつけた。
その言葉は地雷だった。
周囲の空気が凍り付き、部屋の隅で動かなかった二人がわずかに動く音がした。ソフィアは即座に部屋にいる他の二人に手の平を向け、続いて俺の方を向き、話を促してきた。
「知っている……? ふざけるな。じゃあ俺が何度死にそうになったか言ってみろ。何度殴られたか言ってみろ。食べ物がなくて人にすがって、何度罵声を浴びせられたか教えてくれよ……! あんたが俺をここに連れてきたせいで、俺がどんな目にあったか、あんた全部知ってるっていうなら、いまここで一つ一つ謝ってくれよ……!」
「ごめんなさい。本当ならあなたは私の城に召喚される予定だった。でも私の魔力が少ないせいで魔法が暴走して、こんなところにまで飛ばしてしまった」
「じゃあなんだ、ここ最近の俺の不幸は、全部手違いが原因だったってことか……?」
ソフィアはためらいがちに頷いた。
「本当にごめんなさい。望むならいくらでも謝るわ。私にできるお詫びはなんでもするつもり。だから、どうか……本当に身勝手なことを言っているのは承知の上で……私をゆるしてほしいの」
俺はもう口を閉ざすことが出来なかった。
「……ああそうか。なんでもするって? じゃあ俺と同じように苦しんでくれよ……! 通りすがりの人に乞食の真似をしてくれよ……! 話しかけるだけで殴られる気持ちになってくれよ……!」
何を言っているのか自分でもわからない。でも言わなければならない。俺がどれほど苦しんだか。運命を翻弄した神がこの人だというのなら、俺はこの人を許してはいけない。
ソフィアは少し目を泳がせ、二度、肩を上下させて呼吸を繰り返した。
俺はぎ、と歯を食いしばった。
「なんだ。結局そんなこと出来ないんだろう? だったらなんでもとか言うなよ。自分の言葉にすら責任もてない奴が、人一人の命を軽くもてあそぶようなまね、するなよ……」
気持ちをぶつけるというのは、存外に辛い。ぶつけられるほうが辛いのは知っている。だが、頬に流れる涙が、止まらない。
もう何も言わせないで欲しい。もう何も言わないでほしい。
だがソフィアはどこまでも深い色の瞳を俺に向け、首を横にふる。
「……いいえ。いいえ。……きっと許してもらえるよう、言われた通りにする。私が先にあなたへしてしまったことだもの。拒否なんてしない。全ての罰を受けるわ」
狂ってる。
嘘をついているといった様子でもない。本気だ。本気でこの人は俺の言った通りにするつもりに違いない。
純粋なのか。はたまた馬鹿なのか。
でも。俺はそれならそれで、やってみろ、と言ってしまいそうになっている。言いたくなってしまっている。この人に苦しんでもらえたら、俺の苦しみが減るのではないかと思ってしまっているのだ。
誰か止めてほしい。
じゃないと俺は――――。
「んーー、るせぇな。早く寝ろよトーヤ……」
不意にネフェロが声を発して、俺もソフィアもそちらを向いた。
どうやら寝言を言っただけらしいと気づき、力んでいた肩からすっと力が抜けていった。同時に頭から血がすっと落ちていき、少しだけ冷静になった。
「……帰ってくれ。あんたの顔はもうみたくない」
その言葉が言えるうちに、さっさと口にしてしまう。
ソフィアは何か言おうとして、何度かやめた。
「……ええ。わかったわ。でも、また会いに来る」
「いいから……! 行けよ……」
すると今度こそ、彼女は何も言わなくなった。小さくお辞儀をしてから扉に向かっていく。
ぎぃ。
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ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
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