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第一章:旅の始まりと騎士の英雄
2話:白銀の奇跡
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赤い空をみながらぼーっとしていた。広い川にかかる石橋の上で、欄干に腕を乗せながら。段々と人通りが少なくなり、アレーリアの町から音が消えていく。石橋はまだ温かいが、気温は低くなってきた。乳酸がたまりパンパンだった足からはいつの間にか腫れが引き、額の汗は乾いていた。
……ピリリリリ。
小鳥が鳴く。
夕焼けの沈んでいく様子を黙って眺めていると、少し眠たくなってきた。だがこんなところで寝るわけにもいかない。それに待ち合わせもしているのだ。
――おーい、トーヤ。
声が聞こえ振り返る。そして手を振りながらこちらに近づいてくる男が見えた。距離はまだ離れているが、疲れ知らずな満面の笑みを浮かべているのはわかった。
「ようトーヤ! 遅れたすまん!」
その男はすぐ隣までやってきた。
「いいよ。どうせまた説教だろ? そっちは大変だな」
「そうなんだよ、しかも昨日と同じ内容だぜ? 信じらんねぇよ。こっちは労働後でくたくたなのによー」
「そんな風には全然見えないからじゃないか? ネフェロは何があってもいっつも笑ってるし」
「んなことねぇよ! 俺だって泣くときくらいある!」
「ああ、そういえばこの前女の子に振られたとき泣いてたな」
「ト、トーヤお前、それは言わねぇ約束だろ!」
「はは、そうだったな。まあそんなことより早く帰らないと、宿のおかみさんに怒られる」
「ったくよぉ。でもそれもそうだな。労働後二回目の説教はごめんだ」
短い金髪の男――ネフェロがにっと歯を見せて笑う。
強めの風が吹いて、俺は目にゴミが入らないよう眉をひそめた。一方ネフェロは風上に両手を伸ばし、シャツの袖口から入る風を気持ちよさそうに受けていた。そのシャツとズボンのつぎはぎが取れそうになっているのが、なんだかまぬけで面白くて、俺はすこしだけ噴き出してしまった。
ネフェロは俺にとって友人であり、そして命の恩人だ。俺が異世界にやって来て、仕事も食料もなくてうずくまっていた時に、きらきらした笑みで手を差し伸べてくれたのだ。「知り合いが仕事を紹介してくれるんだけど、あんたも来ねぇか?」なんて。
今にして思えばネフェロは誰にでもそういうことをしようとする人間ではない。他人をきちんと見捨てることのできるやつだ。それでも俺を助けてくれたのは、ネフェロ曰く「こんなところにいるにしては、人のよさそうな顔をしていたから」らしい。それに関してはよくはわからないが、ネフェロとは同い年なだけあって妙に話が合い、いつのまにかこの世界ではじめての友人になっていた。
「そういやこの前トーヤが言ってた話の続きをしてくれよ。あの、なんだっけ、二ホン? って国の話」
にの部分にアクセントがついて若干聞き取りずらい母国の名前を聞いて、俺は肩を落とす。
「お前、この前は嘘だって馬鹿にしたくせに」
「今も嘘だとは思ってるぜ。でも作り話としては面白いからな。たまに聞きたくなっちまう」
だからほんとの話なんだって、そう言おうとしたが、ネフェロは他人の言葉で自分の考えを変えることがないのを思い出して言葉を呑み込んだ。
「そうかよ。……まあ、それなら今日は俺の国では当り前にあった『自動販売機』の話をしてやろう」
「自動販売機……? また面白そうな名前だな」
こうして話していくうちに、いつかネフェロが俺の話が本当のことなんじゃないかと思ってくれればいいのだが。この世界に来て知ったが、理解者がいないというのはなかなかに辛いことなのだ。すべての人間が俺の全く知らないことをしゃべる世界で、元の世界について知る人間が俺一人だというのは、まるで不安定な足場にいるような気持ちになる。もしかしたら俺の知っている世界はもともとなかったのではないか。そんなありえないことを本気で思うようになる。
早く帰らなくては。俺が元の世界を信じられなくなる前に。
橋を渡り、通りをぬけ、荒んだ家屋の間を歩む。怪しいローブの人とすれ違うが、俺もネフェロも目を会わせないようにする。ほんの少しでも視線が合っただけで殴りかかってくるやつは、この町にはたくさんいるのだ。俺も数回経験してそれを知った。
やがてボロボロの宿の前にたどり着く。店先に立てかけられた看板の文字は読めないが、ネフェロ曰く『水の妖精亭』という名前の店らしい。
「もうすっかり暗くなっちまったな。こりゃ怒られるのは確定か……?」
「すまんネフェロ。話すのに夢中で時間を考えてなかった」
「いや俺も悪い。……ってことで一緒に謝ろうぜ?」
二人で宿の戸を開ける。ぎぃ、という音がやけに大きく聞こえた。
――なんだもう帰ってこないのかとおもったじゃないか。こんな時間に帰ってきてもスープはもう冷めてるからね。まったく忙しいったら。
おかみは俺たちの姿を見て開口一番そう告げた。すみません、と俺とネフェロは二人で謝り、少しだけ多めにお金を渡してスープを温めてもらった。パンとスープと、それから蝋燭の乗った燭台を受け取り、宿の地下にある物置に降りていく。
俺とネフェロは地下の物置を金を出し合って一緒に借りていた。この場所なら格安で寝泊まりすることができるのだ。その代わり夜は気をつけなければならない。寝ている間にネズミに齧られることがあるのだ。特徴的なあの鳴き声は、もう聞いただけで背筋が凍り付く。某国民的な人気キャラクターも耳を齧られてトラウマになったというが、今ならそれにも納得できる。
窓はなく常に臭い。洗面台も風呂もない。雨が降れば雨漏りはするしカビも生える。砂を入れた麻袋がベッドだし、シーツの代わりはただの藁だ。日本でこんな物件が紹介されていたら軽くニュースになるが、この世界の貧民にとって、壁と屋根のある場所に住めるというでもかなりありがたい話なのだそうだ。
燭台の明かりを頼りに、二つのベッドの間にある樽を見つけ出す。そしてそこに料理を置いた。樽はベッドに座って飯を食う時にちょうどいい高さのテーブルになるのだ。
「――さっきの話だけどよ、」
ベッドに座って晩飯を食べ始めたネフェロがそう告げる。さっきの話というのは、おそらく自動販売機のことだろう。
「いつか本にしたらいいぜ。多分売れる」
またいつものきらきらした笑み。おそらく本気でそう思っているのだろうとわかってしまうくらいの。
「それはいいアイデアだけど、どうやったらいいんだよ」
「ああ……そりゃわからん。でもまずは偉い奴にならないと本にはしてくれないんじゃねぇか?」
「そうだな。でもそれなら俺には到底無理な話だろ」
「そーか? トーヤはいつかすごい奴になるんじゃないかと俺は思うけどな」
この世界のことを何もしらない無力な貧民に対して、何を根拠にそんなことをいうのか。俺はそう口にする代わりに肩をすくめて、食事を再開した。
「おい信じてねぇな? 俺の勘は結構当たるんだぜ?」
はいはい、と俺が適当にあしらうとネフェロは口をへの字にまげて目を伏せた。
はあ。俺はそんなため息をついて、
「あのな。もしも、すごくなれる奴がいるとしたら、まずはお前だよネフェロ。少なくともお前は俺よりずっとすごい奴なんだから」
するとネフェロのへの字はまっすぐになり、意外そうに目は見開かれた。それからまたゆっくり笑顔に戻っていき、
「ほらな、やっぱりお前だ」
そんなことをいわれ、俺はたまらず視線をそらした。
しばらく経ち、食事を終えて寝台につくという頃になると、ネフェロは一冊の本を自分の荷物袋の中から取り出し、最初辺りのページを開いて見せてきた。
「見てみろよトーヤ。ここに書いてあんのを」
「ああ、見える見える。読めない字とよくわかんない絵が書いてあるな」
「てきとー言うなよ、ほら、魔法陣だ! その下には『炎の初級魔法』って書いてあんだよ!」
ひもで括られただけの簡単な本を開いて目を輝かせるネフェロ。魔法の知識が書かれているのだというその本は、本来であれば貧民が手に入れられるものではない。しかしネフェロはそれをある日ゴミ箱から見つけたのだという。全てのページが高価な羊皮紙で出来ており、売ればそれなりの金にはなるらしい。だがネフェロはそれを自分の宝物にして、死んでも手放さないとも言っていた。
ページに書かれているのは大きさの違う精巧な円が三つと、その中に描かれたアルファベットに似た記号。
ネフェロは嬉しそうに魔法陣を指で撫でた。
「この本に書かれてる知識を丸暗記して呪文を唱えれば、魔法が発動するらしいぜ? 想像してみろよ。俺の手からぼっと炎がでてこの薄暗い部屋を照らすんだ。――そうすりゃ蝋燭の出費を抑えることだって可能だ、すげぇだろ!」
「絶対に別の活用方法あるだろ……」
しかし、だ。使い方はどうあれ魔法使いになるのは面白そうだ。想えばシンデレラを幸せにしたのも魔法だった。ならば魔法を使うことができれば、幸せになることができるのではないか。
「もし本当にネフェロが魔法使いになったら、俺にも教えてくれよ」
「ああ、任せとけ。みっちり勉強させてやるぜ」
この世界に来ても勉強なんて言葉を聞くとは思わなかった。でも少し懐かしい響きで、胸が温かくなった。
「そのときは頼む。じゃあ明日も早いことだし、俺はもう寝るよ」
「そうだな。俺もそうすっか」
ネフェロは燭台の上で揺れる炎を吹き消した。すぐに何も見えない真っ暗闇になり、がさがさと藁をかぶる音が響いた。
――おやすみネフェロ。
――おやすみトーヤ。
一日で最後の言葉を交わし、俺も藁をかぶって目を閉じる。頭で思っていたよりも体は疲れていたようで、まるで泥に沈んでいくかのような感覚に支配された。
きっと、明日もこの世界で目覚めるのだろう。体をチクチクと刺す藁をどけて、水を一杯飲んで、朝に弱いネフェロを起こして、それぞれの職場へ働きに行く。暑い一日を乗り越えて、ネフェロとここに帰ってきて、また明日を迎える。それがずっと続くのだ。
ああ……また。
頬に涙が伝った。
本当は。
……嫌いだった大学の講義が受けたい。おいしいものが食べたい。綺麗なベッドで寝たい。風呂に入りたい。清潔な服が着たい。髪切りたい。友達と旅行に行きたい。電話で話すだけでもいい。なんでもいい、元の世界と同じことがしたい。
もう、こんな世界、嫌なんだ。
これだけは、ネフェロにも言ったことがない。
もしも運命というものがあるのなら神様、これはあまりにも酷だ。耐えられない。何か悪いことをしたというのなら謝ります。だからどうか――。
ああ……考えがぐちゃぐちゃしてきた。眠ってしまう。今日も。明日がやってくるというのに。
――ねえ。
誰かの呼ぶ声がする。
――ねえあなた。
夢を見ているのだろうか。
――起きて。ねえ。
いや。違う?
「――ねえ、起きて。……聞こえていないのかしら?」
「……ん、だ……?」
思っていたよりも長く眠っていたのか、目はすっかり開かなくなっていた。代わりに頑張って絞りだして声を出す。それから体に張り付いた藁をどけながらゆっくり起き上がり、目をこすって無理やり目を開く。
「――起きたのね。おはよう」
目を開くと、そこにいたのはローブで全身を覆った見知らぬ人だった。顔の部分は影になっており、ぽっかりと空洞が空いたように見える。手には燭台を持っており、風貌も相まって、まるで亡霊のようだった。
なんだこいつは。なんでここにいるんだ。
いくつもの疑問が頭の中で爆発した。
「……あ、ぁ」
殺される。
なにがなんだかわからないが、俺はそう思って動けなくなった。ネフェロは寝ている。ローブの人間は「な、なによ」と妙に透き通った綺麗な声をだした。
女性なのだろうか。混乱しながらも頭の冷静な部分がそんな推測をする。
そいつはわざとらしい大きなため息をつき、自分のフードに手をかけた。
「そんなに怖がることないのに。傷ついてしまうわ。私だって女の子なのよ?」
フードがめくられていく。背筋が凍っていく。もし本当に亡霊だったら? 俺を殺しに来たのだとしたら? そんな考えに頭が支配され、悪寒が体中に走る。逃げなければ。だがそもそも足が動かない。逃げられない。やばい死ぬ。
そうしてフードの中に隠れていたのは、やはり瘴気をまとう恐ろしい骸骨――では、なかった。
――美しい白銀がなびいた。
長いプラチナブロンドの髪が、フードの中からこぼれた。燭台によって明るみに晒されたのは、信じられない程整った顔立ちに、鮮血のように赤い瞳。勝気に細められる薄桃色の唇と、口元にやわらかく添えられた細く白い指。
俺は開いた口を閉じられなかった。
何といえばいいか。まるで芸術品のような少女がそこにはいたのだ。
そういえば宿に帰ってくる前、同じローブを来ていた奴とすれ違ったような。
少女はどこまでも深い瞳で俺をじっと見ていた。
「……こんばんは。やっと見つけたわよ。赤城冬夜くん?」
……ピリリリリ。
小鳥が鳴く。
夕焼けの沈んでいく様子を黙って眺めていると、少し眠たくなってきた。だがこんなところで寝るわけにもいかない。それに待ち合わせもしているのだ。
――おーい、トーヤ。
声が聞こえ振り返る。そして手を振りながらこちらに近づいてくる男が見えた。距離はまだ離れているが、疲れ知らずな満面の笑みを浮かべているのはわかった。
「ようトーヤ! 遅れたすまん!」
その男はすぐ隣までやってきた。
「いいよ。どうせまた説教だろ? そっちは大変だな」
「そうなんだよ、しかも昨日と同じ内容だぜ? 信じらんねぇよ。こっちは労働後でくたくたなのによー」
「そんな風には全然見えないからじゃないか? ネフェロは何があってもいっつも笑ってるし」
「んなことねぇよ! 俺だって泣くときくらいある!」
「ああ、そういえばこの前女の子に振られたとき泣いてたな」
「ト、トーヤお前、それは言わねぇ約束だろ!」
「はは、そうだったな。まあそんなことより早く帰らないと、宿のおかみさんに怒られる」
「ったくよぉ。でもそれもそうだな。労働後二回目の説教はごめんだ」
短い金髪の男――ネフェロがにっと歯を見せて笑う。
強めの風が吹いて、俺は目にゴミが入らないよう眉をひそめた。一方ネフェロは風上に両手を伸ばし、シャツの袖口から入る風を気持ちよさそうに受けていた。そのシャツとズボンのつぎはぎが取れそうになっているのが、なんだかまぬけで面白くて、俺はすこしだけ噴き出してしまった。
ネフェロは俺にとって友人であり、そして命の恩人だ。俺が異世界にやって来て、仕事も食料もなくてうずくまっていた時に、きらきらした笑みで手を差し伸べてくれたのだ。「知り合いが仕事を紹介してくれるんだけど、あんたも来ねぇか?」なんて。
今にして思えばネフェロは誰にでもそういうことをしようとする人間ではない。他人をきちんと見捨てることのできるやつだ。それでも俺を助けてくれたのは、ネフェロ曰く「こんなところにいるにしては、人のよさそうな顔をしていたから」らしい。それに関してはよくはわからないが、ネフェロとは同い年なだけあって妙に話が合い、いつのまにかこの世界ではじめての友人になっていた。
「そういやこの前トーヤが言ってた話の続きをしてくれよ。あの、なんだっけ、二ホン? って国の話」
にの部分にアクセントがついて若干聞き取りずらい母国の名前を聞いて、俺は肩を落とす。
「お前、この前は嘘だって馬鹿にしたくせに」
「今も嘘だとは思ってるぜ。でも作り話としては面白いからな。たまに聞きたくなっちまう」
だからほんとの話なんだって、そう言おうとしたが、ネフェロは他人の言葉で自分の考えを変えることがないのを思い出して言葉を呑み込んだ。
「そうかよ。……まあ、それなら今日は俺の国では当り前にあった『自動販売機』の話をしてやろう」
「自動販売機……? また面白そうな名前だな」
こうして話していくうちに、いつかネフェロが俺の話が本当のことなんじゃないかと思ってくれればいいのだが。この世界に来て知ったが、理解者がいないというのはなかなかに辛いことなのだ。すべての人間が俺の全く知らないことをしゃべる世界で、元の世界について知る人間が俺一人だというのは、まるで不安定な足場にいるような気持ちになる。もしかしたら俺の知っている世界はもともとなかったのではないか。そんなありえないことを本気で思うようになる。
早く帰らなくては。俺が元の世界を信じられなくなる前に。
橋を渡り、通りをぬけ、荒んだ家屋の間を歩む。怪しいローブの人とすれ違うが、俺もネフェロも目を会わせないようにする。ほんの少しでも視線が合っただけで殴りかかってくるやつは、この町にはたくさんいるのだ。俺も数回経験してそれを知った。
やがてボロボロの宿の前にたどり着く。店先に立てかけられた看板の文字は読めないが、ネフェロ曰く『水の妖精亭』という名前の店らしい。
「もうすっかり暗くなっちまったな。こりゃ怒られるのは確定か……?」
「すまんネフェロ。話すのに夢中で時間を考えてなかった」
「いや俺も悪い。……ってことで一緒に謝ろうぜ?」
二人で宿の戸を開ける。ぎぃ、という音がやけに大きく聞こえた。
――なんだもう帰ってこないのかとおもったじゃないか。こんな時間に帰ってきてもスープはもう冷めてるからね。まったく忙しいったら。
おかみは俺たちの姿を見て開口一番そう告げた。すみません、と俺とネフェロは二人で謝り、少しだけ多めにお金を渡してスープを温めてもらった。パンとスープと、それから蝋燭の乗った燭台を受け取り、宿の地下にある物置に降りていく。
俺とネフェロは地下の物置を金を出し合って一緒に借りていた。この場所なら格安で寝泊まりすることができるのだ。その代わり夜は気をつけなければならない。寝ている間にネズミに齧られることがあるのだ。特徴的なあの鳴き声は、もう聞いただけで背筋が凍り付く。某国民的な人気キャラクターも耳を齧られてトラウマになったというが、今ならそれにも納得できる。
窓はなく常に臭い。洗面台も風呂もない。雨が降れば雨漏りはするしカビも生える。砂を入れた麻袋がベッドだし、シーツの代わりはただの藁だ。日本でこんな物件が紹介されていたら軽くニュースになるが、この世界の貧民にとって、壁と屋根のある場所に住めるというでもかなりありがたい話なのだそうだ。
燭台の明かりを頼りに、二つのベッドの間にある樽を見つけ出す。そしてそこに料理を置いた。樽はベッドに座って飯を食う時にちょうどいい高さのテーブルになるのだ。
「――さっきの話だけどよ、」
ベッドに座って晩飯を食べ始めたネフェロがそう告げる。さっきの話というのは、おそらく自動販売機のことだろう。
「いつか本にしたらいいぜ。多分売れる」
またいつものきらきらした笑み。おそらく本気でそう思っているのだろうとわかってしまうくらいの。
「それはいいアイデアだけど、どうやったらいいんだよ」
「ああ……そりゃわからん。でもまずは偉い奴にならないと本にはしてくれないんじゃねぇか?」
「そうだな。でもそれなら俺には到底無理な話だろ」
「そーか? トーヤはいつかすごい奴になるんじゃないかと俺は思うけどな」
この世界のことを何もしらない無力な貧民に対して、何を根拠にそんなことをいうのか。俺はそう口にする代わりに肩をすくめて、食事を再開した。
「おい信じてねぇな? 俺の勘は結構当たるんだぜ?」
はいはい、と俺が適当にあしらうとネフェロは口をへの字にまげて目を伏せた。
はあ。俺はそんなため息をついて、
「あのな。もしも、すごくなれる奴がいるとしたら、まずはお前だよネフェロ。少なくともお前は俺よりずっとすごい奴なんだから」
するとネフェロのへの字はまっすぐになり、意外そうに目は見開かれた。それからまたゆっくり笑顔に戻っていき、
「ほらな、やっぱりお前だ」
そんなことをいわれ、俺はたまらず視線をそらした。
しばらく経ち、食事を終えて寝台につくという頃になると、ネフェロは一冊の本を自分の荷物袋の中から取り出し、最初辺りのページを開いて見せてきた。
「見てみろよトーヤ。ここに書いてあんのを」
「ああ、見える見える。読めない字とよくわかんない絵が書いてあるな」
「てきとー言うなよ、ほら、魔法陣だ! その下には『炎の初級魔法』って書いてあんだよ!」
ひもで括られただけの簡単な本を開いて目を輝かせるネフェロ。魔法の知識が書かれているのだというその本は、本来であれば貧民が手に入れられるものではない。しかしネフェロはそれをある日ゴミ箱から見つけたのだという。全てのページが高価な羊皮紙で出来ており、売ればそれなりの金にはなるらしい。だがネフェロはそれを自分の宝物にして、死んでも手放さないとも言っていた。
ページに書かれているのは大きさの違う精巧な円が三つと、その中に描かれたアルファベットに似た記号。
ネフェロは嬉しそうに魔法陣を指で撫でた。
「この本に書かれてる知識を丸暗記して呪文を唱えれば、魔法が発動するらしいぜ? 想像してみろよ。俺の手からぼっと炎がでてこの薄暗い部屋を照らすんだ。――そうすりゃ蝋燭の出費を抑えることだって可能だ、すげぇだろ!」
「絶対に別の活用方法あるだろ……」
しかし、だ。使い方はどうあれ魔法使いになるのは面白そうだ。想えばシンデレラを幸せにしたのも魔法だった。ならば魔法を使うことができれば、幸せになることができるのではないか。
「もし本当にネフェロが魔法使いになったら、俺にも教えてくれよ」
「ああ、任せとけ。みっちり勉強させてやるぜ」
この世界に来ても勉強なんて言葉を聞くとは思わなかった。でも少し懐かしい響きで、胸が温かくなった。
「そのときは頼む。じゃあ明日も早いことだし、俺はもう寝るよ」
「そうだな。俺もそうすっか」
ネフェロは燭台の上で揺れる炎を吹き消した。すぐに何も見えない真っ暗闇になり、がさがさと藁をかぶる音が響いた。
――おやすみネフェロ。
――おやすみトーヤ。
一日で最後の言葉を交わし、俺も藁をかぶって目を閉じる。頭で思っていたよりも体は疲れていたようで、まるで泥に沈んでいくかのような感覚に支配された。
きっと、明日もこの世界で目覚めるのだろう。体をチクチクと刺す藁をどけて、水を一杯飲んで、朝に弱いネフェロを起こして、それぞれの職場へ働きに行く。暑い一日を乗り越えて、ネフェロとここに帰ってきて、また明日を迎える。それがずっと続くのだ。
ああ……また。
頬に涙が伝った。
本当は。
……嫌いだった大学の講義が受けたい。おいしいものが食べたい。綺麗なベッドで寝たい。風呂に入りたい。清潔な服が着たい。髪切りたい。友達と旅行に行きたい。電話で話すだけでもいい。なんでもいい、元の世界と同じことがしたい。
もう、こんな世界、嫌なんだ。
これだけは、ネフェロにも言ったことがない。
もしも運命というものがあるのなら神様、これはあまりにも酷だ。耐えられない。何か悪いことをしたというのなら謝ります。だからどうか――。
ああ……考えがぐちゃぐちゃしてきた。眠ってしまう。今日も。明日がやってくるというのに。
――ねえ。
誰かの呼ぶ声がする。
――ねえあなた。
夢を見ているのだろうか。
――起きて。ねえ。
いや。違う?
「――ねえ、起きて。……聞こえていないのかしら?」
「……ん、だ……?」
思っていたよりも長く眠っていたのか、目はすっかり開かなくなっていた。代わりに頑張って絞りだして声を出す。それから体に張り付いた藁をどけながらゆっくり起き上がり、目をこすって無理やり目を開く。
「――起きたのね。おはよう」
目を開くと、そこにいたのはローブで全身を覆った見知らぬ人だった。顔の部分は影になっており、ぽっかりと空洞が空いたように見える。手には燭台を持っており、風貌も相まって、まるで亡霊のようだった。
なんだこいつは。なんでここにいるんだ。
いくつもの疑問が頭の中で爆発した。
「……あ、ぁ」
殺される。
なにがなんだかわからないが、俺はそう思って動けなくなった。ネフェロは寝ている。ローブの人間は「な、なによ」と妙に透き通った綺麗な声をだした。
女性なのだろうか。混乱しながらも頭の冷静な部分がそんな推測をする。
そいつはわざとらしい大きなため息をつき、自分のフードに手をかけた。
「そんなに怖がることないのに。傷ついてしまうわ。私だって女の子なのよ?」
フードがめくられていく。背筋が凍っていく。もし本当に亡霊だったら? 俺を殺しに来たのだとしたら? そんな考えに頭が支配され、悪寒が体中に走る。逃げなければ。だがそもそも足が動かない。逃げられない。やばい死ぬ。
そうしてフードの中に隠れていたのは、やはり瘴気をまとう恐ろしい骸骨――では、なかった。
――美しい白銀がなびいた。
長いプラチナブロンドの髪が、フードの中からこぼれた。燭台によって明るみに晒されたのは、信じられない程整った顔立ちに、鮮血のように赤い瞳。勝気に細められる薄桃色の唇と、口元にやわらかく添えられた細く白い指。
俺は開いた口を閉じられなかった。
何といえばいいか。まるで芸術品のような少女がそこにはいたのだ。
そういえば宿に帰ってくる前、同じローブを来ていた奴とすれ違ったような。
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12/17 13時20分 HOT男性部門1位 ファンタジー日間 1位 でした。
ありがとうございます
主人公の神代理人(かみしろ りひと)はクラスの異世界転移に巻き込まれた。
転移前に白い空間にて女神イシュタスがジョブやスキルを与えていたのだが、理人の番が来た時にイシュタスの顔色が変わる。「貴方神臭いわね」そう言うと理人にだけジョブやスキルも与えずに異世界に転移をさせた。
ジョブやスキルの無い事から早々と城から追い出される事が決まった、理人の前に天照の分体、眷属のアマ=テラス事『テラスちゃん』が現れた。
『異世界の女神は誘拐犯なんだ』とリヒトに話し、神社の宮司の孫の理人に異世界でも生きられるように日本人ならではの力を授けてくれた。
ここから『異世界でたった1人の日本人、理人の物語』がスタートする
「『異世界でたった1人の日本人』 私達を蔑ろにしチート貰ったのだから返して貰いますね」が好評だったのですが...昔に書いて小説らしくないのでしっかり書き始めました。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
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