異世界と英雄たちの終わり

氷晶 春妬

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第一章:旅の始まりと騎士の英雄

1話:神の定めし運命に

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運命という言葉が指し示すように、神様はなんとなくで、命をどこか遠くへ運んでいってしまう。幸せな暮らしをしていても不幸な日々を過ごしていたとしても、ある日小さなずれが生まれ、段々それがおおきくなって、あるはずだった未来との決定的な断層が生まれるのだ。

 そうした気まぐれに、きっと世界中の人々が喜んだり、苦しんだりしてきた。
 俺はどちらかというと、苦しんだ方。

 神様の気まぐれに付き合わされる前、俺は恵まれていた。別に裕福な家庭に育ったわけでも、なんでも自由にできたわけでもない。しかし心を許せる友人は結構いたし、勉強してそれなりの大学にも入ることが出来た。大学では好きなことを研究できたし、休みの日には友人とどこかに出かけたりもしていた。

 なんとなくこれは普通のことなんだろうな、と思いながら、すごく恵まれていると感じていた。きっといつまでも何か特別なことなんて起こらず、大きな失敗も特にはせず、言ってしまえば中間くらいの人生を送るはずだったのだろう。それに俺も満足していた。

 しかしそんな生活は突如として終わった。
 もう一か月も前のことだ。
「いらっしゃい奥さん。今日のリンゴは今朝取れた新鮮なものですよ。子供のおやつにおひとつどうです? きっと食べた瞬間にっこにこですから」

 俺の口からすらすらと出てくる売り文句がどこか遠く聞こえる。日差しの暑さにやられているせいか、通りの喧騒がいつにも増してうるさいせいか。
 ――あついな。もう夏か。

 近くで通りすがりの人がそんなことをつぶやいた。
 どうやらアレーリアの町で、はじめての夏がやってきたらしい。数日前から続く高い気温は多分そのせいなのだろう。

「――あらあら、じゃあ一個もらっちゃおうかしら。こんな蒸し暑い中頑張ってて偉いわねぇ。これ、はいお金」
 おそらく四十代そこそこといった女性の手から、くすんだ銅貨二枚を受け取る。俺はリンゴを一つ渡して、ありがとうございますとにこやかに笑って礼をした。女性は気分よさそうにうんうんと頷いてから、またくるわねといって去っていった。
 汗が流れる。背筋を伸ばして腰を親指でくっと押すと、うう、と口から空気が漏れていく。数秒ほどそうしてから、店の前にやってきた新たな客に向かった。

 ここは野菜と果物の店。木の骨組みの上に布をかぶせただけの簡単なつくりをしており、店の正面には商品の詰まった木箱が並べてある。同じような露店が列をなす通りなだけあって、人通りが多く客足は途絶えない。
 店主が老人であり客を一人ではさばききれないということもあって、俺はこの店で雇ってもらっていた。
「何をお探しでしょうか?」

 再びにこり。
 繰り返すごとに慣れていった笑顔を貼り付ける。そろそろ水分補給しないと熱中症になるかもしれない、なんて内側ではおもいながら。

 そういえば友人たちと海に行く約束をしていたのだった。ちょうど夏の初めに行こうと電話で話していたのを思い出した。でもきっと、それどころではなくなってしまったのだろう。きっと向こうで俺は行方不明扱いになっているに違いないから。みんな俺がいなくなってどうしているだろうか。必死で探してくれていたりするだろうか。もしそうだとしたらとてもうれしい。

 でも、どれだけ探しても俺は見つからない。
 なにせ、ここはみんながいる場所とは絶対的に違う場所なのだから。
 一言でいうのなら、異世界。

 この世界は俺の知っている世界とは別のものなのだ。
 突拍子もなくて自分でも辟易する。もし誰かにそんな話をされたとしても、百%信じないに違いない。
 だが残念なことにそれが事実だった。ここには日本という国もないし、アジアもヨーロッパもない。アイレスやケインという名前の大陸はあって、代わりにユーラシアやアフリカ大陸がない。この町の名前はアレーリア。聞いたことがない。

 日本語はなぜか通じるが、使われている文字は全く知らないもので、一文字も読むことが出来ない。
 きわめつけは魔法や魔物や異種族の存在だ。初めてそれらを見たときに足に力が入らなくなった。もしかしたら何か奇跡的な間違いでヨーロッパ辺りの町に来たのだろうか、とすがっていた最後の希望すらも一突きで殺された。
 そう。つまりどう考えても、ここは全くの別世界なのだ。

「ありがとうございました」
 客に頭をさげてから、店の奥にある樽を覗き込む。中には生ぬるい水が張ってあり、俺は柄杓でそれをすくって口を付けた。体の中が潤っていく感覚で意識がはっきりしていく。すると店主が続くようにやってきて水をのみ、俺と目が合って軽く笑みを交わし合う。

「トーヤ、もう少しで日が暮れる。それまでの辛抱だぞ」
 店主が俺の頭に手をぽんと置いてそう告げた。はい頑張ります、なんて言って袖をまくって客の元に急ぐ。はりきるなぁと背中越しに声がして少しだけ自然な笑みも漏れた。

 働ける。お金がもらえる。生きることができる。そんな元の世界では当り前のようだったことが、この世界ではとても難しい。俺自身、ある奇跡が起きなければ今頃は路地裏で野犬かカラスの餌になっていただろう。

 異世界に来てばかりのころは毎日、本当に毎日、恐怖で心臓と胃が痛くなった。見ず知らずの他人に分け与えるものがない町の人々は、ただしゃがみ込んでいるだけの俺に何もしてくれない。かといって、働くから何か食べ物が欲しいといっても嫌な顔をされるだけ。殴られて追い返されたこともあった。

 あの頃、口にできたものは本当に少なかった。例えば通りすがりの裕福そうな人が、近寄るなと言わんばかりに勢いよく投げてきた食べかけのパン。それから露店の前に落ちている野菜の葉っぱ。水は井戸から汲めるが、昼間は強面の男たちが近寄らせないようにしており、男たちのいなくなる夜こっそり飲みに行かなければならなかった。あとからわかったことだが、あの強面の連中は水売りの商人らしい。誰も井戸に近寄らせないことで、自分たちの売り上げを落とさないようにしていたのだ。

 だが今はこうして働けている。まだ生きていられる。
 異世界に来てしまった理由はわからないが、とりあえず生きなければ考えることも出来ない。
 だから今は、願うくらいしか、俺には出来ない。

 ――どうか神様、俺を元の世界に帰してください。
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