金字塔Guy's~俺達のアイドル戦国絵巻~

小鎬 三斎

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序抄

プロローグ

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 ……ようやく、俺達はここまでやって来た。

 傍から、彼方から、数多くの黄色い歓声が聞こえる。
 赤、青、白……漆黒の闇の中に数多くの鮮やかな輝きが激しく揺れ動くのが見える。
 目が眩みそうなほどの何万ワットもの輝きが頭上から燦々と降り注ぐ中、皆一様に驚きを隠せずにいながらも、確かな決意と熱意をその瞳に宿した仲間達の存在を感じる。

 彼等と一緒に駆け抜けた日々。先程から絶えず目と耳を刺激する光と音の刺激が、脳の中枢に刻まれたそれらの記憶を次々と呼び起こす。
 果たして……もしもこいつ等がいなかったら、今頃俺はどうなっていただろうか。思わず、そんな事を考える。
 もしそうだったら恐らくきっと……こうしてここに立っているなんて事は……。

 なかったんだろうな、きっと。

「アイドルになる!」
 そのあまりに虚ろな、あまりに不確かな一つの決意だけで始まった俺の夢。
 アイドルとして今を変えるという遠大な夢だけでスタートを切った、途轍もなく劇的な、もしくは滑稽な夢。

 今日まで、俺達が生きて来たこの世界には、絶えず強い逆風が吹き荒れ続けていた。
 趣味が一つ人と違う。たったそれだけで、社会そのものから爪弾きにされてしまう。そんな理不尽な世界の中を俺達は、藻掻き続けていた。
 何か一つの事に熱を上げ、ひたむきにその道を追求し続ける……そんな人として当たり前の行動を否定され、嫌悪され、軽蔑される。
 好きな事に夢中になる事を非とされる、俺達みたいな大馬鹿者達にとってあまりにも、あまりにも厳しいこの国の社会。それを許容する事なんて、俺にはどうしても出来なかった。
 世間から不適合者と後ろ指を差されても、自分が望んだ生き方をしたい。自分が生きたい人生を歩みたい。
 そんな人として当たり前の本能に逆らう理由なんて、どうしても見つからなかった。

 されど、現実の世界は、ちっぽけな一個人のそんな遠大な夢さえもたやすく許容してはくれない。
 その個人の夢が大きければ大きいほど、その個人が小さければ小さいほど、逆風というものはその強さを増していくもの。
 そうして俺達みたいな奴は、これからも、戦わずして負け続ける。
 そんな世界、そんな現実、まっぴら御免だ。
 自分が生きたいように生きる事の、一体何がいけないんだ。
 アイドルになって、今の自分を、今の世界を少しでも変えたいという、馬鹿馬鹿しすぎるのか崇高すぎるのかまるで分からない虚ろな夢を追いかけ始めたのは、果たしていつ頃だっただろうか。

 今からずっと前の俺は、ただキラキラしたステージで輝くアイドルが異常なまで好きなだけの、ごく普通の若い男だった。
 歌もダンスも取り立てて巧いわけじゃなし、ルックスも並中の並というレベルでしかなかったから、まさかあの時は自分が一端にアイドルなんていうものを目指そうなんて、大それた考えを持つ事もなかった。
 同じ”アイドルオタク ”というイビツな絆で繋がった仲間とともに、声を枯らして汗を迸らせて、色とりどりのサイリウムを小枝みたいに振って、好きなアイドルを力の限り応援していれば、それだけで十分だった。
 それだけの自分に、それだけしかしない自分に、いつしか俺はすっかり満足しきっていたんだ。

 全く……運命とやらは、これだから分からない。いつの間にか俺は、ただ観客席でまるで狂ったように応援している側に留まっているだけじゃ、ちっとも満足できなくなっていた。
 彼女達がステージで輝くたびに。
 一度しかない若い青春を、ステージに燃やしていく姿をその目に焼き付けるたびに。
 輝きの中にある大きな苦しみ。葛藤。重圧。ふとした拍子に、ほんの小さなきっかけによりその正体に触れた、そんな時に…………。
 アイドルという茨の道を歩む事を自らの意志で選んだ、たった一人の少女の中からまるで怒濤のように伝わってきたそれら全てが……。
 俺の小さな背中を何よりも強く、押したんだ。
 気がついたら、俺の体は夢へと真っ直ぐに、ひた走っていた。

 無謀な夢への階を、いつ辿り着くかすら不透明なゴールへと、ペースなんて言葉をもロクに考えない猛ダッシュで駆けていったんだ。
 始まりは、まさにないない尽くし。
 歌も踊りも大して上手くない、ルックスも人並み。
 どうすればこんな人間がアイドルになれるのか、というテーマの分厚い論文を発表すれば、すぐにでもノーベルなんちゃら賞とかを取れそうな……まぁ、俺はそんな奴だった。

 それは、かつて俺が仲間と呼んだ奴等も同様。
 一つだけ違ったのはたった一つ、意識だった。
 彼奴等はアイドル達のケツを追っかけるのだけは一人前でも、自分達がそれらの……アイドルとしてのスキルを持っているのかと聞かれれば、皆一様に口を噤むのだ。

(やってみようぜ! 人間やればきっと、何だって出来るはずなんだ!)

 それでも容易に諦めきれず、そいつ等にも俺はそんな声をかけた。
 俺達もアイドルになって輝くステージに立とう。今までとする事は大して変わらない、だから一緒に夢をどこまでも追いかけよう。
 夢や希望を与えてくれたアイドル達と同じ舞台で輝こう…………そんな遠大な夢を俺は血眼になって説いた。
 だが奴等は、そんな俺の夢を聞いたすぐその時に、異口同音に否定してくれた。

(うぅん……でもなぁ…………俺等歌もダンスも素人以下だからなぁ…………)
(無理無理、無理だって。俺達なんかがアイドルになんてなれるわけねーって……)
(はぁ? 頭おかしいだろお前? もしかしてふざけて言ってんのか?)
(全く、お前って奴は鏡も見た事がないんだな。アイドルになろうなんてどの口が言うんだよ)

 その瞬間、俺はそいつ等に失望……いや、絶望した。
 そんな奴等に背を向けて、あいつ等があいつ等なりに一アイドルオタクとしての生を謳歌するのを否定し、身の丈に合わない夢を追いかける道を俺が選んだのは、ごく自然な事だった。 
 夢を見るだけで満足し、その夢をどんな努力をしてでも叶えようという心を持たない仲間との繋がりを断ち切って、たった一人で見果てぬ夢を追いかける側に回った俺は、世界一愚かな少年かもしれない。 
 アイドルという遠い遠い俺の夢はただ滑稽か、それとも無様なそれとして映るかもしれない。
 実際、あいつ等の言う事の方が正しいのかもしれない。夢よりも現実を見て生きる方が何より建設的で、何よりリスクのない安全な、いわゆる大人な生き方かもしれない。

 ……ふと、こんな事も考えた。
 もしかしたら、アイドルという職業は、恐らくこの世で一番非生産的な職業ではないかと思う。
 夢とか未来とかみんなの笑顔とかいうおべんちゃらを並べ立ててレッスンやキャラクター作り、宣伝活動やメンタルトレーニングに勤しむ彼等彼女等。
 アイドルという人種は誰かの……恐らくは顔も名前も知らない何百人ものファンの人達の夢のために、余りに多くの現実と対峙しないといけない。冷静に考えてみれば実に不合理な生き方だ。
 それに現実的に考えて、アイドル達の歌や踊りで誰かの腹が膨れるわけではないし、誰かの家が建つわけでもない。
 アイドルがもたらす熱く激しい心の充足感も、それこそほんの少しの、効果が切れれば後がヤバい麻薬的なそれでしかないのに。
 それが分かっていながら自らその道を選び、その道を歩んだ俺を、人は哀れな道化と揶揄するかもしれない。

 実際……俺はそんな滑稽で、無様で、哀れな道化かもしれない。真っ当な生き方は今後一切出来ないかもしれないし、綺麗な死に方もきっとしないかもしれない。
 だが、俺のその胸の熱いたぎりは、たった一度しかない”俺”としての人生を端役や観客で終わりたくないという欲求は、安寧が約束された世界への安住を許してはくれなかった。

 だから、俺は駆けた。
 見えるかどうかすら不透明な夢に思いを馳せて、辛く厳しい練習を自らに課し、効果があるかどうかすら不透明な宣伝活動に勤しみ、自分の中で確かなそれかすら不透明な志を同じくする新しい仲間達と巡り会って。
 アイドルになる……そんな虚ろな夢だけで繋がった俺達はともに駆け、ともに挑み、ともに輝いてきた。
 ここに至るまで失ったものはたくさんあったが、それ以上に得たものもたくさんあった。
 一体何が俺にこれだけの力をくれたのか、今考えても不思議でならない。
 だが、そんなあまりに不透明な何かにも、俺は誰より感謝したい。
 それらがあったから、それらを手放す事なく持ち続ける事が出来たから、俺はその余りにもろい心を折らずに済んだ。
 自分で自分が分からなくなるという事にならなくて済んだんだ。

 そして今、俺達はこうしてここにいる。
 あらゆる苦しみ、あらゆる悲しみ、あらゆる挫折。
 それら全てを乗り越えた奴だけが辿り着ける、とびきり輝く場所に、俺達は立っていた。
 皆がいたからこそ、その全てに耐えて、その全てを乗り越える事が出来た。
 
 どんな苦しみも、どんな困難も、どんな挫折も……今日まで長々と続いた全ては、今この瞬間から始まる、たった数分のために。
 俺達の事を今か今かと待ち望む奴等。この俺のあまりにふざけたわがままに付き合ってくれた奴等。
 そして、俺に見果てぬ未来へと走り出すきっかけを与えた、かつて仄かに思いを寄せ…………今は同じ世界の中で戦う立場にある一人の少女。
 そいつ等全てに向かって、俺は高らかに宣言する。

「俺達が……金字塔Guy'sだ!」
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