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三
七
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侍女として働く喜多は、有能だった。言わずとも悟る。輝宗が惚れ込んで政宗の乳母にしただけのことはある。
あっという間に二人の間に符号も出来、情報のやり取りもやりやすくなった。
「東の方様、『上』から楽し気な話が」
喜多の言葉に、己の手が止まるのが分かった。喜多の言う「上」は異父弟、鬼庭 綱元のことであり、「楽し気な話」というのは輝宗の周囲にある不審な話、と言ったところだ。
「さようか。ではしばし囲碁の相手でもしてもらおうかの」
にこりと微笑む。すぐさま碁盤が用意され、喜多は黒の碁石を取った。
戦か、碁石の色でそれを察した義はぱちんと石を置く。
――いずこと?――
――最上と――
ぴたりと石を置く手が止まった。
「……まことか?」
思わず口に出したが、喜多は咎めることをせず、耳打ちしてきた。
――義守と義光の諍いが大きくなり、家臣を巻き込んだ。それに足らず、岳父という強みから、義守が輝宗に援軍を依頼した――
何を考えているというのか。呆れるとともになぜ伊達まで巻き込むのかという怒りが湧いてきた。
夜にでも輝宗と話す必要がある。頭を抱えつつも、喜多から少しでも多くの情報を入れるため、石を置いた。
「投了でございます。東の方様、集中してくださいませ」
「すまぬ。其方から聞く話が面白くて、つい、の」
「左様でございましたか。そうそう、愚弟がお二人のお子様の成長ぶりを自慢しておりました」
「まことか」
「はい。特に梵天丸様は聡明でいらっしゃり、色々と学んでおいでです。竺丸様も穏やかではございますが、梵天丸様とは違う聡明さをお持ちだとか」
「というと?」
「大にして梵天丸様は己が動いて事実を求めようとし、竺丸様は人の話を聞いて事実を求めようとしております」
「……それはそれで問題があるの」
「はい。ですので、宗乙様方も互いを見習うようにと仰せでした」
「そのうち見に行ってみようかの」
「ぜひとも。お子様方が喜ばれます」
この頃から既に梵天丸の性格は義に、竺丸の性格は輝宗に似ていると評判だった。
内々に輝宗に似た竺丸を推す一団と、伊達のさらなる勢力拡大のために梵天丸を推す一団と。家臣の間で不穏な空気が出始めていた。
その旨も輝宗に伝えておこう。そう心に決め、寝所へと向かった。
寝所にて輝宗を待つことしばし。襖が開いた。
「起きて……その瞳は私になにか話があるのかな」
「我が君には敵いませんわね。二つほど」
一つは義守の頼みでも出陣しないこと。もう一つは継嗣のこと。
「……岳父には断っておく」
「という事は既に、そういった話が?」
わざとらしく訊ねた。
「うむ。私も義兄と争うは如何なものかと思っておった。しかし岳父からの頼み。迷っておったところだ」
こういうところで迷うところが輝宗らしい。
「継嗣か……当たり前に考えれば梵天丸であろう。昔の諍いをもって、竺丸を継嗣になど。あれでは私の二の舞になりかねぬ」
それを補うべく、宗乙を始めとした伊達に関係のない師がいるのだ。
「其方のおかげで私は迷うことが少なくなった。改めて礼を言わせて……」
「我が君。わたくしたちは夫婦なのです。婚儀の時に仰ってくださったではないですか。互いが補い合えばいいのだと」
「そうであったな。同じことが梵天丸と竺丸にできればいいと思っておる」
その夜は穏やかに更けた。
「東の方様! 一大事にございます」
輝宗、最上の戦に出陣。
その一報が届けられたのは、梵天丸と竺丸の二人が稽古をしていた時だった。
「あれほど釘を刺しましたのに!!」
すっと綱元が差し出した書状には義守の字で「伊達と最上の間柄を見せるべく」の字が。
何かが切れる音がした。
「喜多! 侍従に申し付けて籠の用意を! 二人とも、母はこれから父上を迎えに行きますゆえ、景綱のいう事をよく聞くのですよ」
「はいっ!」
元気よく返事をしたのは竺丸のみだったことを不審に思うべきだったと、後悔することになる。
あっという間に二人の間に符号も出来、情報のやり取りもやりやすくなった。
「東の方様、『上』から楽し気な話が」
喜多の言葉に、己の手が止まるのが分かった。喜多の言う「上」は異父弟、鬼庭 綱元のことであり、「楽し気な話」というのは輝宗の周囲にある不審な話、と言ったところだ。
「さようか。ではしばし囲碁の相手でもしてもらおうかの」
にこりと微笑む。すぐさま碁盤が用意され、喜多は黒の碁石を取った。
戦か、碁石の色でそれを察した義はぱちんと石を置く。
――いずこと?――
――最上と――
ぴたりと石を置く手が止まった。
「……まことか?」
思わず口に出したが、喜多は咎めることをせず、耳打ちしてきた。
――義守と義光の諍いが大きくなり、家臣を巻き込んだ。それに足らず、岳父という強みから、義守が輝宗に援軍を依頼した――
何を考えているというのか。呆れるとともになぜ伊達まで巻き込むのかという怒りが湧いてきた。
夜にでも輝宗と話す必要がある。頭を抱えつつも、喜多から少しでも多くの情報を入れるため、石を置いた。
「投了でございます。東の方様、集中してくださいませ」
「すまぬ。其方から聞く話が面白くて、つい、の」
「左様でございましたか。そうそう、愚弟がお二人のお子様の成長ぶりを自慢しておりました」
「まことか」
「はい。特に梵天丸様は聡明でいらっしゃり、色々と学んでおいでです。竺丸様も穏やかではございますが、梵天丸様とは違う聡明さをお持ちだとか」
「というと?」
「大にして梵天丸様は己が動いて事実を求めようとし、竺丸様は人の話を聞いて事実を求めようとしております」
「……それはそれで問題があるの」
「はい。ですので、宗乙様方も互いを見習うようにと仰せでした」
「そのうち見に行ってみようかの」
「ぜひとも。お子様方が喜ばれます」
この頃から既に梵天丸の性格は義に、竺丸の性格は輝宗に似ていると評判だった。
内々に輝宗に似た竺丸を推す一団と、伊達のさらなる勢力拡大のために梵天丸を推す一団と。家臣の間で不穏な空気が出始めていた。
その旨も輝宗に伝えておこう。そう心に決め、寝所へと向かった。
寝所にて輝宗を待つことしばし。襖が開いた。
「起きて……その瞳は私になにか話があるのかな」
「我が君には敵いませんわね。二つほど」
一つは義守の頼みでも出陣しないこと。もう一つは継嗣のこと。
「……岳父には断っておく」
「という事は既に、そういった話が?」
わざとらしく訊ねた。
「うむ。私も義兄と争うは如何なものかと思っておった。しかし岳父からの頼み。迷っておったところだ」
こういうところで迷うところが輝宗らしい。
「継嗣か……当たり前に考えれば梵天丸であろう。昔の諍いをもって、竺丸を継嗣になど。あれでは私の二の舞になりかねぬ」
それを補うべく、宗乙を始めとした伊達に関係のない師がいるのだ。
「其方のおかげで私は迷うことが少なくなった。改めて礼を言わせて……」
「我が君。わたくしたちは夫婦なのです。婚儀の時に仰ってくださったではないですか。互いが補い合えばいいのだと」
「そうであったな。同じことが梵天丸と竺丸にできればいいと思っておる」
その夜は穏やかに更けた。
「東の方様! 一大事にございます」
輝宗、最上の戦に出陣。
その一報が届けられたのは、梵天丸と竺丸の二人が稽古をしていた時だった。
「あれほど釘を刺しましたのに!!」
すっと綱元が差し出した書状には義守の字で「伊達と最上の間柄を見せるべく」の字が。
何かが切れる音がした。
「喜多! 侍従に申し付けて籠の用意を! 二人とも、母はこれから父上を迎えに行きますゆえ、景綱のいう事をよく聞くのですよ」
「はいっ!」
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