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三
三
しおりを挟む顔に痘痕はほとんど残っておらず、右目のところにのみ集中していた。これが、右目を失うことになったものだ。
「若君、御免」
小十郎がそう言い、脇指を抜いた。
「小十郎?」
「若君がいつまでもふさぎ込んでいらっしゃるなれば、この片倉小十郎景綱、その大元を取り除きますれば」
「ひっ! 母上!」
「たわけ! そなたがかように暗い顔をしておるからじゃ! さもなくば小十郎とてその脇指を抜くことはない!」
義に助けを求めた梵天丸を、あっさりと突き放した。この子にはいくらでも恨まれよう。以前に近くなるのであれば、それが義の決意だった。
小十郎が梵天丸の上に跨るように乗り、両腕を左手で抑えた。
「……小十郎、ごめんなさい。……母上……」
そのあとは聞くに堪えず、義は耳を塞ぎたかった。
間もなく、刀が肉に刺さる音と血飛沫、そして梵天丸の悲鳴が屋敷中にこだました。
「その右目、わたくしに寄越すがよい」
「東の方様?」
「あの子の今ひとつの憂いは、わたくしが断ちましょうとも。それは酒と共にわたくしが腹にしまいます」
その言葉に喜多が盃を用意し、梵天丸の右目と酒を注いだ。それを一飲みにする。
「このことは、梵天丸には知られぬように。よいな? 小十郎、喜多」
「御意に」
意識のない梵天丸はあの姉弟に任せておけばよい。義がすべきなのは、輝宗への言い訳であった。
結局、輝宗からは「私が不甲斐ないばかりに、義と小十郎たちに嫌な思いをさせたな」と謝罪をもらい、小十郎と喜多も罪には問われなかった。
小十郎にその決意をさせてしまったことが梵天丸の心に重くのしかかり、無理にでも明るく以前のように振舞おうとしていた。
「お前は、そのままでいけないと言うのが分かりませぬか?」
「母、上?」
「お前の浮ついた明るさなど、家臣は欲しておりません。欲しているのは以前と同じ知と武を貪欲に求めるお前です」
「右の目を失ってしまえば、武を極めるなど無理です」
やさぐれたように、梵天丸がはき捨てた。
「ほほほ。お前はやる前から諦めるのですか? お前の気概はその程度のものか? 小十郎が己の命と引き換えにしても仕えたいと思っていた男が、子のような不甲斐ない男だと分かれば絶望するであろうな。
以前のお前に戻るのであればと、一つだけの命を賭してしたものがこのような結果になったとなれば、あの小十郎は腹を切るであろうよ。君主となるべき者に刀を向けた時点で、その決意をしたというのが分からぬのか!」
「母上に何が分かるのです!」
「腑抜けの言葉なぞ、わたくしには分からぬ。ただ、小十郎という家臣を失うことがわたくしは嫌なだけ」
己を恨んでもいい。そう思い、あえて厳しい言葉を投げつけた。
「……母上は、私の右目が失われたことをどのように思いますか?」
「天の采配。片目でもお前なら見誤らぬという天啓だとわたくしは取りましたよ」
「……天の采配……」
「えぇ。ですからお前は命を失わなかった。そして、顔に痘痕が残らなかった」
それだけ言うと義は梵天丸の元を去った。これ以上居ては己が罪から顔を背けたくなるからだ。
子に逃げるなと言いながら、誰よりも逃げているのは己だと、義は分かっていた。
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