2 / 2
2.甘さ控えめシフォンケーキ
しおりを挟む「暁、すまん少しいいか?」
「なんだ。晴人。」
「暁だから頼むんだが…」
椅子に座るように勧められる。
話の内容は今日撮るシーンの役者さんが1人だけ欠席でいないと言うことだった。それだけでなく、その代役をやれということだった。俺は口を結んで考え込む。
-老人役なんて御免だ
「出演する側は嫌?」
俺の顔色をを伺いながら提案してくる。強制されてもやりたくない事はしない性格を知っているからだろう。昔はこんなに人の性格を考える奴では無かった。俺は思いに耽ける。現場の埃の匂いと一緒に昔の記憶が蘇ってくる。
俺と晴人は高校生からの腐れ縁。晴人は教室の隅っこにいるような奴だった。今や有名映画監督〖朝日 翼〗なんて言われているが。アイツは監督を目指して、もう27年となるのか、と疑いながら高2まで逆算した。アイツの苦労が刻み込まれた顔を見るとその年月も頷ける気がする。俺はずっと、晴人のそばでカメラマンとして働いてきた。だから、監督としての能力の高さは1番身近で嫌というほど見せつけられている。アイツは凄い。何が凄いのか、それは適役を見つける能力に長けていることだ。役に合う役者をしっかりと呼び込む。選ばれた役者の色彩が大きなパレットの上で輝いているのだ。
-余りものの脇役、しかも老人の役なんて…
「よし。台本貸せ。」
「お願い。君がピッタリだから。」
晴人が一息つくのが見えた。ピッタリという言葉は先程は言わなかった晴人の本心だと思った。そして、俺も役者のように輝きたいという気持ちがもしかしたら晴人には丸見えなのかもしれない。
「この役、ほとんど話さないんだな。」
「そうなんだ。挨拶だけ。」
「そうか。」
それ以上は何も聞かなかった。
余りものの脇役だし、そんなもんかと頷く。
動作を確認し、スムーズに出来るよう5分程練習した。5分しか練習をせず、これでやろうと言われた俺は驚いた。しかし、これが【俺にピッタリな役】ということかとすぐに腑に落ちた。勿論、老人役にもかかわらず、ほとんどメイクを施されなかった点は全く納得していないが。
***
そして、役を演じきった。
ほんの2分の余った脇役。ほとんど挨拶しかしていない。目立たない役だなと終わった後に感じた。なんか拍子抜けだった。これで終わりかと実感があまり無い。もっと爽快感や達成感を求めていたが、期待のし過ぎだったと少し後悔した。
そんな事を考えているうちに、今日のクランクアップを迎えていた。
***
仕事終わり、俺はいつも煙草を吸う。先程、アイツと2人で話し合っていたこの機材部屋。これまでの埃と煙草の匂いが積もっていて誰も入ってこない。1人になるには丁度いい。
額に皺をよせ、煙草を口に咥える。
複雑な気持ちと共に煙を吐き出す。
若干息がしにくいのは歳のせいだろうか。
ゴホッゴホッ。大きくむせた。
「ん。差し入れ。」
と水ではなく、個包装の何かを持った晴人が俺の横にいた。晴人の体から汗の匂いがする。咳が落ち着き、目の前を見るとシフォンケーキが差し出されたていた。それを持った腕を俺に突きつけてくる。ぼそっとお疲れと言ってるのを耳の端で聞いた。
「おうな。」
と小さいそれを受け取った。
もう晴人は口にそれをほりこんだ後だった。口を規則的に動かしながら、椅子に体を投げ出すように座った。コイツは珍しく俺の話を聞かない。しかも椅子は晴人が座っているひとつしかない。長時間の撮影で足が棒だが、俺の椅子は無いらしい。仕方なく隣の部屋から椅子を持ってくることにした。
***
少しして、シフォンケーキの余りが多いことに気がついた。隣の部屋にも同じシフォンケーキの箱が1箱、未開封のまま置いてあったのを見た。いつもは役者がみんな食ってしまうのに(頂いてくれるのに)余っている。
「いつもより余り多くないか?」
「甘さ控えめ‥‥こくん。
だから不評だったらしい。」
と口にケーキが入ったまま答える。
「そっか。」
けど、コイツが美味しそうに食べているので俺も食べる。
ふっふっふと鼻から声が漏れた。
「うん?」
「全然甘くなくて、不味い。」
よく食えるなと尋ねると、コイツはそんなにか?と笑った。それから2人でこれらを役者に送り付けてやろうか、なんて為にならない笑い話をした。
知らぬうちに外は真っ暗になっていた。いい時間だし帰るかと、どちらかが言い出し、家路に着いた。
***
結局、余ったアレを持って帰ってきた。
なんか可哀想な気がしたからだ。
今日やった役の台本を眺める。文字を見るなんて退屈だから、ついでにシフォンケーキを口に入れる。縦にズラーっと並んだ長文と一緒にコレを噛む。
ふいにケーキの一欠片が口からこぼれ落ちた。
台本をもう一度読み直した。
あの役、実は主人公が一歩踏み出すのを後押しする重要な役だと気づいた。
甘さ控えめなシフォンケーキが少し甘く感じた。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
バイプレイヤーの重要さが、上手く描かれていると思います。
起承転結がきちっと収まっているのも、好印象です。