タケルとサアヤの運命否定論

紺坂紫乃

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【番外編】真木北斗とミステリアス・レディ

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 地元の高校を卒業し、隣の県の国立大学で経済学部に入学した真木北斗、十九歳の冬の話である。
 寮に帰る道すがら、ポケットに入れっぱなしだったキシリトールガムを食べた。失敗した。寒いのにミント味を食べてしまい、モッズコートをかき集めるように身をすくめた。

「……コンビニでケーキでも買って帰るか……」

 白い息を吐きながら、最寄りの駅までの近道に裏路地を通った。

 今日は入ったばかりのバスケサークルの飲み会という名目の合コンだった。正直、未成年の真木は飲めないので、ひたすら食べていた。

「真木くんってえ、もしかして玉崎中だった?」

「うん。知ってんだ?」

「全国二連覇した強豪校じゃん!! 私、女バスだったから応援で観に行ったもん」

「ふうん。二宮さん、だっけ? どこの中学?」

「府立大付属だよ。ねえ、連絡先教えてよ。もっと話したい」

 頬を紅潮して話しかけてくる女の子は、素早くスマホを取り出した。二宮という女の子は可愛い。冷たい言い方をすれば「悪くない」分類に入るが、真木は彼女の見え見えの狙いにバスケが使われたことが、なんとなく嫌でアドレス交換を渋る。

 スマホを取り出せば、タイミングよく電話の着信だ。

「ごめん、ちょっと出てくる」

 そう断って、電話に出た。ディスプレイに表示された名前に「ナイスタイミング」と呟いて、電話に出る。ついでに騒がしい店からも出た。

「もしもし、どうかしたか?」

『いやいや、これくらいの時間に電話してこいって言ったのは、マッキーでしょ。また合コン?』

「おう、すげえ助かった」

『……僕をダシに使わないでよ。まあいいや、あのさ、次に帰ってきたら報告しようと思ってたんだけど、僕と紗綾ちゃん、入籍しましたー!!』

「な、お前こそそんな大事なこと、電話で済ませるなよ!!」

『だって、マッキーがこっちに帰ってくるまで長いじゃん。ついでに、僕は今のフィットネスクラブの正社員に格上げが正式に決まったってのもある。一緒に住んでても入籍届を出す瞬間ってドキドキしたよ』

 天然でぽけっとしているように見えて、その実、誰よりも現実的な元相棒・尊。尊は中学の時に一目惚れした六歳年上のお姉さんとの恋を見事成就させ、高校を卒業してからは彼女と同棲していた。
 時折、大きな喧嘩をしては真木のところに駆け込んできていたが、もうその必要もなさそうだ。尊は高三の春に脚の怪我をしてから、大好きなバスケに制限がかかってしまい、ひどく落ち込んでいたが、それも乗り越えたのだろう。

「そっか……お祝いが遅れたな――おめでとう、幸せにな」

『ありがとう。で、話はまた進むんだけど、来年の秋に結婚式だからまた招待状を送るね。いやあ、もういろいろてんやわんやでさあ』

 久しぶりの尊の明るい声に、気持ちが浮上する。

「二十歳で結婚って早いよな。お前が玉中のメンバーの中じゃあ一番乗り」

『そうだね。絶対冷やかされそう……。けど、これが僕らの選択だから何も怖くない。紗綾ちゃんが根気よく岐阜の実家を説得してくれたおかげでもあるし、マッキーもいつも愚痴に付き合ってくれて助かってる』

「俺がしたことなんて、些細なことばっかりだって」

『そんなことないよ。怪我した時に腐ってた僕の尻を叩いてくれたのはマッキーと姉ちゃんだもん』

 高校二年から三年へと変わる春休みのことだった。尊は相手チームのでかいブロックの下敷きになって脚を痛めた。
 激痛にもがく尊。救急車。医者からの宣告。恋人の紗綾でさえ、かける言葉が見つからないほどに人を拒絶して泣いていた尊を、荒療治すぎる激励法を試みた姉の千鶴。やかましい千鶴を真木が首輪をかけて病室から引きずりだした。

「……俺は、コートで待ってる」

 それしか言えなかった真木は自分が情けなかった。空気が読めない千鶴に「北斗、ドラマの脚本よりだせえな、ぷぷー」と笑われたので、千鶴は殴っておいた。
 その後、リハビリに通い、尊は高校最後の試合で最終セットだけ出場してバイトを始めた。よく立ち直ってくれたと思うが、正直、真木はユースでもっと尊と試合がしたかったのは秘密だ。

『マッキー、いきなり黙ってどうしたの?』

「なんでもない。ちょっと思い出に浸ってた。尊、招待状は俺の実家に送って。母さんも喜ぶ」

『わかった。相変わらずお母さん思いだね。じゃあ、僕は夕飯に呼ばれたので、またね!! 夕飯後に姉ちゃんの捜索をしないといけないんだ……』

「お、おお、頑張れ。正月はそっちに帰る」

『了解、またLINEして。またね!!』

 尊との通話が終わると、とても合コンに戻る気がしなかった。この余韻に浸っていたいので、真木は幹事の先輩に気分が悪くなったと電話で断って、帰路についた。





 一途な尊が羨ましい、と真木はケーキと一緒に買ったガムを食べながら、暗い道を進む。
 尊と違い、中学の頃からちらほらと彼女が居た真木だが、親友のように一人に誠実になれない。泣かれたら面倒だし、バスケを優先して怒らせたら終わり。
 そんな流れる雲のようにふらふらとしてきたせいか、どこか恋愛に関しては諦観が強いのだが、親友と彼女の幸せそうな顔を見る度に、少しだけ頑張ってみようかとも思う。

「……二十歳を目前にして、恋愛で悩む俺。だせえなあ……」

 でかい独り言を吐いてると、カチッカチッと乾いた音が聞こえる。ついでに大きな舌打ちも。
 こんな路地の暗がりでなんだ、と不審に思うと二メートルほど先に女が立っていた。
 火の付いてない煙草をくわえた外国人の女だった。

 蒼い月明かりで幻想的に見える銀髪、暗い青の瞳が真木を射抜く。

 黒のロングコートを着ていた。この寒い日に、コートの下は白い肌と美しい谷間がはっきりと見えるチューブトップ――水商売の女にしては、雰囲気が剣呑だ。
 女は真木を見止めると煙草を銜えたまま、ヒールを鳴らして近づいてきた。

「……なんだ、ガムか……」

 ハスキーな声が、どこか艶めかしい。真木はポケットを漁って、先ほどの居酒屋のマッチを差し出した。

「良ければ、どうぞ」

 先輩の中には煙草を吸う人もいる。そういう時の為に、居酒屋ではマッチを必ず持ち帰るようにしていた癖が、こんなところで役に立った。

「へえ、気が利くじゃないか。助かったよ、少年。ありがと」

 女は長い指先で煙草を挟み、真木の頬にキスをして颯爽と去って行った。外国人の流儀は、思春期の若者には刺激が強すぎる。
 真木は、初めて顔が熱くなるのを感じた。女の香水だろうか、花のような匂いがその場に残っている。

「……やべえ……」

 真木は急いで、女の後を追った。だが。もう雑踏の中に消えてしまい、長い銀髪すらも見当たらない。
 名前も知らない銀髪の女――真木北斗 十九歳にして恋という崖に落とされた。
 今なら、親友がずっと一人の女を想い続けている気持ちが解かる気がする。
 
 ――その日から、真木がこの路地裏に何度も通うようになったのは語るまでもない。

end...
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