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空の章
玖、賢者の忠告
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玖、「賢者の忠告」
見送りのタオ老師とフロン元帥に「では」と短い別れを告げて、ロンとエイルは来た道を逆に辿り、枯れた泉に入る。再び身体が分解される感覚に、初体験のテムは「ばらばらになりそう」と愚痴る。もう一度、セツカの声が聞こえるかと思ったが、残念ながらロンの期待は外れに終わった。
霧に覆われた仙界の地を踏んで、ロンは水の気配がする方へと歩いていく。
「あれ? 東方王様にはお逢いしないのか?」
「後ほどご挨拶に行く。先に『コレ』をなんとかしたくてな。どこでもいい。水があるところを探している」
ロンが『コレ』と示したのは白い絹の巾着に入れられた『蒼龍の爪』だった。それをどうするのか、エイルとテムには皆目見当がつかないが、ロンの後ろをひたすらついていく。海底龍神族は水を操る。セツカほど力の強い術士はそうそういないが、水の気配を探知することならロンやエイルにも可能だ。
十分も歩いた頃、ロンがぴたりと足を止めた。小川だ。ロンは小川の淵にしゃがみ込んで、ぶつぶつと呪を唱えて印を組んだ右手を川にそっと入れる。
「姫様、セツカ姫様、どうか私の声を聞いてください――セツカ姫、我らが龍王姫よ」
唱え続けること、一刻。小川から泡沫のように『……ロン……?』と聞こえた。映像は視えないが声は小さくとも確かに聞こえる。
「よかった……姫様。空石の代用品ですが『蒼龍の爪』を送ります。どうか受けとってください」
ロンは巾着から取り出した『蒼龍の爪』を小川に放り込んだ。
『……蒼龍の爪ですね。確かに受け取りました。……ロン、エリン……無茶はしていませんか?』
「そちらからは視えませぬか?」
『いいえ、ちゃんと視えます――ロン、逢いたい……』
「……必ず、必ずお迎えに上がりますゆえ、今少しだけお待ちください……!!」
『……はい、お待ち、し……て……』
水を通しての通信は切れてしまった。
ロンは全力疾走した後のように、汗を流し、呼吸も荒い。テムやエイルがひどく不安そうに声をかける。テムが近くにあった樹の葉を一枚ちぎってきた。それを受け皿のようにして小川の水をすくってロンの口元に運ぶ。
「大丈夫か? ロン」
「……ああ、すまない。ありがとう。少々休憩したら、歩けるようになる」
「水を通して話すだけで、こんなにも力を消耗するものなのか? お前たちは水龍だろう?」
テムの疑問に、ロンは苦笑する。
「ただ水を通して話したり、映像を見せたりするだけならこんなにも消耗はしない。だが、今は強い封印の中にいる姫様に語り掛け、モノまで送ったから、術士ではない俺は体力が削られるだけだ。俺は武人で、一応二十年は仙界で術士としての基礎は学んだが、幼い頃から強い水龍の素養を持っていた姫様とは雲泥の差。姫様から話しかけてくれたならともかく、ひよっこの術士が封印に干渉するとこうなるという訳だ」
ずっと空の上の霊廟にいたテムですら、三龍大戦をたった一人で停戦まで持ち込んだ海の龍王姫の話は耳にしている。その眠りが五百年も続いているのだから、姫の消耗も大きいと理解ができた。
ロンとエイルは、そんな姫唯一人のために空までやってきた。「姫を目覚めさせたい」という強い願いゆえに。
小川の畔で休んでいると、霧が一部だけ妙な動きをする。集まった霧は空中で渦を巻く。
「あ、これは……」
心当たりがあるのか、エイルは急いで居住まいを正した。すると渦の中から声がする。
「東方王様か」
『よくぞ空から戻ってきたな』
「東方王様と西王母様がお授け下さった武器や薬のおかげです。『無形』は誠によく働いてくれております」
『それは重畳。時にロン、エイルよ。そのテムという仔龍は仙界でしばし預かるゆえ、竜宮に行くがよい。エイシャの目的は本人の口から聞き、真実か虚偽か、見定めてきなさい』
「やはり海底にテムは連れていけませぬか?」
『うむ。仙界と海を繋ぐ道で溺れてしまうじゃろうな』
「テム、すぐに戻る。ここで待っていてくれるか?」
「うん……仕方ないよな。東方王様のところで待ってる」
テムは少しだけ肩を落として、渦の中に飛び込んだ。東方王の通信も、そこで途絶えてしまったので、ふうと息を吐いたロンはエイルに「行こうか」と声をかける。
「もう身体はいいのか?」
「ああ、テムが飲ませてくれたこの小川の水――さすが仙界と言おうか、偶然にも疲労回復の効果があったようだ。全快ではないが、竜宮に行くなら早い方がいい」
「そうだな……」
本音を言えば、ロンもエイルも龍王の真意を問い質すにはかなりの抵抗があった。気が重い。互いにとって尊敬する父で義父なのだ。悪意ある目論見など願ってはいない。
二人は無言のまま、海底に続く泉に身を投じた。
◇
二人が這い出たのは、王宮の中庭の泉だった。セツカがよく考え事をしていた泉だ。
「今の時刻だと父上はまだご政務の最中だな」
「待つしかないか……とりあえず衣服を整えよう」
王に謁見するのに旅衣はまずい、と二人は各々の部屋で衣服を長袍に正した。ロンはついでに自室で薬や小物を補充する。
「……できれば、こんなものを使いたくはないが、地上対策は念を入れておくか」
ロンは眼帯の裏地に、折りたたんだ紙を入れた。他にも抽斗を漁っていたら、エイルとの待ち合わせの時刻が過ぎそうだったので、急いで居室を出た。
政務を終えた官僚らから隠れていると、宰相のツァイが「王がお呼びです」と壁際の二人に耳打ちする。
「よくぞ戻った。エイルも同行しておるとは東方王より聞いていたが、見聞を広めるのは良いことじゃ。酒宴と行きたいところだが、先を急ぐのだろう。酒宴はセツカを交える日まで耐えるとしよう」
玉座にある王は、随分と陽気だ。二人が帰還したことを歓待してくれているのはありがたいが、跪いて礼を取っている二人には判じかねた。
「お気遣い痛み入ります。王もご壮健のご様子、なにより安心でございます」
「うむ。義兄弟が揃ったと言うのにセツカがおらぬのは、やはり寂しいな。封じられた身ではあるが、セツカの眠る離宮で家族水入らずの話としよう――ツァイよ、ここは任せたぞ」
王の突然の思い付きに、二人は怪訝に思ったが宰相のツァイが「かしこまりました」と一礼し、二人は先導する王の後ろを付いて離宮までたどり着いた。
「芝居を打ってまで宰相殿を遠ざける必要がおありでしたか?」
ロンが離宮に入るなり、エイシャにそう尋ねる。王は「まあ、許せ。ここなら誰も見聞きできぬ」と先ほどの陽気はなりを潜めて、真剣な顔つきに戻る。
「ロン、エイル、空の様子を子細に話せ。場合によってはこちらも挙兵せねばならぬ」
「きょ、挙兵!?」
驚くエイルにエイシャは「其方らの話によっては、だ」と付け加える。
ロンは事務的に久遠城の様子、リナリアの件、空と地上の現状を詳しく話した。霊廟の件も含め、すべてを聞き終えたエイシャは額に手を当てた。
「……リナリアめ、空石を自身に埋め込むなど、愚かなことを……!!」
「空に到着する前に姫様からの忠告で、空石は持ち帰ることは控えました。おそらく物理的にも不可能でした。王よ、なぜ姫様の覚醒に空石と肉石を持ち帰れと命じられたのかをお聞かせ頂きたい」
エイシャはロンに「鋭い其方が解らぬとは言うまい」と言葉を濁す。エイルが前に出ようとしたのをロンが遮って止める。
「――我が国にも間者が入り込んでいるのですね? 失礼ながら、王の御身近に」
「左様。だが、間者が空と地上のどちらに通じているのかが解らぬ。ゆえに空と地上の秘宝を持ち帰れと申した。秘宝を持ち帰れなどという無理難題を出せば、仙界あたりから情報が洩れるかと思うてな」
「我が国にも……間者が……父上も、義姉上も、もう見当がお付きのように感じるのは、私だけでしょうか?」
エイルの覇気のない声に王は「まこと、儂の頭痛は何年経っても治まらぬ」とセツカの眠る水晶に手を当てた。
「――宰相のツァイ様ならば、王の密命を受けた私と王子の情報が真っ先に入りますね。そして、場合によっては挙兵の構えがあるとおっしゃる。ならば、宰相殿は空に通じてらっしゃるのでは?」
「な、ロ、ロン――!!」
地位と長年の忠義に憚って口にしなかった名前に、エイルは驚きを隠せない。対して、エイシャは冷静であった。
「うむ。長く信頼できる臣であったが、おそらくリナリアの子飼いであろうなあ。姫の機転と、代用品を海底にのこのこと持ち帰らず、仙界からセツカに渡してくれたことに礼を言うぞ」
エイシャは語る。ロンにではなく、エイルに語って聞かせているのだろう。
力のない空石――秘宝が力を失えば、地上の襲撃を退けることすら敵わない。蹂躙されるだけの空には、石に力を取り戻してくれる第三者の人材が必要だった。
ロンとエイルは見事に大役を果たした。力を取り戻した空石があれば、地上からの防戦一方だった空から討って出ることができる。しかし、また空と地上が衝突すれば、第二次三龍大戦は避けられない。しかも海にはセツカと言う調停役もいない。ならば、空と地上が真っ先に攻めてくるのは海の可能性が高い。
おそらくツァイから漏れるように仕組んだロンへの密命も、リナリア個人にツァイが横流ししたと考えれば筋が通る。
「まさか宰相殿が間者とは……我らは変わらず地上に向かうつもりですが、王は如何なさるおつもりですか?」
「儂は水面下で行動するのみ。ツァイがなぜリナリアと通じたかもわからぬゆえ、空が兵を整えるのを妨害するくらいならば可能じゃ――ロン、エイル、時間がない。肉石を押さえ、セツカの覚醒を急げ。地平龍王も自身の身体に肉石を取り込むなど馬鹿なことをしでかす前に、なんとしても地上の戦意を挫け――!!」
「御意にございます」
ロンは深々と頭を下げ、エイシャに礼をし、その場を後にしようとする。
「エイル」
「は、はい」
「お前は次の海底龍王だ。ロンと行動を共にすることで見識を広げ、あの者のように何事も疑いを持つよう心掛けよ」
「……はい」
エイルは父の厳しい一言に心中で「無理だ」と叫んだ。共に行動するほど痛感させられる。
ロンのように広い視野と鋭い勘も、セツカのように他の追随を許さぬ至高の魔術もエイルは持っていない。二人と己は器が違いすぎる。エイルはまた自室で衣服を改めながら臍を噛む。
「父上、俺は――ロンや義姉上のようにはなれない――!!」
王子の懊悩は、海底を後にしてからも続いた。
続...
見送りのタオ老師とフロン元帥に「では」と短い別れを告げて、ロンとエイルは来た道を逆に辿り、枯れた泉に入る。再び身体が分解される感覚に、初体験のテムは「ばらばらになりそう」と愚痴る。もう一度、セツカの声が聞こえるかと思ったが、残念ながらロンの期待は外れに終わった。
霧に覆われた仙界の地を踏んで、ロンは水の気配がする方へと歩いていく。
「あれ? 東方王様にはお逢いしないのか?」
「後ほどご挨拶に行く。先に『コレ』をなんとかしたくてな。どこでもいい。水があるところを探している」
ロンが『コレ』と示したのは白い絹の巾着に入れられた『蒼龍の爪』だった。それをどうするのか、エイルとテムには皆目見当がつかないが、ロンの後ろをひたすらついていく。海底龍神族は水を操る。セツカほど力の強い術士はそうそういないが、水の気配を探知することならロンやエイルにも可能だ。
十分も歩いた頃、ロンがぴたりと足を止めた。小川だ。ロンは小川の淵にしゃがみ込んで、ぶつぶつと呪を唱えて印を組んだ右手を川にそっと入れる。
「姫様、セツカ姫様、どうか私の声を聞いてください――セツカ姫、我らが龍王姫よ」
唱え続けること、一刻。小川から泡沫のように『……ロン……?』と聞こえた。映像は視えないが声は小さくとも確かに聞こえる。
「よかった……姫様。空石の代用品ですが『蒼龍の爪』を送ります。どうか受けとってください」
ロンは巾着から取り出した『蒼龍の爪』を小川に放り込んだ。
『……蒼龍の爪ですね。確かに受け取りました。……ロン、エリン……無茶はしていませんか?』
「そちらからは視えませぬか?」
『いいえ、ちゃんと視えます――ロン、逢いたい……』
「……必ず、必ずお迎えに上がりますゆえ、今少しだけお待ちください……!!」
『……はい、お待ち、し……て……』
水を通しての通信は切れてしまった。
ロンは全力疾走した後のように、汗を流し、呼吸も荒い。テムやエイルがひどく不安そうに声をかける。テムが近くにあった樹の葉を一枚ちぎってきた。それを受け皿のようにして小川の水をすくってロンの口元に運ぶ。
「大丈夫か? ロン」
「……ああ、すまない。ありがとう。少々休憩したら、歩けるようになる」
「水を通して話すだけで、こんなにも力を消耗するものなのか? お前たちは水龍だろう?」
テムの疑問に、ロンは苦笑する。
「ただ水を通して話したり、映像を見せたりするだけならこんなにも消耗はしない。だが、今は強い封印の中にいる姫様に語り掛け、モノまで送ったから、術士ではない俺は体力が削られるだけだ。俺は武人で、一応二十年は仙界で術士としての基礎は学んだが、幼い頃から強い水龍の素養を持っていた姫様とは雲泥の差。姫様から話しかけてくれたならともかく、ひよっこの術士が封印に干渉するとこうなるという訳だ」
ずっと空の上の霊廟にいたテムですら、三龍大戦をたった一人で停戦まで持ち込んだ海の龍王姫の話は耳にしている。その眠りが五百年も続いているのだから、姫の消耗も大きいと理解ができた。
ロンとエイルは、そんな姫唯一人のために空までやってきた。「姫を目覚めさせたい」という強い願いゆえに。
小川の畔で休んでいると、霧が一部だけ妙な動きをする。集まった霧は空中で渦を巻く。
「あ、これは……」
心当たりがあるのか、エイルは急いで居住まいを正した。すると渦の中から声がする。
「東方王様か」
『よくぞ空から戻ってきたな』
「東方王様と西王母様がお授け下さった武器や薬のおかげです。『無形』は誠によく働いてくれております」
『それは重畳。時にロン、エイルよ。そのテムという仔龍は仙界でしばし預かるゆえ、竜宮に行くがよい。エイシャの目的は本人の口から聞き、真実か虚偽か、見定めてきなさい』
「やはり海底にテムは連れていけませぬか?」
『うむ。仙界と海を繋ぐ道で溺れてしまうじゃろうな』
「テム、すぐに戻る。ここで待っていてくれるか?」
「うん……仕方ないよな。東方王様のところで待ってる」
テムは少しだけ肩を落として、渦の中に飛び込んだ。東方王の通信も、そこで途絶えてしまったので、ふうと息を吐いたロンはエイルに「行こうか」と声をかける。
「もう身体はいいのか?」
「ああ、テムが飲ませてくれたこの小川の水――さすが仙界と言おうか、偶然にも疲労回復の効果があったようだ。全快ではないが、竜宮に行くなら早い方がいい」
「そうだな……」
本音を言えば、ロンもエイルも龍王の真意を問い質すにはかなりの抵抗があった。気が重い。互いにとって尊敬する父で義父なのだ。悪意ある目論見など願ってはいない。
二人は無言のまま、海底に続く泉に身を投じた。
◇
二人が這い出たのは、王宮の中庭の泉だった。セツカがよく考え事をしていた泉だ。
「今の時刻だと父上はまだご政務の最中だな」
「待つしかないか……とりあえず衣服を整えよう」
王に謁見するのに旅衣はまずい、と二人は各々の部屋で衣服を長袍に正した。ロンはついでに自室で薬や小物を補充する。
「……できれば、こんなものを使いたくはないが、地上対策は念を入れておくか」
ロンは眼帯の裏地に、折りたたんだ紙を入れた。他にも抽斗を漁っていたら、エイルとの待ち合わせの時刻が過ぎそうだったので、急いで居室を出た。
政務を終えた官僚らから隠れていると、宰相のツァイが「王がお呼びです」と壁際の二人に耳打ちする。
「よくぞ戻った。エイルも同行しておるとは東方王より聞いていたが、見聞を広めるのは良いことじゃ。酒宴と行きたいところだが、先を急ぐのだろう。酒宴はセツカを交える日まで耐えるとしよう」
玉座にある王は、随分と陽気だ。二人が帰還したことを歓待してくれているのはありがたいが、跪いて礼を取っている二人には判じかねた。
「お気遣い痛み入ります。王もご壮健のご様子、なにより安心でございます」
「うむ。義兄弟が揃ったと言うのにセツカがおらぬのは、やはり寂しいな。封じられた身ではあるが、セツカの眠る離宮で家族水入らずの話としよう――ツァイよ、ここは任せたぞ」
王の突然の思い付きに、二人は怪訝に思ったが宰相のツァイが「かしこまりました」と一礼し、二人は先導する王の後ろを付いて離宮までたどり着いた。
「芝居を打ってまで宰相殿を遠ざける必要がおありでしたか?」
ロンが離宮に入るなり、エイシャにそう尋ねる。王は「まあ、許せ。ここなら誰も見聞きできぬ」と先ほどの陽気はなりを潜めて、真剣な顔つきに戻る。
「ロン、エイル、空の様子を子細に話せ。場合によってはこちらも挙兵せねばならぬ」
「きょ、挙兵!?」
驚くエイルにエイシャは「其方らの話によっては、だ」と付け加える。
ロンは事務的に久遠城の様子、リナリアの件、空と地上の現状を詳しく話した。霊廟の件も含め、すべてを聞き終えたエイシャは額に手を当てた。
「……リナリアめ、空石を自身に埋め込むなど、愚かなことを……!!」
「空に到着する前に姫様からの忠告で、空石は持ち帰ることは控えました。おそらく物理的にも不可能でした。王よ、なぜ姫様の覚醒に空石と肉石を持ち帰れと命じられたのかをお聞かせ頂きたい」
エイシャはロンに「鋭い其方が解らぬとは言うまい」と言葉を濁す。エイルが前に出ようとしたのをロンが遮って止める。
「――我が国にも間者が入り込んでいるのですね? 失礼ながら、王の御身近に」
「左様。だが、間者が空と地上のどちらに通じているのかが解らぬ。ゆえに空と地上の秘宝を持ち帰れと申した。秘宝を持ち帰れなどという無理難題を出せば、仙界あたりから情報が洩れるかと思うてな」
「我が国にも……間者が……父上も、義姉上も、もう見当がお付きのように感じるのは、私だけでしょうか?」
エイルの覇気のない声に王は「まこと、儂の頭痛は何年経っても治まらぬ」とセツカの眠る水晶に手を当てた。
「――宰相のツァイ様ならば、王の密命を受けた私と王子の情報が真っ先に入りますね。そして、場合によっては挙兵の構えがあるとおっしゃる。ならば、宰相殿は空に通じてらっしゃるのでは?」
「な、ロ、ロン――!!」
地位と長年の忠義に憚って口にしなかった名前に、エイルは驚きを隠せない。対して、エイシャは冷静であった。
「うむ。長く信頼できる臣であったが、おそらくリナリアの子飼いであろうなあ。姫の機転と、代用品を海底にのこのこと持ち帰らず、仙界からセツカに渡してくれたことに礼を言うぞ」
エイシャは語る。ロンにではなく、エイルに語って聞かせているのだろう。
力のない空石――秘宝が力を失えば、地上の襲撃を退けることすら敵わない。蹂躙されるだけの空には、石に力を取り戻してくれる第三者の人材が必要だった。
ロンとエイルは見事に大役を果たした。力を取り戻した空石があれば、地上からの防戦一方だった空から討って出ることができる。しかし、また空と地上が衝突すれば、第二次三龍大戦は避けられない。しかも海にはセツカと言う調停役もいない。ならば、空と地上が真っ先に攻めてくるのは海の可能性が高い。
おそらくツァイから漏れるように仕組んだロンへの密命も、リナリア個人にツァイが横流ししたと考えれば筋が通る。
「まさか宰相殿が間者とは……我らは変わらず地上に向かうつもりですが、王は如何なさるおつもりですか?」
「儂は水面下で行動するのみ。ツァイがなぜリナリアと通じたかもわからぬゆえ、空が兵を整えるのを妨害するくらいならば可能じゃ――ロン、エイル、時間がない。肉石を押さえ、セツカの覚醒を急げ。地平龍王も自身の身体に肉石を取り込むなど馬鹿なことをしでかす前に、なんとしても地上の戦意を挫け――!!」
「御意にございます」
ロンは深々と頭を下げ、エイシャに礼をし、その場を後にしようとする。
「エイル」
「は、はい」
「お前は次の海底龍王だ。ロンと行動を共にすることで見識を広げ、あの者のように何事も疑いを持つよう心掛けよ」
「……はい」
エイルは父の厳しい一言に心中で「無理だ」と叫んだ。共に行動するほど痛感させられる。
ロンのように広い視野と鋭い勘も、セツカのように他の追随を許さぬ至高の魔術もエイルは持っていない。二人と己は器が違いすぎる。エイルはまた自室で衣服を改めながら臍を噛む。
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