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東京狂乱JOKERS
前編
しおりを挟む青年は笑っていた。
フランス人形のように、精緻で、透明な美貌の持ち主である。
「も、もうしねえよ!! なあ、だから助けてくれ!!」
必死に懇願する男に、青年は笑みをますます深くした。今はその美しい笑みが恐怖をかきたてる。
「俺たちの『鉄則』を破ったんだ。なら、制裁は覚悟の上で行うべきだった。――殺せ」
「や、やめろ……!!」
くるり、と青年は踵を返すと男の断末魔を聞きながら、部屋を後にした。
◇
四月。東京、桜田門に聳え立つ警視庁の扉を、沢野明松は朝から溜息を吐きながら通過する。
先日までの目的地とは違う道順で新しい職場の扉をくぐる。
「あれ? 見ない顔だけど、なんか用?」
一番近くにいた同い年くらいの若い刑事が、書類を片手に明松に目を止めた。
「あ、はい。辞令で今日から刑事部に配属になりました沢野です。あの、篠塚さんはいらっしゃいますか?」
「君がシノの相棒!! いやあ、ご愁傷さま……って、ごめん。篠塚なら、あの一番奥のソファで寝てるやつね。おいで。あ、俺は二係の村雨光輝。たぶんちょこちょこ一緒に仕事すると思うから、よろしく」
村雨はよく喋る男だった。快活、という言葉が似合うのは彼だろう。村雨の青いスーツの後ろを付いて行きながら、明松は「はい、よろしくお願いします」と無感情に定型の挨拶を返した。村雨が奥まで案内してくれていると、当然ながら他の刑事が「てめぇ、職場に女連れ込んでんのか」などとヤジを飛ばしてくる。村雨は「俺がフラれたばっかりだって知っててよく言いますね。残念、シノの相棒ですよ」と適当に年季の入った刑事たちの相手をしていた。
目的地である革張りのソファに近寄れば、しっかりと鼾が聞こえてきた。そこを占領していたのは、よれよれの黒いスーツ姿で顔に漫画雑誌を広げている男だった。これと共に仕事をしなければならないのか、と明松は否が応にも顔を顰めるのを辞められなかった。
「おい、シノ。新しい子来たぞ。起きろ!!」
村雨が乱暴にソファを蹴ると、雑誌が音を立てて床に落ちた。雑誌の下から現れたのは、無精ひげも剃らず、天然パーマなのか髪が四方八方に跳ねまくっている三十代前半くらいの男だった。
「……コーキ、うるせえ。で、なに?」
「だから、お前の新しい相棒の子が来たんだよ!」
「ああ……あれって今日だったのか。例の少年課から飛ばされた……えーっと、村井だっけ?」
「沢野、明松です……! はじめまして、篠塚巡査部長。不束者ですが、よろしくお願いします」
やや苛立ちながら自己紹介すると、明松はソファから寝ぼけ眼で見上げてくる篠塚に頭を下げた。
「カガリって変わった名前だな。俺、篠塚健次郎。一応、二係だけど俺とお前さんは特別待遇だから、そこんとこよろしく」
「じゃ、俺はちゃんと案内したからな。仕事の説明、面倒臭がらずにちゃんとしてやれよ!」
できれば「この人と二人にしないで下さい」と村雨の背広を引っ張りたかったが、明松はぐっと堪えた。
「仕事の説明ねえ……」
「あの、私達は特別待遇とはどういうことでしょうか?」
明松が説明を求めた時、室内に警報が鳴り響いた。
『殺人事件発生。住所は練馬区春日町――直ちに急行して下さい』
「あーらら、とりあえず行きますか。仕事の内容については道々説明するわ。特別任務以外だと、俺達は二係の応援だからな。さ、レッツらゴー」
なんとも気合いの入らない出発合図である。しかも急ぐ様子は皆無だ。明松は小さく舌打ちして、篠塚の背中を追った。
「……道々説明するって言ったくせに、おもいっきりまた寝てるじゃない!! なんなのよ、この男!!」
さすがに怒りが沸点に達した明松は、車のハンドルを握りしめて、助手席で眠る篠塚に悪態を吐いた。言動がまったくもって一致しない。この男が、これからの上司かと考えると頭痛がしてきた。
結局、篠塚から仕事の説明など欠片も聞けず、既にブルーシートに覆われた一件のなんの変哲もない平々凡々のアパートについた。鑑識のフラッシュや野次馬整理をしている警察官の姿で、場は騒然としていた。しかし、先に到着していた村雨ら、他の二係は既に撤退を始めていた。
「あ、来た来た。シノ、これ、お前らの案件みたいだから俺らは撤退だあ。ま、頑張れよ。新人ちゃん」
村雨よりは年嵩の刑事はそう告げると、来たばかりだと言うのにぞろぞろと去って行く。
「おやま、仕事の説明の手間が省けたな。沢野、お前さん、なかなか運が良いねえ」
「な、なにを言ってるんですか!? え、どうして皆さん、帰られるんですか?」
「鑑識とか科捜研の連中は残るよ。でも、ホシはもうあがってるから、捜査の必要はないってこと。とりあえず中の様子だけ見ようぜ」
篠塚の言うことが皆目見当がつかない明松は、致し方なく事件現場の部屋に入った。しかし、彼は遺体を見ずに、廊下にいた眼鏡の鑑識に声をかけた。
「あー、みったん、ちぃーっす。コーキ達が撤収したってことは、『あいつら』デショ? ガイシャの説明だけ教えて。あ、これ、うちの新入りね。沢野、鑑識の生き字引の三ツ谷さん」
「おいおい、こんな若い子が相棒かい。まあ、よろしく頼むよ――で、ガイシャだが、林洋介、二十一歳。職業はフリーター。駅前のパチンコ店のアルバイトだそうだ。死因はサバイバルナイフで頸動脈を一突きのほぼ即死。口の中にはこれが入ってた。ナイフからは指紋も取れている」
これ――と三ツ谷が見せてくれたのは、透明のビニール袋に入れられた一枚のカードだった。トランプのジョーカーであった。
「こ、このカード!!」
「当然、見覚えあるだろうな。お前さんが飛ばされたのもコレが原因だからな」
「え?」
「みったん、ありがと。じゃあ、俺とこいつは歌舞伎町に行ってくるって、他の連中に訊かれたら伝えておいて」
「はいよ。新人さんと一緒なんだから、お手柔らかにな」
殺人現場を見ることもなく、篠塚は三ツ谷に手を振ると、踵を返した。その背中に明松が食い下がる。
「篠塚さん、どうして現場を見ないんですか!? それに、もう犯人が解ってるとか、あのカードとか、ちゃんと説明してください!!」
「わーかってるって。とりあえず、乗れ。今度は俺が運転するから」
また説明を後回しにされた明松が歯噛みしていると「早く」と運転席から篠塚が急かしてくる。訳もわからないまま、明松は乱暴に助手席に乗り込んだ。明松がシートベルトを着けたのを確認すると、篠塚はその膝の上に、あのジョーカーのカードを放り投げた。さっき、鑑識の三ツ谷に見せてもらった血痕が付いた方ではなく、これは新品同様だった。
「……なんですか?」
「今から犯人グループの根城に行くから、それ持っとけ。通行証なんだよ」
「犯人……グループ? どうして複数犯の犯行だって解るんですか?」
「まあ、順番に説明していく。お前さん、少年課でそのカードを持ったガキを補導だか保護だか知らんが、とにかく相手にして直後に辞令が出たんだろ?」
「え、ええ」
「そのジョーカー、普通のトランプのジョーカーとは違うんだよ。特別性。なにが違うと思う?」
問われて明松はカードを改めてじっくりと見た。裏返したり、撫でてみたりしたが特に思い当たることはない。普通のトランプに見えたが、微かに違和感は覚えていた。
「絵柄、ですか。普通のトランプのジョーカーって、ピエロとか死神とか悪魔みたいなものが多いですけど、このカードのジョーカーは女の子の横顔ですね」
「そう。それが特別性の理由その一だ。詳しく鑑定すれば、ICチップが埋め込まれていてな。メンバーの認識に使われる」
「メンバー?」
「覚えとけ。女のジョーカーカードを持つ犯罪者を裁くのは警察でも、司法でもない。――同じ『JOKERS』のメンバーだけってことだ。さっきのガイシャ、林はそのメンバーの一人だったが、なにかチームの名前を使って犯罪に利用していたんだろう。だから殺されたのさ。俺とお前さんの特別任務ってのは『JOKERS』の監視および交渉だ」
明松は背中に冷や汗が流れるのが解った。そんなことが、この法治国家の日本で許されるのだろうか。だが、現に一人、犠牲者が出ているというのに二係の面々は、このカードを確認して撤収した。
「……どうして、許されるんですか?」
「逢えば解る。――今言えるのは、『JOKERS』には居てもらわなければ困る理由とオリジナルの秩序と鉄則が存在するから、ってことだけだ」
来る時とは違う篠塚の空気に圧倒的されながら、明松は手にしたジョーカーを見つめた。
続...
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