6 / 23
第三夜-3
しおりを挟む
三の三、
清が初の航海を終えた夜の事。
「どうかしたか?」
「あのね、たった三日だけなのに、身体が波を感じちゃって……うまく寝付けないから、一緒に寝てもいいかな?」
順応性が高いのも考え物だな、と佐助は微笑んで「どうぞ」と二人分の布団を敷いてくれた。清はそれに甘えて布団に潜りこんだが、やはり身体が寝返りを打っても落ち着かなかった。
「薬湯という程のものでもないが……花梨とカミツレの茶でも入れるか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。……本当は佐助と一緒に寝たかったってのもある」
もじもじとやや頬を赤らめて、清は正直に話した。夜陰が佐助の笑みで揺れる。
「甚八達は労ってやったのに、姫には何も言ってなかったな。――よく頑張った。女が私しかいないことが十勇士の欠点だな。女惣領に寄り添ってやれない」
気性を表すように清の真っ直ぐな髪に手を差し入れて撫でると、清は満足そうに「ありがとう。佐助が居てくれるから充分恵まれているよ」と言い、そのまま眠りの淵に落ちるように清は寝息を立て始めた。
「……よほど母や姉の愛に飢えているのか。私がたきつけなければ、ただの生き残った姫で居られたというのに……残酷な事をしている。姫の隣に居ると、己の業の深さから目を逸らせない」
今は誰も聞いていない。十勇士の誰かが潜んでいれば解るが、今は完全に佐助一人だ。それは幸いなのか、佐助は鈍く痛む右腕を摩って、自身も布団に入った。細心の注意を払わねばと思いながら。
◇
その二日後の朝、清は日課の素振りを終えると木の上に潜んでいた十勇士を呼んだ。
「ねえ、訊きたいことがあるの。――今日は誰?」
「あたしー」
降りてきたのは、鎌之助だった。清の訊きたいこととやらは適当に答えるつもりだったが、清は鎌之助だと見止めると彼の両腕を拘束してきた。女の力だと侮った鎌之助は、清の握力に吃驚する。
「良かった!! 才蔵や六郎だったら絶対答えてくれないし、甚八と小助も無理だから、鎌之助で良かった!!」
「はあ!? なによ、それ!?」
「――佐助の怪我、教えて」
鎌之助はぎくっと身体を跳ねさせる。絶対に応えてはならない質問の回答者に選ばれてしまった。
「教えられな」
「斬られたいの?」
声が切っ先のようだ。清の迫力はどんどんと増していく。顔を逸らせど、清はまったく力を緩める気は無いらしい。
「……なんで俺に訊くのよ……?」
「鎌之助は小助とは違う部分で、私を嫌っているから。あと佐助が大事だから。六郎に気があるようにしておいて、佐助の笑顔を見たがっているんでしょ? 丸わかりだよ」
鎌之助は盛大に顔を歪めた。清に変化したままでその顔をされると、まるで鏡を見ているようだと感じた。
「あああ、もう!! 本当にただの甘ったれなお姫様だったら良かったのに!!」
声を殺して、鎌之助は解放された両手で顔を覆った。
「……長、危ないの……」
「詳しく話して」
「あのイスパニアの船長――ディアス、『いつになったら清が来るんだ』って長に飽きて変な行為を強要しているし、暴力的になってきてんの……。俺が女の身体にもなれたら喜んで代われるのに……ねえ、お姫様……時間がないの。――十勇士を助けてよ……!」
切実な声で清に縋る鎌之助の手を取った。
「それを知ってる十勇士は誰?」
「……才蔵と俺。六ちゃんと甚八、小助は……詳細までは知らない。知らない振りをしてんの……」
「解った。――鎌之助、残りの三好兄弟を大至急呼び寄せて。オランダ船をポルトガル船もまだ交渉中なら船ごと来てもらって。それとこれは私が勝手にやった事だから、惣領と呼べなくなっても良い。佐助に手を上げたのは許さない……!」
鎌之助は清の周囲に立ち込める陽炎を目撃した。苛烈な一面があることは知っていたが、ここまでとは、と同じ顔の娘に畏怖する。
身体の震えが止まらないまま、鎌之助は急いで三好兄弟へと伝書鳩を飛ばした。
◇
限界が来ていることなど、佐助はとうの昔に知っていた。それでもこの男の寝所に侍った。
――ただ清姫を守る為に。
『おい、俺を馬鹿にしているのか? 貴様のような玄人女に飽きたから、処女を寄こせと言っているんだ』
『……できませぬ。彼女は、絶対に、汚しはしない……!』
佐助は、口の中の血を吐き出した。どうやら歯も折れたようで、からんと固い音が聞こえた。地べたに這う佐助の下顎をディアスは蹴り上げた。もう隠せないなあ、などと佐助は考え、突き飛ばされた拍子に受け身を取るのを忘れたせいで、首がみしりと嫌な音を立てた。
ディアスは佐助に唾棄すると『良いだろう。お前を餌に新鮮な魚を吊り上げてみるのも一興だ。たんと骨まで味わってやるから、そのつもりでな』
朦朧とする頭で、佐助は清に呼びかけた。
――来てはいけない。貴女は失えない。部下の屍の上でも、剣を振るう鬼神となれ。
そう考えて、佐助は意識を手放した。
◇
イスパニア船から伝令があったのは、翌朝のことだった。
六郎がわななく唇で望遠鏡を清に手渡した。船首には、二目と見られない顔の佐助が後ろ手に縛られ、宙吊りにされていた。
「……腐った屑野郎……!」
鎌之助と才蔵を除く十勇士達からは見捨てるべきだ、と再三言い聞かされたが、頂点に達した清の怒りは十勇士を睥睨するだけで黙らせた。
「佐助は返してもらう。あれは私の部下よ。――それよりも三好兄弟達は?」
「姫の指示通りに」
「よし、出る!!」
吉と出るか、凶と出るか、すべてはオランダとポルトガルにかかっている。だが、その二隻が無くとも、清は佐助の奪還に向かったことだろう。少しなら通訳ができるということで鎌之助が清と小舟に乗って、才蔵と六郎は控えの小舟でイスパニア船に向かった。
『先に清姫に来て頂こうか。勿論、丸腰でだ』
『了解した。佐助を下ろして!!』
『あんたが船に上がってきてからだ』
「ちっ!! 行ってくる。佐助を受け取ったら、あとは手筈通りにね」
「御意」
清は慎重に縄梯子を登っていく。
「……や、めろ……姫……!!」
喉を潰されている佐助の声は届かない。清からは佐助は死角になっていて見えなかった。
清が甲板に現れると同時にディアスは満足そうに何かを話しだしたが、生憎、清には何を言っているのかは解らない。
解りたくもない、と心中で唾棄する。
「……シニョール・ディアス、本当に残念だ」
そう告げると、清はくるりと身体を勢いをつけて反転させ、船首で佐助に繋がる縄を持った男の首を爪先に仕込んだ平たい刃で掻き切った。
下では水音がしなかったので、才蔵達がうまく受け止めてくれたのだろう事を知ると、マントで隠していた脇差よりもやや短い刀で、とびかかってくる男達の間を縫うように駆けて、手足だけを切り裂いていく一陣の風となった。
あっという間にディアスに近づくと彼の眉間、喉笛、心臓に浅い十字傷を付ける。誰もそれを眼で追えなかった。
「……よくも佐助を……!!」
部下たちが動けないのを良いことに、最後に彼の股間に刀を突きたてて潰し、清は縁から飛び降りた。
『こんなことをして……本国に伝えてやる……!!』
痛みで気絶しているディアスの代わりに副船長らしき男が、フィリピンに居る本国へと電信を送ろうとしたら、先に本国側からの通信が入っていた。
曰くオランダとポルトガル船が『偶然』ディアス船長の船が、日本人女性に暴行を働いた上、たった一人の子供に船員が全滅させられた様子を拝見した旨をアジア駐屯部隊に報告し、提督が非道徳的であると大層怒り狂っていると電信が入っていた。
『……馬鹿な……何故オランダ船とポルトガル船から連絡が入るのだ……。まさか……すべて最初から計算通りだったのか!? あの小娘の……!?』
失われた日本の貴重な生き残りを傷つけたディアスへの尋問の為、別のイスパニア船が送られるということ、それとディアスの懲戒免職を告げる電信が続けざまに送られてきていた。
◇
一足先に診療所に戻っていた才蔵と六郎の迅速な手当てで佐助は眠りについている。
遅れて入ってきた清は血塗れのマントを脱いで、土間に置き、佐助の顔色を窺った。
「……容体は?」
主に処置をした才蔵も六郎も表情が芳しくない。
「喉を潰されているから、喋れない。……あと、全身に殴打痕があるが、どうやら首の打ち身が一番ひどいと思う。起きられないと解らないが……骨にまで達していたら、救いようがない……」
佐助が死ぬ?
清は足元から這い上がってくる恐怖に「佐助」と彼女がしてくれたように頬撫でた。せっかくの美人なのに、頬は腫れあがり、眼も膨らんでいる。
「……ねえ、死なないでよ? 私の尻をたたいてくれるんでしょ?」
「……っ……」
気がつけば目を覚ました佐助がにっこりと笑っていた。何とか動く右手で紙と筆を指した。筆談ならばできるようだ、とほっとしたが、清はその書かれた言葉に真っ青になった。
『おそらく……首の骨を痛めてしまった。ひどい痛みがしている。――これが最期だ。みな、心して聴け。私、先代佐助亡き後は、才蔵を筆頭とし、清姫を――我らが惣領の言葉のみに従い、支え、故国喪失の謎を追え。決して立ち止まることは許さない。どうか、清姫を、姫を……』
からんと筆が落ちる音と共にゆっくりと落ちる手を才蔵が取った。その手は震えて、やっと揃った十勇士からも啜り泣きが聞こえた。
「……佐助の嘘つ、き、嘘つき……!!」
清は佐助の身体にしがみついて大声を上げて泣いた。その悲痛な泣き声を咎める者はいない――否、居ようはずがないのだ。清は子供のように泣いた。家族と師匠の師には、なぜか泣けなかったのに、佐助の死は心が引き裂かれるようだった。
残暑が厳しい夏の日、清は最も信頼する部下で姉代わりの人物を失った。
★続...
清が初の航海を終えた夜の事。
「どうかしたか?」
「あのね、たった三日だけなのに、身体が波を感じちゃって……うまく寝付けないから、一緒に寝てもいいかな?」
順応性が高いのも考え物だな、と佐助は微笑んで「どうぞ」と二人分の布団を敷いてくれた。清はそれに甘えて布団に潜りこんだが、やはり身体が寝返りを打っても落ち着かなかった。
「薬湯という程のものでもないが……花梨とカミツレの茶でも入れるか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう。……本当は佐助と一緒に寝たかったってのもある」
もじもじとやや頬を赤らめて、清は正直に話した。夜陰が佐助の笑みで揺れる。
「甚八達は労ってやったのに、姫には何も言ってなかったな。――よく頑張った。女が私しかいないことが十勇士の欠点だな。女惣領に寄り添ってやれない」
気性を表すように清の真っ直ぐな髪に手を差し入れて撫でると、清は満足そうに「ありがとう。佐助が居てくれるから充分恵まれているよ」と言い、そのまま眠りの淵に落ちるように清は寝息を立て始めた。
「……よほど母や姉の愛に飢えているのか。私がたきつけなければ、ただの生き残った姫で居られたというのに……残酷な事をしている。姫の隣に居ると、己の業の深さから目を逸らせない」
今は誰も聞いていない。十勇士の誰かが潜んでいれば解るが、今は完全に佐助一人だ。それは幸いなのか、佐助は鈍く痛む右腕を摩って、自身も布団に入った。細心の注意を払わねばと思いながら。
◇
その二日後の朝、清は日課の素振りを終えると木の上に潜んでいた十勇士を呼んだ。
「ねえ、訊きたいことがあるの。――今日は誰?」
「あたしー」
降りてきたのは、鎌之助だった。清の訊きたいこととやらは適当に答えるつもりだったが、清は鎌之助だと見止めると彼の両腕を拘束してきた。女の力だと侮った鎌之助は、清の握力に吃驚する。
「良かった!! 才蔵や六郎だったら絶対答えてくれないし、甚八と小助も無理だから、鎌之助で良かった!!」
「はあ!? なによ、それ!?」
「――佐助の怪我、教えて」
鎌之助はぎくっと身体を跳ねさせる。絶対に応えてはならない質問の回答者に選ばれてしまった。
「教えられな」
「斬られたいの?」
声が切っ先のようだ。清の迫力はどんどんと増していく。顔を逸らせど、清はまったく力を緩める気は無いらしい。
「……なんで俺に訊くのよ……?」
「鎌之助は小助とは違う部分で、私を嫌っているから。あと佐助が大事だから。六郎に気があるようにしておいて、佐助の笑顔を見たがっているんでしょ? 丸わかりだよ」
鎌之助は盛大に顔を歪めた。清に変化したままでその顔をされると、まるで鏡を見ているようだと感じた。
「あああ、もう!! 本当にただの甘ったれなお姫様だったら良かったのに!!」
声を殺して、鎌之助は解放された両手で顔を覆った。
「……長、危ないの……」
「詳しく話して」
「あのイスパニアの船長――ディアス、『いつになったら清が来るんだ』って長に飽きて変な行為を強要しているし、暴力的になってきてんの……。俺が女の身体にもなれたら喜んで代われるのに……ねえ、お姫様……時間がないの。――十勇士を助けてよ……!」
切実な声で清に縋る鎌之助の手を取った。
「それを知ってる十勇士は誰?」
「……才蔵と俺。六ちゃんと甚八、小助は……詳細までは知らない。知らない振りをしてんの……」
「解った。――鎌之助、残りの三好兄弟を大至急呼び寄せて。オランダ船をポルトガル船もまだ交渉中なら船ごと来てもらって。それとこれは私が勝手にやった事だから、惣領と呼べなくなっても良い。佐助に手を上げたのは許さない……!」
鎌之助は清の周囲に立ち込める陽炎を目撃した。苛烈な一面があることは知っていたが、ここまでとは、と同じ顔の娘に畏怖する。
身体の震えが止まらないまま、鎌之助は急いで三好兄弟へと伝書鳩を飛ばした。
◇
限界が来ていることなど、佐助はとうの昔に知っていた。それでもこの男の寝所に侍った。
――ただ清姫を守る為に。
『おい、俺を馬鹿にしているのか? 貴様のような玄人女に飽きたから、処女を寄こせと言っているんだ』
『……できませぬ。彼女は、絶対に、汚しはしない……!』
佐助は、口の中の血を吐き出した。どうやら歯も折れたようで、からんと固い音が聞こえた。地べたに這う佐助の下顎をディアスは蹴り上げた。もう隠せないなあ、などと佐助は考え、突き飛ばされた拍子に受け身を取るのを忘れたせいで、首がみしりと嫌な音を立てた。
ディアスは佐助に唾棄すると『良いだろう。お前を餌に新鮮な魚を吊り上げてみるのも一興だ。たんと骨まで味わってやるから、そのつもりでな』
朦朧とする頭で、佐助は清に呼びかけた。
――来てはいけない。貴女は失えない。部下の屍の上でも、剣を振るう鬼神となれ。
そう考えて、佐助は意識を手放した。
◇
イスパニア船から伝令があったのは、翌朝のことだった。
六郎がわななく唇で望遠鏡を清に手渡した。船首には、二目と見られない顔の佐助が後ろ手に縛られ、宙吊りにされていた。
「……腐った屑野郎……!」
鎌之助と才蔵を除く十勇士達からは見捨てるべきだ、と再三言い聞かされたが、頂点に達した清の怒りは十勇士を睥睨するだけで黙らせた。
「佐助は返してもらう。あれは私の部下よ。――それよりも三好兄弟達は?」
「姫の指示通りに」
「よし、出る!!」
吉と出るか、凶と出るか、すべてはオランダとポルトガルにかかっている。だが、その二隻が無くとも、清は佐助の奪還に向かったことだろう。少しなら通訳ができるということで鎌之助が清と小舟に乗って、才蔵と六郎は控えの小舟でイスパニア船に向かった。
『先に清姫に来て頂こうか。勿論、丸腰でだ』
『了解した。佐助を下ろして!!』
『あんたが船に上がってきてからだ』
「ちっ!! 行ってくる。佐助を受け取ったら、あとは手筈通りにね」
「御意」
清は慎重に縄梯子を登っていく。
「……や、めろ……姫……!!」
喉を潰されている佐助の声は届かない。清からは佐助は死角になっていて見えなかった。
清が甲板に現れると同時にディアスは満足そうに何かを話しだしたが、生憎、清には何を言っているのかは解らない。
解りたくもない、と心中で唾棄する。
「……シニョール・ディアス、本当に残念だ」
そう告げると、清はくるりと身体を勢いをつけて反転させ、船首で佐助に繋がる縄を持った男の首を爪先に仕込んだ平たい刃で掻き切った。
下では水音がしなかったので、才蔵達がうまく受け止めてくれたのだろう事を知ると、マントで隠していた脇差よりもやや短い刀で、とびかかってくる男達の間を縫うように駆けて、手足だけを切り裂いていく一陣の風となった。
あっという間にディアスに近づくと彼の眉間、喉笛、心臓に浅い十字傷を付ける。誰もそれを眼で追えなかった。
「……よくも佐助を……!!」
部下たちが動けないのを良いことに、最後に彼の股間に刀を突きたてて潰し、清は縁から飛び降りた。
『こんなことをして……本国に伝えてやる……!!』
痛みで気絶しているディアスの代わりに副船長らしき男が、フィリピンに居る本国へと電信を送ろうとしたら、先に本国側からの通信が入っていた。
曰くオランダとポルトガル船が『偶然』ディアス船長の船が、日本人女性に暴行を働いた上、たった一人の子供に船員が全滅させられた様子を拝見した旨をアジア駐屯部隊に報告し、提督が非道徳的であると大層怒り狂っていると電信が入っていた。
『……馬鹿な……何故オランダ船とポルトガル船から連絡が入るのだ……。まさか……すべて最初から計算通りだったのか!? あの小娘の……!?』
失われた日本の貴重な生き残りを傷つけたディアスへの尋問の為、別のイスパニア船が送られるということ、それとディアスの懲戒免職を告げる電信が続けざまに送られてきていた。
◇
一足先に診療所に戻っていた才蔵と六郎の迅速な手当てで佐助は眠りについている。
遅れて入ってきた清は血塗れのマントを脱いで、土間に置き、佐助の顔色を窺った。
「……容体は?」
主に処置をした才蔵も六郎も表情が芳しくない。
「喉を潰されているから、喋れない。……あと、全身に殴打痕があるが、どうやら首の打ち身が一番ひどいと思う。起きられないと解らないが……骨にまで達していたら、救いようがない……」
佐助が死ぬ?
清は足元から這い上がってくる恐怖に「佐助」と彼女がしてくれたように頬撫でた。せっかくの美人なのに、頬は腫れあがり、眼も膨らんでいる。
「……ねえ、死なないでよ? 私の尻をたたいてくれるんでしょ?」
「……っ……」
気がつけば目を覚ました佐助がにっこりと笑っていた。何とか動く右手で紙と筆を指した。筆談ならばできるようだ、とほっとしたが、清はその書かれた言葉に真っ青になった。
『おそらく……首の骨を痛めてしまった。ひどい痛みがしている。――これが最期だ。みな、心して聴け。私、先代佐助亡き後は、才蔵を筆頭とし、清姫を――我らが惣領の言葉のみに従い、支え、故国喪失の謎を追え。決して立ち止まることは許さない。どうか、清姫を、姫を……』
からんと筆が落ちる音と共にゆっくりと落ちる手を才蔵が取った。その手は震えて、やっと揃った十勇士からも啜り泣きが聞こえた。
「……佐助の嘘つ、き、嘘つき……!!」
清は佐助の身体にしがみついて大声を上げて泣いた。その悲痛な泣き声を咎める者はいない――否、居ようはずがないのだ。清は子供のように泣いた。家族と師匠の師には、なぜか泣けなかったのに、佐助の死は心が引き裂かれるようだった。
残暑が厳しい夏の日、清は最も信頼する部下で姉代わりの人物を失った。
★続...
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる