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第四夜-3
しおりを挟む清と十勇士が警戒態勢になっている矢先のことだった。ちょうど清が船着き場の甚八の元へと向かおうとした時、首の後ろに重い衝撃が走ってそのまま気を失った。
「どうするんだ? 兄貴」
「どうもこうもない。――このまま琉球に連れて行くんだ」
清が目を覚ましたのは、暗い樹の洞の中だった。これだけの巨木は島では一本しかない。以前、才蔵を求めて一度訪れた御神木であることは容易に想像がついた。
「……私を琉球に連れて行って、どうしようって言うの?」
手は後ろで縛られ、足もがっちりと縄できつく縛られている。なんとか身体を起こして、壁に凭れて強打された首の動きを確かめながらも、次郎吉と与平から視線は外さない。
「ご無礼を致しました。姫には我々と琉球までご一緒願いたい」
「どういうこと? 琉球は今、生き残った人達で指導者を選んでいる真っ最中なんじゃないの?」
甚八からかつて得た情報では確かそうだったはずだ。琉球は生き残りで新たな指導者の選抜に必死だ、と。
「おっしゃる通り、今の琉球には指導者がいない。……清姫は琉球王国がどんなところであったか、ご存知ですか?」
「いいえ、申し訳ないけれどまったく知らないの」
次郎吉は少し俯いて、かつての琉球王国について語り始めた。それだけ彼らには時間に余裕があるということだろう。事実、まだ明け方のはずだ。御神木の中とは言え、差し込んでくる光はまだ熱を持っていない。空気も明け方特有の清廉な匂いを感じる。
「かつての琉球は貿易の中継地として小さな島国ですが栄えておりました。極彩色の伝統衣装、独自の文化、緑に囲まれたそれは美しい国でした」
「貴方、琉球訛りが無いのに随分詳しいのね」
「母が琉球王家の流れをくむ一族の出身だったので、何度か国に赴いたことがあります。だが、あの災害でなにもかも失ってしまった。挙句に今は王家の者は根絶やしとなり、ただ自身の利益しか頭にない連中の派閥で二分しています」
いよいよ腰を据えて、清と視線を合わせた次郎吉に倣って与平も腰を下ろした。
「それで? 貴方達の望みはなんなの? 琉球について、なにも知らない私をどうしたいのか、そろそろ教えてくれても良いんじゃない?」
長い話にそろそろ焦れてきた様子の清は二人を睨みつける。だが、二人は唐突に頭を下げた。
「――清姫、貴女様には我々と共に琉球まで同行願い、新しい指導者となって頂きたい!!」
「は?」
「今、琉球の二大派閥の上に立つ男達が起っては、国は荒れるだけだ!! 琉球の王家の血は絶やされた。ならば迅速な復興には貴女様のような、あの十勇士さえも纏め上げる力が必要なのです!! どうか!!」
土下座の勢いで頭を下げた二人に、清は溜息を吐いた。
「残念だけど……それはできない、よっ!!」
手を縛っていた縄を解き、根が張りだしている部分に手を掛けて、まだ縛られたままの両足で二人を薙ぎ払うように顔面を渾身の力で蹴りつけた。頭を下げたのが致命的となった。雪崩るように洞の外に半身を出した次郎吉の首に冷たい脇差が当てられる。
「動くなよ、手が滑っても謝らねえぞ」
「……っ長……いつの間に……!?」
中の与平も清が草鞋に仕込んでいた長い針を突きつけられる。
「姫、お怪我は?」
「無いよ。ちょっと首が痛む程度で済んだ。ありがとう、才蔵。縄抜けを教わっておいて正解だった」
才蔵に縛を施され、与平も才蔵の背後に居た六郎に洞から引きずり出されて同じく動きを封じられた。
「……くそ、なぜばれた……!?」
「簡単なことよ。最初から私は完全に気を逸してなかったの。手を縛られる時は十字に結ばれないように、少し手首同士の隙間を空けておくこと。それに気に敏い六郎は一度感じた気配を忘れない。運び出される前に、わざと草鞋を片方だけ診療所とここの間に落としておいた。あとは話を長引かせれば、六郎が私の居場所を探し出してくれるし、御神木は才蔵の隠れ家だしね」
「姫を侮った君たちの完敗だね。ここに来てから、彼女が学んでいたのは航海術だけじゃない。先代が真っ先に教えたのは忍びの心得や技だった。――いつ、こういう事が起こっても良いように、と」
全ては清と十勇士の手の内であったことに次郎吉は地を殴った。与平も悔しさからぎりぎりと歯ぎしりしている。
「――で、姫。この二人の始末はどうするおつもりです? 目的もはっきりしましたし、動きを見せたら抹消とのことでしたが」
「ちょっと待って。才蔵。まだ聞きたいことがあるの。……ねえ、さっきの話から察するに、貴方達の背後には誰もいないように感じたんだけど。二人は御庭番時代からただ潜入していただけ?」
「……日本が在った時代は、琉球王家の御下命でした。日本の内情に通じて定期的に薩長の動きなどを観察していました。御庭番の傍ら、勝海舟の船や坂本龍馬の船に航海士として潜り込んだこともあります。ですが、国が滅び、琉球王家が絶えてからは、ただ指導者に相応しい御方を探して……」
次郎吉の話を聞いて、清は才蔵や六郎と視線で意思疎通を図る。どうやら二人も考えていることは同じらしい。
「次郎吉、与平。お前達の航海術を失うのは今の我らには惜しい。だが、姫を浚ったのを見過ごす訳にはいかない。――よって、今度は琉球を通して大陸から援助を交渉する役を命じる」
「あと、次の航海では琉球に出向こう。もしも琉球の新たな指導者として、私が受け入れられれば琉球も悪いようにはしないということで、どうかな?」
才蔵の命令と清の恩情に二人は今度こそ地に頭を擦りつけるようにして涙声で礼を言った。
「……このご厚情、生涯忘れませぬ。取るに足らぬこの命、今後は清姫の為に尽力させて頂きます……!」
「頼んだよ。十勇士には既に私の背は預けているし、彼らの命も私は預かっている。……でもね、共に航海に出るからには目的は同じである御庭番衆の命も私は預かっているんだよ。それを忘れないで欲しい」
「……はっ!!」
才蔵と六郎に二人を解放するように言い、清は首を鳴らしながら二人を従えて診療所に戻った。 道中、才蔵の小言が多少あったが、清は流し聞く。
「さて、と……次の航海で琉球にも訪れることになったから二週間じゃあ足りないなあ。勝手に航海日数を伸ばしたら甚八と小助に怒られるかな」
「問題ないと思いますが。さっき盗み聞いていた限りでは、次郎吉は琉球王家の末裔なのでしょう。ならば、あいつにはそれなりの発言力があるはず」
「なるほど。……それなら確実な方法は、私よりも次郎吉に琉球の指導者になってもらうことができれば、私達は確実に琉球と大陸の援助を受けやすくなるんじゃない?」
清の意見に才蔵と六郎は目を丸くした。清は元来飲み込みが早く、適応力も目を瞠るものがあった。だが、佐助が死んでからというもの、その成長は著しい。
甚八と小助の元へと報告に行く清の背中を見送った後、才蔵は潜んでいた残りの十勇士を呼んで声を潜めた。
「置いて行かれる訳にはいかない。――俺達も気合いを入れ直すぞ。今回はうまく間者を釣れたが、今後もこうすんなりと行くとは限らん。――清海、姫の航海の日が決まったら与平を連れて先に琉球に入っておけ」
「心得た」
「今度の航海は甚八と小助だけでなく、俺と伊三も同行する。留守は頼んだぞ。六郎、鎌之助」
「はい」
「特に鎌之助、お前は姫の影武者だ。長く日を開ける。俺と伊三は遅れて出港するから、姫に成りすまして上手くやれ」
「御意」
もう誰も失わない、と清は言った。ならば十勇士はそれに全身全霊で答えるしかない。才蔵は診療所の下にある岸壁に打ち付けては霧散する高波を一瞥して呟く。
「――付いていけるか……あの女に。否、ついていくしかねえんだ、俺達は」
★続...
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