LOST-十六夜航路-

紺坂紫乃

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終夜-2

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 本宮島を出港してから二週間半。そろそろ日本近海かと、清は夜空の星と計測器を眺めながら大体の位置を把握する。暗い海上を確認して彼女は瞑目した。

「やはりいない、か」

「ええ、残念だわ――才蔵、教えてもらっていた拳銃は?」

「持ってきているが……最終的には慣れ切った苦無を取るだろうな」

 二人は「明日がどうか……あの子達の未来に繋がるように」と抱き合い、祈った。

 今宵は十五夜――なんの因果だろうか、と清と才蔵は瞑目した。



 翌日、清が「到着したことだし、早速だけど釣りをしましょうか」と笑った。

「釣り? 調査じゃないの?」

 清助が首を傾げると強い力に引かれる。――甚八だった。

 清助には時間がゆっくりと過ぎるのを感じた。起き抜けで寝ぼけ眼の八重は鎌之助が抱いていた。小助も甚八、鎌之助と共に「十六夜」から一段低くなっている帆船へと飛び移った。

 「十六夜」に残った両親は――笑っていた。

 刹那、両親は素早く抜刀し、構える。残った清海と伊三も武器を手にしていた。

 ――なにが起こっているのか、まるで見当がつかない。

 困惑する清助を必死に抱き続ける甚八が「良いか、絶対に目を逸らすなよ」と低い声で囁く。

 釣りが、始まった。

「……心から同情するわ、ヨハン」

 清の一言にわらわらと四人をアメリカ人の乗員が囲み込んでいく。ヨハンは泣きじゃくりながら「すみません……姫、長……本当にすみません……」と這いつくばるように泣いていた。

「家族を盾に取られたんじゃあな、お前を責めはしねえよ」

 才蔵は平素と変わらない声音でヨハンに告げる。

 ヨハンの隣に立っていた男が、清と才蔵に質問をする。

「最後に言いたいことはありますか?」

 二人はにやりと笑った。そして天へと声高に叫んだ。


「――我が名、清姫!! 日出ずる国、最後の侍にして最後の女提督である!!」


「――同じく、霧隠才蔵!! 清姫率いる十勇士と御庭番衆、最後の長である!!」

 口上が終わると、男は腕を上げた。無数の銃口が二人へと向けられた。

「いざ、尋常に勝負!!」

 男の手が下ろされ、数え切れない銃声が蒼い空へと鳴り響いた。


「なんで、お前が俺の背を護る?」

「こっちの、台詞よ……馬鹿ねえ、私達……本当に、救いようが、ない……わ……」

 背を預け合い、蜂の巣になった清と才蔵は同時にずるずると並んで倒れた。


「――父様、母様――!!」


 清助の喉が裂けるような咆哮に、甚八達三人は嗚咽を漏らしながらも清助と八重を離さなかった。

「小助、お願い!!」

「……承知!!」

 鎌之助の嘆願に応えた小助は「十六夜」で銃口を向ける男達の喉を裂いていく。手慣れた苦無を右手に、左手には才蔵と共に教わった拳銃を駆使して十人弱のアメリカ人とヨハンは無抵抗のまま、一陣の風に命を奪われた。

「終わったぞ……」

 甚八と鎌之助にそう告げると、ようやく二人は清助と八重を解放し、「十六夜」に戻った。

 しかし、そこは血の海で……。
 その惨状に楽しく竹刀を振っていた場所だとは思えなかった。
 銃弾を身体の正面に受けた両親の姿はとてもじゃないが正視できず、清助は海に向かって胃の内容物を吐いた。八重は歯の根が合わず、鎌之助の腰に縋りついたまま動けないでいる。

「……清海と伊三もひでえなあ……囲まれたんじゃあ無理もねえか……」

 ぽたぽたと涙を落としながら、甚八は静かに泣いている小助の元へと歩いて行く。

「――ははっ、おひいさんも才蔵も、最期まで見せつけてくれる……」

 四人の元で膝を折って、甚八は腰の手拭いで清の顔の血を拭った。その手拭いを四つに裂いて四人の顔に掛けた。

「……知ってたの?」

 胃液まで吐き終わった清助は、溢れる涙を拭いもせずに甚八達に詰問する。

「今日、こんなことになるって……知ってて父様と母様を見捨てたの!? ねえ!!」

「はい。存じておりました。――ヨハンの家族がアメリカに人質として取られたこと。解放と引き換えに姫と長、そして若とお嬢の命を日本海で抹消するように命じられていたことも」

 清助は冷静に応える小助に腹の中の焔が燃えるのを感じた。

「じゃあなんで見捨てたんだよ!? ……こんな、こんな最期、僕らだけ生き残るなんて……」

「本来なら、ここにイギリス海軍が停泊している予定でした。姫はイギリスの援護の下、あなた方四人は死んだと誤報をアメリカ側に虚偽の報告をし、ヨハンの家族を助けるおつもりだった――しかし、イギリス海軍は居なかった。アメリカ側と結託したと知り、若とお嬢だけでも逃がすようにと……仰せを……」

 静かに話す小助も、眦から涙を零す。

「……だから……異人は、安直に信用したくなかったんだ……」

 小助の言葉を継いだのは鎌之助だった。縋りつく八重を抱き上げて、拒む八重を両親の下に連れて行く。

「……とうさま……かあさま……?」

「若、これが敵のやり方だ……しっかり目に刻み付けておけ……!!」

 甚八が涙ながらに吼える

「お嬢、おめえもだ――両親に誓え。二人の死は無駄にはしないと。これから本宮島の島民の命は、おめえら二人の肩に乗ったんだからな!!」

 甚八は濡れた鋭利な視線で、惑う子供二人に容赦なく現実を突きつけた。のらくらとしているだけじゃない師匠だと思ってはいたが、今日ほど彼らが越えてきた死線に畏怖したことはない。

「……今は、ただ泣いておきな……泣いて姫の刀を取れ。そんで、二人を日本の海に還してやろうぜ……」

 甚八は清助の頭を撫でた。父とは違うごつごつとした手、母とは違う柔らかさのない手――想いだけは両親と同じだった。
 清助と八重は、声が掠れるまで泣いた。泣いて、泣き叫んで、二度と戻らない暖かな日々に別れを告げる。

「十勇士、三人だけになっちゃったねえ……」

 鎌之助の疲弊を滲ませた声も二人の耳は受け付けなかった。
 

 あえて夜を待った。十六夜の月を待ったのだ。
 そして、清海、伊三を先に日本へと還した。

「……さようなら、父と母の……冥土への道も護ってあげて……」

 かすれた声で清助は二人の十勇士を見送る。
 小助と甚八が両親を抱き上げた時、八重が二人の裾を引いた。

「……や、やだ……父様達、行かせないで……」

 枯れ果てたと思っていた涙腺から、また涙を湧かせながら八重は制止をかける。その手を清助が諫めた。

「八重、父様と母様の最期はかっこよかったよな……僕たちも情けない姿は見せられないよ……」

「……兄様、嫌い……八重は嫌だ……」

 駄々をこねる八重の元へ、目を赤くした小助が跪いた。

「お嬢……以前、母君は『私は海で死ぬわ。――海が呼んでいるもの』とおっしゃっていました貴女も海に生きる方だ。今は解らなくとも、いずれその意味が解るでしょう。酷なことですが、眠らせてあげましょう……ご両親は大切な人の死に何度も涙しながらも戦いを辞めなかった……もう休ませてあげて下さい」

 小助の静謐な声音に、八重はそっと手を離した。そんな八重を小助が抱き上げる。

 (……海よ……先に眠った同胞よ……今、また二人が還ったわ……優しく抱き止めてあげて……私達にそうしてくれたように……)

 ――海が両親を受け入れた音だけは、生涯清助と八重は忘れられずにいる。

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