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第三部 影喰み-shadow bite-篇
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二、
世界最大の情報シンジケートのボス・通称「ルィアン」は、案内も請わず、部屋の中を進んだ。そこが自分の定位置だったと言わんばかりに、一人掛けのソファに腰掛けて足を組む。
アーヤ以上に態度がでかい、と思いつつも『KARMA』のメンバーも適当にローテーブルを挟んだ左右の四人掛けソファにめいめいが腰を掛ける。
デュークだけは紅茶を運んできて、ルィアンに差し出してからメンバーにも紅茶を配り、茶菓子も並べる。ZEROはルィアンの後ろに腰掛けずに立っている。
「まずは『夢幻泡影』という組織について語ろう」
隻眼のルィアンは肘掛に頬杖をついて話し始めた。
『夢幻泡影』の名がまことしやかに囁かれるようになったのは、今から約二百から三百年前だという。当時、キリスト教の弾圧で盛んだった「魔女狩り」から逃げおおせた異能力者達の受け皿として、インド北部からパキスタンにかけて発足した地下組織だった。
発足当初は異能力を持て余す者達の保護に徹していた。組織の方向性が変わったのは先代頭領・バサラが筆頭の座に座ってからだ。
「バサラ自身も精神系異能の能力者でな、単に人柄を見れば傑出した人物だった。それが何を思ったのか、各地の革命やら戦争の裏で暗躍する一団を作り上げた。それがカーンをリーダーとする五人の部下だ。式鬼という精神系異能者を生み出す術をバサラは考案した。連中が精神汚蝕に特化しているの由縁はここだ。式鬼が最も力を発揮したのが、かのフランス革命だな。王妃マリー・アントワネットの散財を指摘し、募る民衆の不満、貧困の助長と共和制思想の扇動に一枚噛んでいた」
「魔女狩り」の受け皿だった『夢幻泡影』には、西洋の異端者への弾圧に復讐を望む者の子孫が居た。彼らをうまく利用したとも言える。それとも、この後々の組織の姿の為に異端者を集めたのかもしれない。
「宗教思想と理念が存在する点からの見解では『クルセイダーズ』の方が面倒だが、彼らには歪みながらも宗教という根幹が存在する。我々は『情報の売買』だ。そういう目的が無く、ただ民衆を煽り、心が壊れていく殺戮を楽しむのが『夢幻泡影』だな。直近では日本の明治維新でも京都大火を目論んだ過激派攘夷志士を操っていたという情報が入っている」
刹那と左文字は無意識に目を伏せた。故国も操られていたのか、と。刹那は顔を上げて、ルィアンに問う。
「マハを壊したオリビエ・イーサン――今はカーンと名乗っていたが、連中をおびき出すにはどうすれば良いとお考えか?」
ルィアンは淀みなく答える。
「問題はそこでな。パレ・ロワイヤルで、君達はキリークを殺し、カーンともう一人の幹部を負傷させている。連中も君には容易に手出しはできまい。……ここまで言えば解るだろう」
「……仕掛けてくるならば、私ではなくここにいる仲間から切り崩す、と」
「そうだ。さあ、本題に入ろう。ZEROの話ではマドモアゼル・アーヤとムッシュウ・デュークはここに残り、後方支援に回るとのこと――これに間違いはないな?」
「はい、ありません。カルマに護られている私に精神汚蝕は効かない。ですが、直接攻撃に来られると戦力としては決定打に欠ける。デュークは精神汚蝕の危険はあるものの、血液を操る異能で柔軟な対応が可能。加えて防衛に特化しています」
ルィアンは「結構。だが弱い」と言い放った。刹那もそれに同意する。
精神汚蝕に特化しているからとその一点の対策だけでは足りない。連中が精神破壊しか能がないのならば、ルィアンを擁する情報シンジケートまで警戒はしないはずだ。彼女の実力が刹那をしのぐことは先刻全員が目にしている。
「本来ならば、我ら――まだ名乗っていなかったか。我ら『インフィニ』の人員を裂くことはしないのだが、特例措置として『インフィニ』の者を三名貸し出そう」
ルィアンの独断に「ボス、それは……」と異を唱えようとしたのはZEROだ。だが、ルィアンのZEROに対する態度はそこまでも冷たい。
「黙れ。貴様もその一人だ。但し、貴様は前線の担当と指揮を命じるゆえ、ここにはサンクとシスを置く。くれぐれも我が組織の恥を晒すような真似はするなよ」
ルィアンは後方で肩を落とすZEROに目もくれず、既に決定事項だけを伝える。ZEROは目に見えて落ち込んでいた。
そんな部下を無視して、冷めた紅茶を一気に飲んだルィアンはアーヤに「世話をかけて申し訳ないが、空き部屋はあるか? 今日はここに滞在するつもりだったが、この汚らわしい医者の家や無駄金が解るホテルは避けたいのだ」と尋ねた。
「それなら、刹那達が使っている階の奥部屋が空いています。取り急ぎ、掃除と準備を致しますので、それまでお待ちください」
アーヤの微笑みにルィアンは「感謝する」と簡潔に返した。
◇
ルィアンが滞在する部屋の掃除を命じられたZEROと刹那とアンリは口に三角に折った布をマスクにして、箒とバケツと雑巾を持っててきぱきと部屋の掃除を進める。
「あああ……ボスが滞在するのかあ……しかも駐在メンバーもあの双子かあ……」
窓を開け放ちながら、箒で落とした埃を纏めるが、ZEROはずっとこの調子だ。
「もう、ZERO、ちゃんと働いてよ」
「苦手なのか? ルィアン殿も、組織のメンバーも」
アンリに尻を叩かれつつ、雑巾がけを始めたZEROは「まあな」と結局言葉を濁されてZEROの落ち込みようの原因は解らずじまいだった。
◇
「素晴らしい」と、ルィアンは無表情で感嘆し、賛美を送る。
「身に余る光栄、恐悦至極」
料理を作ったデュークは、白いナプキンを腕にかけてホテルマンのように美しく身体を折った。
今日の夕飯も豪勢だ。どんどん趣味の領域を超えていくデュークはどこを目指しているかを知る者はいない。
本日は来客に合わせて秋をテーマに、カブの温かいポタージュ、白身魚のテリーヌ、甘藷ソースが絡まった牛頬肉のパート・フィロ包み焼き、サラダは温野菜のサラダにブラックペッパーを効かせたオリジナルドレッシング掛け。パンはバゲットとくるみパンである。デザートはかぼちゃのタルトだ。
なぜかそこに刹那の栗ご飯が並べられた。明らかに周囲から浮いている。
しかし、デュークは栗ご飯に感動していた。
「アク抜きした栗と米……味付けは塩だけとは。ううむ、シンプルに徹しているが洗練されている」
「いや、そんな大層な飯では無かろう。左文字が食いたいと言っただけだ」
久しぶりに鍋で栗ご飯を作った刹那は「デュークの料理と共に並べられると恐れ多いと言うよりはみじめなのだが」と言ったのだが、栗ご飯は意外と好評だった。左文字だけでなくルィアンからもお代わりの声がかかる。栗ご飯はあっという間に完食された。
ルィアンは小さな身体のどこにそんなに入るのか、とこちらの食す手が止まる程の大飯食らいだった。
「このパート・フィロとはなんだ? 薄くて向こうが透けて見えるぞ」
「地中海方面発祥のとうもろこしと小麦で作られた生地であります」
「奥深いものだ」とルィアンはナイフとフォークを絶え間なく動かして、料理を口に運ぶ。
「あんた、世界最大のシンジケートのボスなんだろ? 知らねえことなんかあるんだな」
左文字の馴れ馴れしい口振りに、同席していたZEROがまた嫌な汗をかく。ルィアンは口の中が空になるまで左文字を見つめ、口いっぱいに入っていた料理を飲み下すと左文字の問いに応じた。
「私は全知全能の神ではない。特に料理は腹が満たされれば質は気にせぬ性質だ。貧乏舌にここの料理はエデンの知恵の実のようだ――ところで、左文字とやら、君のその豪胆たる気質、気に入ったぞ」
「はあ、どーも」
『インフィニ』のボス直々に気に入ったと宣言されても、無欲な左文字の返答は味気ない。
「うむ。強者にあっさりと頭を垂れて迎合せぬ――ますます気に入った!!」
言外に責められている気がするのか、左文字を褒めるルィアンからZEROは目を逸らせる。
◇
デザートまで完食し終え、食後のコーヒーや紅茶と嗜好品で和んでいると、それは前触れもなく現れた。
「式鬼……!?」
食卓の中央に立った半透明な式鬼に、完全に意表を突かれた刹那達であったが、ルィアンは微塵も動こうとはしなかった。手に大鎌を持った式鬼は明確にルィアンを狙っている。
「まったく無粋な。貴様らの頭目に伝えろ――私は不潔と無骨が一等嫌いだとな!!」
式鬼の振るった大鎌を片手で摘まむと、ルィアンは眼帯を取り払う。
目が痛いほどの眩しい焔に包まれて式鬼は消えた。
「貴殿の異能は念動力だけでなく、その両眼に潜めておられるのか」
刀から手を離した刹那は、ルィアンにようやく腑に落ちた、と声音で話しかける。
「そうだ。右は物理、左は四大元素――身体は念動力と呪術だ。仮の姿をしていようとも私に隙は無い」
彼女の両眼の黒い瞳孔には初対面から奇妙な形をしていると感じていた。右眼には双頭の蛇、眼帯で隠されていた右眼は金の逆さ十字が埋め込まれていた。
「……セツナが勝てないと言ったのは、あの力のせいか?」
リチャードの質問に、刹那は苦笑した。
「異能力とは、一つでも行使すれば身体に負荷がかかるのはお主がよく知っておろう。あの方の強さは、数々の異能のみならず呪術まで使いこなせるあの不動の精神だ。ZEROが顔色を窺うわけだな。あんな強大すぎる力を見せつけられては恐れもしよう」
特に刹那のように不可視の剣の発動まで時間が掛かった者、しかも見出した後も剣術しか頼れる物を持たない異能力者からすれば、ルィアンの存在は脅威だ。
「いったいどんな精神で、あれだけの力を御しているやら……」
――この身震いは恐怖か、畏怖か。
刹那は「否、武者震いだ」と結論づけてティーカップを啜る少女を眺めた。
★続...
世界最大の情報シンジケートのボス・通称「ルィアン」は、案内も請わず、部屋の中を進んだ。そこが自分の定位置だったと言わんばかりに、一人掛けのソファに腰掛けて足を組む。
アーヤ以上に態度がでかい、と思いつつも『KARMA』のメンバーも適当にローテーブルを挟んだ左右の四人掛けソファにめいめいが腰を掛ける。
デュークだけは紅茶を運んできて、ルィアンに差し出してからメンバーにも紅茶を配り、茶菓子も並べる。ZEROはルィアンの後ろに腰掛けずに立っている。
「まずは『夢幻泡影』という組織について語ろう」
隻眼のルィアンは肘掛に頬杖をついて話し始めた。
『夢幻泡影』の名がまことしやかに囁かれるようになったのは、今から約二百から三百年前だという。当時、キリスト教の弾圧で盛んだった「魔女狩り」から逃げおおせた異能力者達の受け皿として、インド北部からパキスタンにかけて発足した地下組織だった。
発足当初は異能力を持て余す者達の保護に徹していた。組織の方向性が変わったのは先代頭領・バサラが筆頭の座に座ってからだ。
「バサラ自身も精神系異能の能力者でな、単に人柄を見れば傑出した人物だった。それが何を思ったのか、各地の革命やら戦争の裏で暗躍する一団を作り上げた。それがカーンをリーダーとする五人の部下だ。式鬼という精神系異能者を生み出す術をバサラは考案した。連中が精神汚蝕に特化しているの由縁はここだ。式鬼が最も力を発揮したのが、かのフランス革命だな。王妃マリー・アントワネットの散財を指摘し、募る民衆の不満、貧困の助長と共和制思想の扇動に一枚噛んでいた」
「魔女狩り」の受け皿だった『夢幻泡影』には、西洋の異端者への弾圧に復讐を望む者の子孫が居た。彼らをうまく利用したとも言える。それとも、この後々の組織の姿の為に異端者を集めたのかもしれない。
「宗教思想と理念が存在する点からの見解では『クルセイダーズ』の方が面倒だが、彼らには歪みながらも宗教という根幹が存在する。我々は『情報の売買』だ。そういう目的が無く、ただ民衆を煽り、心が壊れていく殺戮を楽しむのが『夢幻泡影』だな。直近では日本の明治維新でも京都大火を目論んだ過激派攘夷志士を操っていたという情報が入っている」
刹那と左文字は無意識に目を伏せた。故国も操られていたのか、と。刹那は顔を上げて、ルィアンに問う。
「マハを壊したオリビエ・イーサン――今はカーンと名乗っていたが、連中をおびき出すにはどうすれば良いとお考えか?」
ルィアンは淀みなく答える。
「問題はそこでな。パレ・ロワイヤルで、君達はキリークを殺し、カーンともう一人の幹部を負傷させている。連中も君には容易に手出しはできまい。……ここまで言えば解るだろう」
「……仕掛けてくるならば、私ではなくここにいる仲間から切り崩す、と」
「そうだ。さあ、本題に入ろう。ZEROの話ではマドモアゼル・アーヤとムッシュウ・デュークはここに残り、後方支援に回るとのこと――これに間違いはないな?」
「はい、ありません。カルマに護られている私に精神汚蝕は効かない。ですが、直接攻撃に来られると戦力としては決定打に欠ける。デュークは精神汚蝕の危険はあるものの、血液を操る異能で柔軟な対応が可能。加えて防衛に特化しています」
ルィアンは「結構。だが弱い」と言い放った。刹那もそれに同意する。
精神汚蝕に特化しているからとその一点の対策だけでは足りない。連中が精神破壊しか能がないのならば、ルィアンを擁する情報シンジケートまで警戒はしないはずだ。彼女の実力が刹那をしのぐことは先刻全員が目にしている。
「本来ならば、我ら――まだ名乗っていなかったか。我ら『インフィニ』の人員を裂くことはしないのだが、特例措置として『インフィニ』の者を三名貸し出そう」
ルィアンの独断に「ボス、それは……」と異を唱えようとしたのはZEROだ。だが、ルィアンのZEROに対する態度はそこまでも冷たい。
「黙れ。貴様もその一人だ。但し、貴様は前線の担当と指揮を命じるゆえ、ここにはサンクとシスを置く。くれぐれも我が組織の恥を晒すような真似はするなよ」
ルィアンは後方で肩を落とすZEROに目もくれず、既に決定事項だけを伝える。ZEROは目に見えて落ち込んでいた。
そんな部下を無視して、冷めた紅茶を一気に飲んだルィアンはアーヤに「世話をかけて申し訳ないが、空き部屋はあるか? 今日はここに滞在するつもりだったが、この汚らわしい医者の家や無駄金が解るホテルは避けたいのだ」と尋ねた。
「それなら、刹那達が使っている階の奥部屋が空いています。取り急ぎ、掃除と準備を致しますので、それまでお待ちください」
アーヤの微笑みにルィアンは「感謝する」と簡潔に返した。
◇
ルィアンが滞在する部屋の掃除を命じられたZEROと刹那とアンリは口に三角に折った布をマスクにして、箒とバケツと雑巾を持っててきぱきと部屋の掃除を進める。
「あああ……ボスが滞在するのかあ……しかも駐在メンバーもあの双子かあ……」
窓を開け放ちながら、箒で落とした埃を纏めるが、ZEROはずっとこの調子だ。
「もう、ZERO、ちゃんと働いてよ」
「苦手なのか? ルィアン殿も、組織のメンバーも」
アンリに尻を叩かれつつ、雑巾がけを始めたZEROは「まあな」と結局言葉を濁されてZEROの落ち込みようの原因は解らずじまいだった。
◇
「素晴らしい」と、ルィアンは無表情で感嘆し、賛美を送る。
「身に余る光栄、恐悦至極」
料理を作ったデュークは、白いナプキンを腕にかけてホテルマンのように美しく身体を折った。
今日の夕飯も豪勢だ。どんどん趣味の領域を超えていくデュークはどこを目指しているかを知る者はいない。
本日は来客に合わせて秋をテーマに、カブの温かいポタージュ、白身魚のテリーヌ、甘藷ソースが絡まった牛頬肉のパート・フィロ包み焼き、サラダは温野菜のサラダにブラックペッパーを効かせたオリジナルドレッシング掛け。パンはバゲットとくるみパンである。デザートはかぼちゃのタルトだ。
なぜかそこに刹那の栗ご飯が並べられた。明らかに周囲から浮いている。
しかし、デュークは栗ご飯に感動していた。
「アク抜きした栗と米……味付けは塩だけとは。ううむ、シンプルに徹しているが洗練されている」
「いや、そんな大層な飯では無かろう。左文字が食いたいと言っただけだ」
久しぶりに鍋で栗ご飯を作った刹那は「デュークの料理と共に並べられると恐れ多いと言うよりはみじめなのだが」と言ったのだが、栗ご飯は意外と好評だった。左文字だけでなくルィアンからもお代わりの声がかかる。栗ご飯はあっという間に完食された。
ルィアンは小さな身体のどこにそんなに入るのか、とこちらの食す手が止まる程の大飯食らいだった。
「このパート・フィロとはなんだ? 薄くて向こうが透けて見えるぞ」
「地中海方面発祥のとうもろこしと小麦で作られた生地であります」
「奥深いものだ」とルィアンはナイフとフォークを絶え間なく動かして、料理を口に運ぶ。
「あんた、世界最大のシンジケートのボスなんだろ? 知らねえことなんかあるんだな」
左文字の馴れ馴れしい口振りに、同席していたZEROがまた嫌な汗をかく。ルィアンは口の中が空になるまで左文字を見つめ、口いっぱいに入っていた料理を飲み下すと左文字の問いに応じた。
「私は全知全能の神ではない。特に料理は腹が満たされれば質は気にせぬ性質だ。貧乏舌にここの料理はエデンの知恵の実のようだ――ところで、左文字とやら、君のその豪胆たる気質、気に入ったぞ」
「はあ、どーも」
『インフィニ』のボス直々に気に入ったと宣言されても、無欲な左文字の返答は味気ない。
「うむ。強者にあっさりと頭を垂れて迎合せぬ――ますます気に入った!!」
言外に責められている気がするのか、左文字を褒めるルィアンからZEROは目を逸らせる。
◇
デザートまで完食し終え、食後のコーヒーや紅茶と嗜好品で和んでいると、それは前触れもなく現れた。
「式鬼……!?」
食卓の中央に立った半透明な式鬼に、完全に意表を突かれた刹那達であったが、ルィアンは微塵も動こうとはしなかった。手に大鎌を持った式鬼は明確にルィアンを狙っている。
「まったく無粋な。貴様らの頭目に伝えろ――私は不潔と無骨が一等嫌いだとな!!」
式鬼の振るった大鎌を片手で摘まむと、ルィアンは眼帯を取り払う。
目が痛いほどの眩しい焔に包まれて式鬼は消えた。
「貴殿の異能は念動力だけでなく、その両眼に潜めておられるのか」
刀から手を離した刹那は、ルィアンにようやく腑に落ちた、と声音で話しかける。
「そうだ。右は物理、左は四大元素――身体は念動力と呪術だ。仮の姿をしていようとも私に隙は無い」
彼女の両眼の黒い瞳孔には初対面から奇妙な形をしていると感じていた。右眼には双頭の蛇、眼帯で隠されていた右眼は金の逆さ十字が埋め込まれていた。
「……セツナが勝てないと言ったのは、あの力のせいか?」
リチャードの質問に、刹那は苦笑した。
「異能力とは、一つでも行使すれば身体に負荷がかかるのはお主がよく知っておろう。あの方の強さは、数々の異能のみならず呪術まで使いこなせるあの不動の精神だ。ZEROが顔色を窺うわけだな。あんな強大すぎる力を見せつけられては恐れもしよう」
特に刹那のように不可視の剣の発動まで時間が掛かった者、しかも見出した後も剣術しか頼れる物を持たない異能力者からすれば、ルィアンの存在は脅威だ。
「いったいどんな精神で、あれだけの力を御しているやら……」
――この身震いは恐怖か、畏怖か。
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