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本の虫
第38話
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最初に話を聞くのは義一郎の妻、九条礼子だ。
義一郎が六十台半ばなのに対して、礼子はまだ三十歳の若さだった。整った顔立ちではあるが、髪はボサボサで化粧っ気はなく、目の下にうっすら隈ができている。
全体的に地味な印象で、鴨志田亜望よりもよほど使用人のように見えた。
「今日の午前9時から11時の間、どちらにいらっしゃいましたか?」
小林が質問を始める。
「……もうそれは刑事さんにお話ししましたけど」
疲れ果てたような、素っ気ない態度。
「鴨志田さんを助ける為だと思って、もう一度お聞かせ願えませんか?」
そこで礼子の表情が変わる。投げやりな態度から一転、急に姿勢を正して椅子に座り直す。
「……本当にあの子が主人を殺したのですか?」
「それを今調べているところです」
「……わかりました。その頃は趣味の陶芸教室に行っていました。教室には十人以上証人がいますし、刑事さんたちも裏を取ってくれているでしょうから心配はしていません。でも、鴨志田さんが主人を殺すだなんて信じられなくて」
「それは何故ですか?」
「あの子がうちの使用人になったのは、主人の大ファンだったからです」
俺は少々意外な気持ちだった。まだ十代の少女が九条義一郎の大ファンだったとは。
「ファンだと言って近づき、義一郎さんの命を狙っていたのかもしれません」
「それはあり得ません。鴨志田さんは本当に主人の書いた小説を楽しみにしていました。新作が出るまで同じ作品を何度も読み返していて、内容を暗記する勢いでした。ですから義一郎の方も、新作ができたら編集者よりも誰よりも早く読ませるようにしていたくらいです。義一郎が死んだらもう新しい作品は読めません。あの子が主人を殺す理由がないのです。どうか、真犯人を見つけ出してください」
礼子はそう言って、深々と頭を下げた。
〇 〇 〇
次に話すのは義一郎の長男、誠二郎だ。
義一郎が立ち上げた出版社・九条書院の社長という肩書だ。七三分けに黒縁眼鏡といういかにも真面目そうな風体が逆に胡散臭い。年齢は三十五歳と母親より年上であることからわかるように、礼子とは血が繋がっていない。
「午前9時から11時なら会社で会議の準備をしていたよ。社員たちに確認すれば僕のアリバイははっきりする筈だ」
「犯人は誰だと思いますか?」
「……使用人の鴨志田さんだろう。よく働く真面目な子だから信じたくはないが、それ以外に可能性がない」
〇 〇 〇
最後に次男、勇三郎だ。
誠二郎とは対照的に長髪にサングラス、革ジャンを着ている。一応、九条書院の社員ということになっているが、殆ど会社には顔を出していないようだ。年齢は二十九歳で、やはり礼子とは血が繋がっていない。
「その時間ならまだ女とホテルのベッドの中だよ。相手がどこの誰かは覚えちゃいないが、防犯カメラでチェックインとチェックアウトの時間調べりゃ俺のアリバイは確定するだろうぜ」
「犯人は誰だと思いますか?」
「知るかよそんなの」
〇 〇 〇
「鏑木、どう思う?」
家族全員から話を聞き終えた小林が、珍しくオレに意見を求める。
「……そうだな、鴨志田さんに義一郎を殺す動機がないというなら、誠二郎と勇三郎にも動機はなさそうだ」
「ほゥ。そう思う根拠は?」
「息子二人の出版社は義一郎あってのものだろう。義一郎が新作を発表できなくなれば、当然立ち行かなくなる」
「遺産狙いなのかもしれんぞ」
「それはない。何もしなくてもあと十年も待てば遺産は転がり込むんだ。遺産が目的なら、むしろ動機があるのは礼子だろう。もし義一郎に離婚でもされたら、受け取れる遺産はかなり目減りする。死別か離婚か知らないが、現に一度義一郎は再婚しているしな。もし義一郎が礼子から鴨志田さんに鞍替えしようと考えていたとしたら、礼子は心中穏やかじゃなかっただろう」
「ふん、想像力逞しいものだな。ならば礼子のアリバイをどう崩す?」
「……いや、それは皆目見当もつかないが」
俺がそう言うと、小林は勝ち誇ったように笑う。
「動機などという曖昧なものだけでは、犯人を突き止めることは不可能だ。最後にものを言うのは、やはり物証。犯人が残した決定的証拠だ」
義一郎が六十台半ばなのに対して、礼子はまだ三十歳の若さだった。整った顔立ちではあるが、髪はボサボサで化粧っ気はなく、目の下にうっすら隈ができている。
全体的に地味な印象で、鴨志田亜望よりもよほど使用人のように見えた。
「今日の午前9時から11時の間、どちらにいらっしゃいましたか?」
小林が質問を始める。
「……もうそれは刑事さんにお話ししましたけど」
疲れ果てたような、素っ気ない態度。
「鴨志田さんを助ける為だと思って、もう一度お聞かせ願えませんか?」
そこで礼子の表情が変わる。投げやりな態度から一転、急に姿勢を正して椅子に座り直す。
「……本当にあの子が主人を殺したのですか?」
「それを今調べているところです」
「……わかりました。その頃は趣味の陶芸教室に行っていました。教室には十人以上証人がいますし、刑事さんたちも裏を取ってくれているでしょうから心配はしていません。でも、鴨志田さんが主人を殺すだなんて信じられなくて」
「それは何故ですか?」
「あの子がうちの使用人になったのは、主人の大ファンだったからです」
俺は少々意外な気持ちだった。まだ十代の少女が九条義一郎の大ファンだったとは。
「ファンだと言って近づき、義一郎さんの命を狙っていたのかもしれません」
「それはあり得ません。鴨志田さんは本当に主人の書いた小説を楽しみにしていました。新作が出るまで同じ作品を何度も読み返していて、内容を暗記する勢いでした。ですから義一郎の方も、新作ができたら編集者よりも誰よりも早く読ませるようにしていたくらいです。義一郎が死んだらもう新しい作品は読めません。あの子が主人を殺す理由がないのです。どうか、真犯人を見つけ出してください」
礼子はそう言って、深々と頭を下げた。
〇 〇 〇
次に話すのは義一郎の長男、誠二郎だ。
義一郎が立ち上げた出版社・九条書院の社長という肩書だ。七三分けに黒縁眼鏡といういかにも真面目そうな風体が逆に胡散臭い。年齢は三十五歳と母親より年上であることからわかるように、礼子とは血が繋がっていない。
「午前9時から11時なら会社で会議の準備をしていたよ。社員たちに確認すれば僕のアリバイははっきりする筈だ」
「犯人は誰だと思いますか?」
「……使用人の鴨志田さんだろう。よく働く真面目な子だから信じたくはないが、それ以外に可能性がない」
〇 〇 〇
最後に次男、勇三郎だ。
誠二郎とは対照的に長髪にサングラス、革ジャンを着ている。一応、九条書院の社員ということになっているが、殆ど会社には顔を出していないようだ。年齢は二十九歳で、やはり礼子とは血が繋がっていない。
「その時間ならまだ女とホテルのベッドの中だよ。相手がどこの誰かは覚えちゃいないが、防犯カメラでチェックインとチェックアウトの時間調べりゃ俺のアリバイは確定するだろうぜ」
「犯人は誰だと思いますか?」
「知るかよそんなの」
〇 〇 〇
「鏑木、どう思う?」
家族全員から話を聞き終えた小林が、珍しくオレに意見を求める。
「……そうだな、鴨志田さんに義一郎を殺す動機がないというなら、誠二郎と勇三郎にも動機はなさそうだ」
「ほゥ。そう思う根拠は?」
「息子二人の出版社は義一郎あってのものだろう。義一郎が新作を発表できなくなれば、当然立ち行かなくなる」
「遺産狙いなのかもしれんぞ」
「それはない。何もしなくてもあと十年も待てば遺産は転がり込むんだ。遺産が目的なら、むしろ動機があるのは礼子だろう。もし義一郎に離婚でもされたら、受け取れる遺産はかなり目減りする。死別か離婚か知らないが、現に一度義一郎は再婚しているしな。もし義一郎が礼子から鴨志田さんに鞍替えしようと考えていたとしたら、礼子は心中穏やかじゃなかっただろう」
「ふん、想像力逞しいものだな。ならば礼子のアリバイをどう崩す?」
「……いや、それは皆目見当もつかないが」
俺がそう言うと、小林は勝ち誇ったように笑う。
「動機などという曖昧なものだけでは、犯人を突き止めることは不可能だ。最後にものを言うのは、やはり物証。犯人が残した決定的証拠だ」
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