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本の虫

第39話

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「最後に話しておかねばならない人物がいる」

 小林こばやしがそう言って向かったのは、事件現場の書斎、依頼人がいる場所だ。

鴨志田かもしださん、事件があった時間、貴女はどこで何をしてましたか?」

「……私、ですか?」
 鴨志田亜望つぐみは戸惑ったように目を泳がせる。

「安心してください。義一郎ぎいちろうさんの遺体から睡眠薬の類は検出されなかったようです。私は貴女を疑っているわけではありません」

 鴨志田はそれを聞いて安心したのか、大きく息を吐き出した。

「先生の死亡推定時刻、私は書斎の隣の書庫の掃除と整理をしていました。昨日、先生に頼まれていましたので」

「……なるほど。書庫の中を拝見しても?」

「構いません。中の書棚には主に先生の作品が並べられています」

 俺、小林、鴨志田、桶狭間おけはざま警部の四人は現場の隣の書庫へ移動する。中は鴨志田の説明通り、壁一面が本棚になっている。棚の中は九条くじょう義一郎の著作物で、並びは発表順のようだ。

「……そういえば、おかしなことがあったんです」
 鴨志田が唐突に何かを思い出したように瞳を見開いた。

「今朝、書庫に入ると床に先生の作品が落ちていたんです。それも探偵葱坊主ねぎぼうずシリーズの五冊目、『葱鉄砲ねぎでっぽうに御用心』が」

「書庫には義一郎さんだけでなく、出版社の誠二郎せいじろうさんと勇三郎ゆうざぶろうさんも出入りするでしょう。二人のうちのどちらかが片付け損ねたのでは?」

「それでも変じゃないですか? 先生の本を粗末に扱うだなんて、それも探偵葱坊主シリーズを!」
 鴨志田は顔を紅潮させて捲し立てる。本気で憤っているようだ。

「でも、今朝はそれどころではありませんでした。私は本を手に取ると仕事のことも忘れて、貪るように先生の小説を読みふけりました。あの本に触れておいて読むのを我慢するなんてこと、私にはできません。先生はベテランの作家であるにもかかわらず、ネームバリューや技術に逃げずに真正面から本格に挑んでいました。魅力的な謎と、斬新なトリック。本格ミステリを書くにあたって他に何が必要ですか? 先生は年老いてもなお、自分のセンスを武器に本格ミステリをお書きになられていました」

 そこで鴨志田はふと我に返って、恥ずかしそうに頭を掻いた。

「……あ、私が仕事をさぼって本を読んでたのはほんの一時間くらいですよ。私本読むの早いんで、気がつくと一冊読み終えていました。やはり探偵葱坊主は最高でした。それなのにもう続きが読めないだなんて、ミステリ界にとって大きな損失です」

です!」
 小林が突然そう叫んだ。

「……どうしたんだ小林君? あと、ってどれのことだ?」
 桶狭間警部は困惑気味に小林を見ている。

「たった今、事件の犯人がわかりました。義一郎さんを殺した犯人は鴨志田さん、貴女です」
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