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見えない証拠
第55話
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「五分以内に兇器を見つけるって小林、お前には何処にそれがあるか既にわかっているのか?」
俺は心配になって、つい小林に訊いてしまう。
「いいや、これから探すところだ」
「……これからってお前、本当に勝算はあるんだろうな?」
「あるからこそ五分という制限時間を設けたのだ。兇器を隠した正確な場所はまだ不明だが、犯人が考えつきそうなことには凡その見当がついている」
小林は相変わらず落ち着き払っている様子だが、それは犯人と名指しされた塊原結麻も同様だ。
塊原は小馬鹿にしたように小林を見下ろしている。
「…………」
よほど兇器の隠し場所に自信があるのか、それとも無実故に平然としていられるのか。
「なァ小林、一つ思い付いたんだが、兇器は氷のナイフだなんてことはないか? だとしたら既に兇器は溶けて水になっていて、この部屋の何処を探しても見つからないんじゃないか?」
俺はほんの思い付きを言ってみる。
「……本当にただの思い付きレベルの稚拙な推理だな。塊原は水の間に入る直前まで、ずっと凩たちと一緒にいたんだぞ。その間、塊原はどうやって氷のナイフを溶けないように持っておくんだ?」
「……あ」
俺は恥ずかしさで耳の先まで赤くなるのを自覚する。
「下手の考え休むに似たり、だ。お前は黙って大人しく私の推理を聞いていろ」
小林は俺にそう言ってから、改めて塊原に視線を向ける。
「お待たせしました。さて、楽しい宝探しゲームを始めましょう。貴女は私の前で二つミスを犯した。まァ通常ならミスとも言えないような些細なミスなのでしょうが、貴女は少々私を侮りすぎた」
小林はそう言って、凶悪な笑みを浮かべている。
「まず一つ目は、私の前で貴女は余裕を見せすぎた。恐らく早業殺人を疑われるところまでは想定内で、もう一つのトリックで自分へ向かっている疑いを全て燃杭さんに向けさせる計画だったのでしょう。しかし貴女は自分のトリックに自信を持ちすぎてしまった。常人はたとえ後ろめたいことが何もなくても、殺人を疑われればそう冷静ではいられないものなのですよ?」
「……まさか、それが私を疑う根拠だなんて言わないよね?」
塊原は小林の推理を鼻で笑って聞いている。
「そして二つ目は、私の前で兇器の行方について言及したこと。その時点で、貴女自身が兇器を隠し持っている可能性は完全に除外される。わざわざ自分から言い出しておいて、重要な証拠品を隠し持っているだなんて間抜けはいないでしょうからね。と、なると兇器はこの部屋の中の何処かに隠したという推測が立ちます」
「さっきから聞いていれば、何の根拠もない憶測ばかり。いい加減飽きてきちゃったなァ……」
「そうですね、あの辺りではないでしょうか? そう、たとえばあの水槽の中とか」
小林が突然水の入った水槽の中に腕を突っ込む。
「や、やめッ……!?」
「ビンゴ」
水槽の中から取り出されたのは、ガラス製のアイスピックだった。
「なッ!? さっきまで水槽の中にあんなものなかったのに!?」
「……一体何が起きたんだ!?」
凩と燃杭が口々に驚きの声を上げる。
そして、それは俺も全く同じ気持ちだった。兇器のアイスピックは何故、水槽の中では見えなかったのか?
「鏑木、ガラスは無色透明なのにどうして私たちの目に見えるのだと思う?」
「……そりゃ光を反射するからだろう。透明とはいっても、景色が映り込んだり光沢ができるから、それがどんな形なのか見ることができる」
「うむ、その通りだ。正確に言い換えると、空気とガラスの光の屈折率は異なるから、ガラスは空気中で見ることができるというわけだ。ならば、もし仮にガラスと全く同じ屈折率の液体を作り出し、そこにガラスを入れたならどうなると思う?」
「……え? それじゃあ、その水槽の中の水は?」
「犯人はエタノールとベンジンアルコールを混ぜ合わせることで、ガラスと全く同じ屈折率の液体を作っていたのだ。この液体の中では砂利や木の枝は問題なく普通に見えるが、透明のガラス製品だけが全く見えなくなってしまう」
そうか。犯人は兇器を物陰や服の中に隠したのではなく、透明にして見えなくなるようにして隠したのだ。
たとえ目の前にあったとしても、目に見えないものは見つけようがない。普通は何も入っていないのが見えている水槽の中に、兇器が隠されているだなんて考えもしない。
「……どうしてその水槽に兇器があるってわかったの? この部屋には他にもまだ沢山の水槽があるのに」
塊原が震える声で小林に尋ねる。
「この水槽だけ生物が泳いでいなかったからですよ。エタノールとベンジンアルコールの中を泳ぐ生き物はこの世に存在しない。単純な消去法です」
「そんなことで……」
犯人、塊原結麻は床の上にへたり込んで呆然と虚空を見ている。
「何故だ!? どうしてなんだ塊原!? お前と鰤岡は親友同士だったんじゃなかったのか!?」
燃杭が涙を流しながら激昂する。
「……親友、ね。昔から嫌いだったの。まりあの虚言癖も、それに振り回される貴方たち二人を見るのも。だから全部壊してやりたくなった」
「……虚言癖?」
凩がポツリと呟く。
「やっぱり気付いてなかったんだ。まりあのストーカー被害は、全部自作自演の嘘。あの脅迫状も自分で作って自分で下駄箱に入れていただけ。あの子は自分がモテることを確認する為だけに毎回あんな騒ぎを起こしていたの。馬鹿みたいでしょ?」
「嘘だ。嘘だ、信じないぞ、そんなのッ……!」
「やっぱり哲平君って、頭がいい癖に馬鹿だよね。あんな女にころっと騙されてさ。君がもう少し早く私の気持ちに気付いていれば……」
「…………」
「……鏑木、我々はそろそろお暇するとしようか。一宿一飯の恩も返せたことだしな」
「……そうだな」
最高に気まずい空気の中、俺と小林は四元素館をこっそり後にした。
俺は心配になって、つい小林に訊いてしまう。
「いいや、これから探すところだ」
「……これからってお前、本当に勝算はあるんだろうな?」
「あるからこそ五分という制限時間を設けたのだ。兇器を隠した正確な場所はまだ不明だが、犯人が考えつきそうなことには凡その見当がついている」
小林は相変わらず落ち着き払っている様子だが、それは犯人と名指しされた塊原結麻も同様だ。
塊原は小馬鹿にしたように小林を見下ろしている。
「…………」
よほど兇器の隠し場所に自信があるのか、それとも無実故に平然としていられるのか。
「なァ小林、一つ思い付いたんだが、兇器は氷のナイフだなんてことはないか? だとしたら既に兇器は溶けて水になっていて、この部屋の何処を探しても見つからないんじゃないか?」
俺はほんの思い付きを言ってみる。
「……本当にただの思い付きレベルの稚拙な推理だな。塊原は水の間に入る直前まで、ずっと凩たちと一緒にいたんだぞ。その間、塊原はどうやって氷のナイフを溶けないように持っておくんだ?」
「……あ」
俺は恥ずかしさで耳の先まで赤くなるのを自覚する。
「下手の考え休むに似たり、だ。お前は黙って大人しく私の推理を聞いていろ」
小林は俺にそう言ってから、改めて塊原に視線を向ける。
「お待たせしました。さて、楽しい宝探しゲームを始めましょう。貴女は私の前で二つミスを犯した。まァ通常ならミスとも言えないような些細なミスなのでしょうが、貴女は少々私を侮りすぎた」
小林はそう言って、凶悪な笑みを浮かべている。
「まず一つ目は、私の前で貴女は余裕を見せすぎた。恐らく早業殺人を疑われるところまでは想定内で、もう一つのトリックで自分へ向かっている疑いを全て燃杭さんに向けさせる計画だったのでしょう。しかし貴女は自分のトリックに自信を持ちすぎてしまった。常人はたとえ後ろめたいことが何もなくても、殺人を疑われればそう冷静ではいられないものなのですよ?」
「……まさか、それが私を疑う根拠だなんて言わないよね?」
塊原は小林の推理を鼻で笑って聞いている。
「そして二つ目は、私の前で兇器の行方について言及したこと。その時点で、貴女自身が兇器を隠し持っている可能性は完全に除外される。わざわざ自分から言い出しておいて、重要な証拠品を隠し持っているだなんて間抜けはいないでしょうからね。と、なると兇器はこの部屋の中の何処かに隠したという推測が立ちます」
「さっきから聞いていれば、何の根拠もない憶測ばかり。いい加減飽きてきちゃったなァ……」
「そうですね、あの辺りではないでしょうか? そう、たとえばあの水槽の中とか」
小林が突然水の入った水槽の中に腕を突っ込む。
「や、やめッ……!?」
「ビンゴ」
水槽の中から取り出されたのは、ガラス製のアイスピックだった。
「なッ!? さっきまで水槽の中にあんなものなかったのに!?」
「……一体何が起きたんだ!?」
凩と燃杭が口々に驚きの声を上げる。
そして、それは俺も全く同じ気持ちだった。兇器のアイスピックは何故、水槽の中では見えなかったのか?
「鏑木、ガラスは無色透明なのにどうして私たちの目に見えるのだと思う?」
「……そりゃ光を反射するからだろう。透明とはいっても、景色が映り込んだり光沢ができるから、それがどんな形なのか見ることができる」
「うむ、その通りだ。正確に言い換えると、空気とガラスの光の屈折率は異なるから、ガラスは空気中で見ることができるというわけだ。ならば、もし仮にガラスと全く同じ屈折率の液体を作り出し、そこにガラスを入れたならどうなると思う?」
「……え? それじゃあ、その水槽の中の水は?」
「犯人はエタノールとベンジンアルコールを混ぜ合わせることで、ガラスと全く同じ屈折率の液体を作っていたのだ。この液体の中では砂利や木の枝は問題なく普通に見えるが、透明のガラス製品だけが全く見えなくなってしまう」
そうか。犯人は兇器を物陰や服の中に隠したのではなく、透明にして見えなくなるようにして隠したのだ。
たとえ目の前にあったとしても、目に見えないものは見つけようがない。普通は何も入っていないのが見えている水槽の中に、兇器が隠されているだなんて考えもしない。
「……どうしてその水槽に兇器があるってわかったの? この部屋には他にもまだ沢山の水槽があるのに」
塊原が震える声で小林に尋ねる。
「この水槽だけ生物が泳いでいなかったからですよ。エタノールとベンジンアルコールの中を泳ぐ生き物はこの世に存在しない。単純な消去法です」
「そんなことで……」
犯人、塊原結麻は床の上にへたり込んで呆然と虚空を見ている。
「何故だ!? どうしてなんだ塊原!? お前と鰤岡は親友同士だったんじゃなかったのか!?」
燃杭が涙を流しながら激昂する。
「……親友、ね。昔から嫌いだったの。まりあの虚言癖も、それに振り回される貴方たち二人を見るのも。だから全部壊してやりたくなった」
「……虚言癖?」
凩がポツリと呟く。
「やっぱり気付いてなかったんだ。まりあのストーカー被害は、全部自作自演の嘘。あの脅迫状も自分で作って自分で下駄箱に入れていただけ。あの子は自分がモテることを確認する為だけに毎回あんな騒ぎを起こしていたの。馬鹿みたいでしょ?」
「嘘だ。嘘だ、信じないぞ、そんなのッ……!」
「やっぱり哲平君って、頭がいい癖に馬鹿だよね。あんな女にころっと騙されてさ。君がもう少し早く私の気持ちに気付いていれば……」
「…………」
「……鏑木、我々はそろそろお暇するとしようか。一宿一飯の恩も返せたことだしな」
「……そうだな」
最高に気まずい空気の中、俺と小林は四元素館をこっそり後にした。
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