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蝋燭小屋の密室 小林声最初の事件
第67話
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「一つずつ順を追って説明致しましょう。まず、先刻説明した蝋を溶かして密室を作り上げたというトリックは全てデタラメです。貴方を油断させ、この部屋からなくなったあるものを戻しに来させる為のね。尤も、今の今まで誰がここへやって来るかまではわかりませんでしたが」
「……ところで小林、そのあるものって結局何だったんだ?」
俺は小林に質問する。
「おっと、鏑木にはまだ説明していなかったな。それを説明するには、まずこの蝋燭小屋の本当の密室トリックを説明する必要がある」
「…………」
小林が俺に真相を黙っていたのは、恐らく犯人の目の前で密室トリックの解明をしたかったからだろう。
もはや探偵というよりただのサディストだ。
「この小屋の唯一の出入り口である引き戸の鍵は、内側からしか鍵を掛けることができない打掛錠でした。それも上から錠を錠受けに下ろすことで施錠するタイプのものです。犯人が密室を作るには、この打掛錠を攻略しなければならなかった」
「攻略するも何も、鍵は内側からしか掛けられないんだろう? だったら犯人は密室から出られないじゃないか」
「あのな鏑木、それを何とかするから密室トリックなんだろうが。いいか、ここでのポイントは錠を空中に固定したまま小屋を出ることができれば密室が出来上がるということだ。そしてその為に犯人が利用したのは火と風の力だ」
「火と風?」
「犯人は錠に糸を括り付け、凧を揚げたのだ」
小林は決め顔でそう言った。
「……凧? ってあの正月に揚げるあの凧のことか?」
「そう。その凧であっている」
それだけではさっぱり意味がわからない。
「凧を揚げるったって、大体あれは外でやるものだろう? 風のない室内でやれるようなものじゃ……」
そこで俺は気がつく。
「そうか、エアコンか!!」
「ご名答。犯人はエアコンを送風MAXにして小型の凧を揚げた。凧が揚がる揚力で、錠は空中に浮いたまま錠受けに落ちることはない」
「じゃあ、引き戸の前に落ちていた燃えカスは……?」
「床に用意した蝋燭の火によって燃えた凧の残骸だろう。紙や糸に油を染みこませて燃えやすいよう細工したようだが、完全に痕跡を消すことは難しかったようだな」
小林の冷たい視線が油汗に塗れた日浦亙を貫く。
「……くッ、それが何だって言うんだ!? 確かにそれで密室は破れるかもしれない。だが、今お前が説明したトリックはやろうと思えば誰にでもできた筈だ!! たとえば、そこにいる雨宮《あまみや》にも!!」
「ええ、全くその通りです。折角密室の謎が解けたというのに犯人が誰だかわからないのでは名探偵の名折れです。だから今回は苦肉の策としてこのような罠を仕掛けさせて戴きました」
「……何が苦肉の策だ。ノリノリで楽しんでた癖に」
「何か言ったか鏑木?」
「いや、何も」
「……オッホン、ご所望とあらば決定的な証拠を示しましょう。それはこの部屋からなくなり、今貴方がその手に握っているもの。そう、エアコンのリモコンです!」
「うッ!?」
小林に指摘されたことで、亙は驚いて握っていたリモコンを床に落としてしまう。
「凧揚げのトリックで密室を脱出した貴方は、リモコンを持って小屋の窓がある位置まで移動、開けておいたカーテンの隙間からエアコンの送風を解除した」
なるほど。窓のカーテンに隙間ができていたのは、窓の外からリモコンの赤外線をエアコンに向けて飛ばす為だったのだ。
殺害現場にあったエアコンは骨董品レベルの古さだった。IoTなどという洒落た機能は当然付いていない。
「……でもどうして亙さんが殺害現場からエアコンのリモコンを持ち出す必要があったんだ? 送風を止めたいなら、タイマー機能を使えばいいじゃないか。この部屋のエアコンがいかに古くても、流石にタイマー機能が付いてないなんてことはないだろう?」
「……鏑木、お前探偵にはてんで向いてないが、ワトソンとしては中々に見所があるな」
「ほっとけ」
「確かに鏑木が言うことは正しい。だが犯罪者の視点で見れば、それは必ずしも正解とは言えない」
「……どういうことだよ?」
「お前が考えることくらい、犯人が考えないわけがないということだ。タイマー機能のことは当然亙さんの頭にもあった筈だ。それでも亙さんは直接自分で電源を切ることを選んだ。それは、折角作り上げた密室が完成する前に破壊されることを恐れるあまりの行動だった」
「恐れる?」
「切タイマーをかけるには古い型のこのエアコンでは、最低1時間は送風を続けなければならない。その間にもしも雨宮さんが遥さんを訪ねでもしたら、折角の仕掛けは台無しになる。自殺の偽装工作も全ておじゃんだ」
「……それだけじゃないさ」
項垂れた亙が諦めたように低く笑って言う。
「自分の手で作り上げた密室だ。鍵がちゃんと掛かっているか、自分で確認したくなるのが人情だろう? 私にはそれをする為に1時間待つということがどうしてもできなかった。待てなかったんだよ」
「ご同行願えますね?」
桶狭間警部が日浦亙をパトカーに連行する。
「それはそうと、どうしてエアコンのリモコンって古くなると黄色くなるんでしょう?」
「…………」
名探偵の問いに答える者は誰もいない。
「……ところで小林、そのあるものって結局何だったんだ?」
俺は小林に質問する。
「おっと、鏑木にはまだ説明していなかったな。それを説明するには、まずこの蝋燭小屋の本当の密室トリックを説明する必要がある」
「…………」
小林が俺に真相を黙っていたのは、恐らく犯人の目の前で密室トリックの解明をしたかったからだろう。
もはや探偵というよりただのサディストだ。
「この小屋の唯一の出入り口である引き戸の鍵は、内側からしか鍵を掛けることができない打掛錠でした。それも上から錠を錠受けに下ろすことで施錠するタイプのものです。犯人が密室を作るには、この打掛錠を攻略しなければならなかった」
「攻略するも何も、鍵は内側からしか掛けられないんだろう? だったら犯人は密室から出られないじゃないか」
「あのな鏑木、それを何とかするから密室トリックなんだろうが。いいか、ここでのポイントは錠を空中に固定したまま小屋を出ることができれば密室が出来上がるということだ。そしてその為に犯人が利用したのは火と風の力だ」
「火と風?」
「犯人は錠に糸を括り付け、凧を揚げたのだ」
小林は決め顔でそう言った。
「……凧? ってあの正月に揚げるあの凧のことか?」
「そう。その凧であっている」
それだけではさっぱり意味がわからない。
「凧を揚げるったって、大体あれは外でやるものだろう? 風のない室内でやれるようなものじゃ……」
そこで俺は気がつく。
「そうか、エアコンか!!」
「ご名答。犯人はエアコンを送風MAXにして小型の凧を揚げた。凧が揚がる揚力で、錠は空中に浮いたまま錠受けに落ちることはない」
「じゃあ、引き戸の前に落ちていた燃えカスは……?」
「床に用意した蝋燭の火によって燃えた凧の残骸だろう。紙や糸に油を染みこませて燃えやすいよう細工したようだが、完全に痕跡を消すことは難しかったようだな」
小林の冷たい視線が油汗に塗れた日浦亙を貫く。
「……くッ、それが何だって言うんだ!? 確かにそれで密室は破れるかもしれない。だが、今お前が説明したトリックはやろうと思えば誰にでもできた筈だ!! たとえば、そこにいる雨宮《あまみや》にも!!」
「ええ、全くその通りです。折角密室の謎が解けたというのに犯人が誰だかわからないのでは名探偵の名折れです。だから今回は苦肉の策としてこのような罠を仕掛けさせて戴きました」
「……何が苦肉の策だ。ノリノリで楽しんでた癖に」
「何か言ったか鏑木?」
「いや、何も」
「……オッホン、ご所望とあらば決定的な証拠を示しましょう。それはこの部屋からなくなり、今貴方がその手に握っているもの。そう、エアコンのリモコンです!」
「うッ!?」
小林に指摘されたことで、亙は驚いて握っていたリモコンを床に落としてしまう。
「凧揚げのトリックで密室を脱出した貴方は、リモコンを持って小屋の窓がある位置まで移動、開けておいたカーテンの隙間からエアコンの送風を解除した」
なるほど。窓のカーテンに隙間ができていたのは、窓の外からリモコンの赤外線をエアコンに向けて飛ばす為だったのだ。
殺害現場にあったエアコンは骨董品レベルの古さだった。IoTなどという洒落た機能は当然付いていない。
「……でもどうして亙さんが殺害現場からエアコンのリモコンを持ち出す必要があったんだ? 送風を止めたいなら、タイマー機能を使えばいいじゃないか。この部屋のエアコンがいかに古くても、流石にタイマー機能が付いてないなんてことはないだろう?」
「……鏑木、お前探偵にはてんで向いてないが、ワトソンとしては中々に見所があるな」
「ほっとけ」
「確かに鏑木が言うことは正しい。だが犯罪者の視点で見れば、それは必ずしも正解とは言えない」
「……どういうことだよ?」
「お前が考えることくらい、犯人が考えないわけがないということだ。タイマー機能のことは当然亙さんの頭にもあった筈だ。それでも亙さんは直接自分で電源を切ることを選んだ。それは、折角作り上げた密室が完成する前に破壊されることを恐れるあまりの行動だった」
「恐れる?」
「切タイマーをかけるには古い型のこのエアコンでは、最低1時間は送風を続けなければならない。その間にもしも雨宮さんが遥さんを訪ねでもしたら、折角の仕掛けは台無しになる。自殺の偽装工作も全ておじゃんだ」
「……それだけじゃないさ」
項垂れた亙が諦めたように低く笑って言う。
「自分の手で作り上げた密室だ。鍵がちゃんと掛かっているか、自分で確認したくなるのが人情だろう? 私にはそれをする為に1時間待つということがどうしてもできなかった。待てなかったんだよ」
「ご同行願えますね?」
桶狭間警部が日浦亙をパトカーに連行する。
「それはそうと、どうしてエアコンのリモコンって古くなると黄色くなるんでしょう?」
「…………」
名探偵の問いに答える者は誰もいない。
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