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ベートーヴェンがみてる
第7話
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事件があったのは三限目の音楽の授業中だった。
それはふみ香たち一年三組の生徒たちが音楽室に移動しての授業だった。その日の授業はクラシック音楽をただ鑑賞するだけという緩いもので、実質自習の時間だった。
とはいえ教壇には音楽教師の烏山友子が立っているので、席を立ったり話すことは禁じられていた。ふみ香も次の英語の授業の教科書の和訳にこの時間を当てていた。
授業開始から十五分後、突然音楽室のドアが開かれる。入室してきたのは、クラスメイトの沢木錄郎だった。
「すみません、遅れましたァ!!」
沢木は肩で息をしながらそう言うと、大きな音を立てて思い切りドアを閉めた。
教師の烏山が顔を顰めて早く席に着くように注意する。
その間、音楽室にいた生徒は全員沢木に注目していた。だから最初、一番後ろの席にいた奥田うららに異変があったことに誰も気付かなかった。
最初に異変に気付いたのは烏山だった。腕から血を流して机に突っ伏している奥田うららを発見し、すぐさま警察と救急車を呼ぶ。その間、騒然とする生徒たちを烏山は一喝する。
「全員その場から動くな!! もしここで勝手な行動を取ったら、警察の捜査で不利になるよ!! そのとき、私はあなたたちを守れない!!」
「……賢明な判断だな」
小林は烏山の行動をそう評した。
「ふん、どうだか。冷静すぎて逆に少し怪しい気ィもするわ」
とは白旗。
「だが、お陰で警察はかなり捜査しやすくなった筈だ」
実際、それで生徒たちは大人しく自分の席で警察が到着するのを待つことになる。
奥田うららの椅子の下には、直径4ミリ程度の弾が落ちていた。先端が尖っていて、弾丸というより鏃のような形状だった。後でわかったことだが、この弾の先端には毒が付着していた。
警察が来るまでの間、烏山は奥田から犯人の名前を聞き出そうとしていたが、奥田本人も誰に撃たれたのかわかっていないようだった。
そして奥田は救急搬送されるも、結局は帰らぬ人となった。
「……私が知ってることはこれで全部です」
ふみ香は小林と白旗、二人にそう言った。
「確認したいのだが、奥田うららの席は教室のどの辺りなのだ? 一番後ろの席という情報はあるが、正確な位置を知りたい」
そう言ったのは小林だ。
「奥田さんの席は一番後ろの端っこ。廊下側の席でした」
「……なんや、窓側やったら外から狙撃したんで決まりや思ったのになァ。俺からも一個質問。弾の先端に付着しとった毒て何やったん?」
「その質問は私から答えよう。毒の成分はモウドクフキヤガエルが分泌するもので、この毒をくらえば一瞬で全身が麻痺するといわれている」
答えたのは小林だ。
「ちょっと待て、何でお前がそんなことまで知っとんねん?」
すかさず白旗が突っ込みを入れる。
「警察に少しばかりツテがあってな」
「そんなんズルやろ!! 自分だけ警察から情報仕入れるとか!!」
「だからこうしてお前にも情報を分け与えている。それに警察の情報だけでは謎を解くことができなかったから、美里からも話を聞いているのだ。条件はお前と同じだ」
「……ふん。ほならもう一個質問や。遅れて教室に入ってきた沢木いう奴についてやが、何で遅れて来たんや?」
「前の授業が体育で、乱れた髪型をセットするのに時間がかかったとかで」
「過去にもそういうことはあったのか?」
小林が重ねて質問する。
「……そうですね。リーゼントっていうんですか? あの髪が前にせり上がったような髪型。沢木君って髪型に妙なこだわりがあるみたいで、体育の授業の後が移動教室だと高確率で遅れてました」
「……ちゅうことは、犯人は沢木が遅れて音楽室に来ることをある程度予測し得たわけや。そして皆が沢木の登場に気を取られている間に奥田を殺害した」
――一応、それで筋は通る。
「しかし、問題はとうとう警察が犯人を特定することができなかったことです。烏山先生の判断で、生徒たちは自分の席から一歩も動いていません。つまり私たちの中に犯人がいる場合、犯人に凶器を処理することはできなかった筈です。それなのに後で警察が生徒を一人一人ボディチェックしても、それらしいものは出てこなかった」
「……消えた凶器か。筆記用具に似せた銃器という可能性もあるで?」
「それは警察も考えたようだ。生徒たちの持ち物は一度全て押収して、既に調査済みだ」
「……けッ。生徒たちの持ち物の中に銃がないとすれば、毒の付着した弾丸を指や輪ゴムで飛ばしたか。だとすると、犯人は奥田うららの近くの席におることになる」
白旗の推理は的を射ている。授業中、誰も自分の席から離れられない状況で起きた殺人だ。必然的に、被害者の近くに座っていた生徒が疑わしくなってくる。
「奥田が血を流していた場所はどこだ?」
「……えーと、確か右手の二の腕の辺りだったと思います」
「……全てを見とったんは音楽室の一番後ろに飾ってある、ベートーヴェンの肖像画だけっちゅうわけか」
白旗は独りごちた。
「いや、モーツァルトもバッハもヘンデルもハイドンも、皆仲良く一緒に見ていたという表現の方が正確だろう」
「やかましい。そこは別に正確さいらんねん!!」
「たった今、犯人がわかった」
小林声は静かに微笑んだ。
それはふみ香たち一年三組の生徒たちが音楽室に移動しての授業だった。その日の授業はクラシック音楽をただ鑑賞するだけという緩いもので、実質自習の時間だった。
とはいえ教壇には音楽教師の烏山友子が立っているので、席を立ったり話すことは禁じられていた。ふみ香も次の英語の授業の教科書の和訳にこの時間を当てていた。
授業開始から十五分後、突然音楽室のドアが開かれる。入室してきたのは、クラスメイトの沢木錄郎だった。
「すみません、遅れましたァ!!」
沢木は肩で息をしながらそう言うと、大きな音を立てて思い切りドアを閉めた。
教師の烏山が顔を顰めて早く席に着くように注意する。
その間、音楽室にいた生徒は全員沢木に注目していた。だから最初、一番後ろの席にいた奥田うららに異変があったことに誰も気付かなかった。
最初に異変に気付いたのは烏山だった。腕から血を流して机に突っ伏している奥田うららを発見し、すぐさま警察と救急車を呼ぶ。その間、騒然とする生徒たちを烏山は一喝する。
「全員その場から動くな!! もしここで勝手な行動を取ったら、警察の捜査で不利になるよ!! そのとき、私はあなたたちを守れない!!」
「……賢明な判断だな」
小林は烏山の行動をそう評した。
「ふん、どうだか。冷静すぎて逆に少し怪しい気ィもするわ」
とは白旗。
「だが、お陰で警察はかなり捜査しやすくなった筈だ」
実際、それで生徒たちは大人しく自分の席で警察が到着するのを待つことになる。
奥田うららの椅子の下には、直径4ミリ程度の弾が落ちていた。先端が尖っていて、弾丸というより鏃のような形状だった。後でわかったことだが、この弾の先端には毒が付着していた。
警察が来るまでの間、烏山は奥田から犯人の名前を聞き出そうとしていたが、奥田本人も誰に撃たれたのかわかっていないようだった。
そして奥田は救急搬送されるも、結局は帰らぬ人となった。
「……私が知ってることはこれで全部です」
ふみ香は小林と白旗、二人にそう言った。
「確認したいのだが、奥田うららの席は教室のどの辺りなのだ? 一番後ろの席という情報はあるが、正確な位置を知りたい」
そう言ったのは小林だ。
「奥田さんの席は一番後ろの端っこ。廊下側の席でした」
「……なんや、窓側やったら外から狙撃したんで決まりや思ったのになァ。俺からも一個質問。弾の先端に付着しとった毒て何やったん?」
「その質問は私から答えよう。毒の成分はモウドクフキヤガエルが分泌するもので、この毒をくらえば一瞬で全身が麻痺するといわれている」
答えたのは小林だ。
「ちょっと待て、何でお前がそんなことまで知っとんねん?」
すかさず白旗が突っ込みを入れる。
「警察に少しばかりツテがあってな」
「そんなんズルやろ!! 自分だけ警察から情報仕入れるとか!!」
「だからこうしてお前にも情報を分け与えている。それに警察の情報だけでは謎を解くことができなかったから、美里からも話を聞いているのだ。条件はお前と同じだ」
「……ふん。ほならもう一個質問や。遅れて教室に入ってきた沢木いう奴についてやが、何で遅れて来たんや?」
「前の授業が体育で、乱れた髪型をセットするのに時間がかかったとかで」
「過去にもそういうことはあったのか?」
小林が重ねて質問する。
「……そうですね。リーゼントっていうんですか? あの髪が前にせり上がったような髪型。沢木君って髪型に妙なこだわりがあるみたいで、体育の授業の後が移動教室だと高確率で遅れてました」
「……ちゅうことは、犯人は沢木が遅れて音楽室に来ることをある程度予測し得たわけや。そして皆が沢木の登場に気を取られている間に奥田を殺害した」
――一応、それで筋は通る。
「しかし、問題はとうとう警察が犯人を特定することができなかったことです。烏山先生の判断で、生徒たちは自分の席から一歩も動いていません。つまり私たちの中に犯人がいる場合、犯人に凶器を処理することはできなかった筈です。それなのに後で警察が生徒を一人一人ボディチェックしても、それらしいものは出てこなかった」
「……消えた凶器か。筆記用具に似せた銃器という可能性もあるで?」
「それは警察も考えたようだ。生徒たちの持ち物は一度全て押収して、既に調査済みだ」
「……けッ。生徒たちの持ち物の中に銃がないとすれば、毒の付着した弾丸を指や輪ゴムで飛ばしたか。だとすると、犯人は奥田うららの近くの席におることになる」
白旗の推理は的を射ている。授業中、誰も自分の席から離れられない状況で起きた殺人だ。必然的に、被害者の近くに座っていた生徒が疑わしくなってくる。
「奥田が血を流していた場所はどこだ?」
「……えーと、確か右手の二の腕の辺りだったと思います」
「……全てを見とったんは音楽室の一番後ろに飾ってある、ベートーヴェンの肖像画だけっちゅうわけか」
白旗は独りごちた。
「いや、モーツァルトもバッハもヘンデルもハイドンも、皆仲良く一緒に見ていたという表現の方が正確だろう」
「やかましい。そこは別に正確さいらんねん!!」
「たった今、犯人がわかった」
小林声は静かに微笑んだ。
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