上 下
50 / 63
クリスマス・イブ

第50話

しおりを挟む
 ――12月24日。
 世間はクリスマス・イブで浮かれているが、その日は美里みさとふみにとっては何でもない、ただの平日だった。

 この数ヶ月、思えばふみ香は小林こばやしこえ白旗しらはた誠士郎せいしろうに振り回されっ放しだった。今日くらい殺人事件のことは忘れて、ゆっくり将棋でもやろうと放課後に部室に向かう途中、廊下に人集ひとだかりができていた。

 また何か事件でも起きたのではないかとふみ香は身構えるが、人集りの中心にクラシックギターを抱えた長髪の男が椅子に腰掛けていた。睫毛まつげが長く、鼻筋の通った美少年である。これからギターの弾き語りでも始めるところのようだ。
 集まっている人たちは殆どが女子生徒で、まだ何も演奏していないうちからうっとりとした表情を浮かべている者も何人かいる。

「……けッ、何やあのスカした野郎は。こんなところで通行の邪魔やいうのがわからんのか」
 ふみ香の背後からそう毒づくのは白旗である。

「同感だな。やるなら校舎の外でやってほしいものだ」
 そこへ何時の間にかふみ香の隣にいた小林も同調する。

「……小林先輩、誰ですあの人?」

 ふみ香は顔が広い小林に質問する。あんな目立つ生徒なら、たとえ学年が違ってもふみ香が知らない筈はない。

「三年の安仁屋あにや主税ちからだ。最近転校してきたらしい」

「ふん、わざわざこんな殺人事件が多い学校に転校してくるんや。きっとマトモな奴やないで」
 白旗は自分のことを棚に上げてそんなことを言う。

「お集まりの皆さん、どうもありがとう。それでは聴いてください。『クリスマス・イブ』」

 渦中の人物、安仁屋がそこで白いクラシックギターをポンと叩く。

 そして演奏が始まった。
 すると間もなくして、最前列にいたぽっちゃりした女子生徒が突然バタンと倒れた。

「……え?」

「何何ッ!?」

「きゃああああッ!?」

 女子生徒はビクンビクンと痙攣して、意識を失っているようだ。

「早く!! 誰か早く、救急車を!!」
 安仁屋が被害者に駆け寄り、誰とはなしに叫ぶ。

「……それと警察もだな」
 小林がポツリと呟いた。

「……警察?」

「残念だがこれは殺人事件だ。まァ未遂になってくれることを祈るばかりだが」
しおりを挟む

処理中です...