大好きな君と離れる日まで

矢田川いつき

文字の大きさ
3 / 28
第一章 君に好きだと言えなかった日

第三話

しおりを挟む
「彩月~!」

 高校一年生を迎える入学式が始まる前の十分休み。ホームルームの時間だけでは足りず、さらに重いため息をついていると、唐突に背中をはたかれた。

「……なんだ、瀬奈せなか」

 周囲に喧騒が満ちている中振り返ると、そこには咲き誇る桜の花のような朗らかな笑顔を浮かべた悪友、今谷いまたに瀬奈が立っていた。毛先が肩につくかつかないかくらいのショートヘアーに、意志の強さを思わせる大きな瞳は、まさに彼女の溌剌とした気持ちを雄弁に物語っている。
 けれど、そんな彼女とは対照的な私の素っ気ない適当な返事に、瀬奈は不満げに頬を膨らませる。

「なんだとはなんだ。高二になって早々ギリギリに教室に入ってきた不良娘が」
「そういう瀬奈の方こそ、私が教室に入った時息切らしてなかったっけ」
「だって寝坊したんだもーん。彩月と同じく」
「勝手に仲間に入れるなー」

 まるで当然のことのように言ってくる瀬奈にツッコミを入れると、彼女は楽しそうに「いいじゃーん!」と肩を組んできた。本当に、このノリは高二に進級しても変わらないらしい。
 瀬奈とは、高校一年生の時に同じクラスになってからの仲だ。思ったことを正面切って言う竹を割ったような性格をしており、あまり自分の気持ちを伝えることが得意ではない私とは対極の存在。けれどなぜか馬は合っていて、今や休日にもよく遊ぶほど親しくなっていた。
 そういえば、高二になっても同じクラスになれたんだっけ。
 遼くんとの一件における衝撃で実感はあまりなかったが、確かにクラス名簿には瀬奈の名前があった。これでまた一年間、同じクラスで気のないお喋りができる。
 本来ならそれだけで高二の一年間が明るく、心がウキウキしてくるはずだった。けれど今、私の心の中を支配している感情はまるで違っていた。明るさとも嬉しさとも異なる、むしろ正反対の感情だ。

「それで? 本当は何があったの?」
「え?」

 内心でまた落ち込み始めたその矢先、瀬奈はこてんと首を傾げて私の顔をのぞきこんできた。これ以上ないタイミングに、私は誤魔化すこともできず呆気にとられる。

「やーっぱり、生徒玄関の近くで立ち尽くしていたあの後ろ姿は彩月だったのかー。遅刻しそうだったから声かけそびれたんだよねー」

 声の調子は変えずに彼女は言った。それはまるで、私に気遣う素振りを見せないようにしているかのようで。でも確かに、私のことを心配してくれてるのが伝わる眼差しで。

「……うん」

 私は取り繕うことを諦め、そっと俯いた。じんわりと目頭が熱くなったけれど、さすがに新学期初っ端からクラスで泣くことははばかられてグッと堪えた。

「よーしっ。それなら一緒に行こっか、ピロティへ」
「へ?」

 でも瀬奈にとってはそれすらもお見通しのようで、流れるような所作で私の手をとるとそのまま教室の外へと連れ出された。多くの生徒が新入生を迎える入学式の会場である体育館へと向かう中、私と瀬奈は流れに逆らって階段を下る。そしてそのまま生徒玄関の近くにある日陰となった広場へ歩いていく。

「ここなら誰も来ないから、ほらほら。遠慮なくこの瀬奈お姉さまに悩みを話しなさい」
「入学式、始まるけど? あと同級生じゃん」
「カンケーないカンケーない。新入生より妹分が大事に決まっているではないか」

 桜の花びらが吹き込む無人のピロティで、瀬奈は近くにあった縁石に腰を下ろした。ポンポンと隣の空いたスペースを叩き、私にも座るように促してくる。誕生日が僅か一ヵ月ほどしか変わらない悪友は、姉貴面をするばかりか私のために入学式をすっぽかすことにしたらしい。
 まったく、どっちが不良娘なんだろ。
 つい笑みがこぼれる。するとそれにつられて、つと目元から一滴の雫が頬を伝った。私は慌てて拭うも、瀬奈は何も言わずにハンカチをくれた。
 瀬奈はいつもこうだ。
 私がひとりであれこれと悩んでいると、一番に駆け付けてくれて持ち前の実直さで切り込んでくる。授業をサボることも帰る時間が遅れることも厭わずに私の話を聞こうとしてくる。そうして突っつかれると、いとも容易く私の心の膜は溶かされてしまう。
 ほんと、瀬奈には助けられっぱなしだなあ。
 これまでの相談事を思い返しつつ、私は瀬奈の隣に座ってゆっくりと口を開いた。

「あのね……実は、中学の時に転校しちゃった幼馴染が、いつの間にか同じ学校に入学してて……でも、私には教えてくれてなくて、それで……生徒玄関前で偶然朝会っちゃって、あんなに仲が良かったのに、なんでか冷たくされて……」

 私は言葉に詰まりつつも、瀬奈に今朝あったことや遼くんのことをかいつまんで話した。進級した初日からいきなり友達の愚痴や悩み、それもそこそこ重めの話を聞かされるのは、普通なら勘弁してほしいはずだ。でも瀬奈は嫌な顔ひとつせずに真剣に話を聞いてくれた。

「へえ、なるほどねー。まさかあの篠山が、彩月の幼馴染だったなんて」
「え、瀬奈、遼くんのこと知ってるの?」
「うん。委員会の集まりでたまに一緒になったから」

 しかも、瀬奈は遼くんのことを知っていた。そればかりか、私の想像以上に高校での遼くんを知っていた。
 遼くんは一年の時、九組に所属していたらしい。瀬奈と同じ環境委員で、美化活動なんかの行事で一緒になる機会が増え、友達になったそうだ。基本的に明るく優しく、気配りなんかも忘れない好男子で、別の委員会の女子たちからもモテていたらしい。
 それはまさに、私が彼と離れる直前に抱いていた印象と同じだった。これで確実に、遼くんは去年からこの学校にいたことになる。しかも瀬奈の話では四月にあった最初の顔合わせのための会議からいたとのことなので、去年の途中にこの高校に編入してきたということもない。
 つまり、やはり遼くんは私の知らない間に帰ってきていて、しかも偶然にも同じ高校を受験し受かって入学していたことになる。

「ていうかウチ、去年委員会の時に、篠山に彩月と一緒に写ってる写真見せたことあったはず」

 さらに驚いた、もといショックだったのは、私がこの高校にいることを遼くんはいち早く知っており、それをわかったうえで一年間過ごしていたことだった。
 意図的に私のことを避けていた。
 その事実は、どこまでも重く、じくじくとした痛みを私の心に植え付けた。

「なんで……遼くん……」

 ピロティの壁に背中を預け、私は膝に顔を埋める。視界が暗くなれば、自然と昔の遼くんの笑顔が思い出された。
 どこまでも無邪気で、私に好きだと言ってくれた笑顔と声。私はもうあの笑顔を向けられることはなく、あの声で名前を呼ばれることもないのだろうか。私はいつの間に、遼くんに嫌われてしまったんだろうか。

「ちょっとー、彩月。落ち込むのは早すぎるでしょ」

 そこへ、ひと通り話を聞いてくれた瀬奈がそっと私の背中に手を置いた。朝とはまるで違う優しい感触に、私はおもむろに顔を上げる。

「早すぎる、って……?」
「そのままの意味。まだ篠山にちゃんと理由訊いてないんでしょ? 篠山がどうして彩月に冷たく当たったのかとか、どうしてずっと避けていたのかとか」
「そう、だけど」
「だったら、落ち込むのはそれを訊いてみてからでもいいんじゃない? ウジウジ考えるより、まずは行動してみよう」
「でも……」

 それができれば苦労しない。私は瀬奈のように、傷つくこと覚悟で正面から問い質すような勇気も度胸もない。

「大丈夫。ウチに任せて」

 しかし瀬奈は、そんな私の胸中すらも織り込み済みとばかりに親指を立てた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...