大好きな君と離れる日まで

矢田川いつき

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第一章 君に好きだと言えなかった日

第四話

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 瀬奈から「任せて」と言われた放課後。私は、カラオケ店にいた。

「はあ……」

 まだ顔と名前が一致していないクラスメイトがひしめく部屋から脱出し、ドリンクバーのコーナーでひとり小休止をする。なんだか、新学期初日からどっと疲れが出てきた。
 瀬奈が画策した作戦、それは親睦会だった。
 入学式と始業式をブッチした後、私と瀬奈は何食わぬ顔で教室に戻った。幸いにも担任の先生は入学式の誘導の補助に駆り出されていたようで、私たちがいないことはバレなかったらしい。出席番号が近い子たちに心配され、驚かれたくらいだ。

「ごめーん! 恋バナに夢中になってたらつい!」

 もっとも、瀬奈はそれすらも会話の糸口に、心配してくれたほとんど初対面のクラスメイトに向かってそんなことを言ってのけた。当然私は大いに慌てたが、それすらも瀬奈の手のひらの上。

「実はウチ、やっと好きな人と同じクラスになれて! それでさ、協力してくれないかな?」

 瀬奈が口実として出したのは、私のことではなく自分の恋愛事情だった。
 瀬奈には、去年からずっとアプローチをかけていた男子がいた。彼の名前は日野瀬ひのせ颯斗はやと。高校一年生の時は隣のクラスで、瀬奈は体育の時間や選択科目など隣のクラスとの合同授業の時は決まって一目散に日野瀬くんのところへ駆けて行き、あれやこれやと熱心に話しかけていた。まあ、物静かでクールな日野瀬くんにはほとんど相手にされていなかった気もするけど。
 そういえばあの時……遼くんの隣にいたっけ。
 瀬奈が頬を赤らめながら恥ずかしそうに新しいクラスの女子たちに自分の恋心を語っている間、私は今朝のことを思い出していた。
 朝、生徒玄関で遼くんに冷たくされたことでそれどころじゃなかったが、あの時遼くんの隣には男子が二人いた。ひとりは誰かわからなかったが、もうひとりは確かに日野瀬くんだった。私が遼くんに戸惑いながら話しかけているのを、黙って見ていた気がする。なんとも彼らしい。

「ということでお願い! 親睦会も兼ねてさ、みんなでカラオケに行こうよ!」
「いいよ! 行こう!」
「全力で応援するね!」

 そうして。私がひとり物思いに耽っている最中に、瀬奈はクラスの女子たちとすっかり打ち解けて恋の協力者まで作り、親睦会という体で早くもアプローチの舞台を作り上げたのだ。あの清々しいまでの行動力とコミュ力には尊敬を超えて畏怖すら覚えてくる。
 本当にさすがだった。
 中学の時に物怖じし、転校という極限状況に陥ってすら結局自分の気持ちを伝えられず、遼くんの気持ちを確かめることもできなかった私とは雲泥の差だ。

「ほら、彩月。ウチも頑張るから、彩月もしっかり篠山と話すんだよ」

 本当は私から話しかけに行かないとなのに、瀬奈は遼くんのこともしっかりと誘ってくれた。そして、入店する間際にそっと背中を押してくれたのだ。

 ――わたしも、リョウくんのこと大好きだよ。

 幼い頃の無邪気な素直さは、今の私にはない。あの頃のように、飾らず自分の気持ちを伝えられたらと思いはするのに、なかなか瀬奈みたく真っ直ぐに行動することができない。
 でも、今回ばかりはそうも言ってられない。
 遼くんが私に冷たく当たってくる理由を、どうしても知りたいのだ。そのためには、なんともしてももう一度遼くんと話して、しっかり向き合わなくてはならない。
 そうは、思うのに……。

「はああ……」

 もう一度、私は深くため息を吐いた。
 カラオケ店に入って早一時間。瀬奈がさらに気をきかせて席まで近くにしてくれたのに、私は遼くんにまだ一言も話しかけられていなかった。どうでもいい世間話はもとい、「何か歌う?」といったカラオケでの定番フレーズすら言えていない有り様ときた。
 話しかけようという意思はある。現に彼の方へと顔を向けて口を開くという行動まではできた。けれどその先を続けようとすると、どうしても今朝の彼の顔が思い浮かんできた。自然と手は震え、口からは音にならない息ばかりが漏れ、結果として私は俯いてジュースを口に運ぶばかり。そんなことを繰り返していれば自然、ドリンクバーコーナーに来るのはこれで四度目となる。

「ほんとに、どうしよ……」

 注ぎ口にコップを置き、ボタンに手を伸ばす。オレンジジュース、ジンジャーエールと飲んでいたら口の中が甘ったるくなってきたので先ほどはウーロン茶にした。今回もそれにしよう。
 簡単なことならすぐに決められる。行動できる。
 そしてそれは、あの頃も同じだった。
 幼い頃。まだ無邪気に遼くんのことが好きだなあなんてことしか考えてなくて、遼くんとお喋りする時間がただ楽しくて、遼くんと遊ぶことが当たり前の日常だったあの頃は、遼くんに話しかけることなんて飲みたい飲み物を決めるくらいに簡単なことだった。
 しかし今は、どうでもいい世間話すらできないときた。このままだと、私は高校二年生の一年間、ずっと鬱屈とした気持ちを抱えて過ごすことになる。いったい、どうすれば……。

「ねえ」

 そこへ、低い声が後ろから聞こえた。
 もしかして、遼くん!?
 淡い期待を心に反射的に振り返るも、後ろに立っていたのは遼くんではなかった。

「日野瀬、くん……」

 今朝、遼くんの隣で無表情に成り行きを見守っていた、瀬奈の想い人。相変わらず今もほとんど無表情で、いったい何を考えているのかわからない。瀬奈には悪いけど、私はどちらかといえば苦手なタイプだ。

「名前、知ってるんだ。なら早いね。君は確か、菅浦さん、だったっけ?」
「う、うん」
「菅浦さん、遼に何か訊きたいことがあるんじゃないの?」

 私は思わず息を呑んだ。
 話しかけようとしてはできない私の行動を見られていたんだろうか。もしそうなら恥ずかしすぎる。
 戸惑いのあまり答えられないでいると、日野瀬くんはつと私の横を通り過ぎ、手に持っていた空のコップを別の注ぎ口に置いた。彼がボタンを押すと、勢いよくアイスティーが流れ落ちてくる。

「察するに、今朝のこと?」
「……っ」
「やっぱりそうか。そんなに気になるなら、うじうじしてないで早く訊けばいいのに」

 私の反応を見るや、彼は遠慮のかけらもなくそう言い放ってきた。心の中で、ちらりと苛立ちが湧く。

「それができれば……苦労しないよ。見たでしょ? 朝、遼くんが私にとった態度」
「ああ、見たね」
「じゃあわかるじゃん。あんな素っ気ない、冷たい態度とられたら、話しかけるのだって怖くなるよ」

 私は瀬奈のように正面から尋ねる勇気もなければ、日野瀬くんのようにほとんど話しかけたことのない女子に切り込む度胸もない。傷つくことが怖くて、現状がより悪い方へ転がることが恐ろしくて、どうしても声が喉奥で止まってしまうのだ。
 また、遼くんの表情が浮かぶ。
 他人行儀で、不審げで、とげとげしい針のような近づき辛い雰囲気。もう一度あの視線を、声を、態度を向けられたら、きっと私は泣いてしまう。

「ふーん。じゃあ俺が遼を呼んでこようか?」
「え」

 私が今朝のことを思い出して俯いていると、日野瀬くんはいきなりそんなことを提案してきた。私は驚いて顔を上げる。

「俺、ウジウジしてるの見るのあんまり好きじゃないし。なんか菅浦さんが訊きたいことあるらしいって言ってさ、強引に引っ張ってこようか? そういう状況になったら、さすがに訊かざるを得なくなるでしょ?」

 彼の表情は変わらずに読めない。意地悪をして言ってるのか、はたまた親切心から言っているのか、読み取ることができない。

「それ、は……」

 けれど。どちらの思惑で言ってくれているにしろ、日野瀬くんの提案は願ってもいない内容でもあった。確かに、今の私はそういう状況にでもならないと遼くんに真意を訊くことができないかもしれない。
 迷う。
 数秒の沈黙が私たちの間に下りる。
 その間、日野瀬くんは黙ったまま私を見ていた。

「……じゃあ、申し訳ないけど」

 お願いします。
 そう口にしかけた時、誰かが私の真横を通り過ぎた。

「――作戦会議なら、本人のいないところでやってくれないか」

 続いて耳を衝いた声は、私が一番待ちわびていて、けれど一番聞きたくない、聞くのが怖い声だった。
 その人は、温かい飲み物の注ぎ口にカップを置いて振り返る。

「で、俺に訊きたいことってなに?」

 心底訝し気に彼、遼くんは私のほうを見据えてきた。
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