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第一章 君に好きだと言えなかった日
第五話
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「遼、くん……」
思いがけない形での対面に、私は呆気にとられていた。
私が望んだことではあった。そればかりか、まさに今し方遼くんの友達である日野瀬くんに仲介をお願いしようとしていたところだった。
その矢先。まさに私が心の準備をしようとしていたところで、彼は目の前に現れた。
「遼くん……」
「なに?」
ほとんどつぶやきに近い形で彼の名前を呼ぶと、遼くんは実に素っ気なく私を見やってきた。首を傾げて、嫌悪感すらありそうな鋭い視線。
どうして、そんな顔をするの?
またひとつ、疑問が心の奥底から込み上げてくる。
でも、それが私の口から出ることはない。準備不足な私の心はざわめき、慌てふためくばかりで肝心な時ほど頼りにならない。中学の引っ越し直前ですらそうだったのだ。本当に伝えたかったこと、訊きたかったことは言えずに、不満や寂しさ、悲しさといった彼を困らせるようなことばかりが口をついて出て、喧嘩みたいになっていた。
そして今では、そうした不満すらも言えないときた。まったく、どこまでも意気地なしで、情けない。
「特に訊きたいことがないなら、俺は戻るけど?」
「おい、遼」
冷たく吐き捨て、ホットコーヒーを淹れて戻ろうとする遼くんに、日野瀬くんが反応する。
「お前はいつもせっかち過ぎるんだよ。少しくらい待ってやれよ」
日野瀬くんはそう言うと、自分のコップを持って部屋に戻っていった。去り際に、「ちゃんと訊けよ」と言葉を残して。仲介を申し出てくれた時といい、意外にも彼にはお人好しというかお節介焼きな一面があるのかもしれないと思った。
もっとも、今の私には日野瀬くんにお礼を言う余裕もない。無言で私を見ている、遼くんの視線に耐えるので精いっぱいだ。
ひとつ息を吸って、吐く。
――おれ、サツキのこと好きだ。
幼い頃に遼くんがくれた告白が蘇ってくる。
やっぱり、私はこのまま遼くんとすれ違った状態で高校二年生を過ごしたくない。もし何か誤解しているようなことがあればそれを解いて、もし彼に嫌われるようなことをしていたのなら謝って、昔みたいにまた仲良くしていきたい。
もう一度深呼吸をする。そして私は、意を決して口を開く。
「遼くん。改めてになるけど、久しぶり。私のことは、覚えているんだよね?」
「ああ」
遼くんは低い声で答えてきた。告白してくれた昔の面影とは程遠い、敵意すら感じられるような声。
怖い。でも、耐える。震える手をグッと握り締めて、堪える。
「良かった。じゃあ、私のことを忘れていたわけじゃないんだ」
「……ああ」
「じゃあどうして、そんなに私に冷たくしてくるの?」
「べつに。冷たくしてるわけじゃない」
「うそ」
遼くんの返答に、私は首を振る。そんなはずはない。昔はもっと優しくて、楽しそうに私と遊んでくれたから。
それに今、遼くんは視線をフイッと右下に逸らした。その反応は、嘘を吐いている時の反応だ。
私は一歩、彼に近づく。
「今だって冷たいじゃん。素っ気ないじゃん。私はまた会えて、嬉しかったのに」
「マジで冷たくしてるわけじゃないって。これくらい普通だろ。幼馴染って言っても昔のことだ。今も仲良いわけじゃない」
「でも、私は昔みたいに仲良くしたい」
「俺はしたくないんだよ。男子は男子、女子は女子同士で楽しくやっていればいいだろ」
押し問答が続く。
遼くんは本当に、どこまでも淡々と答えてきた。
なんで、そんなこと言うの?
すっかり背の伸びた彼を見上げて、睨みつける。胸の辺りがじくじくと痛む。遼くんが引っ越す時に感じた痛みとはまた違う性質の痛み。あの時よりもよっぽど辛くて、しんどい。
「もういいか? とにかく、俺はお前と距離を置きたいんだよ。だから、必要以上に絡んでこないでくれ」
遼くんはどこまでも底冷えする声で言い放つと、湯気の立っていないコーヒーの入ったカップを手に踵を返した。
やだ、やだよ遼くん……。
「そんなこと、言わないでよ……」
視界が滲む。堪えようとしても、涙が溢れてくる。
――おれ、サツキのこと好きだ。
また声が蘇る。
私は堪らずに、彼の手を掴んだ。
「遼くん! そんなこと……言わないでよっ! 私は、私はずっと、今も、遼くんのことが――」
「俺は嫌いだ、彩月。いや……菅浦」
それでも……遼くんは私の言葉を最後まで聞いてくれることなく、手を振り払った。
「じゃあな」
ひらひらと手を振る遼くんの背中が遠ざかっていく。
私はそれ以上何も言えずに、呆然と立ち尽くしていた。
思いがけない形での対面に、私は呆気にとられていた。
私が望んだことではあった。そればかりか、まさに今し方遼くんの友達である日野瀬くんに仲介をお願いしようとしていたところだった。
その矢先。まさに私が心の準備をしようとしていたところで、彼は目の前に現れた。
「遼くん……」
「なに?」
ほとんどつぶやきに近い形で彼の名前を呼ぶと、遼くんは実に素っ気なく私を見やってきた。首を傾げて、嫌悪感すらありそうな鋭い視線。
どうして、そんな顔をするの?
またひとつ、疑問が心の奥底から込み上げてくる。
でも、それが私の口から出ることはない。準備不足な私の心はざわめき、慌てふためくばかりで肝心な時ほど頼りにならない。中学の引っ越し直前ですらそうだったのだ。本当に伝えたかったこと、訊きたかったことは言えずに、不満や寂しさ、悲しさといった彼を困らせるようなことばかりが口をついて出て、喧嘩みたいになっていた。
そして今では、そうした不満すらも言えないときた。まったく、どこまでも意気地なしで、情けない。
「特に訊きたいことがないなら、俺は戻るけど?」
「おい、遼」
冷たく吐き捨て、ホットコーヒーを淹れて戻ろうとする遼くんに、日野瀬くんが反応する。
「お前はいつもせっかち過ぎるんだよ。少しくらい待ってやれよ」
日野瀬くんはそう言うと、自分のコップを持って部屋に戻っていった。去り際に、「ちゃんと訊けよ」と言葉を残して。仲介を申し出てくれた時といい、意外にも彼にはお人好しというかお節介焼きな一面があるのかもしれないと思った。
もっとも、今の私には日野瀬くんにお礼を言う余裕もない。無言で私を見ている、遼くんの視線に耐えるので精いっぱいだ。
ひとつ息を吸って、吐く。
――おれ、サツキのこと好きだ。
幼い頃に遼くんがくれた告白が蘇ってくる。
やっぱり、私はこのまま遼くんとすれ違った状態で高校二年生を過ごしたくない。もし何か誤解しているようなことがあればそれを解いて、もし彼に嫌われるようなことをしていたのなら謝って、昔みたいにまた仲良くしていきたい。
もう一度深呼吸をする。そして私は、意を決して口を開く。
「遼くん。改めてになるけど、久しぶり。私のことは、覚えているんだよね?」
「ああ」
遼くんは低い声で答えてきた。告白してくれた昔の面影とは程遠い、敵意すら感じられるような声。
怖い。でも、耐える。震える手をグッと握り締めて、堪える。
「良かった。じゃあ、私のことを忘れていたわけじゃないんだ」
「……ああ」
「じゃあどうして、そんなに私に冷たくしてくるの?」
「べつに。冷たくしてるわけじゃない」
「うそ」
遼くんの返答に、私は首を振る。そんなはずはない。昔はもっと優しくて、楽しそうに私と遊んでくれたから。
それに今、遼くんは視線をフイッと右下に逸らした。その反応は、嘘を吐いている時の反応だ。
私は一歩、彼に近づく。
「今だって冷たいじゃん。素っ気ないじゃん。私はまた会えて、嬉しかったのに」
「マジで冷たくしてるわけじゃないって。これくらい普通だろ。幼馴染って言っても昔のことだ。今も仲良いわけじゃない」
「でも、私は昔みたいに仲良くしたい」
「俺はしたくないんだよ。男子は男子、女子は女子同士で楽しくやっていればいいだろ」
押し問答が続く。
遼くんは本当に、どこまでも淡々と答えてきた。
なんで、そんなこと言うの?
すっかり背の伸びた彼を見上げて、睨みつける。胸の辺りがじくじくと痛む。遼くんが引っ越す時に感じた痛みとはまた違う性質の痛み。あの時よりもよっぽど辛くて、しんどい。
「もういいか? とにかく、俺はお前と距離を置きたいんだよ。だから、必要以上に絡んでこないでくれ」
遼くんはどこまでも底冷えする声で言い放つと、湯気の立っていないコーヒーの入ったカップを手に踵を返した。
やだ、やだよ遼くん……。
「そんなこと、言わないでよ……」
視界が滲む。堪えようとしても、涙が溢れてくる。
――おれ、サツキのこと好きだ。
また声が蘇る。
私は堪らずに、彼の手を掴んだ。
「遼くん! そんなこと……言わないでよっ! 私は、私はずっと、今も、遼くんのことが――」
「俺は嫌いだ、彩月。いや……菅浦」
それでも……遼くんは私の言葉を最後まで聞いてくれることなく、手を振り払った。
「じゃあな」
ひらひらと手を振る遼くんの背中が遠ざかっていく。
私はそれ以上何も言えずに、呆然と立ち尽くしていた。
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