大好きな君と離れる日まで

矢田川いつき

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第二章 きみに好きだと言えなくなった日

第六話

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 新しいクラスメイトたちと別れた後、俺はいつもの帰り道を歩いていた。
 桜が花を咲かせる春とはいえ、まだ四月。さすがに日が暮れた夕方以降は気温が落ち、若干肌寒い。

「ふう……」

 けれど、今の俺にとってはこのくらいがちょうど良かった。どこかぼんやりとした頭を冷やし、早くいつもの自分に戻らないといけない。一年で随分と慣れてはきたが、やはりまだ実際に相対するとどうしても心は乱れる。
 足取りが重い。心も重い。まったく、最悪の気分だ。

「さすがにあれは酷すぎるんじゃないか、遼」

 俺がどうにかこうにか前へと足を進めていると、引き留めるように後ろから声が聞こえた。
 振り返るまでもない。本当にこいつは……颯斗は、デフォルトで無表情な顔をしているのに似合わず、どこまでもお節介なやつだ。

「いいんだよ、べつに」

 吐き捨てるように言ったところで、颯斗は俺を追い越す。それから、相変わらずの何を考えているのかわからない視線を俺に向けてきた。
 いや、違った。
 珍しく、その視線には僅かばかりではあるが、怒りがにじみ出ていた。

「本当にそう思ってるのか? だとしたら、俺は心底お前を軽蔑するけど」
「……するならしろよ。俺はあいつとはもう深く関わらないって決めてるんだから」
「病気だから、か?」

 唐突に痛いところを突かれて、息を呑む。胸が苦しくなる。
 それから時を経ずして、俺の脳裏に懐かしい思い出が蘇る。

 ――これからよろしくね、リョウくん! ずっと仲良くしようね!

 どこまでも真っ直ぐで、明るい声。彼女と初めて会った日の笑顔を、今でも鮮明に思い浮かべることができる。俺の中ではこれ以上なく大切で、かけがえのない思い出だ。
 今にして思えば、俺はあの頃から彩月に惹かれていた。
 当時の俺はまだ幼く、恋愛だ何だということは全くわかっていなかった。ただ純粋に、彩月と一緒にいる時間が楽しくて、もっと一緒にいたいと思っていた。

 ――うん、よろしく、サツキ。

 忘れもしない。
 あれは、小学校低学年の春だった。少し早い桜が強風であおられ吹雪を散らしていた。
 俺たちはお互いに片親を亡くし、意気消沈しているところで出会った。未だ心の傷が深かった俺は、立ち直りかけている彩月の姿にかなり勇気づけられた。
 桃色の花びらが舞う川沿いの並木道で無邪気に笑う彩月は、とても可愛かった。彼女を見ていると、心がとても温かくなった。
 そこから俺たちは月日の経過とともにどんどん仲良くなって、それに伴い俺の中に芽生えた恋心も自然と大きくなっていった。
 いつか、ちゃんと気持ちを伝えたい。
 幼い頃とは違う、自分の中にある好意を恋として自覚したうえで、彩月に素直な想いを伝えたい。
 そんなふうに、思っていた。
 彩月は俺にとって幼馴染以上の、大切な存在だった。
 ……だからこそ俺は、もう彼女とは……彩月とは、関わらないと決めている。

「べつに直接的な言葉で気持ちを伝えられなくても、一緒にいることはできると思うけど」
「そんな、俺個人の理由であいつを縛るようなことはしたくない」
「それは、涙を流すほどにあの子の心を傷つけても、か?」
「……っ」

 押し黙る。答えられない。思わず、唇を噛み締める。

「……ズルい訊き方をするんだな」
「遼があんな言い方するからだろ。そんくらいの痛み、我慢しろよ」

 強く肩をどつかれる。骨がじんじんと痛んだ。
 でも確かに、颯斗の言う通りだ。きっと彩月は、もっと強く悲しい痛みを抱えているはずだ。

「……なあ。もし……ずっと好意を抱いていた幼馴染から拒絶されたら、嫌いだと言われたら、どう思う?」
「超傷つくだろうな。トラウマになるレベルで」
「だよな」

 そんなこと尋ねるまでもない。少し想像すればわかることだし、俺だって彩月から拒絶されればかなり落ち込む。
 けれど、それでいい。
 そこまでされれば、きっと諦めもついてくれるだろうから。

「遼さ、あの子と家近いんだろ? 今からでも遅くない。謝ってこいよ」
「はあ? なんでだよ」
「なんでも何も、相手を傷つけたら謝るのが当然だろ。病気とか関係ない。むしろ、俺に説明してくれたみたいに彼女にも説明してこいよ。それから二人でどうするか考えればいいだろう」

 どこまでも正論な言い分だった。
 と同時に、何を勝手なこと言ってんだよ、とも思った。
 沸々と、腹の辺りが熱くなる。

「……そんなこと、できない。そんなことしたら、きっと優しい彩月は俺のそばにいてくれる。彩月の気持ちに甘えて、俺だって彩月のそばにいたくなる。でもそれじゃ、ダメなんだよ」
「なんで」
「そんなの、颯斗だってわかってるだろ。俺のこの病気は……解離性健忘症は、いつ治るかわからないんだぞ?」

 怒りを抑えて、悔しさを堪えて、筋違いだと思いつつも俺は颯斗を睨んだ。

「それに万が一……彩月がそういう気持ちを口にしてしまったら、俺は彩月のことを忘れるんだぞ?」

 ――これからよろしくね、リョウくん! ずっと仲良くしようね!

 かけがえのない思い出がまた、脳裏に浮かんだ。

「そんなこと、したくない。彩月のことを忘れたくない。彩月が悲しむ顔なんて見たくない。それなら今嫌われて、疎遠になった方が何百倍もマシだ。だから……本当のことなんて、言えるはずないだろうが」

 いつの間にか顔を出していた月が、俺たち二人の影を一際に濃く、地面に映し出していた。
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