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第五章 キミに好きだと言った日のこと
第二十一話
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動物園に行った日から三日後。
いつも通り学校の授業を終えた俺と彩月は、授業の時間数が少なく比較的時間の取れた今日の放課後を使い、中学校近くにある公園で告白に関係ありそうなところを回ることにした。
「彩月、もう大丈夫なのか?」
「うん。もう平気だよ」
道中、俺はなるべく彩月のことを気遣うようにしていた。
動物園に行った日、彩月は激しく取り乱していた。自分の父親が離婚したのではなく亡くなったことや、俺と出会った日の記憶がないことに動揺していたようだった。
幼い日の記憶だ。勘違いや記憶の混濁、それこそ忘れてしまっているのも全然不思議なことではない。しかし彩月は俺の記憶障害のこともあってか、かなり気にしていた。ゆえに心配していたのだが、時間が経って落ち着いたのか、今ではすっかりいつも通りの彩月に戻っていた。もっとも……
「ほんとに? 無理してない?」
彩月は昔から弱みを隠して強がる癖がある。ほんとに彩月は落ち着いているんだろうか。
「もうー、相変わらず遼くんは過保護だなあ。大丈夫だよ、ごめんね心配させちゃって」
なんてことを思っていると、彩月に呆れた視線を向けられた。なんだか恥ずかしくなってくる。そうか、彩月は強がりだけど、俺は過保護だったのか。
「ささ、とりあえずまた頑張って心の辺りのあるとこ回ってこうよ。今日は私たちが通ってた中学校の近くにある公園をいくつか見て回ろっか」
「ははっ、そうだな」
「ええ、なんでそこで笑うの」
グッと握りこぶしを胸の前で作り、意気込む彩月を見ているとつい笑いが込み上げてくる。彩月はそれがご不満らしく、ムッとした表情で頬を膨らませた。
やっぱり、彩月はこっちの顔をしていた方がいいな。
再度こぼれそうになる笑いを我慢しつつ、彩月に「何をそんなにニヤニヤしてるの」とジト目で見られつつ。俺たちはバスを乗り継ぎ、通っていた中学校近くまでやってきた。
最初に向かったのは、陸上競技場のある緑地公園。彩月曰く、中一になったばかりの春先に、俺が小学生の時に所属していたクラブチームの後輩の女子から告白されていたらしい。
「私、走ってる遼くんを見ようと思ってきたんだけど、まさか告白されてる遼くんを見て私が走って帰ることになるなんて思いもしなかったな」
「そ、そんなことが」
「遼くんって中学上がってからほんとモテたもんねー」
「し、身長が一気に伸びたからかな。あとはその頃から美容院に行くようになったからかも……って、痛い痛い。脇腹、どつくのやめて」
彩月に嬉しい嫉妬を向けられながら、緑地公園のあちこちを見て回った。しかし、いくらその時のことを聞いてもやはり記憶にはなかった。陸上の大会に出ていた記憶はある。彩月が見に来ると聞いて、いつも以上に気合が入っていた。けれど、彩月の言うクラブチームの後輩の女子のことは全くといっていいほど記憶がない。
やっぱり、この時には既に……。
俺が解離性健忘症を患った具体的な時期はわからない。しかしちょうど中一の頃に、女子の何人かの記憶がすっぽり抜け落ちていて苦労したのは覚えている。幸いにもと言うべきか、その女子たちはみんな俺のことを敬遠していたから大きなトラブルにはならなかった。きっと、俺は彩月のことが好きで告白されたとしても全て断っていたはずだから、それが敬遠されていた理由だろう。記憶にはないが。
「それと、この近くにももうひとつあるよ。桜の木はないけど、ここでも遼くんは告白されてましたねえー」
「そ、そうですか……」
次に向かったのは、緑地公園からほど近いところにある小さな公園。
その公園自体は俺もよく知っていた。というのも、その公園には雨避けになる東屋があり、公園前のバス停での待ち時間に雨が降っていた時はよく雨宿りをしていたからだ。
そしてどうやら、中一の夏休みに入ったばかりの頃に俺はここでも好意を伝えられていたらしい。詳しく聞くと、ここでの一件は当時べつの友達から聞いたものと同じだったので、より信憑性が高まったことになる。
俺は、いったいどれだけの記憶を忘れているんだろう。
どうしても、怖くなる。
忘れていることの中には、決して忘れちゃいけないこともあったんじゃないか。
実は、俺はもっとたくさんの人のことを忘れているんじゃないか。
好意を伝えられること以外にも、記憶障害が発症するトリガーがあるんじゃないか。
今こうしている間にも、俺の知らないうちに記憶が、思い出が抜け落ちていってるんじゃないか。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……。
慣れることのない、きりのない不安が押し寄せてくる。
「……大丈夫?」
「え?」
気がつくと、彩月が俺の顔を心配そうにのぞきこんでいた。俺は慌てて笑顔を作る。
「わり、大丈夫」
「強がらなくて、いいよ」
彩月はスッと隣に並ぶと、やや遠慮がちに俺の手を取ってきた。
「私ね、この前の動物園でのことで、ちょっと遼くんの気持ちがわかった。自分が当然だと思っていた記憶が、実は違ってて。大切な思い出が、記憶が、すっぽりと抜け落ちている。ほんとに、とても怖かった。だから、強がらなくて大丈夫」
握られた手が、じんわりと熱を帯びてくる。その温かさは手を伝い、心にまで届いてくる。
「……ありがとな、彩月」
なんだか、目頭が熱かった。そんな顔を見られたくなくて、俺は顔を背ける。
そうだ。俺は、ひとりじゃない。ひとりで、頑張る必要なんてない。
俺には、彩月がいるんだから。
「ねえ、遼くん。一度、遼くんの家に行って休まない? ここからバスですぐでしょ」
「ああ、そうだな。そうするか」
彩月の提案に、俺は頷いた。
いつも通り学校の授業を終えた俺と彩月は、授業の時間数が少なく比較的時間の取れた今日の放課後を使い、中学校近くにある公園で告白に関係ありそうなところを回ることにした。
「彩月、もう大丈夫なのか?」
「うん。もう平気だよ」
道中、俺はなるべく彩月のことを気遣うようにしていた。
動物園に行った日、彩月は激しく取り乱していた。自分の父親が離婚したのではなく亡くなったことや、俺と出会った日の記憶がないことに動揺していたようだった。
幼い日の記憶だ。勘違いや記憶の混濁、それこそ忘れてしまっているのも全然不思議なことではない。しかし彩月は俺の記憶障害のこともあってか、かなり気にしていた。ゆえに心配していたのだが、時間が経って落ち着いたのか、今ではすっかりいつも通りの彩月に戻っていた。もっとも……
「ほんとに? 無理してない?」
彩月は昔から弱みを隠して強がる癖がある。ほんとに彩月は落ち着いているんだろうか。
「もうー、相変わらず遼くんは過保護だなあ。大丈夫だよ、ごめんね心配させちゃって」
なんてことを思っていると、彩月に呆れた視線を向けられた。なんだか恥ずかしくなってくる。そうか、彩月は強がりだけど、俺は過保護だったのか。
「ささ、とりあえずまた頑張って心の辺りのあるとこ回ってこうよ。今日は私たちが通ってた中学校の近くにある公園をいくつか見て回ろっか」
「ははっ、そうだな」
「ええ、なんでそこで笑うの」
グッと握りこぶしを胸の前で作り、意気込む彩月を見ているとつい笑いが込み上げてくる。彩月はそれがご不満らしく、ムッとした表情で頬を膨らませた。
やっぱり、彩月はこっちの顔をしていた方がいいな。
再度こぼれそうになる笑いを我慢しつつ、彩月に「何をそんなにニヤニヤしてるの」とジト目で見られつつ。俺たちはバスを乗り継ぎ、通っていた中学校近くまでやってきた。
最初に向かったのは、陸上競技場のある緑地公園。彩月曰く、中一になったばかりの春先に、俺が小学生の時に所属していたクラブチームの後輩の女子から告白されていたらしい。
「私、走ってる遼くんを見ようと思ってきたんだけど、まさか告白されてる遼くんを見て私が走って帰ることになるなんて思いもしなかったな」
「そ、そんなことが」
「遼くんって中学上がってからほんとモテたもんねー」
「し、身長が一気に伸びたからかな。あとはその頃から美容院に行くようになったからかも……って、痛い痛い。脇腹、どつくのやめて」
彩月に嬉しい嫉妬を向けられながら、緑地公園のあちこちを見て回った。しかし、いくらその時のことを聞いてもやはり記憶にはなかった。陸上の大会に出ていた記憶はある。彩月が見に来ると聞いて、いつも以上に気合が入っていた。けれど、彩月の言うクラブチームの後輩の女子のことは全くといっていいほど記憶がない。
やっぱり、この時には既に……。
俺が解離性健忘症を患った具体的な時期はわからない。しかしちょうど中一の頃に、女子の何人かの記憶がすっぽり抜け落ちていて苦労したのは覚えている。幸いにもと言うべきか、その女子たちはみんな俺のことを敬遠していたから大きなトラブルにはならなかった。きっと、俺は彩月のことが好きで告白されたとしても全て断っていたはずだから、それが敬遠されていた理由だろう。記憶にはないが。
「それと、この近くにももうひとつあるよ。桜の木はないけど、ここでも遼くんは告白されてましたねえー」
「そ、そうですか……」
次に向かったのは、緑地公園からほど近いところにある小さな公園。
その公園自体は俺もよく知っていた。というのも、その公園には雨避けになる東屋があり、公園前のバス停での待ち時間に雨が降っていた時はよく雨宿りをしていたからだ。
そしてどうやら、中一の夏休みに入ったばかりの頃に俺はここでも好意を伝えられていたらしい。詳しく聞くと、ここでの一件は当時べつの友達から聞いたものと同じだったので、より信憑性が高まったことになる。
俺は、いったいどれだけの記憶を忘れているんだろう。
どうしても、怖くなる。
忘れていることの中には、決して忘れちゃいけないこともあったんじゃないか。
実は、俺はもっとたくさんの人のことを忘れているんじゃないか。
好意を伝えられること以外にも、記憶障害が発症するトリガーがあるんじゃないか。
今こうしている間にも、俺の知らないうちに記憶が、思い出が抜け落ちていってるんじゃないか。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら……。
慣れることのない、きりのない不安が押し寄せてくる。
「……大丈夫?」
「え?」
気がつくと、彩月が俺の顔を心配そうにのぞきこんでいた。俺は慌てて笑顔を作る。
「わり、大丈夫」
「強がらなくて、いいよ」
彩月はスッと隣に並ぶと、やや遠慮がちに俺の手を取ってきた。
「私ね、この前の動物園でのことで、ちょっと遼くんの気持ちがわかった。自分が当然だと思っていた記憶が、実は違ってて。大切な思い出が、記憶が、すっぽりと抜け落ちている。ほんとに、とても怖かった。だから、強がらなくて大丈夫」
握られた手が、じんわりと熱を帯びてくる。その温かさは手を伝い、心にまで届いてくる。
「……ありがとな、彩月」
なんだか、目頭が熱かった。そんな顔を見られたくなくて、俺は顔を背ける。
そうだ。俺は、ひとりじゃない。ひとりで、頑張る必要なんてない。
俺には、彩月がいるんだから。
「ねえ、遼くん。一度、遼くんの家に行って休まない? ここからバスですぐでしょ」
「ああ、そうだな。そうするか」
彩月の提案に、俺は頷いた。
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