大好きな君と離れる日まで

矢田川いつき

文字の大きさ
27 / 28
第五章 キミに好きだと言った日のこと

第二十七話

しおりを挟む
「――待て、よ」

 最後の会話。その、はずだった。
 遼くんの手を振りほどき、椅子から立ち上がって、ナースコールを押して、わき目も振らずに病室を飛び出す。
 そんな予定だった一連の行動は、その手を振りほどいたところで止められた。

「な、に……勝手に、終わらせ、てんだよ」

 痛みにうずくまりながらも、彼が再び伸ばした指先は、立ち上がった私の小指を辛うじて掴んでいた。

「約束、しただろ……治るまで、言わないって……」

 震える声が聞こえる。悲痛に満ちた声に、私の心が締め付けられる。
 嫌だ……聞きたくない。
 心が訴えかけてくる。
 今度こそその指も振り払って、お別れしないと……

「指切り、しただろ…………大人になったら、彩月を……お嫁さんにするって……」

 けれど、続けて彼がこぼした言葉に、私は全身を射抜かれた。

「え……」

 うそだ。
 心が震える。驚愕のあまり、声が出ない。
 だってそれは、その約束は……

「全部、思い、出した……。俺、言ったよな。彩月に、好きだって。そしたら、言ってくれたよな……彩月も、大好きだって」
「ぁ……」

 ――おれ、サツキのこと好きだ。
 ――わたしも、リョウくんのこと大好きだよ。

「それなのに、なに勝手に、ひとりで責任被って、終わらせようと、してんだよ……彩月」

 ――じゃあ、大人になったらお嫁さんにしてあげる。
 ――ほんとっ? えへへっ、うれしい!

「何が、忘れちゃえばいい、だよ……。そんなことして、逆に悪化したら、どうすんだよ。つーか、忘れることが、どんだけ悲しいか、知ってて言ってんのかよ」

 ――おーい、サツキ。そんなにはしゃいだらあぶないぞー
 ――えーだって、好きっていってくれてうれしいんだもん!

「ほんとに、意味わかんねー……。彩月がやろうとしてること、マジで、意味わかんねーよ……。身近にいる、大切な人がいなくなるのがどんだけ辛いか、彩月が一番よくわかってるくせによ……!」

 ――サツキっ! だいじょうぶか、サツキ……!
 ――い、いた……痛いよ、リョウくん……

「ずっと、いつかちゃんと、口にして言いたかった気持ちを、適当にしてんじゃ、ねーよ……!」

 ――サ……サツキ……、たのむ、死なないで……
 ――リョウ、くん……?

「俺はずっと、彩月と、一緒にいたいんだよ。だから、だから……!」

 ――おねがいだから……いなくならないで……!

 走馬灯のように、あの日の記憶が脳裏を駆け巡った。
 息も絶え絶えになりながら、絞り出すように叫ぶ遼くんの顔が、事故直後の遼くんと重なる。

「ぁ……ぁぁぁっ……!」

 悲しそうに、苦しそうに、表情を歪めている遼くんを見て、気づく。
 私はまた、過ちを繰り返そうとしていたんだ。
 現実に向き合うとか、前に進むためだとか、聞こえのいい言い訳を振りかざして。
 遼くんの気持ちに寄り添わずに、私の気持ちばかりを優先して……。
 遼くんの病気の原因が私にある罪悪感を少しでも和らげたいとか、遼くんの病気が早く良くなってほしいとか、私は遼くんのそばにいちゃいけないとか、そんなことばっかり考えて……。
 遼くんが心の奥底に抱えていた本当の気持ちを、見ようとしていなかった。
 私はまた、逃げようとしていた。
 ただ気づかなかったあの時より、たちが悪い。
 私、最悪だ……。
 瞳から、堪えていた涙が零れる。
 一度流れ出すとそれはもう止められず、後から後から溢れ出してきた。
 力が抜けて、私はリノリウムの床にへたり込んだ。
 遼くんに掴まれた左手の小指だけが、ベッドの縁にかかる。

「……俺さ、ようやくわかった。彩月が、俺から離れていこうとした時に、ようやく気がついた」

 少し落ち着いたらしい遼くんは息を整えて、ベッドから降りてくる。そしてそのまま、私の隣にしゃがみ込んだ。

「俺は、彩月のことが大切だ。そしてそれは……失うかもしれないから……ううん、いつか必ず失うから、大切なんだ。
 いつかきっと、どんな形かわからないけれど、俺たちは離れる時が来る。できればそれが、寿命を全うする時であってほしい。
 けれどそれは、ある日突然やってくるかもしれない。
 明日かもしれない。明後日かもしれない。
 そう思うと、本当に怖い。彩月が日常から突然いなくなるなんて、考えたくもない。
 でもだからこそ、蔑ろにしちゃいけないんだ。
 失いたくないからいっそ自分から手放すとか、失いたくないから忘れるとか、そんなことしちゃいけないんだ。
 俺は、逃げたくない。
 俺は、これからも彩月のことを大切にしていきたい。
 一緒に登下校して、公園とかでくだらない話をしたい。
 一緒に買い物に行って、買い食いとかもしたい。
 一緒に勉強して、わからないところを教え合いたい。
 一緒に、また海に行きたい。遊園地とかも行ってみたい。いつか旅行とかもしてみたい。いろんなところに行ってみたい。そこで楽しいねって笑い合いたい。
 彩月と一緒に、高校生活を送っていきたい。中学の時に過ごせなかった分まで、いろんなイベントを一緒に楽しみたい。
 彩月と一緒に体育祭や文化祭を楽しみたい。『夏休みだ、イエーイ!』ってはしゃぎ回りたい。ハロウィンとかクリスマスとかも一緒に過ごしたい。喧嘩をすることはあっても仲直りして、一緒に高校を卒業したい。
 まだまだ、たくさんあるんだ。彩月と、してみたいこと。
 だから俺は、目を背けたくない。
 もし手放してしまったのなら取り戻して、忘れてしまったのなら思い出して、間違えたなら正して、壁にぶつかっても最後まで足掻いて、ちゃんと向き合っていきたい。
 後悔のないように、大切にしていきたいんだ」

 遼くんは涙ながらに一息で言うと、私を抱きすくめた。
 懐かしい温もりに包まれる。

 ――おねがいだから……いなくならないで……!

 でも、耳元で聞こえた彼の声は、あの時とは違っていた。
 遼くんは強く、優しく私を抱き締めて、そっとつぶやいた。

「彩月、好きだ。いつか離れるその日まで、ずっと一緒にいてほしい」

 遼くんの言葉は、スッと心に溶けてきた。
 涙がとめどなく溢れてくる。
 ああ、これはなかなか止まらないやつだ、と思った。

「…………私も、遼くんのこと、大好きだよ……っ」

 どうにかこうにか、私は昔の私が無邪気に言った言葉を絞り出した。
 そこに、かつての無邪気さはなかった。
 あの時から過ごした時間の分だけ、複雑でややこしい感情が入り混じっていた。
 やっぱり、私は最低だと思う。遼くんの気持ちを、また傷つけてしまったから。
 それでも、根本にある気持ちは変わらなかった。

 私は、遼くんのことが大好きなんだ――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...