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第五章 キミに好きだと言った日のこと
第二十七話
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「――待て、よ」
最後の会話。その、はずだった。
遼くんの手を振りほどき、椅子から立ち上がって、ナースコールを押して、わき目も振らずに病室を飛び出す。
そんな予定だった一連の行動は、その手を振りほどいたところで止められた。
「な、に……勝手に、終わらせ、てんだよ」
痛みにうずくまりながらも、彼が再び伸ばした指先は、立ち上がった私の小指を辛うじて掴んでいた。
「約束、しただろ……治るまで、言わないって……」
震える声が聞こえる。悲痛に満ちた声に、私の心が締め付けられる。
嫌だ……聞きたくない。
心が訴えかけてくる。
今度こそその指も振り払って、お別れしないと……
「指切り、しただろ…………大人になったら、彩月を……お嫁さんにするって……」
けれど、続けて彼がこぼした言葉に、私は全身を射抜かれた。
「え……」
うそだ。
心が震える。驚愕のあまり、声が出ない。
だってそれは、その約束は……
「全部、思い、出した……。俺、言ったよな。彩月に、好きだって。そしたら、言ってくれたよな……彩月も、大好きだって」
「ぁ……」
――おれ、サツキのこと好きだ。
――わたしも、リョウくんのこと大好きだよ。
「それなのに、なに勝手に、ひとりで責任被って、終わらせようと、してんだよ……彩月」
――じゃあ、大人になったらお嫁さんにしてあげる。
――ほんとっ? えへへっ、うれしい!
「何が、忘れちゃえばいい、だよ……。そんなことして、逆に悪化したら、どうすんだよ。つーか、忘れることが、どんだけ悲しいか、知ってて言ってんのかよ」
――おーい、サツキ。そんなにはしゃいだらあぶないぞー
――えーだって、好きっていってくれてうれしいんだもん!
「ほんとに、意味わかんねー……。彩月がやろうとしてること、マジで、意味わかんねーよ……。身近にいる、大切な人がいなくなるのがどんだけ辛いか、彩月が一番よくわかってるくせによ……!」
――サツキっ! だいじょうぶか、サツキ……!
――い、いた……痛いよ、リョウくん……
「ずっと、いつかちゃんと、口にして言いたかった気持ちを、適当にしてんじゃ、ねーよ……!」
――サ……サツキ……、たのむ、死なないで……
――リョウ、くん……?
「俺はずっと、彩月と、一緒にいたいんだよ。だから、だから……!」
――おねがいだから……いなくならないで……!
走馬灯のように、あの日の記憶が脳裏を駆け巡った。
息も絶え絶えになりながら、絞り出すように叫ぶ遼くんの顔が、事故直後の遼くんと重なる。
「ぁ……ぁぁぁっ……!」
悲しそうに、苦しそうに、表情を歪めている遼くんを見て、気づく。
私はまた、過ちを繰り返そうとしていたんだ。
現実に向き合うとか、前に進むためだとか、聞こえのいい言い訳を振りかざして。
遼くんの気持ちに寄り添わずに、私の気持ちばかりを優先して……。
遼くんの病気の原因が私にある罪悪感を少しでも和らげたいとか、遼くんの病気が早く良くなってほしいとか、私は遼くんのそばにいちゃいけないとか、そんなことばっかり考えて……。
遼くんが心の奥底に抱えていた本当の気持ちを、見ようとしていなかった。
私はまた、逃げようとしていた。
ただ気づかなかったあの時より、たちが悪い。
私、最悪だ……。
瞳から、堪えていた涙が零れる。
一度流れ出すとそれはもう止められず、後から後から溢れ出してきた。
力が抜けて、私はリノリウムの床にへたり込んだ。
遼くんに掴まれた左手の小指だけが、ベッドの縁にかかる。
「……俺さ、ようやくわかった。彩月が、俺から離れていこうとした時に、ようやく気がついた」
少し落ち着いたらしい遼くんは息を整えて、ベッドから降りてくる。そしてそのまま、私の隣にしゃがみ込んだ。
「俺は、彩月のことが大切だ。そしてそれは……失うかもしれないから……ううん、いつか必ず失うから、大切なんだ。
いつかきっと、どんな形かわからないけれど、俺たちは離れる時が来る。できればそれが、寿命を全うする時であってほしい。
けれどそれは、ある日突然やってくるかもしれない。
明日かもしれない。明後日かもしれない。
そう思うと、本当に怖い。彩月が日常から突然いなくなるなんて、考えたくもない。
でもだからこそ、蔑ろにしちゃいけないんだ。
失いたくないからいっそ自分から手放すとか、失いたくないから忘れるとか、そんなことしちゃいけないんだ。
俺は、逃げたくない。
俺は、これからも彩月のことを大切にしていきたい。
一緒に登下校して、公園とかでくだらない話をしたい。
一緒に買い物に行って、買い食いとかもしたい。
一緒に勉強して、わからないところを教え合いたい。
一緒に、また海に行きたい。遊園地とかも行ってみたい。いつか旅行とかもしてみたい。いろんなところに行ってみたい。そこで楽しいねって笑い合いたい。
彩月と一緒に、高校生活を送っていきたい。中学の時に過ごせなかった分まで、いろんなイベントを一緒に楽しみたい。
彩月と一緒に体育祭や文化祭を楽しみたい。『夏休みだ、イエーイ!』ってはしゃぎ回りたい。ハロウィンとかクリスマスとかも一緒に過ごしたい。喧嘩をすることはあっても仲直りして、一緒に高校を卒業したい。
まだまだ、たくさんあるんだ。彩月と、してみたいこと。
だから俺は、目を背けたくない。
もし手放してしまったのなら取り戻して、忘れてしまったのなら思い出して、間違えたなら正して、壁にぶつかっても最後まで足掻いて、ちゃんと向き合っていきたい。
後悔のないように、大切にしていきたいんだ」
遼くんは涙ながらに一息で言うと、私を抱きすくめた。
懐かしい温もりに包まれる。
――おねがいだから……いなくならないで……!
でも、耳元で聞こえた彼の声は、あの時とは違っていた。
遼くんは強く、優しく私を抱き締めて、そっとつぶやいた。
「彩月、好きだ。いつか離れるその日まで、ずっと一緒にいてほしい」
遼くんの言葉は、スッと心に溶けてきた。
涙がとめどなく溢れてくる。
ああ、これはなかなか止まらないやつだ、と思った。
「…………私も、遼くんのこと、大好きだよ……っ」
どうにかこうにか、私は昔の私が無邪気に言った言葉を絞り出した。
そこに、かつての無邪気さはなかった。
あの時から過ごした時間の分だけ、複雑でややこしい感情が入り混じっていた。
やっぱり、私は最低だと思う。遼くんの気持ちを、また傷つけてしまったから。
それでも、根本にある気持ちは変わらなかった。
私は、遼くんのことが大好きなんだ――。
最後の会話。その、はずだった。
遼くんの手を振りほどき、椅子から立ち上がって、ナースコールを押して、わき目も振らずに病室を飛び出す。
そんな予定だった一連の行動は、その手を振りほどいたところで止められた。
「な、に……勝手に、終わらせ、てんだよ」
痛みにうずくまりながらも、彼が再び伸ばした指先は、立ち上がった私の小指を辛うじて掴んでいた。
「約束、しただろ……治るまで、言わないって……」
震える声が聞こえる。悲痛に満ちた声に、私の心が締め付けられる。
嫌だ……聞きたくない。
心が訴えかけてくる。
今度こそその指も振り払って、お別れしないと……
「指切り、しただろ…………大人になったら、彩月を……お嫁さんにするって……」
けれど、続けて彼がこぼした言葉に、私は全身を射抜かれた。
「え……」
うそだ。
心が震える。驚愕のあまり、声が出ない。
だってそれは、その約束は……
「全部、思い、出した……。俺、言ったよな。彩月に、好きだって。そしたら、言ってくれたよな……彩月も、大好きだって」
「ぁ……」
――おれ、サツキのこと好きだ。
――わたしも、リョウくんのこと大好きだよ。
「それなのに、なに勝手に、ひとりで責任被って、終わらせようと、してんだよ……彩月」
――じゃあ、大人になったらお嫁さんにしてあげる。
――ほんとっ? えへへっ、うれしい!
「何が、忘れちゃえばいい、だよ……。そんなことして、逆に悪化したら、どうすんだよ。つーか、忘れることが、どんだけ悲しいか、知ってて言ってんのかよ」
――おーい、サツキ。そんなにはしゃいだらあぶないぞー
――えーだって、好きっていってくれてうれしいんだもん!
「ほんとに、意味わかんねー……。彩月がやろうとしてること、マジで、意味わかんねーよ……。身近にいる、大切な人がいなくなるのがどんだけ辛いか、彩月が一番よくわかってるくせによ……!」
――サツキっ! だいじょうぶか、サツキ……!
――い、いた……痛いよ、リョウくん……
「ずっと、いつかちゃんと、口にして言いたかった気持ちを、適当にしてんじゃ、ねーよ……!」
――サ……サツキ……、たのむ、死なないで……
――リョウ、くん……?
「俺はずっと、彩月と、一緒にいたいんだよ。だから、だから……!」
――おねがいだから……いなくならないで……!
走馬灯のように、あの日の記憶が脳裏を駆け巡った。
息も絶え絶えになりながら、絞り出すように叫ぶ遼くんの顔が、事故直後の遼くんと重なる。
「ぁ……ぁぁぁっ……!」
悲しそうに、苦しそうに、表情を歪めている遼くんを見て、気づく。
私はまた、過ちを繰り返そうとしていたんだ。
現実に向き合うとか、前に進むためだとか、聞こえのいい言い訳を振りかざして。
遼くんの気持ちに寄り添わずに、私の気持ちばかりを優先して……。
遼くんの病気の原因が私にある罪悪感を少しでも和らげたいとか、遼くんの病気が早く良くなってほしいとか、私は遼くんのそばにいちゃいけないとか、そんなことばっかり考えて……。
遼くんが心の奥底に抱えていた本当の気持ちを、見ようとしていなかった。
私はまた、逃げようとしていた。
ただ気づかなかったあの時より、たちが悪い。
私、最悪だ……。
瞳から、堪えていた涙が零れる。
一度流れ出すとそれはもう止められず、後から後から溢れ出してきた。
力が抜けて、私はリノリウムの床にへたり込んだ。
遼くんに掴まれた左手の小指だけが、ベッドの縁にかかる。
「……俺さ、ようやくわかった。彩月が、俺から離れていこうとした時に、ようやく気がついた」
少し落ち着いたらしい遼くんは息を整えて、ベッドから降りてくる。そしてそのまま、私の隣にしゃがみ込んだ。
「俺は、彩月のことが大切だ。そしてそれは……失うかもしれないから……ううん、いつか必ず失うから、大切なんだ。
いつかきっと、どんな形かわからないけれど、俺たちは離れる時が来る。できればそれが、寿命を全うする時であってほしい。
けれどそれは、ある日突然やってくるかもしれない。
明日かもしれない。明後日かもしれない。
そう思うと、本当に怖い。彩月が日常から突然いなくなるなんて、考えたくもない。
でもだからこそ、蔑ろにしちゃいけないんだ。
失いたくないからいっそ自分から手放すとか、失いたくないから忘れるとか、そんなことしちゃいけないんだ。
俺は、逃げたくない。
俺は、これからも彩月のことを大切にしていきたい。
一緒に登下校して、公園とかでくだらない話をしたい。
一緒に買い物に行って、買い食いとかもしたい。
一緒に勉強して、わからないところを教え合いたい。
一緒に、また海に行きたい。遊園地とかも行ってみたい。いつか旅行とかもしてみたい。いろんなところに行ってみたい。そこで楽しいねって笑い合いたい。
彩月と一緒に、高校生活を送っていきたい。中学の時に過ごせなかった分まで、いろんなイベントを一緒に楽しみたい。
彩月と一緒に体育祭や文化祭を楽しみたい。『夏休みだ、イエーイ!』ってはしゃぎ回りたい。ハロウィンとかクリスマスとかも一緒に過ごしたい。喧嘩をすることはあっても仲直りして、一緒に高校を卒業したい。
まだまだ、たくさんあるんだ。彩月と、してみたいこと。
だから俺は、目を背けたくない。
もし手放してしまったのなら取り戻して、忘れてしまったのなら思い出して、間違えたなら正して、壁にぶつかっても最後まで足掻いて、ちゃんと向き合っていきたい。
後悔のないように、大切にしていきたいんだ」
遼くんは涙ながらに一息で言うと、私を抱きすくめた。
懐かしい温もりに包まれる。
――おねがいだから……いなくならないで……!
でも、耳元で聞こえた彼の声は、あの時とは違っていた。
遼くんは強く、優しく私を抱き締めて、そっとつぶやいた。
「彩月、好きだ。いつか離れるその日まで、ずっと一緒にいてほしい」
遼くんの言葉は、スッと心に溶けてきた。
涙がとめどなく溢れてくる。
ああ、これはなかなか止まらないやつだ、と思った。
「…………私も、遼くんのこと、大好きだよ……っ」
どうにかこうにか、私は昔の私が無邪気に言った言葉を絞り出した。
そこに、かつての無邪気さはなかった。
あの時から過ごした時間の分だけ、複雑でややこしい感情が入り混じっていた。
やっぱり、私は最低だと思う。遼くんの気持ちを、また傷つけてしまったから。
それでも、根本にある気持ちは変わらなかった。
私は、遼くんのことが大好きなんだ――。
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