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第二章 君と笑えた星夜の空に
第8-1話
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幸と再会して、早くも二か月以上が経った。
春色に彩っていた桜の木もすっかり緑に衣替えし、じめっとした連日雨が降り続く梅雨時期も終わって、入道雲が伸びる青空には蝉時雨が駆けていた。
雨の季節も、湿気の多い季節も、容赦のない太陽が地上に降り注ぐ季節も関係なく、去年までの僕は季節の移り変わりを感じさせない毎日を過ごしていた。平日の日中は学校で過ごし、放課後は真っ直ぐに家に帰って家事やら課題やら読書に勤しむ。休日は特段用事がなければ一日中家に引きこもる。そんなインドア全開の日々を過ごしていた僕だったが、今年に至っては全く真逆の様相を呈していた。
「私さ、死ぬまでに一度でいいから超珍しい仕事をしてみたいんだよね」
四月の終わり頃。例の死ぬまでにやりたいことを記したノートを見せながら、幸は何の気はなしにつぶやいた。ノートには『面白くて珍しい仕事がしてみたい』と書かれており、その下にはご丁寧に『占い師とかドラマのエキストラとか』と例示まで記されている。
「なんでまたそんなことを」
「だってさ、これから連休に入るんだよ? 先立つものは稼いでおかないとじゃない。それに、きっと人生の中で普通の仕事に就くことはないんだから、せっかくなら普通の人生だったらまずやらないような仕事をしてみるのがいいかな~って」
彼女の前半の言い分には一理あった。ここまで、一週間に二~三日程度のペースでお互いにやりたいことをやっていったが、どうしてもそれには多少なりお金の問題が付きまとった。幸のほうも最初のやりたいことでやった無謀な買い物で貯金していたお金はかなり減っており、二人して金銭的な問題に頭を悩ませながらなるべくお金のかからない範囲でやりたいことをやっていた。
けれど、五月の大型連休は高校二年生になって初めてのまとまった休日だ。それなりに時間がないとできなかったやりたいことをやるには持ってこいの時期で、そのためにも何かしらのバイトをする必要性は感じていた。
でもべつに、占い師やエキストラである必要はないだろうに。
「あのさ、先に普通のバイトとかをしてみてからでもいいんじゃない? そんないきなり変化球から入らなくても」
「いーやっ、私はどうしても珍しいやつやってみたい。あ、これとかもいいんじゃない? お化け屋敷のお化けに、着ぐるみの中の人だって!」
僕のささやかな抵抗は暖簾に腕押し。幸は手元のスマホをいじりながら、次々とそんなバイトあるのかよと思わずツッコミを入れたくなるような仕事を列挙していった。
ついには高校生限定の告白代行なんてものまで提案され、ちょっとした押し問答まで繰り広げてから、結局幸がどこかから見つけてきた子供向けイベントのスタッフをやってみることで落ち着いた。連休の前半、土日と祝日を入れた三日間に、僕らがよく行っている総合運動公園の広場を使ってやっている催しらしかった。スタッフの業務としてはそれほど身体への負担もなく、病院が近いことも相まって、幸の身体を慮ってもまあ大丈夫だろうと僕なりに納得して引き受けたのだが、これがまずかった。
「アハハハハハッ! 健悟くん、もうサイコーだよっ! アハハハッ!」
最初の二日間は良かった。なんてことない受付作業に、子どもにお菓子やら風船やらを配ったり、野外ステージ裏を整理したりなんかをしていればあっという間に一日は過ぎた。これでお金をもらっていいのかという僅かばかりの罪悪感に加え、これが果たして幸の言う珍しい仕事をしたことになるのかという不安にも似た疑問が浮かんでいた。
しかし三日目。運命の最終日。一般向けのステージで、イベントタレントだった人が急な体調不良を訴えてきたのだ。喉をやられているとのことで出るわけにいかず、急きょ代役をという話になって白羽の矢が立ったのが、僕だ。ただ一点、ステージで着る予定の女装用衣装のサイズが合っているというだけの理由で。
もちろん僕は断った。しかし、幸はどうしてもやってほしいと言ってきた。押しに弱い僕が最終的に彼女に逆らえるはずもなく、バイト代を弾むからというイベントの責任者の言葉をせめてもの言い訳に、渋々引き受けた。
「最悪だ……消えたい」
「こーら。私の前で死にたいとか消えたいとか言うんじゃありません……くくくっ、あははははっ!」
「そうやって笑い転げるの、マジでやめてほしいんだけど」
理不尽だ。なんで僕が、女装なんてしないといけないのか。「心からの笑いをあなたに」をテーマとした面白ステージらしいが、僕は全然笑えなかった。ただ皮肉にも、僕が登場したステージが一番ウケた。
春色に彩っていた桜の木もすっかり緑に衣替えし、じめっとした連日雨が降り続く梅雨時期も終わって、入道雲が伸びる青空には蝉時雨が駆けていた。
雨の季節も、湿気の多い季節も、容赦のない太陽が地上に降り注ぐ季節も関係なく、去年までの僕は季節の移り変わりを感じさせない毎日を過ごしていた。平日の日中は学校で過ごし、放課後は真っ直ぐに家に帰って家事やら課題やら読書に勤しむ。休日は特段用事がなければ一日中家に引きこもる。そんなインドア全開の日々を過ごしていた僕だったが、今年に至っては全く真逆の様相を呈していた。
「私さ、死ぬまでに一度でいいから超珍しい仕事をしてみたいんだよね」
四月の終わり頃。例の死ぬまでにやりたいことを記したノートを見せながら、幸は何の気はなしにつぶやいた。ノートには『面白くて珍しい仕事がしてみたい』と書かれており、その下にはご丁寧に『占い師とかドラマのエキストラとか』と例示まで記されている。
「なんでまたそんなことを」
「だってさ、これから連休に入るんだよ? 先立つものは稼いでおかないとじゃない。それに、きっと人生の中で普通の仕事に就くことはないんだから、せっかくなら普通の人生だったらまずやらないような仕事をしてみるのがいいかな~って」
彼女の前半の言い分には一理あった。ここまで、一週間に二~三日程度のペースでお互いにやりたいことをやっていったが、どうしてもそれには多少なりお金の問題が付きまとった。幸のほうも最初のやりたいことでやった無謀な買い物で貯金していたお金はかなり減っており、二人して金銭的な問題に頭を悩ませながらなるべくお金のかからない範囲でやりたいことをやっていた。
けれど、五月の大型連休は高校二年生になって初めてのまとまった休日だ。それなりに時間がないとできなかったやりたいことをやるには持ってこいの時期で、そのためにも何かしらのバイトをする必要性は感じていた。
でもべつに、占い師やエキストラである必要はないだろうに。
「あのさ、先に普通のバイトとかをしてみてからでもいいんじゃない? そんないきなり変化球から入らなくても」
「いーやっ、私はどうしても珍しいやつやってみたい。あ、これとかもいいんじゃない? お化け屋敷のお化けに、着ぐるみの中の人だって!」
僕のささやかな抵抗は暖簾に腕押し。幸は手元のスマホをいじりながら、次々とそんなバイトあるのかよと思わずツッコミを入れたくなるような仕事を列挙していった。
ついには高校生限定の告白代行なんてものまで提案され、ちょっとした押し問答まで繰り広げてから、結局幸がどこかから見つけてきた子供向けイベントのスタッフをやってみることで落ち着いた。連休の前半、土日と祝日を入れた三日間に、僕らがよく行っている総合運動公園の広場を使ってやっている催しらしかった。スタッフの業務としてはそれほど身体への負担もなく、病院が近いことも相まって、幸の身体を慮ってもまあ大丈夫だろうと僕なりに納得して引き受けたのだが、これがまずかった。
「アハハハハハッ! 健悟くん、もうサイコーだよっ! アハハハッ!」
最初の二日間は良かった。なんてことない受付作業に、子どもにお菓子やら風船やらを配ったり、野外ステージ裏を整理したりなんかをしていればあっという間に一日は過ぎた。これでお金をもらっていいのかという僅かばかりの罪悪感に加え、これが果たして幸の言う珍しい仕事をしたことになるのかという不安にも似た疑問が浮かんでいた。
しかし三日目。運命の最終日。一般向けのステージで、イベントタレントだった人が急な体調不良を訴えてきたのだ。喉をやられているとのことで出るわけにいかず、急きょ代役をという話になって白羽の矢が立ったのが、僕だ。ただ一点、ステージで着る予定の女装用衣装のサイズが合っているというだけの理由で。
もちろん僕は断った。しかし、幸はどうしてもやってほしいと言ってきた。押しに弱い僕が最終的に彼女に逆らえるはずもなく、バイト代を弾むからというイベントの責任者の言葉をせめてもの言い訳に、渋々引き受けた。
「最悪だ……消えたい」
「こーら。私の前で死にたいとか消えたいとか言うんじゃありません……くくくっ、あははははっ!」
「そうやって笑い転げるの、マジでやめてほしいんだけど」
理不尽だ。なんで僕が、女装なんてしないといけないのか。「心からの笑いをあなたに」をテーマとした面白ステージらしいが、僕は全然笑えなかった。ただ皮肉にも、僕が登場したステージが一番ウケた。
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