19 / 36
第二章 君と笑えた星夜の空に
第14話
しおりを挟む
テスト期間は思いのほか順調に過ぎていった。
僕は幸の思惑に乗って、その後も何かにつけて絡んでくる白山も入れて勉強会を開催した。
「名執のせいで数学の小テストの点伸びたんだけど」
「それは良かった」
「ムカつく~。しかもあんたはなんで古典伸びてないのよ。こういう時は普通満点とってくるもんでしょ」
「んな無茶な」
白山は最後まで僕を目の敵にしていた。こんな調子では僕が断らなくても白山のほうから断ってくるんじゃないか思うほどだった。
けれど、幸が打ち上げも兼ねてみんなで水族館に行きたいと伝えた時は、やや驚き戸惑う様子を見せたがすぐに承諾していた。
「あたしは名執の公式監視役だからね。行かないわけにはいかないっしょ」
意味のわからない理由を携えてだが。そもそも公式の監視役ってなんだそれは。
どこまでもツッコミどころはあったが、日時や集合場所も含めて調整はスムーズに進んでいった。白山は空手部に所属しているらしく、早朝の午前練で終わる土曜日に行くことになった。
「名執遅い! もう十分以上待ってるんだけど!」
当日。電車とバスを乗り継いで集合場所に着くと、既に幸と白山は来ていた。僕の姿をみとめるや、彼女は休日の賑わいを見せる水族館前の喧騒に負けない声で不満を投げてくる。
しかしその不満はどう考えても筋違いだ。
「まだ集合時間前だよ。なんなら僕は今から十分待つつもりで来たのに」
集合時間は午後一時。今の時刻は十二時五十分。僕はしっかり間に合っている。文句を言われる謂れなどなく、むしろどうして集合時間の二十分も前に来ているのか。そっちのほうが謎だ。
そんな言い分も含めて僕が不満を表情に見せると、幸が申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「ごめんね、健悟くん。まーちゃんが部活早く終わったからこの近くでお昼を一緒に食べてたんだ。ほんとなら健悟くんも誘いたかったんだけど」
「あたしがさっちゃんと二人がいいって言った」
どうやらランチタイムを過ごしていたがために早く着いていたらしい。それならなおのこと遅いと言われる筋はない。
「ほんとなら水族館も二人で見て回っておこうかと思ったんだけどね、さっちゃんに止められたからさすがにそれはやめてあげたよ。仕方なくね」
「やりたい放題だな」
今日も通常通り、どこまでも自由奔放な白山だった。
とるものもとりあえず全員が揃うと、先ほどから待ち切れないとばかりにソワソワしている幸を先頭に館内へと入っていく。
「おぉ~! きれ~い!」
幸の歓声ほどではないにせよ、僕も思わず感嘆の息をもらした。
そこには、早速とばかりにこの水族館の目玉で、幸が愛読している雑誌にも載っていた夜の光り輝く海中が視界いっぱいに広がっていた。薄暗い館内の周囲にある水槽には、青く発光した小さなクラゲみたいな生物がゆらゆらと水中を漂っている。
「あ、クラゲだ」
と思っていたら実際にクラゲもふわふわと浮いていた。静かで人工ライトに照らされた水の中を優雅に泳いでいる。
「へえ、知ってた? クラゲって泳げないんだって」
ぼんやりと僕がクラゲと見つめ合っていると、水槽のガラスケースに貼られた説明書きを読んでいた幸が感心したようにつぶやいた。
「そうなのか?」
「うん。身体のほとんどが水分らしくて、泳げないから水流を利用して漂ってるんだって」
「へえ、あたしも知らなかった」
「すごいよね。環境任せというか、運任せな生物なんだね」
幸と顔を並べるようにして白山もプレートを読み、二人して「水流が弱すぎても強すぎても死んじゃうって書いてある」「自然界シビアだ。よく生き残ってきたなクラゲ」「偉いぞクラゲ」となにやらクラゲ談義で盛り上がり始めていた。
片や僕は、そうして楽しそうに話している幸の横顔に視線を奪われていた。
環境任せというか、運任せ。そう言っていた幸の横顔が、一瞬だけどこか物寂し気に見えたから。
気のせい……じゃないよな。
今は既に、白山とのお喋りに夢中になっている。そしておそらく、幸の横顔について白山は気づいていないだろう。もしかしたら、僕が気づいていなかっただけで、今までもこんな表情で話していたことがあったのかもしれない。そう思うと、胸が苦しくなった。
「健悟くん? ほら、そろそろ次のエリアに行くよ」
でもそんな表情を今度は僕が見せるわけにもいかなくて、僕は思考を振り払っていつの間にか少し離れたところで手招きしている幸たちに駆け寄った。
「なにぼうっとしてんの。クラゲとのお喋りに夢中になってたとか?」
「僕はクラゲと人間のハーフか何かか」
「その返しはセンスないよ」
「悪かったね」
白山の軽口に僕も応えて、なんとか調子を取り戻す。幸は呆れ気味に笑っていた。
夜の水族館の後には昼の水族館、もとい普通の水槽の中を泳ぐエイやらマグロやらイワシやらサメやらを見て回った。水中を泳ぐ魚のほかに、途中にはペンギンがくつろいでいるエリアなんかもあり、泳いでいるペンギンや親子でよちよちと歩いているペンギンを見ては、幸は終始ハイテンションで叫んだり指を差したりしていた。当のペンギンはなんだあいつみたいな顔で僕らのほうを見つめ返していた。
「わーっ! 見て! すごい!」
中でも、幸が特に喜んでいたのは、奥のアリーナみたいなところでやっていたイルカショーだった。スタッフの声に合わせてイルカが水中からジャンプし、宙に吊るされたフラフープの中を潜る。あるいは空中で宙返りをしたり、わざと大きな水飛沫を上げて着水したりと、観客を魅了する見事な芸に終始幸は興奮していた。
「あんた、幸のほうばっかりじゃなくてイルカ見なよ」
「み、見てるよ!」
幸を挟んで二つ隣に座る白山からはそんなツッコミが来たりもしたが、幸いにして幸はイルカショーに夢中で聞いていなかったので助かった。
そうして、いくらか中を見て回った後は併設されているカフェで小休止をすることにした。
結局、僕が知る限り幸が表情を歪ませたのは、一度きりだった。
僕は幸の思惑に乗って、その後も何かにつけて絡んでくる白山も入れて勉強会を開催した。
「名執のせいで数学の小テストの点伸びたんだけど」
「それは良かった」
「ムカつく~。しかもあんたはなんで古典伸びてないのよ。こういう時は普通満点とってくるもんでしょ」
「んな無茶な」
白山は最後まで僕を目の敵にしていた。こんな調子では僕が断らなくても白山のほうから断ってくるんじゃないか思うほどだった。
けれど、幸が打ち上げも兼ねてみんなで水族館に行きたいと伝えた時は、やや驚き戸惑う様子を見せたがすぐに承諾していた。
「あたしは名執の公式監視役だからね。行かないわけにはいかないっしょ」
意味のわからない理由を携えてだが。そもそも公式の監視役ってなんだそれは。
どこまでもツッコミどころはあったが、日時や集合場所も含めて調整はスムーズに進んでいった。白山は空手部に所属しているらしく、早朝の午前練で終わる土曜日に行くことになった。
「名執遅い! もう十分以上待ってるんだけど!」
当日。電車とバスを乗り継いで集合場所に着くと、既に幸と白山は来ていた。僕の姿をみとめるや、彼女は休日の賑わいを見せる水族館前の喧騒に負けない声で不満を投げてくる。
しかしその不満はどう考えても筋違いだ。
「まだ集合時間前だよ。なんなら僕は今から十分待つつもりで来たのに」
集合時間は午後一時。今の時刻は十二時五十分。僕はしっかり間に合っている。文句を言われる謂れなどなく、むしろどうして集合時間の二十分も前に来ているのか。そっちのほうが謎だ。
そんな言い分も含めて僕が不満を表情に見せると、幸が申し訳なさそうに手を合わせてきた。
「ごめんね、健悟くん。まーちゃんが部活早く終わったからこの近くでお昼を一緒に食べてたんだ。ほんとなら健悟くんも誘いたかったんだけど」
「あたしがさっちゃんと二人がいいって言った」
どうやらランチタイムを過ごしていたがために早く着いていたらしい。それならなおのこと遅いと言われる筋はない。
「ほんとなら水族館も二人で見て回っておこうかと思ったんだけどね、さっちゃんに止められたからさすがにそれはやめてあげたよ。仕方なくね」
「やりたい放題だな」
今日も通常通り、どこまでも自由奔放な白山だった。
とるものもとりあえず全員が揃うと、先ほどから待ち切れないとばかりにソワソワしている幸を先頭に館内へと入っていく。
「おぉ~! きれ~い!」
幸の歓声ほどではないにせよ、僕も思わず感嘆の息をもらした。
そこには、早速とばかりにこの水族館の目玉で、幸が愛読している雑誌にも載っていた夜の光り輝く海中が視界いっぱいに広がっていた。薄暗い館内の周囲にある水槽には、青く発光した小さなクラゲみたいな生物がゆらゆらと水中を漂っている。
「あ、クラゲだ」
と思っていたら実際にクラゲもふわふわと浮いていた。静かで人工ライトに照らされた水の中を優雅に泳いでいる。
「へえ、知ってた? クラゲって泳げないんだって」
ぼんやりと僕がクラゲと見つめ合っていると、水槽のガラスケースに貼られた説明書きを読んでいた幸が感心したようにつぶやいた。
「そうなのか?」
「うん。身体のほとんどが水分らしくて、泳げないから水流を利用して漂ってるんだって」
「へえ、あたしも知らなかった」
「すごいよね。環境任せというか、運任せな生物なんだね」
幸と顔を並べるようにして白山もプレートを読み、二人して「水流が弱すぎても強すぎても死んじゃうって書いてある」「自然界シビアだ。よく生き残ってきたなクラゲ」「偉いぞクラゲ」となにやらクラゲ談義で盛り上がり始めていた。
片や僕は、そうして楽しそうに話している幸の横顔に視線を奪われていた。
環境任せというか、運任せ。そう言っていた幸の横顔が、一瞬だけどこか物寂し気に見えたから。
気のせい……じゃないよな。
今は既に、白山とのお喋りに夢中になっている。そしておそらく、幸の横顔について白山は気づいていないだろう。もしかしたら、僕が気づいていなかっただけで、今までもこんな表情で話していたことがあったのかもしれない。そう思うと、胸が苦しくなった。
「健悟くん? ほら、そろそろ次のエリアに行くよ」
でもそんな表情を今度は僕が見せるわけにもいかなくて、僕は思考を振り払っていつの間にか少し離れたところで手招きしている幸たちに駆け寄った。
「なにぼうっとしてんの。クラゲとのお喋りに夢中になってたとか?」
「僕はクラゲと人間のハーフか何かか」
「その返しはセンスないよ」
「悪かったね」
白山の軽口に僕も応えて、なんとか調子を取り戻す。幸は呆れ気味に笑っていた。
夜の水族館の後には昼の水族館、もとい普通の水槽の中を泳ぐエイやらマグロやらイワシやらサメやらを見て回った。水中を泳ぐ魚のほかに、途中にはペンギンがくつろいでいるエリアなんかもあり、泳いでいるペンギンや親子でよちよちと歩いているペンギンを見ては、幸は終始ハイテンションで叫んだり指を差したりしていた。当のペンギンはなんだあいつみたいな顔で僕らのほうを見つめ返していた。
「わーっ! 見て! すごい!」
中でも、幸が特に喜んでいたのは、奥のアリーナみたいなところでやっていたイルカショーだった。スタッフの声に合わせてイルカが水中からジャンプし、宙に吊るされたフラフープの中を潜る。あるいは空中で宙返りをしたり、わざと大きな水飛沫を上げて着水したりと、観客を魅了する見事な芸に終始幸は興奮していた。
「あんた、幸のほうばっかりじゃなくてイルカ見なよ」
「み、見てるよ!」
幸を挟んで二つ隣に座る白山からはそんなツッコミが来たりもしたが、幸いにして幸はイルカショーに夢中で聞いていなかったので助かった。
そうして、いくらか中を見て回った後は併設されているカフェで小休止をすることにした。
結局、僕が知る限り幸が表情を歪ませたのは、一度きりだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる