星夜の約束を、また君と叶えたら

矢田川いつき

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第二章 君と笑えた星夜の空に

第14話

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 テスト期間は思いのほか順調に過ぎていった。
 僕は幸の思惑に乗って、その後も何かにつけて絡んでくる白山も入れて勉強会を開催した。

「名執のせいで数学の小テストの点伸びたんだけど」
「それは良かった」
「ムカつく~。しかもあんたはなんで古典伸びてないのよ。こういう時は普通満点とってくるもんでしょ」
「んな無茶な」

 白山は最後まで僕を目の敵にしていた。こんな調子では僕が断らなくても白山のほうから断ってくるんじゃないか思うほどだった。
 けれど、幸が打ち上げも兼ねてみんなで水族館に行きたいと伝えた時は、やや驚き戸惑う様子を見せたがすぐに承諾していた。

「あたしは名執の公式監視役だからね。行かないわけにはいかないっしょ」

 意味のわからない理由を携えてだが。そもそも公式の監視役ってなんだそれは。
 どこまでもツッコミどころはあったが、日時や集合場所も含めて調整はスムーズに進んでいった。白山は空手部に所属しているらしく、早朝の午前練で終わる土曜日に行くことになった。

「名執遅い! もう十分以上待ってるんだけど!」

 当日。電車とバスを乗り継いで集合場所に着くと、既に幸と白山は来ていた。僕の姿をみとめるや、彼女は休日の賑わいを見せる水族館前の喧騒に負けない声で不満を投げてくる。
 しかしその不満はどう考えても筋違いだ。

「まだ集合時間前だよ。なんなら僕は今から十分待つつもりで来たのに」

 集合時間は午後一時。今の時刻は十二時五十分。僕はしっかり間に合っている。文句を言われる謂れなどなく、むしろどうして集合時間の二十分も前に来ているのか。そっちのほうが謎だ。
 そんな言い分も含めて僕が不満を表情に見せると、幸が申し訳なさそうに手を合わせてきた。

「ごめんね、健悟くん。まーちゃんが部活早く終わったからこの近くでお昼を一緒に食べてたんだ。ほんとなら健悟くんも誘いたかったんだけど」
「あたしがさっちゃんと二人がいいって言った」

 どうやらランチタイムを過ごしていたがために早く着いていたらしい。それならなおのこと遅いと言われる筋はない。

「ほんとなら水族館も二人で見て回っておこうかと思ったんだけどね、さっちゃんに止められたからさすがにそれはやめてあげたよ。仕方なくね」
「やりたい放題だな」

 今日も通常通り、どこまでも自由奔放な白山だった。
 とるものもとりあえず全員が揃うと、先ほどから待ち切れないとばかりにソワソワしている幸を先頭に館内へと入っていく。

「おぉ~! きれ~い!」

 幸の歓声ほどではないにせよ、僕も思わず感嘆の息をもらした。
 そこには、早速とばかりにこの水族館の目玉で、幸が愛読している雑誌にも載っていた夜の光り輝く海中が視界いっぱいに広がっていた。薄暗い館内の周囲にある水槽には、青く発光した小さなクラゲみたいな生物がゆらゆらと水中を漂っている。

「あ、クラゲだ」

 と思っていたら実際にクラゲもふわふわと浮いていた。静かで人工ライトに照らされた水の中を優雅に泳いでいる。

「へえ、知ってた? クラゲって泳げないんだって」

 ぼんやりと僕がクラゲと見つめ合っていると、水槽のガラスケースに貼られた説明書きを読んでいた幸が感心したようにつぶやいた。

「そうなのか?」
「うん。身体のほとんどが水分らしくて、泳げないから水流を利用して漂ってるんだって」
「へえ、あたしも知らなかった」
「すごいよね。環境任せというか、運任せな生物なんだね」

 幸と顔を並べるようにして白山もプレートを読み、二人して「水流が弱すぎても強すぎても死んじゃうって書いてある」「自然界シビアだ。よく生き残ってきたなクラゲ」「偉いぞクラゲ」となにやらクラゲ談義で盛り上がり始めていた。
 片や僕は、そうして楽しそうに話している幸の横顔に視線を奪われていた。
 環境任せというか、運任せ。そう言っていた幸の横顔が、一瞬だけどこか物寂し気に見えたから。
 気のせい……じゃないよな。
 今は既に、白山とのお喋りに夢中になっている。そしておそらく、幸の横顔について白山は気づいていないだろう。もしかしたら、僕が気づいていなかっただけで、今までもこんな表情で話していたことがあったのかもしれない。そう思うと、胸が苦しくなった。

「健悟くん? ほら、そろそろ次のエリアに行くよ」

 でもそんな表情を今度は僕が見せるわけにもいかなくて、僕は思考を振り払っていつの間にか少し離れたところで手招きしている幸たちに駆け寄った。

「なにぼうっとしてんの。クラゲとのお喋りに夢中になってたとか?」
「僕はクラゲと人間のハーフか何かか」
「その返しはセンスないよ」
「悪かったね」

 白山の軽口に僕も応えて、なんとか調子を取り戻す。幸は呆れ気味に笑っていた。
 夜の水族館の後には昼の水族館、もとい普通の水槽の中を泳ぐエイやらマグロやらイワシやらサメやらを見て回った。水中を泳ぐ魚のほかに、途中にはペンギンがくつろいでいるエリアなんかもあり、泳いでいるペンギンや親子でよちよちと歩いているペンギンを見ては、幸は終始ハイテンションで叫んだり指を差したりしていた。当のペンギンはなんだあいつみたいな顔で僕らのほうを見つめ返していた。

「わーっ! 見て! すごい!」

 中でも、幸が特に喜んでいたのは、奥のアリーナみたいなところでやっていたイルカショーだった。スタッフの声に合わせてイルカが水中からジャンプし、宙に吊るされたフラフープの中を潜る。あるいは空中で宙返りをしたり、わざと大きな水飛沫を上げて着水したりと、観客を魅了する見事な芸に終始幸は興奮していた。

「あんた、幸のほうばっかりじゃなくてイルカ見なよ」
「み、見てるよ!」

 幸を挟んで二つ隣に座る白山からはそんなツッコミが来たりもしたが、幸いにして幸はイルカショーに夢中で聞いていなかったので助かった。
 そうして、いくらか中を見て回った後は併設されているカフェで小休止をすることにした。
 結局、僕が知る限り幸が表情を歪ませたのは、一度きりだった。
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