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第二章 君と笑えた星夜の空に
第15話
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「やーっと席とれたね~」
水族館の出入り口がある広場に開かれたアクアリウムカフェは、休日相当の賑わいを見せていた。家族連れやカップルはもちろんのこと、僕らのような学生同士と思しき集団もちらほら見える。そんな人でごった返す店内で順番を待つこと四十分。僕らはようやく窓際に空いた席を確保し、思い思いの注文をして席につくことができた。
「人多過ぎでしょ。はあ~生き返る~~」
白山は気だるげに周囲を見回してから、ミドルサイズのレモンサイダーをぐびぐびと飲んだ。すぐ後ろの席でビールを飲んでいたおじさんとあまりにも飲みっぷりが似ていて、僕はつい笑ってしまう。
「なに笑ってんのよ」
「いや、ごめん。なんでもない」
「許さない。ってことで、あんたのちょっともらうね」
「あ」
止める間もなく、白山は僕がまだひと口も飲んでいないラムネソーダをコップの端に口をつけてごくりと飲んだ。
「お、結構イケるこれ。さっちゃんどうぞ」
「ありがと~まーちゃん」
「それ僕のなんだけど」
僕の抗議もどこ吹く風。幸は白山からソーダを受け取ると遠慮の欠片もなくストローを加えて吸う。「あ、美味しい」と表情を綻ばせてから返されたが、既に三分の一ほど減っていた。
「そんな顔しなくてもあたしのもあげるって。あ、でも口はつけないでね」
「どう飲めと?」
「あははっ、ほんと二人とも仲良くなったね~。健悟くん、私のもひと口飲んでいいからね」
ややためらいつつも僕は二人からひと口ずつもらい、喉を潤す。その後は、合わせて注文していたケーキやジェラートなんかに舌鼓を打ちつつ、テストの打ち上げということもありまた一段と難しかった試験の愚痴や、水族館で見た魚やイルカショーのこと、果てには次にやる死ぬまでにやりたいことはどうしようかなんて話題にまで広がり、お喋りを交わした。
そうしているうちに時間はみるみる過ぎていき、気がつけば閉館時間が近づいてきていた。
「最後にお土産見ていこうよ。それから解散ね!」
終始いつも以上のテンションではしゃいでいた幸は、閉館まで残り一時間というアナウンスの後にそう方針を決めてきた。やがてトイレから帰ってきた白山と入れ替わる形で幸もトイレに席を立ち、僕はテーブルのお皿やゴミをまとめておく。
「このゴミもよろしく」
「うん」
白山と手分けして片付けつつ、僕は小さく安堵していた。
とりあえず、楽しんでくれたみたいで良かった。
僕の死ぬまでにやりたいことは、昔のように楽しく充実した時間を幸と過ごすこと。そして、幸の寂しさや不安を少しでも和らげられるように、幸が息をしやすいように、僕にできることをすることだ。その意味で『水族館に行きたい』と柄にもないことを提案してみたのだが、僕の予想以上に幸は嬉しそうにしてあちこちを見て回っていた。
きっと、僕ひとりではこうはならなかった。幸の思惑があったとはいえ、白山がいてくれて良かったと思う。
「白山、今日はありがとうな」
だから、つい僕はそんな言葉を口にしていた。虚を突かれたように白山が固まる。
「なに急に」
「いや、なんか言いたくなって」
幸が歩いていったほうを見て答えると、訝しげに強めていた白山の声色が弱くなった。
「さっちゃん、楽しそうだったね」
「うん」
本当に、楽しそうにしてくれていた。クラゲの水槽ではやや心配もしたが、総じてみれば僕の目標はひとまず達成だ。次に提案する死ぬまでにやりたいことはまだ決めていないが、やはり昔の幸との会話でよく話していた『大人になったらしたいこと』から考えていこうと思っている。少しでも幸の気持ちが紛れるように、笑えるように。そのためなら、また白山にも来てもらってもいいかもしれない。
「なあ――」
「名執ってさ、思った以上に人に関心あるんだね」
僕が次の行き先にも来てくれないかと尋ねようとしたところで、白山は視線を留めたまま思いついたように言った。今度は僕が虚を突かれて口ごもる。
「前も言ったけど、去年、一緒に委員会してた時はなんか、周囲なんてどうでもいいみたいな感じで壁を作ってたのに。まるで別人みたい」
「そ、そうか?」
言われて、初めて幸の部屋で勉強会をした日のことを思い出す。
確かに、僕は人付き合いが苦手だ。他人を謗ったり拒絶したりしてきたわけではないが、周囲に特段興味を持たずに過ごしてきたのは事実だ。
そしてそれは、正直今も変わっていないと思う。別人みたいだと言われても、あまりピンとは来なかった。むしろ、なんかひねくれものが変わったみたいに評されて恥ずかしさすらある。
「だから、さっちゃんの口からあんたの名前が出た時は驚いた。ほんとに、昔馴染って関係とかさっちゃんの特別な事情にかこつけて、変なことを企んでるんじゃないかって思ったくらいだし」
「そんなことしないって」
「わかってる」
今のあんたを見たらね、と彼女は付け加えた。そこには、いつものように対抗心を燃やす色はない。
「ちょっと悔しいけど、さっちゃんのことは任せる。なんかあったら、協力はするから。あ、でもちょっとでも変なこと考えたらぶっ飛ばすからね」
白山はまとめたゴミを力任せに潰していくと、とても僕の力ではできないような大きさまで縮小させた。
「ははっ……できる限りでだけど、頑張るよ」
ゴルフボールみたいになったゴミの球を見ながら、僕はしっかりと頷いてみせた。
ちょうどそこで幸が戻ってきたので、この話題は打ち切りとなった。
「チラッとお土産見てきたけど、結構いい物あったよ! 早く行こ!」
「もうさっちゃん、気が早すぎ。ほら名執、さっさとトレー持って付いてくる」
「幸と僕とで言ってることが違い過ぎないか」
すっかりいつもの調子になった白山と幸の後ろ姿を眺めながら、僕は二人の後に続いた。
心が、少し温かかった。
水族館の出入り口がある広場に開かれたアクアリウムカフェは、休日相当の賑わいを見せていた。家族連れやカップルはもちろんのこと、僕らのような学生同士と思しき集団もちらほら見える。そんな人でごった返す店内で順番を待つこと四十分。僕らはようやく窓際に空いた席を確保し、思い思いの注文をして席につくことができた。
「人多過ぎでしょ。はあ~生き返る~~」
白山は気だるげに周囲を見回してから、ミドルサイズのレモンサイダーをぐびぐびと飲んだ。すぐ後ろの席でビールを飲んでいたおじさんとあまりにも飲みっぷりが似ていて、僕はつい笑ってしまう。
「なに笑ってんのよ」
「いや、ごめん。なんでもない」
「許さない。ってことで、あんたのちょっともらうね」
「あ」
止める間もなく、白山は僕がまだひと口も飲んでいないラムネソーダをコップの端に口をつけてごくりと飲んだ。
「お、結構イケるこれ。さっちゃんどうぞ」
「ありがと~まーちゃん」
「それ僕のなんだけど」
僕の抗議もどこ吹く風。幸は白山からソーダを受け取ると遠慮の欠片もなくストローを加えて吸う。「あ、美味しい」と表情を綻ばせてから返されたが、既に三分の一ほど減っていた。
「そんな顔しなくてもあたしのもあげるって。あ、でも口はつけないでね」
「どう飲めと?」
「あははっ、ほんと二人とも仲良くなったね~。健悟くん、私のもひと口飲んでいいからね」
ややためらいつつも僕は二人からひと口ずつもらい、喉を潤す。その後は、合わせて注文していたケーキやジェラートなんかに舌鼓を打ちつつ、テストの打ち上げということもありまた一段と難しかった試験の愚痴や、水族館で見た魚やイルカショーのこと、果てには次にやる死ぬまでにやりたいことはどうしようかなんて話題にまで広がり、お喋りを交わした。
そうしているうちに時間はみるみる過ぎていき、気がつけば閉館時間が近づいてきていた。
「最後にお土産見ていこうよ。それから解散ね!」
終始いつも以上のテンションではしゃいでいた幸は、閉館まで残り一時間というアナウンスの後にそう方針を決めてきた。やがてトイレから帰ってきた白山と入れ替わる形で幸もトイレに席を立ち、僕はテーブルのお皿やゴミをまとめておく。
「このゴミもよろしく」
「うん」
白山と手分けして片付けつつ、僕は小さく安堵していた。
とりあえず、楽しんでくれたみたいで良かった。
僕の死ぬまでにやりたいことは、昔のように楽しく充実した時間を幸と過ごすこと。そして、幸の寂しさや不安を少しでも和らげられるように、幸が息をしやすいように、僕にできることをすることだ。その意味で『水族館に行きたい』と柄にもないことを提案してみたのだが、僕の予想以上に幸は嬉しそうにしてあちこちを見て回っていた。
きっと、僕ひとりではこうはならなかった。幸の思惑があったとはいえ、白山がいてくれて良かったと思う。
「白山、今日はありがとうな」
だから、つい僕はそんな言葉を口にしていた。虚を突かれたように白山が固まる。
「なに急に」
「いや、なんか言いたくなって」
幸が歩いていったほうを見て答えると、訝しげに強めていた白山の声色が弱くなった。
「さっちゃん、楽しそうだったね」
「うん」
本当に、楽しそうにしてくれていた。クラゲの水槽ではやや心配もしたが、総じてみれば僕の目標はひとまず達成だ。次に提案する死ぬまでにやりたいことはまだ決めていないが、やはり昔の幸との会話でよく話していた『大人になったらしたいこと』から考えていこうと思っている。少しでも幸の気持ちが紛れるように、笑えるように。そのためなら、また白山にも来てもらってもいいかもしれない。
「なあ――」
「名執ってさ、思った以上に人に関心あるんだね」
僕が次の行き先にも来てくれないかと尋ねようとしたところで、白山は視線を留めたまま思いついたように言った。今度は僕が虚を突かれて口ごもる。
「前も言ったけど、去年、一緒に委員会してた時はなんか、周囲なんてどうでもいいみたいな感じで壁を作ってたのに。まるで別人みたい」
「そ、そうか?」
言われて、初めて幸の部屋で勉強会をした日のことを思い出す。
確かに、僕は人付き合いが苦手だ。他人を謗ったり拒絶したりしてきたわけではないが、周囲に特段興味を持たずに過ごしてきたのは事実だ。
そしてそれは、正直今も変わっていないと思う。別人みたいだと言われても、あまりピンとは来なかった。むしろ、なんかひねくれものが変わったみたいに評されて恥ずかしさすらある。
「だから、さっちゃんの口からあんたの名前が出た時は驚いた。ほんとに、昔馴染って関係とかさっちゃんの特別な事情にかこつけて、変なことを企んでるんじゃないかって思ったくらいだし」
「そんなことしないって」
「わかってる」
今のあんたを見たらね、と彼女は付け加えた。そこには、いつものように対抗心を燃やす色はない。
「ちょっと悔しいけど、さっちゃんのことは任せる。なんかあったら、協力はするから。あ、でもちょっとでも変なこと考えたらぶっ飛ばすからね」
白山はまとめたゴミを力任せに潰していくと、とても僕の力ではできないような大きさまで縮小させた。
「ははっ……できる限りでだけど、頑張るよ」
ゴルフボールみたいになったゴミの球を見ながら、僕はしっかりと頷いてみせた。
ちょうどそこで幸が戻ってきたので、この話題は打ち切りとなった。
「チラッとお土産見てきたけど、結構いい物あったよ! 早く行こ!」
「もうさっちゃん、気が早すぎ。ほら名執、さっさとトレー持って付いてくる」
「幸と僕とで言ってることが違い過ぎないか」
すっかりいつもの調子になった白山と幸の後ろ姿を眺めながら、僕は二人の後に続いた。
心が、少し温かかった。
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