虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第3章

第79話:黒い影

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 ……冷たい、というよりも氷のように凍てついた床の感触が、僕を無理やり意識の表層へと引き戻した。

「おい、死んだふりをするな。起きろ!」

 罵声と共に、髪を乱暴に掴み上げられる。手首と足首は食い込むような太い縄で厳重に縛り上げられており、自由を奪われた体は惨めに床を引きずられた。ズキズキと脈打つ頭のせいで視界は白く霞み、焦点が定まらない。けれど、目の前に立ち並ぶ男たちが放つ、どろりとしたヘドロのような敵意だけは、逃げようのない現実として僕の肌を刺した。

「白状しろ! お前が来てから魔物の数が増え、俺たちの仲間が死んだんだ。これ以上痛めつけられたくなければ、魔物を呼び寄せている証拠を出せ! 何を隠している!」

「……僕は、何も企んでいません……。ずっと、この部屋にいただけです。だから……証拠なんて、どこにもない……」

 僕が掠れた声で真実を告げると、男の一人が顔を真っ赤にして拳を振り上げた。

「嘘をつくな! 吐かなければ、その小綺麗な顔が判別できなくなるまで叩き壊してやる!」

 激しい衝撃と共に再び横面を殴り飛ばされ、口の中に生臭い鉄の味が広がった。 

「うっ……! あ……っ!」

 思わず喉の奥から悲鳴を漏らし、床に這いつくばったその時だった。開け放たれたままの窓から、一筋の黒い雷光が弾丸のような速さで室内に飛び込んできた。

「カァッ!! クワァッ!!!」

 耳を裂くような鋭い叫び声。それは、僕がさっき必死の思いで逃がしたはずの使い魔――レイブンだった。 レイブンは僕と男たちの間に割り込むと、自らの何倍もある体躯の男たちを恐れることなく、羽を逆立てて威嚇した。鋭い嘴を突き出し、僕を傷つけた男の目を狙うように激しく羽ばたく。

「レイブン……!? どうして、どうして戻ってきたの……! 逃げてって、言ったのに……!」

 涙が溢れそうになる。あんなに必死に逃がしたのに、この賢い子は、僕を見捨てて自由になることよりも、僕と一緒に傷つくことを選んでしまった。レイブンは僕を背に庇うように大きく羽を広げ、勇敢に、そして悲しそうに鳴き続けている。

「……なんだ、こいつは。レイブン……? こいつ、魔物だろ。やっぱりこいつ、使い魔を使って街に呪いを振り撒いてやがったんだな! みんな、証拠が見つかったぞ!」 

「このカラス型の魔物こそが元凶だ! こいつを生け捕りにして証拠として持ち帰るぞ。叩き潰せ!」

 男たちの汚れた手が、守るように立ちふさがるレイブンへと伸びる。 

「だめ……! レイブンに触らないで……! 逃げて、お願い!!」

 僕は裂けるような声を上げ、縛られたままの体で最後の力を振り絞り、這ってでも彼を助けようと立ち上がろうとした。けれど。 

「動くなと言っているだろ、化け物が!」

 背後から、容赦のない衝撃が後頭部に振り下ろされた。 視界が真っ暗に染まり、僕の意識は抗いようのない深い闇へと沈んでいく。

 薄れゆく意識の最奥で、塔の下階から扉が激しく打ち破られる音がした気がした。 誰かが、僕の名前を、絶叫に近い声で呼んでいるような……。 けれど、もう、そちらに目を向ける力も、その声の主を確認する術も、僕には残っていなかった
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