虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

文字の大きさ
124 / 208
第4章

第123話:最後の前夜

しおりを挟む
 断罪する日の前日。窓の外は、血のような夕闇がゆっくりと世界を飲み込もうとしていた。静まり返った僕の研究室に、いつもと同じ、軽やかでいてどこか孤独を孕んだ足音が近づき、扉が開いた。

「……やあ」

 入ってきたのは、皮肉にも僕を「世界で唯一の味方」だと信じ切っているレリルだった。 いつもなら、この冷え切った屋敷の中で彼が来てくれるだけで、心に灯がともるように嬉しくて仕方がなかった。けれど、今の僕には、その整った顔を直視することすらできない。喉の奥に熱い鉛が詰まったようで、何度も練習したはずの普段通りの挨拶すら出てこなかった。

「……ルクシオ? どうしたんだ。顔色が悪いぞ」

 レリルが僕の異変にすぐさま気づき、覗き込むように声をかけてきた。その瞳には、かつての冷徹な「兵器」としての鋭さはなく、ただ僕の体調を純粋に心配する色が宿っている。

 やめてくれ。そんな風に、無防備な信頼を向けないでくれ。

 罪悪感が、どす黒い毒のように全身の血管を駆け巡る。僕は今、この瞬間、お前を売る準備を整えているんだ。明日、お前を騙して、二度と日の光が届かない冷たい牢獄に繋ぎ止めるんだ。

(……いや、違う。これしか方法がないんだ。これだけが、お前を処刑台から引きずり下ろし、壊れるまで使い潰されるだけの兵器から解放する、唯一の道なんだ……!)

 僕は壊れそうなほど奥歯を噛み締め、震える声を無理やり胃の底へ押し殺して、意を決した。

「実は……、今日まで心血を注いで作っていた魔道具が、ようやく集大成を迎えそうなんだ。……だから、最後の一押しに君の魔力が、いつもより……大量に欲しくて」

 言葉が進むにつれ、自分の声がどんどん掠れ、小さくなっていくのが分かった。嘘を吐く罪悪感に押し潰されそうで、視線を泳がせ、手元の書類を意味もなく弄んでしまう。 レリルは、そんな僕の尋常ではない様子を、何かを訝しむようにじっと無言で見つめていた。その沈黙が、まるで永遠に続く審判のように長く感じられた。バレたのか。それとも、僕の裏切りに気づいて軽蔑しているのか――。

「……わかった」

 レリルは短くそう言って、躊躇いなく、静かに頷いた。 

「お前の研究だ。協力するよ」

 そのあまりにも深く、信頼に満ちた言葉が、僕の心を真っ二つに引き裂いた。 彼が生きていくために、僕は彼のこの信頼を完膚なきまでに踏みにじり、裏切りの刃をその背に突き立てなければならない。

 明日、この研究室にお前が足を踏み入れるとき、僕は「親友」ではなく「管理者」として、お前の首に消えない鎖をかけるだろう。 視界が熱くなるのを必死に堪え、僕はただ、「ありがとう」という、嘘で塗り固めた言葉を返すことしかできなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。 途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。

【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

処理中です...