虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

文字の大きさ
140 / 208
第5章

第139話:世界の歪み

しおりを挟む
「てか、その子連れてきた世界、結構くるってきてるみたいだよ?」

 説教が行われている間ずっと、手遊びでもするかのように指先で何かを操作しているようだった事務方風の神が、事も無げにその言葉を放った。

 その瞬間、俺の思考は真っ白な空間に放り出された時以上の衝撃を受け、思わず掠れた声が漏れた。

「……は?」

 俺が元いた、あの世界のことか。

 事務風神は俺をさらったいい加減な神を指差し、呆れたように、あるいは同僚のミスを嘲笑うかのような調子で言葉を続ける。その眼差しには、一国の、いや一世界の命運が左右されているという緊張感など微塵も存在しない。

「君さ、力使い続けるのめんどいからって、いつも自分が満足した展開になったらすぐに祝福(バフ)かけるのやめるせいじゃん。そのせいじゃないー?」

「うわっ、ほんとだ! えーっと、なになに……。ん? 『魔導士長』? が、なんかしたみたい。誰だっけ、そんなキャラいたっけ」

 神が事も無げに口にしたその役職名――その名前に、俺の意識は一瞬で凍りついた。

 魔導士長ルクシオ。

 俺を裏切り、俺からすべてを奪い、そして俺に「生きてくれ」と泣きついた、あの忌々しくも縁の切れない男。俺を辺境の塔へと追放し、自分だけは「正義」の側に残ったあの男の名だ。

(!? ルクシオが!? どうして、あいつが……!)

 あいつは、俺という「悪役」が排除された後の清浄な世界で、王太子や聖女と共に、日の当たる場所で笑って暮らしているはずじゃなかったのか。神の書いた「ハッピーエンド」という脚本において、主役の側近であるあいつは、安泰な余生を約束されていたはずだ。 

 確かに、俺がいなくなればあいつは傷つくだろう。あの泣き虫のことだ、しばらくは立ち直れずに塞ぎ込むことも予想していた。けれど、神が強制的に「ハッピーエンド」へ導くというのなら、その不条理な力で、あいつの悲しみすらも上書きして、どうか健やかに、幸福な日常へと連れ戻してやってほしい――俺はどこかで、そう願っていたのだ。

 泥を啜り、汚名を背負って消えていくのは俺一人でいい。あいつはそれを見届けた後、時間の経過と共に俺のことなど忘れ、光の差す「正しい側」の世界で、穏やかに立ち直っていくべき人間だったはずだろう。

 だが、俺の目の前にいる神たちは、空中に浮かぶ不可視の「画面」を覗き込むような仕草をしながら、顔を見合わせてケラケラと楽しげに笑い合っている。まるで、喜劇の登場人物が予定外のドジを踏んだのを観劇しているかのような、無邪気で残酷な笑い声だ。

「あはは! この魔導士長、必死すぎ! 君が考えたシナリオが終わって世界は平和になったんじゃなかったの? 君が代わりに入れた魂も魂でなんか問題起こしてるし、完全にバグっちゃってるじゃん」

「ほんとだー。ただ塔で大人しくしててくれればよかったのにー。魔導士長もなんでそんなに頑張ってんだろー? あーあ、物語の整合性がめちゃくちゃだよ」

 神たちが交わす軽薄なやり取りの裏で、俺の脳内はルクシオのことで一杯になった。

 神たちが指先一つで、誰かの人生を「キャラ」として消費し、笑いの種にしている間にも、ルクシオは――。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

すべてはあなたを守るため

高菜あやめ
BL
【天然超絶美形な王太子×妾のフリした護衛】 Y国の次期国王セレスタン王太子殿下の妾になるため、はるばるX国からやってきたロキ。だが妾とは表向きの姿で、その正体はY国政府の依頼で派遣された『雇われ』護衛だ。戴冠式を一か月後に控え、殿下をあらゆる刺客から守りぬかなくてはならない。しかしこの任務、殿下に素性を知られないことが条件で、そのため武器も取り上げられ、丸腰で護衛をするとか無茶な注文をされる。ロキははたして殿下を守りぬけるのか……愛情深い王太子殿下とポンコツ護衛のほのぼの切ないラブコメディです

転生したけどやり直す前に終わった【加筆版】

リトルグラス
BL
 人生を無気力に無意味に生きた、負け組男がナーロッパ的世界観に転生した。  転生モノ小説を読みながら「俺だってやり直せるなら、今度こそ頑張るのにな」と、思いながら最期を迎えた前世を思い出し「今度は人生を成功させる」と転生した男、アイザックは子供時代から努力を重ねた。  しかし、アイザックは成人の直前で家族を処刑され、平民落ちにされ、すべてを失った状態で追放された。  ろくなチートもなく、あるのは子供時代の努力の結果だけ。ともに追放された子ども達を抱えてアイザックは南の港町を目指す── ***  第11回BL小説大賞にエントリーするために修正と加筆を加え、作者のつぶやきは削除しました。(23'10'20) **

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。 途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。

【8話完結】いじめられっ子だった僕が、覚醒したら騎士団長に求愛されました

キノア9g
BL
いじめられ続けた僕は、ある日突然、異世界に転移した。 けれど、勇者として歓迎されたのは、僕を苦しめてきた“あいつ”の方。僕は無能と決めつけられ、誰からも相手にされなかった。 そんな僕に手を差し伸べてくれたのは、冷酷と恐れられる騎士団長・ジグルドだった。 なのに、あいつの命令で、僕は彼に嘘の告白をしてしまう――「ジグルドさんのことが、好きなんです」 それが、すべての始まりだった。 あの日から彼は、僕だけをまっすぐ見つめてくる。 僕を守る手は、やさしく、強くて、どこまでも真剣だった。 だけど僕には、まだ知られていない“力”がある。 過去の傷も、偽りの言葉も超えて、彼の隣にいてもいいのだろうか。 これは、いじめられっ子の僕が“愛されること”を知っていく、嘘と覚醒の物語。 全8話。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

処理中です...