虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨

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第6章

第153話:正義の検証

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 執務室の窓辺で、俺は立ち去った鴉の残像を追うように夜闇を見つめていた。

 机の上には、鴉が置いていったストルムベルク領主ヨハンの報告書と、俺が先ほど書き上げたばかりの再調査の勅命がある。

(……俺は、何を迷っている)

 神の使いを自称する怪異の言葉に気圧され、一度下した判決を疑う。

 そんなことが統治者として許されるのか。俺は幼少期から、常に「正解」を選び取る運命に導かれてきた。大人たちの醜い打算や汚職を切り捨て、曇りなき正義を貫いてきた自負がある。俺の選択が揺らぐことは、この国の秩序そのものが揺らぐことと同義なのだ。

 不意に、廊下に激しい足音が響き、近衛兵が扉を叩いた。

「殿下! ストルムベルク領主ヨハンが、単身で城内へ現れました。勅命の発令を待たず、殿下への直訴を求めております!」

「……通せ。逃亡の容疑を晴らす前に自ら現れるとは、随分と性急なことだ」

 ほどなくして、泥にまみれ、疲弊した様子のヨハンが部屋へ踏み込んできた。彼は俺の顔を見るなり、切実な声を上げた。

「殿下……! 報告書は読んでいただけたのですね。レリルは……」

「……読んだ。だが、ヨハン」

 俺は椅子から立ち上がり、冷淡な口調で彼の言葉を遮った。

「お前の調査能力には敬意を表そう。なるほど、この汚職事件に関してのみ言えば、レリルは他人の罪を被せられた『被害者』だったのかもしれん。……だが、それがどうした?」

「……どうした、とは。彼の無実が、少なくとも一つは客観的に証明されたのですよ!」

「お前は短絡的すぎる」

 俺は一歩、彼に詰め寄った。

「レリルに着せられた罪状は、これ一つではない。強奪、反逆予備、禁忌魔術の使用……。お前が証明したのは、その膨大な余罪の中の、たった一項目に過ぎない。一つの冤罪があったからといって、他のすべてが白紙になるわけではない。それが司法の、そして統治の論理だ」

 俺の言葉に、ヨハンが息を呑むのがわかった。

「一つが捏造であれば他も疑うべきだ、とでも言いたいのだろうが、それは単なる推測だ。俺は、あの男が『完全に潔白である』という確証が得られない限り、彼を野に放つリスクを負うつもりはない」

 俺の「正義」は揺るがない。  幼い頃から、俺は汚れた大人たちが「例外」や「温情」を盾に法を歪める様を見てきた。だからこそ、俺は誰よりも厳格でなければならない。たとえ一点の綻びがあろうとも、それだけで判決全体を覆すのは、国家の安定を預かる王としての合理的判断に反する。

「お前が持ってきたのは、再調査を開始するための『動機』にはなる。だが、レリルを無罪放免にする『根拠』には遠く及ばない。……ヨハン、お前の忠義は認める。だが、感情で法を語るな」

 俺の冷徹な宣告に、ヨハンは拳を握りしめ、言葉を絞り出そうとしていた。
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