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第3章:氷解のゆりかご
第46話:光差す側の住人
「……ふざけるな、と言っているんだ……!」
アルヴィスの地を這うような低い声が、リビングの空気を鋭く切り裂いた。
肩を掴む彼の指先から、言葉にできないほどの震えが伝わってくる。セシルはその震えを「怒り」だと信じ、さらに自分を追い詰める言葉を紡ぎ続けた。
「……本当のことだろう。アルヴィス、君はアストレア公爵家の嫡男だ。当代随一の騎士である君が戻れば、家門はさらなる栄華を極める。こんな地の果ての森で、なんの力も持たない男の世話をして、一生をドブに捨てるような真似はもうやめるんだ」
セシルは必死に顔を背け、自分を縛り付ける腕から逃れようともがいた。
アルヴィスの腕は、鍛え抜かれた騎士のそれだ。今の、呪術の後遺症で枯れ木のように細くなったセシルの身体など、彼がその気になれば、赤子をひねるよりも容易く制圧できてしまう。その絶望的なまでの「差」に、セシルは自分の惨めさを突きつけられた。
「君は、光の当たる場所にいるべき男だ。王都へ帰り、その剣で正義を成すべきだ。……今ならまだ、私という大罪人に『誑かされていた』と言えばいい。君には、その権利も、輝かしい未来も、手にする資格があるんだ……!」
——君には、私がいない世界で幸せになってほしい。
そう口にしながら、セシルの心臓は、自分で吐いた嘘に切り刻まれていた。アルヴィスを王都へ追い返せば、自分は本当に、この雪に閉ざされた小屋で一人、静かに腐っていくだけだ。その恐ろしさに足がすくみそうになりながら、セシルは虚勢を張り続ける。
「……それが、私のために仰っている言葉だとでも?」
アルヴィスの問いは、あまりに冷徹だった。
セシルは、その冷たさに怯えながらも、止まれば自分が崩れてしまいそうで、喉を震わせる。
「そうだ! 私は邪魔なだけだ! 君の隣にいるのが私でなければ、君はもっと誇らしく、愛する者に囲まれた人生を歩めたはずなんだ。それなのに、なぜこんな……歩くことさえままならず、君に食事を与えられなければ死んでしまうような『無力な塊』に、君の人生を捧げさせようとするんだ!」
セシルは、自分の膝を抱えて長椅子の隅で小さくなった。
自分さえ、あの雪山で死んでいれば。そう思えば思うほど、アルヴィスに「人生の心中」を強いている現状が、化け物じみた所業に思えてくる。
「君の献身は、もう十分だ。……もう、私の世話はやめてくれ。君がここにいればいるほど、私は自分が君の未来を食いつぶす害毒のように思えて……、気が狂いそうなんだ!」
自己完結した絶望。セシルは、自分の発した言葉がアルヴィスを救うための「慈悲」であると信じ込もうとしていた。だが、冷え切った指先を抱きしめる自分の心は、「本当に行かないでくれ」と醜く叫んでいる。その乖離に、セシルは吐き気すら覚えた。
「……俺の未来? それが俺の価値だと?」
アルヴィスが、ゆっくりと膝をついた。
セシルの視線と同じ高さになり、逃げ場を完全に塞ぐ。
炎に照らされた彼の横顔には、セシルの言う「輝かしい未来」など、塵ほども望んでいない男の、凄絶な決意が宿っていた。
アルヴィスの地を這うような低い声が、リビングの空気を鋭く切り裂いた。
肩を掴む彼の指先から、言葉にできないほどの震えが伝わってくる。セシルはその震えを「怒り」だと信じ、さらに自分を追い詰める言葉を紡ぎ続けた。
「……本当のことだろう。アルヴィス、君はアストレア公爵家の嫡男だ。当代随一の騎士である君が戻れば、家門はさらなる栄華を極める。こんな地の果ての森で、なんの力も持たない男の世話をして、一生をドブに捨てるような真似はもうやめるんだ」
セシルは必死に顔を背け、自分を縛り付ける腕から逃れようともがいた。
アルヴィスの腕は、鍛え抜かれた騎士のそれだ。今の、呪術の後遺症で枯れ木のように細くなったセシルの身体など、彼がその気になれば、赤子をひねるよりも容易く制圧できてしまう。その絶望的なまでの「差」に、セシルは自分の惨めさを突きつけられた。
「君は、光の当たる場所にいるべき男だ。王都へ帰り、その剣で正義を成すべきだ。……今ならまだ、私という大罪人に『誑かされていた』と言えばいい。君には、その権利も、輝かしい未来も、手にする資格があるんだ……!」
——君には、私がいない世界で幸せになってほしい。
そう口にしながら、セシルの心臓は、自分で吐いた嘘に切り刻まれていた。アルヴィスを王都へ追い返せば、自分は本当に、この雪に閉ざされた小屋で一人、静かに腐っていくだけだ。その恐ろしさに足がすくみそうになりながら、セシルは虚勢を張り続ける。
「……それが、私のために仰っている言葉だとでも?」
アルヴィスの問いは、あまりに冷徹だった。
セシルは、その冷たさに怯えながらも、止まれば自分が崩れてしまいそうで、喉を震わせる。
「そうだ! 私は邪魔なだけだ! 君の隣にいるのが私でなければ、君はもっと誇らしく、愛する者に囲まれた人生を歩めたはずなんだ。それなのに、なぜこんな……歩くことさえままならず、君に食事を与えられなければ死んでしまうような『無力な塊』に、君の人生を捧げさせようとするんだ!」
セシルは、自分の膝を抱えて長椅子の隅で小さくなった。
自分さえ、あの雪山で死んでいれば。そう思えば思うほど、アルヴィスに「人生の心中」を強いている現状が、化け物じみた所業に思えてくる。
「君の献身は、もう十分だ。……もう、私の世話はやめてくれ。君がここにいればいるほど、私は自分が君の未来を食いつぶす害毒のように思えて……、気が狂いそうなんだ!」
自己完結した絶望。セシルは、自分の発した言葉がアルヴィスを救うための「慈悲」であると信じ込もうとしていた。だが、冷え切った指先を抱きしめる自分の心は、「本当に行かないでくれ」と醜く叫んでいる。その乖離に、セシルは吐き気すら覚えた。
「……俺の未来? それが俺の価値だと?」
アルヴィスが、ゆっくりと膝をついた。
セシルの視線と同じ高さになり、逃げ場を完全に塞ぐ。
炎に照らされた彼の横顔には、セシルの言う「輝かしい未来」など、塵ほども望んでいない男の、凄絶な決意が宿っていた。
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