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第3章:氷解のゆりかご
第49話:沈黙と覚悟
あれほど激しく吹き荒れていた拒絶の言葉が止み、リビングには薪が爆ぜる音と、セシルの浅く不規則な喘ぎだけが残された。
床に崩れ落ちたセシルを、アルヴィスは背後から包み込むように抱きしめている。
先ほどまで「殺せ」と叫んでいたセシルの指先は、今はもうアルヴィスの腕を押し返す力すらなく、ただ力なく投げ出されていた。
「……は、……っ、あ……」
過呼吸の余韻で、セシルの細い肩が時折びくりと跳ねる。
アルヴィスは何も言わなかった。
「大丈夫だ」とも「落ち着け」とも、そんな安っぽい気休めを口にするほど、彼は今のセシルの絶望を軽んじてはいなかった。
セシルが十二年間、必死に固めて守り抜いてきた「鉄の心」。
それを剥ぎ取られ、剥き出しのまま晒されることが、彼にとってどれほどの恐怖であるか。
そして、自分の存在そのものが、あの日背を向けた自分への「免罪符」のように利用されていると感じることが、どれほど彼を惨めな気持ちにさせているか。
アルヴィスは、その重さをすべて、抱きしめた腕の中から伝わる震えを通して受け止めていた。
(私は、彼を救っているつもりで、また追い詰めていたのか……)
「心中してしまえ」と言って去ったあの日の罪を、介抱という形で上書きしようとしていた己の傲慢。
セシルが「心を溶かすな」と叫んだのは、一度溶けてしまえば、二度と「王」という鎧を纏うこともできず、ただの無力な人間として、いつ終わるとも知れない「失う恐怖」に怯え続けなければならないからだ。
アルヴィスはゆっくりと、壊れ物を扱うような手つきで、セシルの頭を己の胸に引き寄せた。
その顔は、もはや騎士の厳格さなどはなく、ただ、一人の愛しい人を壊してしまった男の、血を吐くような悲痛な決意に染まっていた。
これまではあの日誓った「陛下」を守るという騎士の責務が、彼を動かしていたのかもしれない。
だが、今この腕の中で、酸素を求めて喘ぐひとりの男——セシルという名の、孤独な魂。
この魂を繋ぎ止めるために必要なのは、騎士としての忠義でも、公爵家の世継ぎとしての未来でもない。
たとえ彼に「化け物」と蔑まれようと、一生をかけて「重荷」を背負い続けるという、独りよがりな、だが揺るぎない地獄への同行。
「……セシル」
掠れた声で、その名を呼ぶ。
アルヴィスはセシルの耳元で、静かに、けれど逃れられない誓いのように囁いた。
「貴方の心を溶かすのが暴力だと言うのなら、私はその罪を背負いましょう。……貴方が自分を『無力な塊』だと蔑むのなら、私がその塊を、一生この腕から離さない。……たとえ貴方が俺を、心底憎むことになったとしても」
アルヴィスの腕に、力がこもる。
力任せな制圧ではない。ただ、彼という存在がこの世から消えてしまわないよう、その境界線を必死に繋ぎ止めるような、切実な抱擁。
セシルは、その抱擁のあまりの重さに、遠のいていく意識の中で、自分がもう二度と「独り」で死ぬことさえ許されないのだという、絶望に似た確信を抱いていた。
床に崩れ落ちたセシルを、アルヴィスは背後から包み込むように抱きしめている。
先ほどまで「殺せ」と叫んでいたセシルの指先は、今はもうアルヴィスの腕を押し返す力すらなく、ただ力なく投げ出されていた。
「……は、……っ、あ……」
過呼吸の余韻で、セシルの細い肩が時折びくりと跳ねる。
アルヴィスは何も言わなかった。
「大丈夫だ」とも「落ち着け」とも、そんな安っぽい気休めを口にするほど、彼は今のセシルの絶望を軽んじてはいなかった。
セシルが十二年間、必死に固めて守り抜いてきた「鉄の心」。
それを剥ぎ取られ、剥き出しのまま晒されることが、彼にとってどれほどの恐怖であるか。
そして、自分の存在そのものが、あの日背を向けた自分への「免罪符」のように利用されていると感じることが、どれほど彼を惨めな気持ちにさせているか。
アルヴィスは、その重さをすべて、抱きしめた腕の中から伝わる震えを通して受け止めていた。
(私は、彼を救っているつもりで、また追い詰めていたのか……)
「心中してしまえ」と言って去ったあの日の罪を、介抱という形で上書きしようとしていた己の傲慢。
セシルが「心を溶かすな」と叫んだのは、一度溶けてしまえば、二度と「王」という鎧を纏うこともできず、ただの無力な人間として、いつ終わるとも知れない「失う恐怖」に怯え続けなければならないからだ。
アルヴィスはゆっくりと、壊れ物を扱うような手つきで、セシルの頭を己の胸に引き寄せた。
その顔は、もはや騎士の厳格さなどはなく、ただ、一人の愛しい人を壊してしまった男の、血を吐くような悲痛な決意に染まっていた。
これまではあの日誓った「陛下」を守るという騎士の責務が、彼を動かしていたのかもしれない。
だが、今この腕の中で、酸素を求めて喘ぐひとりの男——セシルという名の、孤独な魂。
この魂を繋ぎ止めるために必要なのは、騎士としての忠義でも、公爵家の世継ぎとしての未来でもない。
たとえ彼に「化け物」と蔑まれようと、一生をかけて「重荷」を背負い続けるという、独りよがりな、だが揺るぎない地獄への同行。
「……セシル」
掠れた声で、その名を呼ぶ。
アルヴィスはセシルの耳元で、静かに、けれど逃れられない誓いのように囁いた。
「貴方の心を溶かすのが暴力だと言うのなら、私はその罪を背負いましょう。……貴方が自分を『無力な塊』だと蔑むのなら、私がその塊を、一生この腕から離さない。……たとえ貴方が俺を、心底憎むことになったとしても」
アルヴィスの腕に、力がこもる。
力任せな制圧ではない。ただ、彼という存在がこの世から消えてしまわないよう、その境界線を必死に繋ぎ止めるような、切実な抱擁。
セシルは、その抱擁のあまりの重さに、遠のいていく意識の中で、自分がもう二度と「独り」で死ぬことさえ許されないのだという、絶望に似た確信を抱いていた。
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