58 / 86
第3章:氷解のゆりかご
第56話:記憶の温もり
しおりを挟む
アルヴィスの背にしがみつき、その胸に顔を埋める。
伝わってくるのは、圧倒的な「肯定」の熱だった。
セシルには、誰かに抱かれた記憶がほとんどない。幼くして両親を亡くし、その直後に「聖王」の資質を見出されて以来、彼に触れる手はすべて、魔力を計測するための冷たい指先か、儀式のために着飾らせるための、事務的で敬虔な手袋越しのものでしかなかった。
「愛」とは、何かを成し遂げた代償に与えられる賞賛のことだと思っていた。
「慈しみ」とは、聖王という偶像に向けられる、民の盲目的な信仰のことだと思っていた。
けれど、今自分を包んでいるこの腕は、そのどれとも違う。
(ああ……、温かい……。こんなに、苦しいほどに……)
アルヴィスの心音は、激しく、力強くセシルの耳に響いている。
それは、セシルが役立たずの罪人であっても、魔力を失った病人であっても変わらずに、ただ「セシルがここにいる」という一点のためだけに熱を帯びている鼓動だ。
ふと、先ほど思い出した幼い日の記憶が重なる。
国を愛していた父と、穏やかに微笑んでいた母。あの日、二人の腕の中で感じた、お日様の匂いのする抱擁。
何者でもなかった自分を、ただ「大切な息子」として抱きしめてくれた、あのかけがえのない温もり。両親を失い、神殿の冷たい石畳に独り放り出されたあの日、セシルは一生分の温もりを使い果たしたのだと諦めていた。
二十年もの間、凍てつく玉座で独り、その温もりを「不要な弱さ」として切り捨ててきた。だが、本当は、死ぬほど欲しかったのだ。誰の期待も背負わず、王という役割からも解き放たれて、ただ一人の人間として、誰かの腕の中で眠ることを。
「……セシル。……貴方は、独りではありません。もう、二度と」
アルヴィスが、セシルの後頭部を大きな掌で優しく包み込み、自らの肩へと深く引き寄せる。
その仕草は、狂おしい情愛を秘めながらも、同時に迷い子を導く親のような、あるいは傷ついた雛を羽に隠す鳥のような、慈愛に満ちていた。
「君は……なぜ、こんな私を……。私は、君に……何もあげられないのに……」
震える声でセシルが呟くと、アルヴィスはセシルの背中を、一定のリズムでゆっくりと、あやすように叩いた。トントン、と伝わるその振動は、あの日失った母の鼓動に似ていた。
「何もいりません。貴方が今、こうして私の腕の中で息をしている。……それだけで、私の二十年間の渇きはすべて癒やされているんです。貴方が生きている。ただそれだけのことが、私にとっては奇跡そのものなのですから」
見返りを求めない。ただ、存在を慈しむ。
その「無償の愛」というものの正体を、セシルは初めて、己の肌と魂で理解した。
それは、失われた二十年という歳月を埋めるように、セシルの枯れ果てた命を潤していく。彼の心にこびりついていた「孤独という名の毒」が、アルヴィスの熱によって、静かに浄化されていった。
アルヴィスの胸で感じる温もりは、失われた過去を埋め合わせるだけではない。
これから始まる新しい生への、確かな「拠り所」になろうとしていた。
伝わってくるのは、圧倒的な「肯定」の熱だった。
セシルには、誰かに抱かれた記憶がほとんどない。幼くして両親を亡くし、その直後に「聖王」の資質を見出されて以来、彼に触れる手はすべて、魔力を計測するための冷たい指先か、儀式のために着飾らせるための、事務的で敬虔な手袋越しのものでしかなかった。
「愛」とは、何かを成し遂げた代償に与えられる賞賛のことだと思っていた。
「慈しみ」とは、聖王という偶像に向けられる、民の盲目的な信仰のことだと思っていた。
けれど、今自分を包んでいるこの腕は、そのどれとも違う。
(ああ……、温かい……。こんなに、苦しいほどに……)
アルヴィスの心音は、激しく、力強くセシルの耳に響いている。
それは、セシルが役立たずの罪人であっても、魔力を失った病人であっても変わらずに、ただ「セシルがここにいる」という一点のためだけに熱を帯びている鼓動だ。
ふと、先ほど思い出した幼い日の記憶が重なる。
国を愛していた父と、穏やかに微笑んでいた母。あの日、二人の腕の中で感じた、お日様の匂いのする抱擁。
何者でもなかった自分を、ただ「大切な息子」として抱きしめてくれた、あのかけがえのない温もり。両親を失い、神殿の冷たい石畳に独り放り出されたあの日、セシルは一生分の温もりを使い果たしたのだと諦めていた。
二十年もの間、凍てつく玉座で独り、その温もりを「不要な弱さ」として切り捨ててきた。だが、本当は、死ぬほど欲しかったのだ。誰の期待も背負わず、王という役割からも解き放たれて、ただ一人の人間として、誰かの腕の中で眠ることを。
「……セシル。……貴方は、独りではありません。もう、二度と」
アルヴィスが、セシルの後頭部を大きな掌で優しく包み込み、自らの肩へと深く引き寄せる。
その仕草は、狂おしい情愛を秘めながらも、同時に迷い子を導く親のような、あるいは傷ついた雛を羽に隠す鳥のような、慈愛に満ちていた。
「君は……なぜ、こんな私を……。私は、君に……何もあげられないのに……」
震える声でセシルが呟くと、アルヴィスはセシルの背中を、一定のリズムでゆっくりと、あやすように叩いた。トントン、と伝わるその振動は、あの日失った母の鼓動に似ていた。
「何もいりません。貴方が今、こうして私の腕の中で息をしている。……それだけで、私の二十年間の渇きはすべて癒やされているんです。貴方が生きている。ただそれだけのことが、私にとっては奇跡そのものなのですから」
見返りを求めない。ただ、存在を慈しむ。
その「無償の愛」というものの正体を、セシルは初めて、己の肌と魂で理解した。
それは、失われた二十年という歳月を埋めるように、セシルの枯れ果てた命を潤していく。彼の心にこびりついていた「孤独という名の毒」が、アルヴィスの熱によって、静かに浄化されていった。
アルヴィスの胸で感じる温もりは、失われた過去を埋め合わせるだけではない。
これから始まる新しい生への、確かな「拠り所」になろうとしていた。
6
あなたにおすすめの小説
ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために
ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話
※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。
俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。
黒茶
BL
超鈍感すぎる真面目男子×謎多き親友の異世界ファンタジーBL。
※このお話だけでも読める内容ですが、
同じくアルファポリスさんで公開しております
「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」
と合わせて読んでいただけると、
10倍くらい楽しんでいただけると思います。
同じ世界のお話で、登場人物も一部再登場したりします。
魔法と剣で戦う世界のお話。
幼い頃から王太子殿下の専属護衛騎士になるのが夢のラルフだが、
魔法の名門の家系でありながら魔法の才能がイマイチで、
家族にはバカにされるのがイヤで夢のことを言いだせずにいた。
魔法騎士になるために魔法騎士学院に入学して出会ったエルに、
「魔法より剣のほうが才能あるんじゃない?」と言われ、
二人で剣の特訓を始めたが、
その頃から自分の身体(主に心臓あたり)に異変が現れ始め・・・
これは病気か!?
持病があっても騎士団に入団できるのか!?
と不安になるラルフ。
ラルフは無事に専属護衛騎士になれるのか!?
ツッコミどころの多い攻めと、
謎が多いながらもそんなラルフと一緒にいてくれる頼りになる受けの
異世界ラブコメBLです。
健全な全年齢です。笑
マンガに換算したら全一巻くらいの短めのお話なのでさくっと読めると思います。
よろしくお願いします!
死に戻り騎士は愛のために願う 〜10回だけの奇跡〜
湯川岳
BL
「一生苦しむがいい。その呪いは俺からのプレゼントだ」
幼い頃に出会った友から呪いを貰ってしまったユーリ。
時は流れ、シューベルト家次男のアルトを追って騎士団に入隊をし、副団長まで上り詰めたユーリ。
毎日アルトの世話をしていく内に心惹かれていく。
「キスしてみろよ。それでオレが嫌じゃなければ……考えてやってもいい」
ユーリはアルトに口付けをする。そして呪いがこの時を待っていたかのように発動してしまった。
意識が乗っ取られ、目を覚ませばそこにあったはずの幸せは鮮やかな赤で染まっていた。
その日を境に始まったのは、暗くて長い道のりだった。
※アルト編、ユーリ編。どちらから先に読まれても大丈夫です。
エンディング異なります。それもお楽しみ頂けたら幸いです。
※最後はハッピーエンド確定。4話までだいぶ暗めの話なので苦手な方はお気をつけ下さい。
※タイトル変えてみました。
旧:死に戻り騎士の願い
表紙素材:ぱくたそ
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
『聖クロノア学院恋愛譚 』記憶を失ったベータと王族アルファ、封印された過去が愛を試すまで
るみ乃。
BL
聖クロノア学院で、記憶と感情が静かに交差する。
「君の中の、まだ知らない“俺”に、触れたかった」
記憶を失ったベータの少年・ユリス。
彼の前に現れたのは、王族の血を引くアルファ・レオンだった。
封じられた記憶。
拭いきれない心の傷。
噛み合わない言葉と、すれ違う想い。
謎に包まれた聖クロノア学院のなかで、
ふたりの距離は、近づいては揺れ、また離れていく。
触れたいのに、触れられない。
心を開けば、過去が崩れてしまう。
それでも彼らは、確かめずにはいられなかった。
――やがて、学院の奥底に眠る真実が、静かに目を覚ます。
過去と向き合い、誰かと繋がることでしか見えない未来がある。
許し、選びなおし、そしてささやかな祈り。
孤独だった少年たちは、いつしか「願い」を知っていく。
これは、ふたりの愛の物語であると同時に、
誰かの傷が、誰かの救いへと変わっていく物語。
運命に抗うのは、誰か。
未来を選ぶのは、誰なのか。
優しさと痛みが交差する場所で、物語は紡がれる。
【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。
ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。
幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。
逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。
見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。
何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。
しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。
お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。
主人公楓目線の、片思いBL。
プラトニックラブ。
いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。
2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。
最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。
(この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。)
番外編は、2人の高校時代のお話。
オレにだけ「ステイタス画面」っていうのが見える。
黒茶
BL
人気者だけど実は人間嫌いの嘘つき先輩×素直すぎる後輩の
(本人たちは気づいていないが実は乙女ゲームの世界である)
異世界ファンタジーラブコメ。
魔法騎士学院の2年生のクラウスの長所であり短所であるところは、
「なんでも思ったことを口に出してしまうところ。」
そして彼の秘密は、この学院内の特定の人物の個人情報が『ステータス画面』というもので見えてしまうこと。
魔法が存在するこの世界でもそんな魔法は聞いたことがないのでなんとなく秘密にしていた。
ある日、ステータス画面がみえている人物の一人、5年生のヴァルダー先輩をみかける。
彼はいつも人に囲まれていて人気者だが、
そのステータス画面には、『人間嫌い』『息を吐くようにウソをつく』
と書かれていたので、うっかり
「この先輩、人間嫌いとは思えないな」
と口に出してしまったら、それを先輩に気付かれてしまい・・・!?
この作品はこの1作品だけでも読むことができますが、
同じくアルファポリスさんで公開させていただいております、
「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」
「俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。」
とあわせて「乙女ゲー3部作」となっております。(だせぇ名前だ・・・笑)
キャラクターや舞台がクロスオーバーなどしておりますので、
そちらの作品と合わせて読んでいただけたら10倍くらい美味しい設定となっております。
全年齢対象です。
BLに慣れてない方でも読みやすいかと・・・
ぜひよろしくお願いします!
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる