復讐の鎖に繋がれた魔王は、光に囚われる。

篠雨

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第2章 勇者視点

第5話:記憶の中のノアール

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訓練を始めてから二年が経過した。11歳になった俺の身体は、王城の過酷なメニューによって、常人離れした強靭さを備え始めていた。光魔法の力は驚異的に増幅し、俺の瞳の金色は、もはや制御不能な暴走ではなく、冷徹な意思を持つ光として定着していた。

だが、心の孤独は深まるばかりだった。

師範たちは、俺がどんなに完璧に技をこなしても、剣を振るう度に、冷たい目で評価を下す。

「勇者なら、当然だ」
「聖炎の出力がまだ足りん。ノアール殿下を滅ぼすには、その三倍の光が必要だ」

彼らにとって俺は、ノアールという巨大な闇に対抗するための、高性能な計算機のようなものだった。感情は不要、ミスは許されない。

夜、自分の部屋に戻ると、訓練の疲労と、心の冷たさに押しつぶされそうになった。
そんな極限状態の中で、俺の心に一つの変化が生まれた。

それは、まるで現実であるかのように、ノアールの声が聞こえるようになったことだ。

(脳内会話が始まる)

『もうダメだ。こんなに痛いのに、誰も……誰も褒めてくれない』

身体の震えを止められず、俺が壁に寄りかかっていると、記憶の中のノアールが、すぐ隣に座っているような感覚に襲われた。

『セレ、すごいよ。誰も君の努力を見ていないけど、俺は見てる』

ノアールの声は、森の屋敷で聞いた、優しく、熱のこもった声だった。

『嘘だ。お前は、俺を裏切って鎖を解いただろう』

『……ごめんね、セレ。でも、あの時の君の光は、本当に綺麗だった。君は、世界一の勇者になれるよ』

『勇者なんか、なりたくない。俺はただ、お前に必要とされたかっただけだ』

『俺は、今でも君が必要だよ。誰にも言えないけど、俺がこの闇に勝てるのは、君が頑張っているからだって、知っているよ』

ノアールの声は、俺の孤独な精神を支える、唯一の温かい源となった。現実の大人たちが俺の存在を認めないからこそ、憎むべきはずのノアールの言葉だけが、俺の頑張りを肯定してくれた。

俺はノアールに裏切られたことを忘れていない。彼の鎖を燃やした騎士団長たちへの憎しみも消えていない。しかし、そのすべてを乗り越えて訓練を続ける原動力は、もはや「ノアールとの記憶」そのものに変わっていた。

『聖炎』の訓練が成功すると、俺は心の中でノアールに報告した。
『ねえ、ノアール。俺、今日、失敗しなかったよ』

『うん、知ってる。セレは、本当にすごいね。よく頑張った。』

その「よく頑張った」という一言が、王城のどんな賛辞よりも、俺の心を救った。

いつしか、ノアールとの脳内会話は、俺の心の「儀式」となった。彼の言葉がなければ、俺は訓練の苦痛に耐えられなかっただろう。

ノアールを憎むはずだった俺の心は、いつの間にか、彼の存在に深く依存し始めていた。

俺がノアールを討ちに行くのは、彼の裏切りを罰するためだけではない。それは、俺を褒めてくれる唯一の存在であるノアールを、再び自分の手で繋ぎ止めるための、セレ自身の執着の芽生えだった。

この執着こそが、俺を勇者として完成へと突き動かす、新たな原動力となった。俺は、ノアールの裏切りを許さないが、同時に、彼がいない世界も許せなかった。
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