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第六話 タカ子さん一筋ですから!
しおりを挟む翌朝、タクヤンを早くに教室に呼び出して昨日の顛末を話した。
タクヤンは始終だまって聞いていたけれど、最後のオチを聞くなり、ゲラゲラと笑いだした。
「能有さんって、実はめっちゃ天然? すごすぎ」
「すごくない。しかもそれで僕は困ってるんだけど」
「でも、そのおかげでこれからも一応カレシでいられるわけだろ? 一応」
「一応、を強調するな」
僕は机に突っ伏しながらうなだれた。
「これから僕はどうしたらいいんだ」
「どうもこうも、能有さんの秘密の恋人ってシチュエーションを楽しめばいいじゃん。この調子ならライバルも現れそうにないし?」
「そうだけどさー」
タクヤンが僕のほほを楽しそうにつまんで遊んでいると、教室のドアをノックする音が聞こえてきた。他クラスの生徒か? と思って振り返ると、小さな女の子が教室をのぞき込んでいた。
「……と、鳶尾お兄ちゃん」
その子ははっきりとそう言った。はずかしそうで消え入りそうな声だったけれど、でもあきらかに〈鳶尾〉と呼んだ。〈拓弥〉じゃなかったし、教室には今、僕ら以外に生徒はいない。ということは、彼女は僕のことを呼んだのか?
「鳶尾お兄ちゃん!」
その子は教室に転がるようにして入り込むと、僕の前にかけてきて言った。
「わ、わたしと付き合ってくだしゃいっ!」
噛んだ。しかしそこをつっこむほど僕は余裕がなかった。
「……え、だれ?」
「おい、鳶尾。ウソでもそれは今言っちゃダメだろ」
案の定、その子は大きな目を潤ませて今にも泣きそうな表情を見せた。
「覚えてないですか? 同じ幼稚園だった、烏丸みずきです。幼馴染の……」
「烏丸……?」
僕はうでを組んで首を傾げた。そういえば幼稚園生ぐらいのころ、僕にいつもくっついて回っていた女の子がいた気がするが……それがこの子だろうか?
「へえ、幼馴染ってやつ?」
タクヤンは感心そうに僕らをみてうなずいた。烏丸みずきと名乗ったその少女は「そうですっ」と笑顔でうなずいた。大きな瞳に小さな口と鼻。ふわっとした髪型が日本人形のようにきれいで愛らしかった。
「あ……でも今はこいつ……」
タクヤンがそう言いかけると、再び教室の外から「失礼します」と声が聞こえた。
「鳶尾くん。実はずっと返そうと思っていた手袋なのだけど。穴が開いていたから直していたらすっかり返すのを忘れちゃっていたわ」
そう言って僕の席に近づく。すると烏丸の存在に気付いた。
「あら、烏丸さん? どうしたの?」
「能有先輩……」
タクヤンが「二人は知り合いですか?」と尋ねると、タカ子さんが「ええ」とうなずいた。
「彼女は美術部の新入部員よ。もしかして塩見くんの妹かしら? でも名字が違うわね」
「ええ、俺じゃないです」
タクヤンはそう言って僕を指さした。するとタカ子さんは首を傾げた。
「鳶尾くんの妹? 一人っ子だと思っていたけれど」
すると震えながら様子をうかがっていた烏丸が「ちがいますっ!」と叫んだ。
「わたしは、鳶尾お兄ちゃんの妹じゃありません! 幼馴染です! それで、許嫁でもあるんですっ!」
そう言って僕の右腕に抱き着いた。
「ちょ、ちょっと!」
僕はあわててそのうでを振りほどこうとした。
「タクヤン、助けて――」
僕がそう助けを求めても、タクヤンは固まってしまっていた。
「タカ子さん、助けて」
しかしタカ子さんも固まっていた。息すらしていないかもしれない。
「あ、あの、ちがいますから。そんなんじゃないです――」
「ウソですっ! 約束しました! お兄ちゃんが幼稚園卒業して引っ越しちゃう日に約束してくれました! みずきと結婚するから、迎えに来るまで待ってて、って!」
「知らないー!」
「ショーメイできますよ! 約束のお手紙も家にはあります!」
烏丸は必至のあまりに目に涙まで浮かんでいる。
いやいやいや、そんないきなり急なことを言われても、僕にはその記憶がとんとありません!
すると左腕がガシッとつかまれるのを感じた。見ればタカ子さんが必死に抱き着いていた。
「た、タカ子さんっ?」
「烏丸さん。残念だけど、彼は私の恋人なの。カレシなの。私たちは誓い合った仲なの」
「タカ子さんっ!」
僕の顔は沸点を越えたヤカンのようにシューシュー熱を発していた。
「そ、それは秘密なのでは……?」
「そんなこと、今は問題ないわ!」
問題ないんですか? 僕はもう訳が分からない。
「鳶尾お兄ちゃん! みずきと結婚してください!」
右腕が強く引っ張られる。
「鳶尾くん、ここははっきりさせないといけないわ!」
左腕も強く引っ張られる。
「ぼ、僕は――……」
まるで左右から引っ張られた糸がぷつんと切れたように、僕の意識も途切れた。
やっとタカ子さんと安心してお付き合いできると思ったら、なんという展開。
僕に〈おだやかな青春〉という言葉は程遠いらしい。
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