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4.協力(南)
しおりを挟む寝れなかった。
カーテンの隙間から陽が差し込み始め、外がぼんやりと青白くなっているのが分かる。
夜と朝の境目、不思議な時間。
まだ薄暗い部屋の天井を見つめる。
結局あの後は冷静になるのに時間がかかり、脱がし途中のスーツと先輩の口から溢れたままの水を片ずける為に寝室に行く事をためらい続けた。
やっとの思いで全てを終わらしリビングのソファで寝ようにも自分が普段使うベッドで先輩が寝てると思うと隣の寝室を意識して結局寝れなかった。
「先輩、コーヒーとお茶どっちがいいですか?」
朝食を作り終え、まだ寝ているだろうと思っていた先輩を早めに起こしに、区切りをつけたつもりの気持ちと共に部屋に入ると言う苦行まがいな事をしたけれどそれもあっさりとしていた。
先輩はすでに起きていて、最初は俺の事を覚えていない様子だったのが不服に感じられたけど自己紹介をすればすぐに思い出してもらえ解決。
作った朝食を机に並べ後から出てきた先輩に尋ねる。
「こ、コーヒーで、お願い」
寝室の扉から出てきた先輩は扉の前で立ち止まり聞かれた質問にキッチンに居る俺をまじまじと見つめながら答える。
「分かりました。そっち側に座って待ってて下さいすぐ用意して持っていきますね」
「う、うん。ありがとう」
少し大きめの俺の服を着ている先輩を今度は俺が横目で見ながら二人分のコーヒーをいれる。
「出来ましたよ、食べますか」
「あ、ありがとう。これ、全部南が作ったのか?」
「ええ、まあ。自炊は結構する方なので」
「そ、そっか。いただきます」
少し遠慮がちにそう言いながら箸を持ち食べ始める。
不思議な感覚を通り越して異様だ。
いつもは一人なのに今日は先輩が目の前にいて、俺が作った朝食を食べている。
箸を持つ手も動く口も全ての仕草が昨日の事を意味もなく思い出させ胸が苦しい。
朝からとことん自分が卑猥な人間に思えて仕方ない。
「先輩は今日仕事ですか?俺は大学休みなんですけど先輩が仕事かもしれないと思って早めに起こしに行こうとしたら起きてたから」
沈黙が続くのを避ける為に当たり障りない質問をする。
「ん?俺も休みだよ、土日は休み。あっこれ美味しい」
俺の問いかけに答えながらそのままこっちを向いて最後に笑顔になる。
何をされたか知らない顔。
純粋な笑顔を振りまき昨日の夜自分がどんな顔をしていたか知らない顔。
「そうですか……ご飯も美味しいなら良かったです」
これもまた当たり障り無く平凡な笑顔で返す。
もし俺が考えてる事や想像してる事が先輩に知れたらどうなるかなんて考えたくもない。
「そうだ南、あらためて昨日は迷惑かけたみたいでごめんな。たまたまでも南があの場所に居てくれて本当に助かったよ」
「いえ、全然。俺も昨日はあの近くに居てその帰りだったんで別に大したことないですよ。誰もいない所で倒れられてるよりは全然ましです」
昨日の事を思ってのか、先輩は二度目の謝罪をする。
寝起きのせいで綺麗な黒髪ストレートは数カ所外に跳ねたまま、大きめの服の袖を何度かまくりながら言う。
「そ、そっかありがとう。南は飲み会か何かだったのか?」
「ええ。俺この間二十歳になったんでそれも兼ねて大学の友達に祝ってもらいました」
「そ、そうなんだ。二十歳になったのか、なんか若いな」
「先輩も充分若いですよ、二つしか違わないですし。それに昨日は女ばっかだったからあんまり楽しくなかったです。二十歳になってもこんなものかって思いましたよ」
「女……ばっかり?」
その単語を聞き、少し顔を引きつらせるような表情をして、残り半分程度になった朝食に伸ばす箸が止まる。
「あ、女の人の話も苦手ですか?」
「いや……そんな事はないけど。女性の人がいるお酒の場は仕事じゃなきゃ俺は絶対無理だと思うから、プライベートでって、なんか想像つかなくて。一般的なんだろうけど」
そう言いながら止まったままの腕を伸ばしまた食べ始める。
「まぁ、そうですね。大学も女性の人は普通にいますし」
「そうだよなぁ、南は顔が良いからモテるだろうし女性が苦手じゃなきゃ不自由ないよな」
「モテるのは否定しないですけど、良いか悪いかは人によりますよ」
「否定しないのか……。そんなものか、彼女は?」
「俺ですか?いませんよ」
先輩からそう言う話題を振られるとは思わず今度は俺の方が止まる。
彼女なんか生まれて一度も出来たことはない。
そもそも俺の恋愛対象は後にも先にも〝男〟だ。
「え、なんか意外だな。俺も、苦手じゃ無ければ普通に女性と恋愛して結婚して子供作って幸せに暮らしてたかもしれないな。無理なの分かってるけどやっぱり怖いって思うとそういう風に見えないから仕方ないんだよな」
「恋愛……してみたいって思うんですか?」
動けない。
思いもよらない先輩の心情を意味もなく聞かされ、先輩が好きだという気持ちは閉じこめてあるはずなのに苦しくなるのは気のせいじゃないって分かる。
「それは思うよ。けど誰かを好きになったことないからどんなものなのか分からないし興味がある程度だけどね」
「でも、好きにならなくても、女性と普通に会話したり二人じゃなくても飲みに行ったり出来るようになればその後は自然に色々出来るかもしれないですよ」
良い人、良い後輩ぶって思ってもいない言葉を連ねる。
何が一番怖いって、気持ちを打ち明けた先には何も存在しないって分かってるから。
それが分かってるから少しでも先輩にとって記憶に残る人間でいたい。
「そう、なのかな……。でも自分じゃどうしたらいいかとか、分からないから。女性の人が苦手って事も今まで誰かに話したことなんてなかったし、相談する相手もいなかったから」
「そう……ですか。相談ぐらいなら俺でよければいつでも聞きますよ」
「えっ……?」
綺麗に食べ終えてくれた朝食を横目で見ながら、まだ多少暖かいだろうコーヒーを口に持っていく手前でまた動きが止まる。
「この事知ってる人や、相談できるような人が居ないんですよね?俺も昨日そうなのかなって思って今朝知ったばかりですけど先輩が誰かに相談出来るようになれば少しは何か変わるのかなって思って」
「で……でもそんな、昨日五年ぶりに再開したばかりで、それに二つも年下の後輩にそんな事お願いするのは……流石に」
目を泳がせ何かを塞ぐように声が小さくなる。
「俺は……別に全然大丈夫ですよ。俺が何か協力したいと思っただけで」
「で、でも……本当に、いいのか?」
「と言っても俺自身も女性の事はそんなに分かる訳じゃないんで力になれるかどうか分からないですけど」
「いや、そんな……。話聞いてくれるだけでも今まで無かったことだからなんと言うか、すごく有難い」
「なら良かったです。いつでも相談してきて下さい、何でも協力しますね」
「う、うん。ありがとう」
全部、思ってもいないこと。
先輩の事を思って言った事でもない。
ただ単に俺が先輩と少しでも関わっていられる理由を作っただけ。
自分がどうしよもなく最低だって事は昨日の事を思えば言わずとも分かる。
先輩の弱みに漬け込むような話を持ち出し成長していくかもしれない先輩を見ながら自分が何をするか分からないって事も今はそこまで分かる。
何も関わり合えず卒業して行った先輩を黙って見ていたあの過去を塗り替えるために。
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