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 そんな事を考えながらその集団を見ていると、ユリアーナさんと目が合った。
「こんにちは。アーディルさん」
 ユリアーナさんは立ち上がって僕に向かってそう声をかけてきた。
「こんにちは。ユリアーナさん」
 僕も答える。

 ユリアーナさんは学問の分野で第2位の成績を修めている。
 第1位の僕とは互いに競い合う間柄であり、以前から見知っていた。
 ただ、セスリーン殿下は自分の取り巻きが他の生徒と仲良くする事を快く思わないので、僕の方から声をかけることはほとんどない。
 それでも、ユリアーナさんは気さくに声をかけて来てくれる。

「よろしければ、お昼をご一緒しませんか?」
 今もそんなことを言ってくれた。
 セスリーン殿下の影響で、唯一の取り巻きである僕まで孤立気味になっている事を気にしてくれたようだ。

「せっかくですが、遠慮しておきます。1人の方が性にあっているので」
 だが、僕はそう言って断った。
 僕があの集まりに加わったら、きっと最後の取り巻きも殿下の下を離れたと噂される。それは避けるべきだ。

「ユリアーナがせっかく声をかけてやったというのに、無礼な奴だな」
 そう言ってくるオストロス・エルナバータ殿に、「申し訳ありません」と頭を下げながら謝罪の言葉を返す。
 せっかく声をかけてくれたのに申し訳ないと思っているのも事実だ。

「エルナバータ殿、この男は未だにあの第二皇女に尻尾を振っている愚か者です。
 時節も読めずに今でも何か得になることがあると思っているんでしょう。
 そんな愚者に道理を説くだけ無駄ですよ」
 ヤズィークさんがオストロス殿に向かってそう告げる。
 なんとも嫌味たらしいいい方だった。

 学問分野で第3位のヤズィークさんも僕に対抗意識を持っているようだ。けれどユリアーナさんと違って、競い合うというよりも露骨な敵愾心を向けてくることが多い。
 戦闘実技でも3位で総合的にもっとも優秀と言われている立場なんだから、そんなに攻撃的になる必要はないと思うんだが……。

「愚かかどうかはともかく、あのような卑怯卑劣な方に傅くのはいかがなものかと思いますね」
 そう言い放ったのはイアン・レーリック殿。
 まあ、権力を嵩にきたセスリーン殿下の行いは確かに卑怯卑劣といえるかもしれない。
 だが、それをこうもはっきり口に出来るのは、イアン殿が既に、帝国とは自主独立の間柄にある戦神の神殿に属しているからだろう。

 ムスタフ・エバルズ殿もうなずいている。
 口には出さないが同じように考えているという事か。

「セスリーンは、自身の余りにも横暴な行いの報いを受けた。
 ユリアーナを傷つけたのも許せないが、それ以前の行動にも目に余るものがあった。
 余りにも傲慢で、非道。成績もよろしくない。とてもではないが、人の上に立つべき者ではなかったのだ。
 彼女が浮かび上がることはもうあるまい。いつまでも彼女についているべきではない。
 それに比べてユリアーナは、慈愛に満ち、可憐で、その上頭脳明晰だ。正に人の中心にいるべき存在だ。その言葉には従っておくべきだぞ」
 オストロス殿がそう告げる。

「……」
 僕は言葉を返す事ができなかった。
 個人的な感情を無視して、客観的に評価するならば、この発言はさすがにどうかと思う。
 セスリーン殿下の行いが良くなかったのは間違いないが、オストロス殿はそれを正すべき立場だった。
 まあ、仮にも取り巻きをしていた僕にもその責任はあっただろう。

 しかし最高位の貴族家の出身で、婚約者でもあったオストロス殿こそが、もっともセスリーン殿下へ諫言しやすい立場だった。しかし、オストロス殿はそのようなことは一切していなかった。
 それが今になってこんな物言いをするのは適切とは思えない。
 それに、帝位継承権を失ったとはいえ、皇族であることに変わりはない殿下に対してこれは言いすぎだ。

 オストロス殿は、最近この様な発言をいろいろなところで頻繁に行っているらしい。

 沈黙してしまった僕に、アビア・イルクエトゥ殿が助け舟を出してくれた。
「エルナバータ殿、そのような言い方をしてはユリアーナが同席を強要しようとしているように聞こえてしまう。
 同席して欲しいと思うこともあれば、1人で食事をしたいと思う時もある。
 同席を誘いたいなら誘えばいいし、1人で食べたいなら誘いを断ればいい。
 それだけのこと。大げさにする必要はない。そうだろう? ユリアーナ」

「え、ええ、もちろんです。ごめんなさいアーディルさん。いずれまた機会があったらご一緒してください」
 思わぬ展開に、ついていけなくなっていたらしいユリアーナさんがそう言った。
「はい、いずれまた」
 僕はそう返す。
 ユリアーナさんは心底申し訳なさそうな様子を見せている。
 そして僕は、不機嫌そうな様子のオストロス殿他の皆に向かって「それでは失礼します」と告げて頭を下げた。
 その時一瞬だけアビア殿に向かって感謝の気持ちを込めた視線を送る。
 アビア殿は微笑んでくれた。

 と、アビア殿の隣に座っていたファヴァルさんから鋭い視線を感じた。
 気になったが、これ以上この場に居たくはない。僕はさっさと離れる事にした。

(ひょっとして、アビア殿が僕に助け舟を出したのが気に入らなかったのかな?)
 ファヴァルさんの鋭い視線が気になった僕は、その場から立ち去りつつそんなことを思った。
 ファヴァルさんとアビア殿は、男女交際というものをしている間柄だったからだ。

 何でも噂によると、数ヶ月前に今ほど強者と思われていなかった頃のファヴァルさんと、当時個人戦闘の部門で第1位だったアビア殿が、何かのっぴきならない諍いを起こしたのが切っ掛けだったそうだ。
 2人は負けた者は勝った者の言う事を何でも聞くという条件で決闘することになり、ファヴァルさんが勝って、そういうことになったのだとか何とか……。

 ことの真偽はともかく、意外に嫉妬深いのか、ファヴァルさんはアビア殿が他の男と話したりすることを快く思わないらしい。
 ちなみに、平民のファヴァルさんと侯爵令嬢のアビア殿では、普通ならば全くありえないほどの身分違いだ。
 しかし、ファヴァルさんが今のままでも軍の主力になれるとまで高く評価されているからには、身分差を越えることも夢ではない。
 軍の主力となるほどの強者を抱え込むのは貴族家にとっても有益だし、功を上げればファヴァルさん自身が爵位を得る事もありえるからだ。

 いずれにしても、こんな事で個人戦闘学院第1位に目をつけられては堪らない。
 今後はいっそう慎重に行動するべきだろう。
 そう思いつつ、僕は1人で食事をとったのだった。
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