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 セスリーン殿下も驚いておられるようだった。
 僕がそれなりに戦えるということは厳重に隠していたから、殿下に気付いてもらえていなかったのも当然だ。
 僕が自分の実力を隠していたのは、父さんにそう命じられていたからだ。
 戦士として有望だったが故に、望む道に進むことが出来なかった父さんは、戦術・戦略を十分に学ぶ為に、剣の腕は隠せと僕に命じた。僕はその言葉に従った。

 でも、僕は、本当は戦士としての父さんに憧れていたし、かつて殿下に頑張れと言われたのも、剣の稽古をしている時だったから、剣の訓練をやめるつもりはなかった。
 だから、気付かれないように出来るだけ姿形を変えて、休日の活動で剣の腕も磨いていた。
 お陰で、こうして殿下の為に戦い、勝つことが出来た。僕の行いも報われたというものだ。
 父さんとの約束は破る事になってしまったが、悪いけれど約束よりセスリーン殿下の方が大事だ。

 西軍の陣営に戻った僕は、殿下の側に近づき、跪いて告げた。
「まず一つ、殿下に勝利を捧げます」
「あ、ありがとう。アーディル。その、あなた、こんなに強かったの?」
「畏れ多い事ながら、殿下の御為と思って励んでまいりしました。この程度の強さを身につけるのは、当然のことです」
「……嬉しく思います」
 殿下はしばらく押し黙ってから、そう言ってくれた。
「次も私なりの全力を尽くします。お目汚しになると存じますが、お許しください」
「ええ、存分に戦ってください」

 そこでまた審判の声が響いた。
「西軍先鋒、東軍次鋒は試合上に上がりなさい」

「行ってまいります」
「気をつけて」
 殿下の言葉を受け、僕はまた試合場へ上がった。

 反対側から、東軍次鋒のイアン・レーリック殿が上がってくる。
 上質のチェインメイルを装備し、手にしているのは僕と同じ両手剣だ。いざとなれば神聖魔法を使って自力で回復が出来るイアン殿は、攻撃重視の両手剣を主な得物としている。そして、この試合では魔法の使用も認められていた。
 向き合ったイアン殿は、険しい表情で僕を睨みつけた。
 分かりやすい人だ。

 僕は試合開始が告げられる前に、審判に向かって問いかけた。
「試合開始の前に一つ確認したい事があります」
「なんでしょう」
「さきほどの試合で私は、開始の合図の後に攻撃を仕掛けました。他にも規則に抵触するような行為は何もしていません。
 にもかかわらず、イアン・レーリック殿は私のことを卑怯と呼んだ。
 ということは、何か私の知らない暗黙の了解があり、私はそれを破ってしまったということなのでしょう。
 例えば、身分の低いものは先手をとってはならない、というような。
 そのようなものがあるならば、それに従いますので、レーリック殿に確認をさせてください」

「貴様、何を言っている?」
 イアン殿がそう言ってきた。
 僕はイアン殿の方を向いて告げた。
「先手を譲れとおっしゃるなら譲りますので、必要ならそう言ってくださいと申し上げたのです。初撃を受ける程度は容易いことですから」
「なッ、貴様! 私を愚弄するつもりか」
「そのようなつもりは毛頭ありません。ただ、さきほどの試合で私が先手を取ったことがご不満だったようなので、お譲りしようかと思ったというだけのこと」
「そのような必要はない! どこからでもかかってくるがいい!!」
 イアン殿がそう怒鳴る。

「そうですか。では遠慮なく」
 僕はそう告げると、両手剣を大上段に構えた。
 それにあわせるように、イアン殿は両手剣を引き気味に構え、守りを固めた。
「確認は済みました。試合開始をお願いします」
 僕は視線をイアン殿に向けたまま、審判にそう告げた。

「……わかりました」
 審判は何か言いたそうな様子だったが、余計な事は口にしなかった。
「始め!」
 そしてそう告げた。

 僕はその直後に大きく踏み込み、両手剣を持つ手に渾身の力を込めた。
 ほぼ同時にイアン殿は両手剣を素早く斜めに構える。僕の攻撃をいなすつもりだ。
 さすがに真正面から受け止めようとはしていない。だが、剣で受けようとしてくれた時点で、僕の思惑のとおりだ。
 僕は両手剣の軌道を僅かに変えて、そのイアン殿の剣めがけて打ち下ろす。
 武器打ち、それが最初から僕の狙いだ。

 ガン!!
 という大きな音を立てて、剣と剣がぶつかり、そして、イアン殿は剣を取り落とした。
「なッ!」
 そんな声をあげ、イアン殿は信じられないといった様子で、試合場の床に転がった自分の剣を目で追った。
 その隙に、僕はイアン殿の首近くに剣をつき付けた。
 そこで、イアン殿が動きをとめてしまった事が、勝負を決めた。

「それまで! 勝者、西軍先鋒、アーディル・ハバージュ」
 そう判定の声が響く。
 首に剣をつきつけられても反撃しようとしなかったため、戦意喪失と見なされてしまったのである。
 イアン殿は、本当は、打ち落とされた剣などに目もくれずに、魔法で攻撃しようとすれば良かったんだ。それでも試合を続ける事はできた。
 だが、自分が剣を取り落とした事が信じられず、一瞬呆然としてしまった。

 それも分からなくはない、普通ならただ剣を打たれただけで取り落とすなどということはありえない。
 だが、僕はイアン殿がありえないと思うほどの力を、あの一撃に込めていた。そのせいでイアン殿は剣を落とした。
 そして、それほどの力を一撃に込める為には、相手に攻撃される心配をせずに、初撃に全力を込めることが出来る状況を作る必要があった。
 だから、僕は試合前の問答で、そんな状況を作れるように誘導した。
 イアン殿が単純な方で助かった。

 僕は剣を引くと、イアン殿に向かって一礼する。
「こ、こんな……」
 イアン殿はそう呟いていた。
 僕もイアン殿に声をかけることにした。
「また、卑怯とでも言いますか? あなたは自分が気に入らない者は、なんでも卑怯だと評価する。
 まあ、それもいいでしょう。ただ、私もあなたのことを評価して差し上げます。
 あなたは不敬です」

 僕はイアン殿が日頃から、セスリーン殿下のことを卑怯卑劣と言っていることを不快に思っていた。
 だが、確かに権力を嵩に着ていた頃の殿下は、客観的にみてそう言われても仕方がない行いをしていた。だから、イアン殿を責めるべきではないだろうとも思っていた。
 しかし、それはそれとして、イアン殿自身の行いも客観的に評価すべきだ。
 だから、この機会に言ってあげることにした。あなたは不敬だと。
 僕はそれだけ言うと、イアン殿に背を向けセスリーン殿下が待つ天幕へ向かった。
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