惨劇の廃墟の死者の声

ギルマン

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6.亡者の街

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 その後、数時間ほどが過ぎたと思います。
 唐突に私は体を動かす事が出来るようになりました。
 あのゴーストは、私に自らの記憶とその思いを伝えただけだったようです。

 私はまず、薄く目を開いて周りの様子をうかがいました。
 どうやら私は、あの大広間の出入口側の隅に横たわっているようです。
 時刻は真夜中を回っていると思われるのに、奇妙な事に窓から室内に淡い光が差し込んでいます。そして、「オォォォォォ」という強い風のような音も聞こえて来ます。
 薄暗闇に目が慣れて、周りの様子を薄っすらと見ることが出来るようになったところで、私はゆっくりと身を起こしました。

「剣士殿、剣士殿で間違いないか」
 少し離れた場所からそんな声がかけられました。声がした方を見ると、治療師さんが床に直接座っていました。
「はい、治療師さん。少し前に、あなたとお話しをさせていただいていた者で間違いありません」
「ふむ、確かにそのようだが、良くぞ体を取り戻せたものだな。
 ゴーストに憑依されてただで済むなど、めったにないことだぞ」
「あのゴーストの方には、害意はなかったようです」
「そうか、……ところで、剣士殿は先ほど、ここにたどり着いた経緯を誤魔化していたが、何か実体のない声のようなものにでも導かれたのではないか?」
「それは……」
 私は口籠ってしまいました。その態度は治療師さんの言葉を肯定したのも同然です。

「どうやら、そういうことのようだな。呼ばれたというわけだ」
「どういう意味でしょう?」
「世の中には死者の声を聞きやすいという性質を持つ者がいるのだ、霊媒体質とでもいうのかな。
 先ほどからの様子を見るに、どうやら、剣士殿はそのような素養があるようだ。
 今までにそんな事を感じた事はないか?」

「自分で感じた事は、ありませんでした」
 私はそう答えましたが、治療師さんの言葉は現実味を持っているように思いました。
 今にして思えば、アンデッドの声に従ってたった一人で森を探索するなど、まともな行為ではありません。
 ホドリートさんの望みを果たす事が私の使命だと思ってしまった時点で、私は確かに死者に呼ばれていたのかも知れません。
 治療師さんは言葉を続けます。

「そうか。だが、多分間違いない。剣士殿は死者の声に呼ばれてここまで来てしまった。そして、ゴーストにつけこまれた。
 本来なら、霊媒体質を持つ者は、亡霊と意思を通じ、これを自在に操る事も出来ると言われている。しかし未熟な霊媒は、ただ憑依されやすくなるだけだという。
 剣士殿はその未熟な霊媒というものだろう。
 今後は十分に気をつけることだ。ゴーストに憑依されて無事ですむ方が稀有なのだからな」

「ご忠告ありがとうございます。それで、治療師さんは私を見守っていてくれたのですか?」
 私はそんな事を聞きました。
 廃墟を出て野営をすべきだといっていた治療師さんが、残っていてくれたことが不審でしたし、私のためだったならば申し訳ないと思ったからです。

「まあ、剣士殿が心配だったのも事実だが、あの後直ぐに、ここから出られない状況になってしまってな。今、回りは亡霊だらけだ。
 死人払いの香を焚いているが、気休め程度にしかなっていない」
「それは、他にもゴーストが?」
 私はそう聞きつつ、回りに仄かな香りが漂っている事に気付きました。
 床に置かれた小さな器の中で何かが燻っており、そこから細い煙が立ち上っています。これが、死人払いの香というものでしょうか?

「ゴーストどころではない。自分の眼で状況を見ておくべきだろう。窓から外を伺ってみるとといい。だが、くれぐれも慎重にな」
 治療師さんの言葉を受け、私は静かに立ち上がり、壁に沿ってゆっくりと窓の近くへ動きました。治療師さんも私の後に続きます。




 そして窓から外を伺った私は、ある程度予想していたのに、それでも驚いてしまいました。
 窓の外には夥しい数の亡霊が彷徨っています。
 その亡霊たちの多くは目を大きく見開き、口を開き、何事か声をもらしています。強い風の音のようだと思ったのは、幾百もの亡霊の声だったのです。
 その亡霊たちの体は青白く輝いていて、町全体がぼんやりとした光に包まれているかのようでした。

「スペクターだ。触れるだけで生気を吸い取る。その上、生前魔法が使えた者は、変わらず魔法を使える場合もある。
 まあ、状況を考えれば、魔法を使う個体はここにはいないだろうが」
 治療師さんが小さな声でそうささやきます。
 そして更に声を落として続けました。
「上を見てみるといい」

「ッ!」
 いわれるまま視線を上に向けた私は、またしても絶句してしまいました。
 そこには幾十ものスペクターが絡み合い、一塊の球状となったものが浮かんでいます。

「スペクターアビス。絡み合ったスペクターが1体の魔物と化している。
 倒そうと思ったなら、英雄級と評されるほどの神聖魔法の使い手と戦士が必要になるだろう。
 とてもではないが手は出せない」
 治療師さんがそう告げます。
 そして更に言葉を続けました。
「見つかったらひとたまりもない。香の側に行こう」

 その言葉に従って、私達は部屋の隅の立ち上る煙の近くに動きました。
 治療師さんがまた語り始めます。
「余りにも強い憎しみや怒りに駆られた魂が、強大なアンデッドと化してしまうと、それに引きずられて周りで死んだ者が全てアンデッドとなってしまうことがある。
 ここでもそんなことが起こったのだろう。
 仮にも神に仕えようとする者が、そのような有様になってしまうとは、嘆かわしい事だ」
「いいえ、それは違います」

 私は強く反駁しました。先ほどゴーストから与えられた記憶から、治療師さんの考えは真実ではないと思ったからです。
「ここで殺された方々は、アンデッドまでなろうとは思っていませんでした。
 先ほどのゴースト、名前はレーシアさんといって、この街の司祭だった方なのですが、彼女が教えてくれました。
 確かに、街の人々は、理不尽に襲ってきた暴力に敗れ、打ち倒され、そして殺される事に、怒り、憎しみ、嘆き、恨んでいました。
 ですが、それ以上に敵に勝てなかった自分達の不甲斐なさや、鍛錬不足を強く悔やんでいました。
 そして、弱者が強者によって滅ぼされる事はやむを得ないという気持ちさえ持っていました。この街に住んでいた方々は、全員が強さに重きをおき、己を鍛え上げる事を第一に考えて生活している方々だったからです。
 その考えは、光の神々の教えとは異なるものでしたが、少なくともこの街の方々は他者に迷惑をかけることなく、そんな暮らしをしていました。
 そして、死に臨んでも、神々が定めたあるべき法則を捻じ曲げてまで、現世に留まろうとは思ってはいませんでした。
 しかし、ここを襲った魔術師は、そのような思いすら踏みにじりました。
 その周辺で死んだものをアンデッドに変えてしまう、邪な呪術をわざわざ用いたのです。それが呪印……」

 そして私は、アンデッドナイトと化したホドリートさんを倒した後に起こったことや、この場所にたどり着いた経緯。先ほどのゴーストから与えられた記憶や、私が推測したことまで、治療師さんに語りました。
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