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7.失態
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しばらく考え込んだ後に、治療師さんはまた語り始めました。
「……亡霊の言うことをそのまま信じることは出来ないが、今回に関しては剣士殿のいうとおりだろう。
確かに、千数百年に渡って効果が続く結界を張り、これほど大量の亡霊をこの廃墟の中だけの留めておくとは、予期せずに起こったことへの対応としては手際がよすぎる。
最初からアンデッドが生じることを前提に、結界の準備もしていたと見るべきだ。
つまり、アンデッドを生じさせたのも、古代魔法帝国の魔術師だろう。
帝国の秘儀すら知るほどの魔術師になら、そのような術式を組むことも事も可能なはずだ。
良く考えれば推測できる事だった。それに気付かないとは、私としたことが冷静ではなかったようだな。
悪い事をしてしまった」
治療師さんは、そういうと両手を組んで祈るようなしぐさをみせました。
治療師さんが悪い事をしたと考えたのは、亡霊と化してしまった方々に対して、嘆かわしい、などと言ってしまったことについてでしょう。
治療師さんのその態度は、随分律儀なものに見えました。
手をほどいた治療師さんが言葉を続けます。
「それにしても、古代魔法帝国の魔術師共は本当に醜悪極まりない。死した魂をいたぶったところで何の意味もないだろうに……」
「そもそも、なぜ古代の魔術師達は残忍な行いをしていたのでしょう」
「さあな、私にはそれについて語れることは何もない。
だが、魔法帝国において、社会全体として魔術を使えない者を残忍に殺す事が常態化していたのは間違いない。
まあ、魔術師たち全員がそんなに悪逆だったわけではないらしいが、魔法帝国という国の成り立ち自体が、そのような残忍なものだったといえるのだろう」
……ところで、剣士殿はこの後どうする」
「もちろん、呪印を壊します。ここをこのままにしておく事は出来ません。
亡霊たちが恐らく集落の外に出られるようになっている以上、近くの村々やホーヘンの街が何時襲われるか分からないのですから」
「そうだな、スペクターアビスに襲われたならば、都市の一つや二つ滅びてもおかしくはない。
しかし、その呪印とやらを壊せば、問題解決となるのかな?」
「少なくともホドリートさんはそう考えていたはずです。それに賭けるしかないと思います」
「ふむ、確かに私がこの廃墟を訪れた時点で、何者かが調査をした形跡はあった。
剣士殿が言う賢者殿の行いだろう。その者の能力にもよるが、解決策を見出せていた可能性もないことはないか。
いずれにしろ、剣士殿がその呪印とやらを壊そうとするならば、ちょうど役に立ちそうな魔道具を持っている。貸してやろう」
そういうと治療師さんはフードの中に手を入れ、首から何かを外すような仕草をしました。
そして、フードから出した手を私の方に差し出しだします。
「身かわしの首飾りだ。
物理的な拘束でも、魔法による移動阻害などでも、1日に1回だけその効果を無効化することが出来る。持っているといい」
治療師さんはそう告げました。その手にはペンダントが握られています。
「……ありがとうございます」
少し逡巡しましたが、私はそれを受け取り首にかけました。
「ともかく、何とか今夜をやり過ごそう。
どういうわけか、日没近くになるまでこの亡霊たちは動き出さなかった。だから、夜が明ければ恐らく姿を消すはずだ」
「そうですね……」
私が答えようとした時、治療師さんが右手を上げて私を制しました。
そして、無言のまま壁の方を指差します。
口を閉じてその方向をみると、1人の女性のゴーストが、壁をすり抜けて、這いずりながら室内に入ってきていました。
そのゴーストは、手探りで何かを探すような仕草をしつつ進んできます。何らかの言葉を繰り返し発しているようですが、その声はすっかり潰れていて良く聞き取れません。
なぜ手探りで這いずっているのかは、直ぐに分かりました。両方の眼球が抉り取られているのです。殺された時の傷が、ゴーストと化しても残っているかのようです。
そして、そのゴーストが何を探しているのかも、間もなく分かりました。
そのゴーストを追うようにして、もう1人のゴーストがやはり這いずって入ってきます。それは小さな男の子のゴーストでした。足首を切られて、立って歩けないようにされています。また、口を開け何か叫ぼうとしているのに、どうしても声が出せないようです。
目を潰されても子を探そうとする母親と、声を潰され己の存在を母に伝えられない子、2人のゴーストの関係はそのように見えました。
「何ということを」
私は思わずそう呟いてしまいました。大きな失態でした。
私の声の反応した母ゴーストが、一気にこちらに近づいて来たのです。
抵抗しなければならない、理性ではそう考えましたが、強くそう思うことが出来ません。
私は、自分の体を貸してでも、この母に子の存在を教えてあげたいと思ってしまったのです。
治療師さんが素早く動いて、死人払いの香が入った器をゴーストに向かって投げつけました。
「ギャァァァァ」
香がぶつかったゴーストが叫び声を上げました。
「オオオオオオオ」
その声に応えるかのように、外から声が響きます。
「気付かれた。亡霊が集まってくる。剣士殿、直ぐに呪印とやらのところに行って壊せ。
もうそれしか、この場から助かる可能性はない」
治療師さんがそう告げます。
「すみません、私が…」
「時間がない。直ぐに行け。
これを持っていけ。姿隠しの指輪だ。身につけて消えろと念じれば数分間身を隠せる」
治療師さんは、そう言ってどこからか取り出した指輪を渡してきます。
「あなたは?」
私はその指輪を受け取りつつ、治療師さんにそう聞きます。
「時間を稼ぐ、長くは持たない。急げ」
そう言っている間にも、壁をすり抜けて1人のスペクターが室内に入り込んできました。
もはや、自分の行いを悔いている時間もありません。
「すみません」
私はそれだけ告げると、治療師さんから受け取った指輪をはめて消えろと念じ、そして扉から外に飛び出しました。
辺りの亡霊たちは、私に全く反応しません。身隠しの指輪はその効果を発揮しているようです。
私は、最初に現れて私に憑依したレーシアさんの記憶を頼りに、呪印が刻まれた場所へと急ぎました。
一度だけ後ろを振り返ると、スペクターアビスが礼拝堂に向かって動いているのが分かりました。
(すみません)
私は心中でもう一度治療師さんに謝りながら先を急ぎました。
今の私に出来るのは、呪印を壊せば事態は終息すると信じて、それをなす事だけです。
「……亡霊の言うことをそのまま信じることは出来ないが、今回に関しては剣士殿のいうとおりだろう。
確かに、千数百年に渡って効果が続く結界を張り、これほど大量の亡霊をこの廃墟の中だけの留めておくとは、予期せずに起こったことへの対応としては手際がよすぎる。
最初からアンデッドが生じることを前提に、結界の準備もしていたと見るべきだ。
つまり、アンデッドを生じさせたのも、古代魔法帝国の魔術師だろう。
帝国の秘儀すら知るほどの魔術師になら、そのような術式を組むことも事も可能なはずだ。
良く考えれば推測できる事だった。それに気付かないとは、私としたことが冷静ではなかったようだな。
悪い事をしてしまった」
治療師さんは、そういうと両手を組んで祈るようなしぐさをみせました。
治療師さんが悪い事をしたと考えたのは、亡霊と化してしまった方々に対して、嘆かわしい、などと言ってしまったことについてでしょう。
治療師さんのその態度は、随分律儀なものに見えました。
手をほどいた治療師さんが言葉を続けます。
「それにしても、古代魔法帝国の魔術師共は本当に醜悪極まりない。死した魂をいたぶったところで何の意味もないだろうに……」
「そもそも、なぜ古代の魔術師達は残忍な行いをしていたのでしょう」
「さあな、私にはそれについて語れることは何もない。
だが、魔法帝国において、社会全体として魔術を使えない者を残忍に殺す事が常態化していたのは間違いない。
まあ、魔術師たち全員がそんなに悪逆だったわけではないらしいが、魔法帝国という国の成り立ち自体が、そのような残忍なものだったといえるのだろう」
……ところで、剣士殿はこの後どうする」
「もちろん、呪印を壊します。ここをこのままにしておく事は出来ません。
亡霊たちが恐らく集落の外に出られるようになっている以上、近くの村々やホーヘンの街が何時襲われるか分からないのですから」
「そうだな、スペクターアビスに襲われたならば、都市の一つや二つ滅びてもおかしくはない。
しかし、その呪印とやらを壊せば、問題解決となるのかな?」
「少なくともホドリートさんはそう考えていたはずです。それに賭けるしかないと思います」
「ふむ、確かに私がこの廃墟を訪れた時点で、何者かが調査をした形跡はあった。
剣士殿が言う賢者殿の行いだろう。その者の能力にもよるが、解決策を見出せていた可能性もないことはないか。
いずれにしろ、剣士殿がその呪印とやらを壊そうとするならば、ちょうど役に立ちそうな魔道具を持っている。貸してやろう」
そういうと治療師さんはフードの中に手を入れ、首から何かを外すような仕草をしました。
そして、フードから出した手を私の方に差し出しだします。
「身かわしの首飾りだ。
物理的な拘束でも、魔法による移動阻害などでも、1日に1回だけその効果を無効化することが出来る。持っているといい」
治療師さんはそう告げました。その手にはペンダントが握られています。
「……ありがとうございます」
少し逡巡しましたが、私はそれを受け取り首にかけました。
「ともかく、何とか今夜をやり過ごそう。
どういうわけか、日没近くになるまでこの亡霊たちは動き出さなかった。だから、夜が明ければ恐らく姿を消すはずだ」
「そうですね……」
私が答えようとした時、治療師さんが右手を上げて私を制しました。
そして、無言のまま壁の方を指差します。
口を閉じてその方向をみると、1人の女性のゴーストが、壁をすり抜けて、這いずりながら室内に入ってきていました。
そのゴーストは、手探りで何かを探すような仕草をしつつ進んできます。何らかの言葉を繰り返し発しているようですが、その声はすっかり潰れていて良く聞き取れません。
なぜ手探りで這いずっているのかは、直ぐに分かりました。両方の眼球が抉り取られているのです。殺された時の傷が、ゴーストと化しても残っているかのようです。
そして、そのゴーストが何を探しているのかも、間もなく分かりました。
そのゴーストを追うようにして、もう1人のゴーストがやはり這いずって入ってきます。それは小さな男の子のゴーストでした。足首を切られて、立って歩けないようにされています。また、口を開け何か叫ぼうとしているのに、どうしても声が出せないようです。
目を潰されても子を探そうとする母親と、声を潰され己の存在を母に伝えられない子、2人のゴーストの関係はそのように見えました。
「何ということを」
私は思わずそう呟いてしまいました。大きな失態でした。
私の声の反応した母ゴーストが、一気にこちらに近づいて来たのです。
抵抗しなければならない、理性ではそう考えましたが、強くそう思うことが出来ません。
私は、自分の体を貸してでも、この母に子の存在を教えてあげたいと思ってしまったのです。
治療師さんが素早く動いて、死人払いの香が入った器をゴーストに向かって投げつけました。
「ギャァァァァ」
香がぶつかったゴーストが叫び声を上げました。
「オオオオオオオ」
その声に応えるかのように、外から声が響きます。
「気付かれた。亡霊が集まってくる。剣士殿、直ぐに呪印とやらのところに行って壊せ。
もうそれしか、この場から助かる可能性はない」
治療師さんがそう告げます。
「すみません、私が…」
「時間がない。直ぐに行け。
これを持っていけ。姿隠しの指輪だ。身につけて消えろと念じれば数分間身を隠せる」
治療師さんは、そう言ってどこからか取り出した指輪を渡してきます。
「あなたは?」
私はその指輪を受け取りつつ、治療師さんにそう聞きます。
「時間を稼ぐ、長くは持たない。急げ」
そう言っている間にも、壁をすり抜けて1人のスペクターが室内に入り込んできました。
もはや、自分の行いを悔いている時間もありません。
「すみません」
私はそれだけ告げると、治療師さんから受け取った指輪をはめて消えろと念じ、そして扉から外に飛び出しました。
辺りの亡霊たちは、私に全く反応しません。身隠しの指輪はその効果を発揮しているようです。
私は、最初に現れて私に憑依したレーシアさんの記憶を頼りに、呪印が刻まれた場所へと急ぎました。
一度だけ後ろを振り返ると、スペクターアビスが礼拝堂に向かって動いているのが分かりました。
(すみません)
私は心中でもう一度治療師さんに謝りながら先を急ぎました。
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