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第1章
31.行動開始
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ロドリゴらの襲撃を撃退した翌未明。エイクは物陰に身を隠して夜が明けるのを待っていた。
その体に、昨日受けたダメージは全く残っていない。
彼はオドを取り戻した後の己の行動を省みていた。
反省すべき点は多々あった。
(そもそも、いきなり欲望に身を任せたのが良くなかった……)
本来なら速やかにリーリアを尋問し、可能な限り情報を得て、取るべき行動を検討するべきだったのだ。
それが夜通し欲望のままに行動し、気が済むと、今度は取り戻した力を確認する為に剣を振り回し、尋問をしたのは翌日の昼近くになってから。
挙句の果てに、聞き出した内容を考えればフォルカスらが何らかの行動に出ることは明らかだったにもかかわらず、そのことに思い至らずに、自宅で考えに耽り、襲撃を受けてしまった。
襲撃者を全て討ち取れたのは結果論に過ぎない。
実際、捕虜にした女司祭から聞きだしたところ、彼女が属す“呑み干すもの”と称するネメト教団の教主は、強力な神聖魔法の使い手であり、他にも有力な戦力があったという。
もしその戦力の全てを使って襲撃されたなら、エイクはなす術もなく殺されていただろう。
(俺は慢心していて、敵は俺を侮っていた。その結果俺の方が勝ったのは、ただの幸運だ。
どんなに有利な状況でも油断してはならないと教えられていたのに、敵の戦力すら把握していない状況で油断するとは……。
本来なら、早々に身を隠して、可能なら近くに潜むなりして相手の出方を伺うべきだった)
などと反省しつつも、昨日は昨日で捕虜にした女司祭を存分に楽しんでしまったのは、我ながら度し難い行いだった。エイクはそう考え自嘲した。
―――余暇は必要だが、努力を忘れ遊興に耽ってはならない。
また“伝道師”の言葉が思い起こされた。
(しかし、結果、尋問は上手くいった。全て信じるのは危険だろうが、あの状態でまともに嘘がつけたとも思えない)
エイクは、息も絶え絶えの有様の女司祭から多くの情報を引き出し、それに応じて計画を練り、昨夜の内に必要な準備を行っていた。
彼の中に国を出るという考えは既になかった。
また、取り戻した己の力についても改めて確認し、自分が幾つかの特殊な能力を手に入れていることを把握した。
中には実戦では役に立ちそうにないものもあったが、ほとんどは非常に有益だった。
幼少の頃から途切れることなく続けてきた鍛錬。
特にオドを奪われ続けるという異常な状況の下で、11年間以上に渡って偏執狂的なまでに行ってきた鍛錬は報われた。と彼は考えていた。
(だが、最強になったわけでも無敵になったわけでもない。まだ全く足りない)
そう思って、昨日感じていた根拠のない万能感を振り払う。
実際これから彼が臨もうとしている戦いも、相当の危険を伴う、勝てる保証もないものだった。
しかし、彼は戦う決意を固めていた。
(勝ち目がないわけじゃない。それなら戦う。そして勝つ。もっと強くなる為にも。今までと同じだ)
彼は決意を新たに、己にそう言い聞かせた。
まずは降りかかる火の粉を払いのけ、盗人どもに報いを与えてやらなければならない。
(そろそろかな)
日の出を確認すると、エイクは表通りに身を晒し、歩き始めた。
目的地は冒険者の店“イフリートの宴亭”である。
“イフリートの宴亭”は、早朝から騒がしかった。
冒険者は、朝は早々に腹ごしらえをして、早朝から冒険へと繰り出すことが多い。
そんな冒険者に朝食を提供するのも冒険者の店の稼ぎの一つだ。
特に“イフリートの宴亭”は冒険者用の宿も兼ねており、二階には幾人もの冒険者が宿泊しているので、店で朝食をとる冒険者は多かった。
“夜明けの翼”のメンバーでも、ガルバとジャックは“イフリートの宴亭”に宿を取っていた。
しかし、エイクが顔を出した時、店内に“夜明けの翼”のメンバーはいなかった。
エイクは店内を一瞥するとカウンターへ向かう。
店番をしていたのはマーニャだった。
エイクを見つけた彼女の顔に、いつもの小ばかにするような表情ではなく困惑が浮かぶのを、エイクは見逃さなかった。
「これを買い取って欲しいんだが」
カウンターに着いたエイクは、懐から精緻な意匠が施されたダガーを取り出し、カウンターに置いてそう告げた。それは捕虜にした女司祭が持っていた物だった。
「どこで手に入れたんですか?」
マーニャが確認する。
「家の前に落ちていたんだよ」
「それは戦利品とは認められません。衛兵の方に届け出るべきだと思います」
「ああ、確かにその通りだな。ただ、詰所までいくのも面倒だし、しばらくこの店で預かっていてもらえないか?そのうち持ち主が現れるかもしれないだろう?」
「…?うちで預かるわけには……」
マーニャは訝しげな表情を浮かべながら答えた。冒険者の店で、拾い物の預かりなどするはずがない。
「……そうか。それでいいなら、俺の方で衛兵に届け出よう。詳しく事情を説明しながら、な」
エイクが少し間をおき思わせぶりな態度でそう言うと、マーニャは動揺した様子を見せた。
「え、あの、待ってください。か、確認します」
そしてそう言うと、ダガーを持って奥のほうに引っ込んでいった。
(事情を全部知っているわけじゃあなさそうだな。しかし、何も知らないわけでもない)
女司祭への尋問により、この店がフォルカスと通じていることは分かっていた。
それは、以前からエイクが予想していたことでもあった。
エイクはあえて敵を挑発する為にこの店に来たのだ。
そして、マーニャの態度は明らかにいつもと違っていた。
先ほどのやり取りを見る限り、彼女は詳しい事情は知らないようだったが、何らかの知らせがこの店にもたらされているのも確実である。
やがて奥からマーニャが戻ってきた。
「あの、すみません。やはりこちらで預からせていただきます。それで他に御用は?」
「また狩りに出るんで、保存食を買いたい」
「分かりました。直ぐにご用意します」
そう言って、マーニャはまた奥に戻っていき、少しして保存食の包みを持ってきた。
「7日分で50Gです」
エイクは代金を払うと、注意深くその包みを観察してから手に取った。
そしてエイクは、また思わせぶりな口調でマーニャに語り掛ける。
「近いうちに、たっぷり獲物をとってくるから、買い取りの用意をしておいてくれ。店主にもそう伝えといてくれ。
ああ、それから、テオドリックさん達にも、よろしく、と伝言を頼むよ」
彼はそう言うと、踵を返してなおも困惑気味のマーニャ偽を向け、真っ直ぐに店から出て行った。
その体に、昨日受けたダメージは全く残っていない。
彼はオドを取り戻した後の己の行動を省みていた。
反省すべき点は多々あった。
(そもそも、いきなり欲望に身を任せたのが良くなかった……)
本来なら速やかにリーリアを尋問し、可能な限り情報を得て、取るべき行動を検討するべきだったのだ。
それが夜通し欲望のままに行動し、気が済むと、今度は取り戻した力を確認する為に剣を振り回し、尋問をしたのは翌日の昼近くになってから。
挙句の果てに、聞き出した内容を考えればフォルカスらが何らかの行動に出ることは明らかだったにもかかわらず、そのことに思い至らずに、自宅で考えに耽り、襲撃を受けてしまった。
襲撃者を全て討ち取れたのは結果論に過ぎない。
実際、捕虜にした女司祭から聞きだしたところ、彼女が属す“呑み干すもの”と称するネメト教団の教主は、強力な神聖魔法の使い手であり、他にも有力な戦力があったという。
もしその戦力の全てを使って襲撃されたなら、エイクはなす術もなく殺されていただろう。
(俺は慢心していて、敵は俺を侮っていた。その結果俺の方が勝ったのは、ただの幸運だ。
どんなに有利な状況でも油断してはならないと教えられていたのに、敵の戦力すら把握していない状況で油断するとは……。
本来なら、早々に身を隠して、可能なら近くに潜むなりして相手の出方を伺うべきだった)
などと反省しつつも、昨日は昨日で捕虜にした女司祭を存分に楽しんでしまったのは、我ながら度し難い行いだった。エイクはそう考え自嘲した。
―――余暇は必要だが、努力を忘れ遊興に耽ってはならない。
また“伝道師”の言葉が思い起こされた。
(しかし、結果、尋問は上手くいった。全て信じるのは危険だろうが、あの状態でまともに嘘がつけたとも思えない)
エイクは、息も絶え絶えの有様の女司祭から多くの情報を引き出し、それに応じて計画を練り、昨夜の内に必要な準備を行っていた。
彼の中に国を出るという考えは既になかった。
また、取り戻した己の力についても改めて確認し、自分が幾つかの特殊な能力を手に入れていることを把握した。
中には実戦では役に立ちそうにないものもあったが、ほとんどは非常に有益だった。
幼少の頃から途切れることなく続けてきた鍛錬。
特にオドを奪われ続けるという異常な状況の下で、11年間以上に渡って偏執狂的なまでに行ってきた鍛錬は報われた。と彼は考えていた。
(だが、最強になったわけでも無敵になったわけでもない。まだ全く足りない)
そう思って、昨日感じていた根拠のない万能感を振り払う。
実際これから彼が臨もうとしている戦いも、相当の危険を伴う、勝てる保証もないものだった。
しかし、彼は戦う決意を固めていた。
(勝ち目がないわけじゃない。それなら戦う。そして勝つ。もっと強くなる為にも。今までと同じだ)
彼は決意を新たに、己にそう言い聞かせた。
まずは降りかかる火の粉を払いのけ、盗人どもに報いを与えてやらなければならない。
(そろそろかな)
日の出を確認すると、エイクは表通りに身を晒し、歩き始めた。
目的地は冒険者の店“イフリートの宴亭”である。
“イフリートの宴亭”は、早朝から騒がしかった。
冒険者は、朝は早々に腹ごしらえをして、早朝から冒険へと繰り出すことが多い。
そんな冒険者に朝食を提供するのも冒険者の店の稼ぎの一つだ。
特に“イフリートの宴亭”は冒険者用の宿も兼ねており、二階には幾人もの冒険者が宿泊しているので、店で朝食をとる冒険者は多かった。
“夜明けの翼”のメンバーでも、ガルバとジャックは“イフリートの宴亭”に宿を取っていた。
しかし、エイクが顔を出した時、店内に“夜明けの翼”のメンバーはいなかった。
エイクは店内を一瞥するとカウンターへ向かう。
店番をしていたのはマーニャだった。
エイクを見つけた彼女の顔に、いつもの小ばかにするような表情ではなく困惑が浮かぶのを、エイクは見逃さなかった。
「これを買い取って欲しいんだが」
カウンターに着いたエイクは、懐から精緻な意匠が施されたダガーを取り出し、カウンターに置いてそう告げた。それは捕虜にした女司祭が持っていた物だった。
「どこで手に入れたんですか?」
マーニャが確認する。
「家の前に落ちていたんだよ」
「それは戦利品とは認められません。衛兵の方に届け出るべきだと思います」
「ああ、確かにその通りだな。ただ、詰所までいくのも面倒だし、しばらくこの店で預かっていてもらえないか?そのうち持ち主が現れるかもしれないだろう?」
「…?うちで預かるわけには……」
マーニャは訝しげな表情を浮かべながら答えた。冒険者の店で、拾い物の預かりなどするはずがない。
「……そうか。それでいいなら、俺の方で衛兵に届け出よう。詳しく事情を説明しながら、な」
エイクが少し間をおき思わせぶりな態度でそう言うと、マーニャは動揺した様子を見せた。
「え、あの、待ってください。か、確認します」
そしてそう言うと、ダガーを持って奥のほうに引っ込んでいった。
(事情を全部知っているわけじゃあなさそうだな。しかし、何も知らないわけでもない)
女司祭への尋問により、この店がフォルカスと通じていることは分かっていた。
それは、以前からエイクが予想していたことでもあった。
エイクはあえて敵を挑発する為にこの店に来たのだ。
そして、マーニャの態度は明らかにいつもと違っていた。
先ほどのやり取りを見る限り、彼女は詳しい事情は知らないようだったが、何らかの知らせがこの店にもたらされているのも確実である。
やがて奥からマーニャが戻ってきた。
「あの、すみません。やはりこちらで預からせていただきます。それで他に御用は?」
「また狩りに出るんで、保存食を買いたい」
「分かりました。直ぐにご用意します」
そう言って、マーニャはまた奥に戻っていき、少しして保存食の包みを持ってきた。
「7日分で50Gです」
エイクは代金を払うと、注意深くその包みを観察してから手に取った。
そしてエイクは、また思わせぶりな口調でマーニャに語り掛ける。
「近いうちに、たっぷり獲物をとってくるから、買い取りの用意をしておいてくれ。店主にもそう伝えといてくれ。
ああ、それから、テオドリックさん達にも、よろしく、と伝言を頼むよ」
彼はそう言うと、踵を返してなおも困惑気味のマーニャ偽を向け、真っ直ぐに店から出て行った。
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