剣魔神の記

ギルマン

文字の大きさ
45 / 373
第2章

1.父の言葉の意味

しおりを挟む
 ユリアヌス大司教から、グロチウスとフォルカスが父の死に関与していた事を聞かされた日の翌朝。
 エイクは自身が住むことにしたリーリアの家の裏庭で、日課の鍛錬をこなしてから休憩をとっていた。

 リーリアの家は部屋数もそれなりにあり、庭までついた立派なものだった。
 どうやらフォルカスの手の者達が、町中の拠点として使うつもりもあって用意したものらしい。
 人口が減少している王都アイラナではそれなりの規模の家でも入手は容易なのである。

 ひとしきり体を動かして気を落ち着かせたエイクは、体を休めつつ改めて考えを巡らせていた。

 昨日ユリアヌスから話しを聞いた直後、エイクは生前の父が語った「かつて見て見ぬ振りをした悪を正す」事にした、との言葉から、その「悪」こそがアザービーストやデーモンを操る存在であり父を殺した敵だろうと推測した。
 つまり、父がデーモンを操る何者かの存在に気が付き、それを咎めたために殺されたのだと。

 しかし、改めて考えると直ぐに違和感を覚えた。
 もしその推測が正しいならば、父はデーモンを扱う何者かの存在を一度は見て見ぬ振りをした事になる。
 エイクの知る父ガイゼイクは清廉潔白な人物ではなかったが、幾らなんでもデーモン使いの存在を知りながら一度でもその存在を許すような人間ではない。

 それに父は悪を「正す」と言っていた。その言葉は、相手が悔い改めたならば許す事が出来ると思っていたからこその言葉だろう。
 許せないほどの悪を念頭に置いたならば「悪を倒す」といった表現になったはずだ。
 果たして父はデーモン使いを許す事が可能な相手と思っただろうか?

 また、相手の力がアークデーモンを操るほど強大だと知っていたとするならば、死の直前の父の行動はいかにも不用意だったと言わざるを得ない。
 なにしろ、妖魔討伐の探索場所や日程を他人任せにしてそれに漫然と従い、未熟な部下たった4人を引き連れただけで森の中で行動していたのだから。

 冒険者や傭兵として数々の修羅場を潜り抜けて来た父が、そのような不用意な行いをするだろうか?
 エイクにはとてもそうは思えなかった。
 つまり、父はその時、自分が敵対している相手がそこまで強いとは思っていなかったのだ。
 では、父を殺した存在と、父が正そうとした悪はまったく関係がないのかというと、そうとも思えない。そう思うには余りにもタイミングが合い過ぎている。

 父が悪を正すと思い定めたのは3月中ごろに行われた春の妖魔討伐遠征の最中だ。
 具体的に行動に移せるのは早くても遠征から帰った後の4月以降。
 そして何者かが、フォルカスに父をおびき出すように指示を出したのが7月初め。
 暗殺計画を練るのにもそれなりに時間を要すると考えれば、敵が父を殺す決意を固めたのは6月より前だろう。
 つまり、この二つ事柄の間には、最長でも2ヶ月程度のずれしかない。
 父が行動を起こすまでに多少は時間が掛かったとすれば、あるいは暗殺計画を立てるのにもう少し時間が掛かったとするならば、このずれは更に縮まる。

 これ程近いタイミングで起こった事が、何の関係もないとは思えない。

 結論としてエイクは、父は相手の悪事の一部を知っただけで、全貌には気付いてはいなかったのではないかと考えていた。
 つまり父は、その者が行っていた悪事のうち見て見ぬ振りをしても良いと思える程度の事には以前から気が付いており、見て見ぬ振りをしていた。
 しかし考えを改め、それを糾弾した。
 父の糾弾からなし崩し的に全ての悪事が明るみに出る事を恐れた相手は、一思いに父を殺した。

 或いは相手は何からの組織で、父が気付いていたのはその中の一部の者がなしていた悪事にすぎなかったのかもしれない。
 そして、一部の者への糾弾が、組織全体に波及するのを防ぐために父を殺した。
 このように考えれば時期的にも辻褄はあう。

 この仮定に従うならば、父の身近で、父が見て見ぬ振りをしても良いと思う程度の悪をなしていた者。その者こそが父を殺した敵、少なくともその一部ということになる。

 また、父はその悪を見て見ぬ振りをすることを「利口な生き方だと思っていた」とも語っていた。
 つまりその存在は、あの強かった父に、逆らう事は利口ではない思わせるほどの大きな影響力を持っていたということになる。
 普通に考えるならば、上位の貴族や王族、政府の高官といったところだろう。

(いや、貴族や政府関係者だけと決め付ける事は出来ない)
 エイクはそう思いなおし、慎重に断定を避けた。
 例えば光の五大神の神殿、賢者の学院、大規模な商会なども、敵対しない方が利口と言える相手だろう。
 他にも、今や王都の経済とっても重要な存在である王立大図書館の影響力は、有力貴族にも匹敵する。

(逆らわない方が利口な生き方だ、というだけではそれほどはしぼれないな……。
 それよりも、父さんが一度は見て見ぬ振りをしたという「悪」の内容の方が、ある程度しぼれるか……)
 エイクは更に考えを進める。

 父がデーモン使いの存在を許すとは思えない。
 同様に、反乱の企てだの、敵国との内通だのといった、国に仇なす重罪を許すはずがない。
 更に無辜の民を殺すような行為も許さないだろう。
 何らかの自己責任を問う事が出来る相手には容赦ない行いもするが、何の罪も責任もない者に危害は加えない。それが父の若い頃からの矜持だったはずだ。

 だが、父が清廉潔白な人物ではなかったのも事実だ。
 例えば、少額の横領や多少の賄賂程度の、割と頻繁に起こっているだろう犯罪行為に対して、それを見て見ぬ振りをしたことを後から悔い、思い直して改めて正そうとする。そんな事を父が行うとも到底考えられない。

 要するに、父が一度は見て見ぬ振りをしたが、後で思い直して改めて正そうとする「悪」の内容はかなり限定的だといえた。
 当時父の周りで、そのような悪をなしており、且つ相当大きな力を持つ存在。それが探すべき相手といえるだろう。

 それでも、まだまだ雲を掴むような話だが、魔物を求めてヤルミオンの森をさ迷い歩くよりも遥かにましだ。
(良い情報を得ることが出来た。これはむしろ喜ぶべきことだ)
 エイクはそう思った。

 昨日は、父の死に関する情報が全く予期せぬ形でもたらされた為、動揺してしまった。
 しかし、今冷静になって考えてみれば、父の仇を討つことは前々から決めていた事であり、相手が魔物だろうが人間だろうがなんら変わることはない。
 新たな情報が得られて良かった、というだけのことだ。

 問題は、その情報も踏まえて今後どう行動するべきか、そしてその為に何が必要か、ということだった。

 最も必要なのは、もちろん己の強さだ。
 力を取り返した後、幾度かの実戦を経て、エイクは今の自分の強さはやはり父には及ばないと考えていた。
 グロチウスの横槍があったにしても、父を殺すほどの魔物を倒すにはまだまだ自分の強さは不足している。
 父を殺したのがただの魔物ではなく、それを操る何者かだったならば尚更だ。
 だが、強くなるということはエイクが物心ついたころからずっと求め続けていたものであり、今更改めて意識するような事ではない。

 強さ以外でとりあえず必要なものは何か?
 エイクはもうしばらく考えてから、結論を口に出した。

「金、だな」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にいますが会社員してます

neru
ファンタジー
30を過ぎた松田 茂人(まつだ しげひと )は男女比が1対100だったり貞操概念が逆転した世界にひょんなことから転移してしまう。 松田は新しい世界で会社員となり働くこととなる。 ちなみに、新しい世界の女性は全員高身長、美形だ。 PS.2月27日から4月まで投稿頻度が減ることを許して下さい。 ↓ PS.投稿を再開します。ゆっくりな投稿頻度になってしまうかもですがあたたかく見守ってください。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!

くまの香
ファンタジー
鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作) 異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

処理中です...