剣魔神の記

ギルマン

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第2章

30.孤児院③

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 先頭に立って入って来たのは、背中まで伸びた波打つ黒髪が印象的な、30歳代前半と思える優しげな容貌の美しい女で、その後にエイクよりも年下と思われる男女が3人ずつ続いている。

 その30歳代前半に見える女が「私がここの責任者を務めるバルバラです」と名乗った事には驚かされた。
 アルターの知り合いであり、熟練の魔法使いで、そして10年も前から孤児院を設立して経営している。そういった話から、エイクはその女性は相応の年配だろうと思っていたからだ。
 だが、能力のある者ならば、若くして大事をなす事もある。エイクは年齢の事は特に気にしないことにした。

 女に続いて、孤児たちが自己紹介をした。
 年長の順に、男は、アルマンド、エミリオ、ファビオ。
 女は、グラシア、セシリー、ナタリアと名乗った。

 アルマンドが4年前に12歳で働きに出たという者で、確かに世慣れているようで、他の者たちが緊張した面持ちなのに対して快活な笑みを見せていた。
 彼は現在16歳になる。

 他はエミリオとグラシア、セシリーが15歳、ファビオとナタリアが14歳とのことだった。
 いずれも、成人や成人一歩手前と見なされる年齢で、働きに出てもおかしくはない。
 このうち、グラシアが精霊魔法を扱うそうだ。

 エイクが見た限り、精霊術師であるグラシア以外の者達は、確かに並みの衛兵より戦えるだろう。
 いくらか質問をしたりもしたが、その知識も中々ものだった。
 エイクはアルターの申出どおりに、この者達も雇い入れる事を決めた。

 エイクは自分には人を見る目がないと思っていた。
 何しろリーリアにすっかり騙されて、彼女の事を11年間にも渡って気の許せる幼馴染と思い込んでいたのだから。
 しかし、それでもこの者たちは信じられるだろうと判断していた。

 なぜなら、そもそもアルターを雇おうと考えたのは、紛れもなくエイク自身の意思だったからだ。
 この点で、フォルカスの意思によって、向こうからファインド家に入り込み、エイクに近づいて来たリーリアとは状況が異なる。
 少なくとも、アルターが以前からエイクに対して何らかの企みを持っていたという可能性は考えられない。
 そのアルターが薦める者達なのだから、同様に孤児達もエイクに対して何かを企んでいるという事はないだろう。

 もちろん、今後状況が変わってエイクに敵意を持つ可能性はあり得るが、とりあえず今現在は信用して良いはずだ。
 エイクはそう考えていた。



 バルバラは、エイクに仕えることが決まった彼ら彼女らに向かって、優しげな表情のまま声をかけた。
「エイク様にお仕えすると決めたからには、命を賭して、その身果てるまで、二心なく励むのですよ。背信行為はもちろん、懈怠すら死に値する罪と心得なさい」
 その声色も優しげなものだったが、内容は苛烈そのものだった。
 そんな言葉を告げる声も表情も、優しげなままである事が、逆に恐ろしげですらある。

 どうやらバルバラの高邁な思想は、過激な教育方針となって現れているようだった。
 だがまあ、自分に対して誠実に仕えてくれるなら文句はない。エイクはそう思っておくことにした。

 アルマンドを除く5人の孤児は、バルバラの言葉にそろって「はい!」と返事をした。
 アルマンドだけは、苦笑いのような表情を浮かべていたが、それでも「分かりました」と答えた。

 そしてアルマンドは、エイクの方を向いて「よろしくお願いします」といいつつ右手を差し出した。
 エイクも「こちらこそよろしく」と答えてその手を強く握る。
 エイクは、同年輩の者と親しく声をかわすのはこれが始めてである事を、今更ながら認識していた。
 アルマンドは笑みを見せながら、エイクの手を強く握り返した。

 エイクはアルマンドには無理せず噂話程度の事を中心に、盗賊ギルドの動向を探って欲しいと伝えていた。
 基本的に敵対するだろう相手はレイダー率いる“悦楽の園”で、“黒翼鳥”とは敵対するつもりはないとだけ伝えている。
 エイクは無理はしないようにと言いつつも、自分よりも一つ年下なだけのこの男に活躍して欲しいと期待していた。

 他の者たちも次々とエイクと握手を交わした。



 その後、細かい打ち合わせを済ましたエイクは、アルターらと別れ、そのまま廃墟区域に立ち入った。先日技師達から聞いた、下水道跡の崩落現場を確認する為だ。
 崩落現場は直ぐに見つけることが出来た。
 そこには人一人が楽に通り抜ける事ができるほどの範囲で、穴を塞ぐように応急処置がなされていた。

(このくらいの大きさなら、犬が入り込む事もありえなくはないか)
 エイクはそんな感想をもった。彼は、下水道跡が崩落したと聞き、そこから野良犬でも下水道跡に入り込み、何らかの理由でアンデッド化してしまったのではないかと推測していた。
 だが、エイクはわざわざ崩落現場に足を運んだのは、その推測を確かめる為ではない。それ以上に確認しておきたいことがあったからだ。

(この程度の応急処置なら、いざとなれば中からでも壊せるな。問題はどうやって下水道の天井に上るかだ)
 下水道跡に閉じ込められる可能性を本気で考えていたエイクは、崩落跡を万が一の際の脱出路として使えないか確認したかったのだ。

(よし、あの魔道具を思い切って買おう)
 もしもの時にここから脱出する方法を考えたエイクはそう決めた。
 その魔道具は“大蜘蛛の足”という名の古代魔法帝国時代に作られた魔法のブーツで、マナを消費して念じれば、垂直の壁や天井すら自由に歩いたり走ったりできるようになる、という品物だった。

 暗視能力と気配を消す錬生術により相当高度な隠密能力を身に着けていたエイクは、その能力を更に生かす為に、たまたま王都で売りに出ていたこの魔道具を買う事を検討していた。
 ただ、これを買えば、褒賞や戦利品として得た金のほとんどを使い果たす事になるため、躊躇っていたのだった。
 しかし、例え可能性は低いとしても、それが有効に使えるかもしれない状況が想定された事から購入を決めた。

 早速購入しようと考え、“大蜘蛛の足”を扱っていた商会に行こうと考えたエイクだったが思いとどまった。
 先ほど雇った者の誰かを使うべきだと思ったからだ。
 そう思ったのは、雇ったからには出来るだけ使おうという理由からではない。
 自分がつけられている可能性があったからだ。

 エイクは廃墟区域に入ったあたりから、自分をつけているかのように思えるオドに気が付いていた。
 廃墟区域といえども人っ子一人いないわけではないので思い過ごしかも知れないが、今の自分の状況を考えれば、誰かにつけられてもおかしくはない。

 誰かに自分が“大蜘蛛の足”を買うところを見られたなら、それは自分が新しい能力を手に入れたことを知られるに等しい。
 せめて誰か他の者に買って貰ったほうがましだろう。
 エイクはそう考えて“大蜘蛛の足”を買って来て貰う段取りを考えた。



 その後エイクは、下水道跡に沿ってオド感知の能力を使ってみた。
 エイクは地下のオドを感知したことは今までになかったし、アンデッドのオドも感じた事もない。
 だが、自然な状態ではないとはいえ、アンデッドにもオドは宿っているのだから、感知出来ないはずはない。
 そう思って地下のオド感知を試みたのだ。

 地下のオドを感知するのは、通常の場合よりも難しかった。
 だが不可能ではなかった。エイクは、地面を見続けたりして不審に思われないように気をつけつつ、何箇所かに動いて能力を使った結果、それらしきオドを感知することに成功した。

 その瞬間エイクは思わず顔をしかめてしまった。
 エイクのオド感知は感覚的なもので色などの視覚的な認識ではない。だが、そのオドを感知したとき、エイクは濁った黄色、という印象を持った。
 明らかに普通のオドを感知した時とは異なる、不快な感覚だ。
 そのオドの大きさも犬程度で、ゆっくり動いていた。恐らくこれがゾンビドッグのオドなのだろう。
 そう考えたエイクは、更に感知を続けた。ゾンビドッグを発生させた原因について何か手がかりがつかめるかも知れないと考えたからだ。

 そしてエイクは、ゾンビドッグのものよりも遥かに大きな、アンデッドと思われるオドを感知した。
 アンデッドの中には、殺した相手をアンデッドとして甦らせることが出来る魔物もいる。このオドが、ゾンビドッグを発生させた元凶の物である可能性は十分に考えられる。
 ただ、そのオドの形は、人型はもちろん通常の動物の形すらしていないように感じられた。

 あえて言えば、かつて感知したフロアイミテーターと同じように、平面的で広範囲に広がっている。
 だが、その存在は確かにアンデッドを思われるオドを宿している。
 そこには間違いなく何らかのアンデッドがいるのだ。エイクはそう確信した。
 その場所はハイファ神殿の直ぐ近くの地下だった。

 確かにハイファ神殿の地下にも下水道の支道は引かれていた。
 神殿の直下の支道は埋め戻されたはずだから、エイクが感知したアンデッドはその埋め戻し地点の直ぐ近くに居るということになりそうだ。

(王都でも、最も神聖な場所の一つであるはずのハイファ神殿の近くにアンデッドとは……)
 エイクはその皮肉な状況に強く興味を持った。
 神殿の直ぐ近くの地下にアンデッドが存在する。このことには何か意味があるのだろうか?
 だが、今の状況でこれ以上考えても答えは出そうにない。

(明日は予定通り朝からアンデッド退治に行こう)
 エイクはそう考えた。
 この依頼を請けた時から、エイクは明日下水道跡に降りるつもりだった。今日の内に準備を整えられそうだと考えたエイクは、予定通り下水道跡に降り、後は自分の目で確認する事にしたのだった。
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